第3話 初恋・消沈
「くぁ……ねみぃ……」
結局、あれから一睡もできなかった。
飯食ってても目を瞑っても告白のことが頭に浮かんで、挙句の果てには夢にまで見る始末。
寝ても覚めてもそんなんで、気がつけば朝日がカーテンの向こうから差し込んでいた。
この状態で登校した俺を誰か褒めてほしい。
「怠い……」
「おはよーっす、アキ」
「ん……ああ、ヒロか……」
欠伸を噛み殺しながら校舎に向かっていると、校門を超えたあたりで隣に一人の男が並んできた。
簡潔に言えば、チャラい。茶髪、随所に付けた
アクセサリー、俺より頭半分は高い高身長にそれなりのイケメン。
我が友人である
「どーしたんアキ、クマなんてこしらえちゃって。はっ、もしや宮内さんへの告白が成功して、早速眠れぬ夜を過ごしたのか?」
「ははは……そうなったらどれだけ良かったか……あとお前は後でぶん殴る」
「ありゃ。その反応、フラれたか」
「うぐっ」
迂闊なことを言うんじゃなかった。ヒロも目敏いのに。
「まードンマイ。不幸な事故だと思って呑み込みな。何も人生最後の一日じゃないんから」
「そんな簡単じゃねえよ……」
「初恋だったっけな。まっ、大抵は叶わないもんさ」
ヒロの言葉に何か言い返したくなるが、事実フられた身なのでぐっと堪えた。
それに、初恋が実る可能性が低いというのは、一般的に当てはまることが多いのもまた事実。
俺は見事、その仲間入りを果たしたわけだ。
「はぁ……昨日、いや七年前に戻りたい……記憶だけ持って小百合との出会いからやり直したい……」
「中身高校生の小学生が同い年の同級生に言い寄ってたら、普通におかしくね?」
「妄想にくらい浸らせてくれ……」
そうしないとやってられん。
そんなことを思いながら若干危ない足取りで歩いていた時、不意にドンっと左肩に衝撃が走った。その弾みにカバンを手放してしまう。
チャックを閉めていなかった鞄からはボロボロと教科書やらが散乱した。
「うわ……」
「あーらら。不幸は不幸を呼ぶってか」
「すまん! ぶつかってしまった!」
「あーいや、いいっすよ。平気平気」
むしろ申し訳ないくらいだ。
謝ってきた相手に生返事をして拾おうとすると、それより先に太い腕が視界に映った。
その手は俺の教科書を拾い上げ、こちらに差し出してくる。
「拾うの、手伝うぞ」
「……あざます」
お礼を言いながら受け取り、鞄の中に入れた。
ヒロもやれやれと言いながらしゃがんでくれて、三人でせっせと鞄の中身を集める。
全部拾い集めたところで、揃って立ち上がった。
「改めて、すまなかったな。避けられれば良かったのだが」
「あ……
そこでようやく顔を見ると、俺の前にいたのは我が校の有名人の一人だった。
なんでも中学で全国まで行ったらしく、一年でエースにまで上り詰めたらしい。
こうして対面してみると色々とすげえ。ヒロ以上の大きな体はがっしりとした逆三角形で、太い首筋や手は浅黒く焼けている。
おまけに、無茶苦茶イケメン。スポーツ漫画の主人公かよ。
「む? 俺を知ってるのか」
「まあ、そこそこ」
「先輩は有名人ですからね〜」
「そうか。ありがたいことだな……っと、そろそろ失礼する」
「あっ、はい。ありがとうございました」
「うむ。気をつけてな」
人好きのする精悍な微笑を浮かべ、先輩は校舎の方に小走りで駆けて行った。
「ほぁ〜……あれが噂の。確かに有名にもなるわ」
「……結構優しいってのも評判通りみたいだな。拾うの手伝ってくれたし」
「アキも見習ったほうがいいんじゃねえの?」
「うっせ」
俺はあんなハイスペック超人になれないっての。
ヒロと取り留めもない雑談をしつつ、校舎に入って教室に向かう。
道中、変な視線は感じなかった。
どうやら、晴海があの後SNSやらで拡散したってことはなさそうだ。他の誰かに見られてなきゃいいが。
「ん? どうした、早速新しい恋人の物色か?」
「やかましい。てか、絶対誰にも言うなよ」
「いてててっ。わかってる、言いふらしたりしないって」
ヒロの脇腹を結構強く捻りつつ、1-Cの教室に到着した。
扉に手をかけると、一瞬昨日のことが思い浮かぶが……振り払って開ける。
クラスの様子も、いつも通りだった。
教壇のあたりで駄弁っているやつらや、朝から黄色い声を上げて何かを見ている女子達、はたまた静かに読書しているやつ。
小百合は……まだいないみたいだな。
「うぃーす、アキ、ヒロ」
「うす」
「おいーっす。何、盛り上がってたじゃん」
「それが昨日のゴ●に出てた料理がさ〜」
ヒロは早速、男子グループの方に自然に混ざる。
俺も普段はそこに入るんだが、今日ばかりは気乗りせずに自分の机へ直行した。
「ねっむ……」
鞄を置いて早々に、机に突っ伏す。
徹夜は初めてじゃないけど、心境が心境だけに疲労度が違う。
まだ一限までしばらくあるし、寝ておこうかとぼんやりした頭で考えた。
腕を枕がわりにしながら、瞼が落ちるまで周りに目を向けていると……入り口近くにいた晴海と目が合った。
「あっ……」
喧騒に紛れて、晴海の呟きが聞こえる。
思わず頭を上げてしっかり目線を合わせると、数秒見つめ合ってからあちらが目を逸らした。
すぐに友達との会話に戻ってしまい、なんだか肩透かしを食らった気分で頭を戻そうと……
「あっ、宮内さんおはよう」
「おはよう」
「いっ!?」
した瞬間、聞こえた声に肩が跳ねる。
反射的に鞄で頭を隠す。
眠気は吹き飛び、昨日のように心臓が素早く鼓動を始めた。
だが、緊張の中に甘酸っぱい気持ちがあった以前とは違う。締め付けられるような、苦しい脈動だ。
「っ……」
恐る恐る、鞄から顔を出す。
そして、小百合の席を見ると……あいつはいつものように、隣席のクラスメイトと談笑していた。
座っても綺麗な姿勢も、芯の強そうな目つきも、何も変わらない。
それを見ていると、まるで俺だけが昨日に取り残されているように錯覚する。
「……バカみたいじゃん、俺」
「…………」
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