第35話:塩

神暦3103年王国暦255年7月15日15時:ジャクスティン視点


 塩、人が生きていくためには絶対に必要なモノ。

 多くの国や貴族領で専売されている、支配者の権力と富の源泉。

 不足すれば戦争を起こしてでも手に入れなければいけない国家戦略物資。


 そんな塩を手に入れる方法は大きく分ければ二つある。

 一つは海などの塩水から製塩して手に入れる。

 一つは地中にある岩塩を掘り出して手に入れる。


 哀しく残念な事だが、ウェルズリー王国にはその両方がない。

 分離独立したサザーランド公国にもない。

 これまでは海のある外国と岩塩鉱山のある外国から輸入していた。


 だが俺様が分離独立して公国を立ち上げたばかりか、子爵が謀叛を企てて多くの外国にウェルズリー王国への侵攻を依頼した。

 このような状況で戦略物資である塩を輸出してくれる外国はない。


 中には騎士道精神に反するとか、民を苦しめるのは本意ではないと建前を言って、塩を売ってくれる国や商人がいるかも知っれない。

 だがそんな連中の言葉を鵜呑みにしてはいけない。


 連中は死の商人と同じで、重要な戦略物資を売りつけて戦争を激化させたいのだ。

 平時の十倍二十倍の高値で売りつけるだけではない。

 戦争が終盤になると、不利な方に侵攻したり略奪したり、やりたい放題なのだ。


 岩塩鉱山を国内に持つ外国、海に接している外国が先に宣戦布告してくれるか、参戦布告もせずに攻め込んできてくれれば、外国を滅ぼして塩を手に入れられる。


 だがそういう外国は大抵強かで、直接侵攻せずに高値を付けた塩を戦争をしている国に売りつけ、安全確実に利益を確保しようとする。


 外国の失敗を見込んで国家戦略を立てる訳にはいかない。

 外国が最善の国家戦略を立て実行すると想定し、それでも自国が繁栄する国家戦略を立て実現させなければいけないのだ。


 サザーランド公爵領の公国民が使う塩だけなら、前世の知恵で自給持続が可能だ。

 少量ならば、塩分を含んだ植物を焼いて灰にし、灰から塩を作れる。

 労力や費用は二大方法と比べ物にならないが、塩が絶対に作れない訳ではない。


 だが植物が大地から吸収できる塩分には限りがある。

 戦災で消耗される量も考えれば、戦争に必要な塩を公国だけでは確保できない。

 どうしても海か岩塩鉱山から奪ってこなければいけない。


「俺様が外国に乗り込んで塩を確保してくる」


 俺様がそう言うのを予測していたのだろう。

 政務を手伝っていた文官はもちろん、護衛の武官や世話係の従官も最敬礼で応えてくれる。


 俺様の血を受け継ぐ子供達。

 ベータに生まれてしまったがために貴族にも士族にも成れなかった者達。

 だが厳しい文武の教育に耐えて俺様の補佐ができるようになった者達。


「留守を任せたぞ」


 彼らなら、俺が留守にしても国を護ってくれる。

 公国だけでなく、王国も護ってくれる。

 想定外の事が起きても、民だけは護りきってくれると信じられる者達。


 俺様はアルファ得意の身体能力に特化した力で海まで移動した。

 光速までは行かないが、音速を凌駕する速度が出せる。

 ソニックブームによる爆音と衝撃波は、民に諦めてもらうしかない。


 塩を確保するために、どこ国にどのルートを使って行くのか?

 そんな事は事前に調べてある。

 その程度の下調べは、上に立つ者が真っ先にやるべき事だ。


 当該外国に知られる事がないルート。

 爆音と衝撃波を出してはいけない場所と時間。

 こちらから当該外国に宣戦布告できる隙を与える訳にはいかない。


 マッハ一で移動できる距離は、一時間当たり千二百キロメートル。

 陸上なので高低差があるから直線距離のようには移動できない。

 それでも一時間もあれば千キロメートルくらいは移動できる。


 二時間かけてある国の海岸線にたどり着いた。

 普段の鍛錬のお陰で大して疲れてないし魔力も使っていない。

 まして命力や霊力など全く使っていない。

 

 早速あり余る魔力を使って巨大な亜空間を創り出し、海水を蓄えた。

 意図したわけではなあいのだが、同時に大量の海洋生物を取り込んだ。

 これで内陸国に居ながら海水魚を何時でも食べられるようになった。


 俺様がこれまでに創り出した亜空間に蓄えているモノ。

 それを維持するために必要な魔力量。

 新たに亜空間を創り出し、蓄えた海水を維持するために必要な魔力量。


 俺様が一日に創り出せる魔力量の半分までなら亜空間の維持管理に使える。

 残る半分は経穴に創りだした魔力器官に蓄え非常時に備える。

 そう考えると、亜空間に蓄えられる海水は九万立方キロメートル。


 俺様の記憶では、琵琶湖の水量が二七・五立方キロメートル。

 カスピ海の水量が七八二〇〇立方キロメートル。

 九万立方キロメートルあれば塩にも水にも困らないだろう。


「戻ったぞ、塩と超純水を作ったから、この戦いで必要な量を報告しろ」


 この国が、どれくらいの塩と超純水を必要としているかくらい俺様も知っている。

 知っているからこそ帰りの二時間の間に作っておいたのだ。

 行きの二時間はしかたがないが、帰りの二時間まで無駄にはできない。


 厳しいようだが、俺様の側で軍師や参謀を務めるのなら、時間をかければ調べられる事は全部知っておかなければならない。


 自分一人ではできなくても、人を使えばできる事はやっておかなければいけない。

 同じ能力も持つベータの中から俺様の血を継ぐ者を抜擢しているのはそのためだ。

 嫌な事だが、俺様の威を借りて人を使える者を優先しているのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る