第2話 初恋・魂の叫び
02.初恋・魂の叫び
「……やべえ。何もやる気起きねえ………」
小百合にフラれてからしばらく。俺は教室の隅で項垂れていた。
「恋人としては見れないって……もう彼氏いるって………そりゃないだろ………」
告げられた言葉の数々が、しつこく脳裏でフラッシュバックする。
思い出したくもないはずなのに、あまりにインパクトがありすぎて深く心に刻まれていた。
いや……長らく続いていた初恋の、最後の瞬間を忘れたくないのかもしれない。
──小百合との出会いは、小学生の頃。
複数の男子に囲まれて涙目になっていた女の子を背に、毅然と立つ姿を見たのが最初だった。
腕っぷしが強く、クラスの大将とその取り巻きだったやつらに、たった一人で立ち向かっていたのだ。
『やめなよ。そんなことして恥ずかしくないの?』
小柄な体から発せられたとは思えないくらい強い声音にハッとしたのを、今でも覚えてる。
他のみんなと同じように見ているだけだった俺は、小百合の真っ直ぐな目を見て、一発で心奪われたのだ。
この子のようになりたい。誰が相手でも間違ったことを間違っていると言える、そんな人間に。
憧れから始まったその想いを原動力にして、勉強、スポーツ、男性的魅力の向上……時には人助けなんかもしてきた。
偏に、歳を重ね、成長してより心身ともに美しくなる小百合の隣にいるために。
それがほんの数分の会話で、全部パァだ。
これまで続けたことも、酷い風邪を引くまで奮闘した高校受験も、全部無駄だった。
高峯聡人は、宮内小百合に異性として見てもらえるほどの魅力を得られなかったのだ。
「自分で考えといてクッッソへこむわ………」
これが生きる気力を失ったってやつなんだろうか。
だが現実逃避しそうになる度、さっきの会話が反芻される。
「彼氏いるって……それもう望みゼロじゃん……うごぁあああ…………」
どうしようもない思いを、ぐりぐりと頭を壁に押し付けて紛らわす。
残念ながら、すぐ次の恋に行くほど俺は器用じゃないし、その程度の思いではなかった。
「くそぉ……俺の何が悪かったってんだ……顔か、スペックか、それとも性格か?」
恋人になってる光景が想像できないって言ってたし、全部かもしれない。
考えれば考えるほどに、思考は負のスパイラルに陥っていく。
やがて、行き場のない思いは苛立ちへと変わった。
惨めさとか、小百合に選ばれた〝先輩〟への嫉妬やらで、頭がぐちゃぐちゃになっていく。
「っ!」
気がつけば、俺は勢いよく立ち上がっていた。
そのまま窓際まで駆け寄ると、やや乱暴な手つきで鍵を開けて窓を開ける。
6月初旬の暖かな風が舞い込む中で、俺はすぅっと思いっきり息を吸い込むと──
「「この、ばっかやろぉおおおおおおっ!!」」
っ!?
胸に有り余る思いを叫びに変えた時、全く同じ言葉が隣から聞こえてきた。
思わず右に振り向くと──隣の教室の窓から、顔を出していた人物と目が合い、互いに見開く。
「晴海!? お前、そんなとこで何やってんの!?」
「いやいやっ、それはこっちのセリフだしっ! 高峯こそ何でまだ学校にいるわけ!?」
そしてまたまた不幸にも、それは見知った人物だった。
隣の教室にいたのは、我がクラスのトップカーストに君臨する一人の少女──
明るめの茶色に染められている、ウェーブのかかった髪。
神様が気まぐれを起こしたんじゃないかってくらい整った顔の各パーツは、上手にメイクで強調されている。
小洒落たファッションで制服を彩り、その明るい印象を受ける見た目にそぐわないクラスのムードメーカー。
しかし、教室一つ分を挟んで今目の前にいる彼女は、なんだかいつもより元気がなさそうに見えた。
「俺は……大事な用事があったんだよ!」
「あたしもだよ! 何、告白でもしてたの!?」
「ぐっ……!」
鋭いやつめ……! 流石はトップカーストか……!
「えっ、もしかしてマジで? 高峯ってそんなベタなことするんだ!」
「う、うるせえ! お前こそどうなんだよ! こんな時間に空き教室にいるとか、そんくらいしか思いつかないぞ!」
「そっ、それは……!」
え、何その焦ったみたいな顔。マジなの?
晴海陽奈と言えば、接しやすく落とし難いことで有名だっていうのに。
来るもの拒まず、されど告白はお断り。誰にでも気さくに話しかけるが、そういう雰囲気になるときっぱり線を引くらしい。
そんなこいつが、自分から誰かに告白を?
「た、高峯には関係ないでしょ!」
「いや、全く同じこと叫んでて関係なくはないだろ! ってか、なんで俺達こんなふうに会話してるわけ!?」
「知らないわよ! ああもう、とりあえずそっち行くから待ってて!」
「は? ちょ、来るって……」
俺が何かを言い合える前に、晴海は顔を引っ込ませた。
その直後、廊下の方から激しい音がした。
扉を開けた音だろうか。間も無くして、ドタドタと激しい足音。
まさか、と思った瞬間、開けっぱなしだった教室の入り口から、息を荒げた晴海が姿を現した。
この間、ほんの五秒。
「いたっ!」
「そりゃいるわ! 何しに来たお前!?」
晴海は答えなかった。
代わりに、威圧感さえ感じる剣幕で詰め寄ってくると、俺のシャツの襟を掴む。
そして、超至近距離から大きな目で睨みつけてきた。
「あんた、絶対さっきのこと言いふらすんじゃないわよ……! 誰かに聞かれたら末代までの恥なんだから……!」
「い、いや、そりゃ言わないけど……」
「もしバラしたら、さっきのあんたのことも言って回るから!」
「なっ!?」
こいつ、道連れにしようとしてやがる!?
その脅しは最強の切り札だった。もし吹聴でもされようもんなら、ただでさえ破壊された小百合との関係がもっと気まずくなる。
それだけは避けたい。だから俺は晴海に向かって何度も首を縦に振った。
「よし……! ちゃんと言質とったからね。裏切るような真似したら……」
「しないって! こっちだってそれどころじゃないんだよ!」
「は? それどころじゃないって……あんた
……ん? 今こいつ、あんた〝も〟って言ったか?
さっきまでの圧力はどこへやら、怪訝な顔をする晴海から思わず目を逸らす。
「……悪いかよ」
「別に、悪くなんてないわよ。ただ……」
「ただ……?」
鸚鵡返しにすると、晴海はきゅっと口を引き絞る。
急に黙られると不安になって、横に向けていた視線を元に戻した。
その時見た彼女の表情は、とても印象的だった。
泣きたいような、無理矢理にでも笑いたいような……心の底から、辛そうな。
その複雑な面持ちは、何故かボロボロになった心の琴線に触れ、共感さえ湧いてくる。
「……なんでもない」
「っと……」
その正体を探り当てる前に、晴海の手が襟から外された。
しわくちゃになったそれに手で触れると、踵を返した晴海が顔だけをこちらに振り向かせる。
「じゃあね。また明日」
「お、おう」
そして、彼女は来た時とは正反対に、静かな足取りで教室から出ていった。
「……あいつ、何があったんだ?」
俺とおんなじこと叫んでたし、まあ、何も無いってことは確実にないだろうけど。
それに、あんた〝も〟って言った後の、あの表情……まるで、大事なものが壊れてしまったみたいな。
「……ダメだ、わからん」
今は他人の心配してられるような心境じゃない。
今すぐ帰ろう。そして頭の先まで風呂に浸かって、ゆっくりと眠ってしまおう。
最悪の心持ちのまま、俺はよろよろと自分の席の荷物を取って、学校を後にした。
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