第9話 親友からの事情聴取




 お昼、高峯と一緒に食べられなかった。




 城島に連れて行かれた時、なんだか出荷される子牛みたいな目だったけど……大丈夫かな?


「おーい、聞いてる陽奈?」

「ん? ああうん、最近彼氏が付き合い悪いんだっけ?」


 一旦思考を中断し、グループの子との会話に戻る。


 教室の一角に数人で固まり、その中心でいつもみたいに相談を聞いていた。


「そうそう。なんか部活ばっかしててさー」

「うわー、熱心だね」

「中学の頃から付き合ってるけど、流石に没頭しすぎじゃね、って感じで」

「うーん、確かにそれは不満にもなるだろうね」


 けど、それくらい熱中できるものがあるっていうのは凄いな。


「あんまりなら別れればいいんじゃない?」

「あー、どうしよっかなー」

「せっかくの高校だし、青春したいよね〜」


 どう答えようか迷っている間に、周囲の子達がそんなことを言って盛り上がる。


「簡単に別れるとか言わないほうがいいって。前に、真剣に部活に打ち込んでるところが好きになったって言ってなかった?」


 だけどあたしは、きっぱりとそう言った。


 そんなに長く続いた関係なら、絶対大事にすべきだから。


「まあ、それもそうなんだけどねー。限度があるっていうか」

「だったら、そっちに少し合わせてみたら? 一緒に部活の物買いに行くとかなら、デートも行きやすいんじゃない?」

「あっ、その手があった。さすが陽奈、アドバイス上手!」

「あはは、そんなことないって」


 顔では笑いつつも、内心ではほっとした。


 思い直してくれてよかったと安心していると、グループの子達が全員あたしを見る。


「そういえば、さっき高峯をご飯に誘ってたけど。もしかしてもしかする?」


 きた。これまでは話を聞くことに徹していたけど、そろそろ限界っぽい。


「普通に誘っただけだけど? クラスメイトだし、これまで絡んでなかったから親交を深めておこうかなーって」


 とりあえずはぐらかしておこっかな。高峯、色々と話したそうだったし。


「えー、本当にそれだけ? なんか距離近かったじゃん」

「ね。恋人って言われても不思議じゃない感じだったんだけど」

「ねぇねぇ、どうなの陽奈?」


 いかにも興味本位という声音で、口々に聞いてくる。


「ふふっ、どうだろうね?」

「え〜、怪しい〜」

「教えてよー」

「なーいしょ」


 そう締めくくると、不満そうな声を上げつつも追求は止まる。


 こちらが用意した線引きを敏感に感じ取ってくれた。こういうさっぱりしてるところは好きだ。


「ていうか、なんか二年に好きな人がいたんじゃなかったっけ? そっちはもういいの?」

「あー……うん。まあ、いろいろあってさ」

「ふーん」


 この子達にはある程度先輩のことを話してたんだけど、フられたって知られるのがちょっと怖くて、そう誤魔化す。


「でもさ、平気なの? 高峯って、宮内といつも一緒じゃん」


 次の瞬間、狙ったように質問が飛んできた。あたしは虚を突かれてすぐに返事ができなくなる。




 高峯と宮内さんの関係は今、非常にデリケートになってる。


 ここで安易にあたしが何かを言うと、さらに溝が深まってしまうことになる可能性もある。


 それに高峯、割とモテるんだよね。宮内さんの時は付け入る隙がなかったけど、あたし相手だとわかんない。


「えっと、それは……」

「あ……宮内」

「えっ?」


 あたしに向いていた視線が背後に向き、呟かれた名前に振り返る。




 すると、今しがた話題に出たばかりの人物がそこに立っていた。


「……宮内さん」

「歓談中にごめんなさい。晴海さんに、ちょっと聞きたいことがあるの」

「……何かな?」


 笑顔とともに向けた自分の声は、思っていたより冷たくはなかった。


 顔を見た途端に湧き上がったものを表に出さないようにしながら、話を聞く姿勢を見せる。


「聡人くんのことなんだけど。彼と、どういう関係なの?」

「っ……」


 どうしてそんな事を聞くの。怒りの言葉が喉まで出かかった。


 

 

 何故、フった彼の事を気にするのか。貴女は先輩と付き合ってるのに。


 いつものあたしだったら、そのまま口に出してたと思う。だけどこればかりはぐっと堪えた。


 宮内さんの顔を穴が開くほど見つめて、彼女もまっすぐにあたしの目を覗き込んでいた。


「どういう関係だと思う?」


 体感では何十秒も経ってから、ようやく言ったのはそんなセリフ。


 少し刺々しくなってしまった一言に、宮内さんは真剣な様子で考え始める。


「……親しげな関係、に見えたかな。聡人くんが私以外の女の子とあんな風に話してるの、初めて見た」

「ふうん。まあ、前とは環境も違う・・・・・・・・んだし、そういうこともあるんじゃない?」

「……そうね。突然ごめんなさい、答えてくれてありがとう」


 軽くお辞儀をして、宮内さんは行ってしまった。


「何だったん?」

「宮内さん、相変わらず眼力やばいわ」

「陽奈、めっちゃピリピリしてたじゃん。大丈夫?」

「……うん、なんでもない」


 あたしとしたことが、態度に出すぎてたかな。


 これからは気をつけよう。











◆◇◆











「なるほど。つまり、アキは宮内さんにフラれ、晴海は大門先輩にフラれ。実はその二人が付き合ってて、同時に失恋したと」

「ああ」

「で、その初恋の終わりに打ちひしがれる前に、新しい恋を始めるため恋人関係になったわけだな?」

「そう、なるな」


 簡潔に受け答えをすると、ふむとヒロが隣で唸る。


 そこに詰問するようなそぶりはなく、ただ単に話を理解しようとしてくれる様子だ。




 連行された俺は尋問されるかと身構えていたのだが、そんなことはなかった。


 どうやら、みんなに質問責めにされる前にあえて連れ出すことで脱出させてくれたらしい。


 それに気がついたのは中庭で事情を聞かれた後のことだった。

 

「なんていうか、現実味のない話だな」

「……やっぱりそう思うか?」

「そりゃあな。まるで恋愛ドラマのあらすじでも聞いてる気分だわ」

「恋愛ドラマって……」


 まあ、俺だってまだ上手く呑み込めていないのだから、他人が聞けば奇妙に思うのも当然か。


「宮内さん、めっちゃびっくりしてたな。あんな顔初めて見たわ」

「……告白してからすぐ他の女の子と仲良くしてるとか、軽いやつって思われたかなぁ……」

「おー、悩んでる悩んでる。青春だねぇ」


 頭をかかえる俺に、ケラケラとヒロが楽しげな笑いをあげる。




 別にフられたからと言って、小百合のことが嫌いになったわけでもない。 


 むしろまだ好意は十分すぎるくらいに有り余っていて、だからこそ今日は学校に来るのが怖かった。


 晴海との関係を、小百合にどう思われるのか。不誠実な人間だと落胆されやしないか、と。


「別にやましいことしてるんじゃないなら、堂々としてりゃいいじゃん。告白する前から晴海にもコナかけてたってんなら話は別だけど」

「そんなことするか! 一昨日まではずっと小百合一筋だったわ!」

「だろうな。お前、そこんとこ器用じゃないし」


 不器用なのは自分でも分かってる。

 

 しかし、たとえフられているとしても、俺は彼女に軽蔑されない人間でありたいのだ。


「アキはさ、宮内さんにもう一度アタックしようとは思わないわけ? そりゃあ大門先輩は強敵だけど、ずっと一緒にいたんだろ?」

「……だからこそだよ。先輩と一緒にいた時の小百合は、見たことない表情をしてた」


 俺が知る限り、これまで一度もあんな様子を見たことはなかった。


 俺にはない何かを先輩は持っていて、小百合はそれを魅力的だと感じたんだ。




 ずっと頑張っているあいつの大切なものを壊すようなことは、俺にはとてもできない。


「あと、中学時代に容姿目当てでしつこく言い寄った奴がめったくそにされてたのを思い出すと、怖くてできない」

「あー……宮内さん、めちゃくちゃハッキリ言うからな」


 恋敵ながら、いっそ哀れに思えるほどの滅多打ちっぷりだった。


 あいつ元気かな。次の日にはチャラさが全くなくなって、坊主になってたけど。


「だったらもう、晴海の言う通り整理をつけた方がいいんじゃね? それで再挑戦するにせよ前に進むにせよ、中途半端なことしてると今度はそっちに見放されるぞ?」

「……それは、駄目だな」


 俺が優柔不断な態度を取るばかりに、協力者を失うのは惜しい。


 何より、あんな風に他人の痛みに寄り添える女の子を一人にさせたくない……などと思う自分がいた。


「そう思うなら、早いところ男らしくハッキリしとけよ〜」

「分かった。その、この話は……」

「ああ、誰にも言わねえよ。俺の胸の内にしまっとく」

「色々ありがとな。ヒロ」

「ん? ははっ、短い付き合いだが親友だしな。背中くらい押してやるさ」


 普段と変わりなく軽快な笑みを浮かべて、ヒロはそう言ってくれた。


「ただ、朝のこと誤魔化したのは忘れてないからな?」

「うっ。なんか奢ります」

「駅前のたい焼きで手を打とう」

「それで頼む」


 あそこのたい焼き、値段の割に美味いんだよな。店主のおっちゃんも気のいい人だ。


「それにしても、紆余曲折あるとはいえあの晴海さんと付き合えるなんてな。羨ましいぞ、こんにゃろうっ」

「ちょっ、痛えよ! 離せ!」

「ぬはははっ、幸せ税だと思いやがれっ」


 こいつ、途端にいつものノリになりがやってっ。




 軽くヘッドロックをかけてくるヒロの手を掴みつつも、こいつが友達でよかったと心の中で思った。



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