第11話 いざ、初デート




「そういえば昼のことなんだけど。あれはいきなりすぎた?」




 学校を出て駅に向かう道すがら、晴海はそんなことを言い始めた。


「いや。逆に俺が悪かったよ。晴海は歩み寄ろうとしてくれたのに、ついビビった」

「やっぱり、宮内さんのことが気になる?」


 少し遠慮がちに、晴海は俺の顔を見た。


 その目には慮るような感情があって、俺はとことん彼女の優しさに甘えていたと理解する。


「……違う、とは言えない。実は今も、小百合にどんな風に見られたかって思ってる」

「それは仕方なくない? あたしら失恋したの、まだ昨日だよ? あたしも逆の立場で、先輩に見られてたらって考えると怖いし」

「まさか、こんなに濃い二日間になるなんて一昨日は思ってなかったよな」

「ふふっ、そうだね」


 もしかしたら、これまでの人生で一番長く感じた二日だったかもしれない。


「でも、だからこそ俺から行動しなきゃいけないって思った。晴海に甘えてばっかじゃいられない。進みたいって思ったのは俺も同じなんだから」


 昨日、カラオケで彼女の手を取ったのはその為だ。




 怖くたって、足踏みしてばかりじゃ始まらないから。


 晴海が踏み込んでくれる以上、俺も自分から変わらないと、協力者としてフェアじゃない。 


「しばらくは、今日みたいにビビることもあると思う。けど、いつか大丈夫になるから」


 少しずつでも、彼女のくれた善意に報いたい。一緒に進む為に。


「だから、改めて……っていうのも変だけど。こんな俺に付き合ってくれないか?」


 自分なりの覚悟を示すために語ると、晴海は、満面の笑みと言える顔で頷いてくれる。


「やっぱり高峯、あたしが思った通りの男だ」

「なんじゃそりゃ」

「でも、わかったよ。高峯のペースも考える」

「おっ、本当か? 悪いな、ヘタレてると思ったらすぐに──」

「だーけどっ」


 最後まで言い切る前に、突然晴海が体を寄せてきた。


 腕を抱かれ、ブレザー越しに伝わる彼女の華奢な体の感触に、心臓が唸りを上げる。


「高峯がその気になったなら、あたしも遠慮しないよ。ガンガン攻めちゃうからね?」

「お、お手柔らかに頼む」

「どうしよっかな〜♪」


 なんだかスイッチを入れてしまったようだ。早まったか?


 小百合一筋だった俺に当然交際経験なんてあるわけもなく、彼女の言う〝攻め〟に少し身構えた。




「あっ、そういえば考えたんだけどね。とりあえず一ヶ月を目安にしてみない?」

「一ヶ月か?」

「うん。やっぱりいきなり付き合って好きになるってのは無理だろうしさ、お試し期間?みたいな。それでこの試みに見込みがあるかどうか確かめようよ」

「……確かにいいアイデアだな。わかった」

 

 そんな風に晴海と話していたが、不意に首筋がチリッとして周りを見る。


 すると、ちらほら歩いていた学校の奴らがこちらを凝視していた。特に俺の腕を抱いている晴海を。


「あー。えっと、晴海?」

「周りの目が気になる? でもダメだよ、攻めるって言ったじゃん」

「早速かよ」


 もうしばらく、この柔らかさ……じゃなかった、状況に耐えなければいけないらしい。



 

 無遠慮な視線に晒されることしばらく、ようやく駅に到着する。


 さすがにくっついたままでは改札を通れないので、一旦離れてホームに降りた。


「それで? 今日はどこ行くの?」

「三駅行ったところのショッピングモール。放課後で遠出はできないと思って、ありきたりになっちまったけど」


 これから行こうと思っているのは、この近辺の高校生達がこぞって遊び場に使う場所だ。


 様々なジャンルのテナントやゲームセンター、映画館までなんでも揃った、大規模な複合施設である。


 俺も結構な頻度で訪れるのだが、晴海も前に一度見かけたことがある。


 なので、目新しさがないと言えばないのだが…


「いいね。ちょうど、あそこに入ってるお店の春物が見たくてさ」

「じゃあ、それでいいか?」

「うん。初デート、いっぱい楽しもう?」


 この二日で見慣れた笑顔を浮かべて、また手を握られる。


 男の自分に比べれば小さなその感触に、もう慣れ始めてしまっている自分がいる。


 でも恋人繋ぎをする度胸は流石になかった。




 ほどなくしてやってきた電車に乗り込んで、揺られること十分弱。


 目的の駅で降りると、そのまま直通している通路からショッピングモールの中に入った。


「ふーん……」


 自動ドアを潜った時、不意に晴海が声を上げる。


「どうした?」

「いやさ。あたし、ずっと大門先輩のこと追いかけてたから、友達と一緒に男女混合で遊んだことはあるけど、男子と二人でってことはなかったんだよね」


 確かに、教室でも決まった男子といるのを見たことなかったと思っていると、彼女は繋いだ手を顔のあたりまで持ち上げて。


「だから、彼氏と一緒に来てるって考えると、ちょっと新鮮な気持ちになっちゃった」

「……そっか」


 あっぶねえ。またちょっとドキッとした。

 

 流石はクラス一の人気者というべきか、言動がいちいち心臓に悪い。




 素っ気なさを装ってなんとか動揺を抑えていると、晴海は続けて話しかけてくる。


「ね、高峯はどこか行きたいところある?」

「俺は後でいいよ。確か晴海の言ってた店は一つ下の階だろ? なら、そっちに先に行こう」

「いいの? 結構時間かかるけど」

「任せろ、買い物に付き合うのは慣れてる」


 主に美玲とか小百合の荷物持ちで、女子の長いショッピングには耐性があった。


 基本的にどっちかに連れ出されるか、俺が自分からついて行ったんだが、あいつら仲よかったから同時に二人分の荷物持ちもすることがあった。


「自信あるみたいだね。頼りにしちゃおうかな?」

「ああ、どんどん頼ってくれ。荷物持ちのプロの名は伊達じゃないぞ」

「ふふっ。それ、誰からのあだ名?」




 楽しそうに笑う晴海と一緒に、俺はデートを始めた。

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