第5話:経絡指導

神暦3103年王国暦255年1月5日13時:ジャクスティン視点


「お爺様、今日も鍛錬するのでしょうか?」


 ジェネシスは、自分がオメガ落ちしたにもかかわらず、アルファの俺様が以前と変わらず鍛錬するのが不思議なようだ。


「当然だ、俺様には王家にも大陸連合魔道学院にも無い知恵がある。

 その知恵を使ってジェネシスを強くする。

 アルファにも負けない強い男にする心算だ」


「本当にその様な方法があるのでしょうか?」


「さあな、誰だってやってみなければ分からない。

 先の成人式だって、やってみなければ誰がアルファになるかオメガになるかは分からないのだ」


「そうですね、何事もやってみなければ分からないのですよね」


「ジェネシスがオメガから強い男に変化できるのかできないのかは、俺様の言う通り鍛錬してみないと分からない。

 ジェネシスにやる気があるか無いかだけの事だ」


「やります、やらしてください」


 二人きりの馬車の中でジェネシスが決意を露にする。

 成人式の日から続けている経絡に魔力を流す実験が、弱気一辺倒だったジェネシスの言動を変えているのだ。


「先ずは俺様がジェネシスの身体に魔力を流す。

 身体の正面、尻の穴の前から下顎の上のところにまで魔力を流すから、それを感じてみろ」


 最初に任脈経といわれる所に魔力を流す。

 ジェネシスにやらす前に自分の身体に魔力を流して確かめてある。

 間違いなく魔力が増してとんでもない強さを得られる。


「はい」


「大切な所には俺様が指を置くから、そこの魔力を止めるようにしろ」


 会陰から承漿までの二十四経穴をジェネシスに覚えさせる。

 今はまだ経穴の名称や効果まで覚える必要はない。

 魔力を流してオメガになった身体を変化させられればそれでいい。


「ジェネシスはそのまま覚えた任脈と督脈、手の太陰肺経に魔力を流していろ」


「はい」


 俺様はジェネシスの鍛錬を続けるように命じると、馬車の扉を開けて外に出た。


「魔獣が近づいている!

 迎え討つから馬を用意しろ」


 馬車の扉の外にある足置きに身を置き、護衛をしているベータ騎兵に命じた。

 疾走する馬車の外、わずかなでっぱりに身を置いているのに微動だにしない。

 我ながら惚れ惚れする身体能力だ。


「はっ、ただいま」


 騎兵が直ぐに俺様の軍馬を用意してくれた。

 俺様とジェネシスの乗る馬車の前にはセイントの馬車があり、後ろにはオリビアの馬車があるのだが、まだ魔獣の接近に気がついていないようだ。


「二人の軍馬も用意しておいてやれ」


「はっ」


 王都を出てまだ四日目だ。

 しかも主要な街道を使って公爵領に向かっているのだ。

 こんな場所に魔獣が出てくるなど、普通はありえない話だ。


「遅れて申し訳ありません」


「オリビアより先に気付けて良かったな」


「はい、何とか兄の面目を保てました」


「今がどんな状況だか分かっているか?」


「はい、誰かが魔獣の群れを連れてきたのだと思います」


「その通りだ、王都からわずか四日の場所に、これだけ強大な気配を放つ魔獣の群れを近づけさせるなど、周辺の貴族士族は厳罰に処せられる失態だ」


「それが起きるという事は、王家から処罰されない確証があって魔獣の群れをここまで誘導したという事ですね」


「そうだ、それに、一人二人の貴族士族ではなく、ほとんど全ての貴族士族がこの暴挙に加担しているのだ」


「討伐なさいますか、見捨てられますか?」


「見捨ててこの地方一隊が魔獣に壊滅させられるのも一興だが、残念ながら俺様には不完全な良心があるのだ」



「父上ならそう申されると思っていました」


「気がつくのが遅れて申し訳ありません!」


「気にするな、三年程度の実戦経験しかないオリビアでは仕方のない所だ。

 それに、これくらいで気がつければ、最低でも男爵くらいの能力はある。

 この場所からなら十分余裕をもって魔獣を迎え討つ頃ができる」


「そう言っていただけると少しは気が休まりますが、父上と兄上に少しでも早く追いつけるように、これからの鍛錬を続けさせていただきます」


「そうだな、鍛錬ほど大切な物はないから、二人ともしっかりと続けてくれ。

 この魔獣共は俺様が一人で片付けて来る」


「そんな、危険です父上!」

「そうです、父上を待ち受ける罠の可能性があります」


「心配してくれてありがとう。

 だがその心配は余計な事だ。

 この襲撃はミア王女が仕掛けた可能性が高い。

 そうなると、目的はジェネシスだ。

 ジェネシスを奪われる事がサザーランド公爵の恥だと思え!」


「分かりました、父上。

 我々を魔獣の方に誘い出して馬車を襲うつもりなのですね」


「セイントにしては迂闊だぞ。

 王家の襲撃がある事は言ってあったぞ。

 この程度の魔獣でではなく、複数の貴族士族が直接襲ってくる可能性もある。

 あらゆることを想定して対処できるようにしておくのだ」


「はい、申し訳ありません」


「オリビアはまだ味方である貴族士族から本気の殺意を向けられた事がないだろう。

 公爵領に戻るまでに、この国の貴族士族を何十何百と殺すことになる。

 今この場で覚悟を決めておけ」


「はい、顔見知りの貴族士族であろうと躊躇せずに殺してみせます」


「では後は任せたぞ」

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