第36話:閑話・人狼国

神暦3103年王国暦255年7月16日10時:大陸連合魔道学院総長視点


 もうこれで何度目だろう、各国の王と繋がれている伝書魔術が反応する。

 どうせまた今断った国王と同じ要求をするのだろう。

 大陸連合魔道学院を預かる総長として、断固拒否する!


「総長、今こそ好機だ!

 どうか我が国に協力してくれ。

 共に二十年前の雪辱を晴らそうではないか!」


 実戦の恐ろしさなど何も知らない愚かな王が伝書魔術を使って訴えて来る。

 それほど死にたいのなら、己一人で死ねばいい。

 学院を道連れにしようとするな、若造!


「恐れながら陛下、学院は中立でございます。

 二十年前の愚行で、決して失われてはいけない叡智が失われかけたのです。

 もう二度とあのような悲劇を繰り返す気はありません」


 それほど道連れが欲しいのなら学院を誘う事もない。

 人狼国に戦いを挑んだ以上、もう一族一門皆殺しは避けられない。

 妻子はもちろん兄弟姉妹、親戚縁者は皆殺しになる。


「そのような心配は無用、今回は人狼国が分裂したのだ。

 前回の戦争で人類に多大な損害を与えたジャクスティンは公国を建国した。

 人狼の多くが女王に反旗を翻して人類に援軍を求めているのだ。

 この好機を利用し、人狼を各個撃破するのだ!」


 痴人の夢としか思えない愚かで自分本位の考えだ。

 あのジャクスティンが、分離独立したからと言って民を見捨てる訳がない。

 民を巻き込むような謀叛を企てた人狼を見逃すわけがない。


「国王陛下が人狼を滅ばしたいと言うのでしたら反対はいたしません。

 王家王国の誇りと命運を賭けて戦われればいいのです。

 ですが学院は永世中立、誰の味方も致しません!」


 どこの誰が滅ぶと分かっている国に味方するものか!

 ジャクスティンほどの人狼が、この謀叛話を知らない訳がない。

 現に分離独立をした直後から禁呪を教えろと言う脅迫が酷くなった。


「総長、そのような妄言が何時まで通用すると思っている。

 学院は永世中立と言うが、それを言えるのは周辺国が学院を尊重しているからだ。

 だが、人狼国の討伐に参加しないと言うのなら、周辺国が学院に攻め込むぞ」


 人狼の本当の恐ろしさなど何も知らない小僧が、私を脅かそうと言うのか?!

 大陸全土を巻き込んだ二十年前の戦争で、最前線で戦い抜いた私を、何の苦労もせず恐怖も味わうことなく甘やかされて育ったお前が、脅かそうと言うのか?!


「やれるものならやってもらいましょう!

 王が学院を敵に回すと言うのなら、私にも学院を預かる総長としての覚悟がある。

 代々の総長が使用を禁じてきた大魔術を貴国の王都に放つ。

 たかだか十万程度の民しかいない貴国の王都は一瞬で灰になるだろう!」


 本気で禁呪を使う気はないし、脅してまで王を助けてやる気はない。

 私が助けてやりたいのは何の罪もない王都の民だ。

 ジャクスティンなら、自国の民を護るためなら躊躇うことなく禁呪を放つ。


「おのれ総長、人狼に与して人類と敵対するか?!」


「人類を滅ぼす愚行を重ねようとしているのはお前達だ!

 二十年前の悲劇をもう忘れたのか?!

 大陸の人口を半減させた、あの大戦争を都合よく忘れられるとは、愚かにもほどがあるぞ!」


 思わず暴言を叩きつけてしまうほど怒ってしまった。

 叡智の府を預かる若き教師となり、傲慢になっていた二十年前の私。

 魔術を無辜の民を殺し奴隷にする道具に貶めてしまっていた。


「余を愚王と言うか?!

 その暴言の責任はとってもらう!

 明日には我が国の軍勢だけでなく多くの国の軍に攻められると思え!」


「明日と言わず今直ぐ攻め込んでこい!

 何万何十万の軍勢であろうと私の魔術で滅ぼしてくれる!」


 これで周辺七か国の国王を怒らせてしまったが、後悔はない。

 もし国王たちの脅迫に屈していたら、学院は明日を迎える事ができなかった。


 ジャクスティンなら、多くの民を殺す事を避けようとして、見せしめのために学院を滅ぼす事だろう。


 どれほど愚かな王達でも、十万を超える学院が一瞬で滅んだら現実を理解する。

 だが、私には総長として学院を守る義務がる。

 そのためなら他国の民を何十何百万殺そうと後悔しない。


 ★★★★★★


「総長、学院の生徒達が人狼を滅ぼす聖戦に参加すべきだと騒いでおります」


 副総長が死神のような冷たい目をして学院生の動向を報告に来た。

 私と同じように二十年前に捕虜になった男だ。

 人狼の、特にジャクスティンの恐ろしさを骨の髄まで身に染みて知っている。


「学院生の何割が騒いでいるのだ?」


「今回の戦争に加わる国の学生のほぼ半数です。

 主に王侯貴族とその従者です。

 能力によって特別入学を許された生徒の中にも一部熱狂的な者がいます。

 学院生全体から言うと、二割弱です」


「これから指導者による総会を開く。

 理事や教授だけで決めてしまったら、若い反体制派を見逃してしまう。

 禍根を断つためにも、指導者に紛れ込んでいる愚者を皆殺しにする」


「この二十年、随分と気をつけていた心算ですが、周辺国の影響はもちろん、魔術師の劣化も防ぐことができませんでした」


「それはしかたのない事だろう。

 あのジャクスティンですら同じアルファの劣化を防げなかったのだ。

 だが、私達は二十年前と同じ愚か者ではない。

 人狼と戦う愚かさを知っている。

 反体制派を皆殺しにしたら、参戦を要求した生徒を退学にする。

 反体制派教師の生首を見たら、憶病な学生など腰を抜かして国に逃げ帰るだろう」


「昔の私達と同じようにですか……」


「彼らはまだ人狼が相手でないだけ幸運だ。

 民を人間に殺された人狼から拷問される事がないのだから」


「そうですね、彼らを守るためにも、叡智の府を裏切り我欲を優先した連中をあぶりだして皆殺しにしなければいけません」

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