第4話:家族会議

神暦3103年王国暦255年1月1日20時:ジャクスティン視点


「お爺様、父上、叔母上、私のせいでご迷惑をお掛けしてしまいました」


 ジェネシスが小さくなって詫びて来る。

 本当なら、もう同じ部屋で食事をする事も話をする事もできないのだが、最後の別れの時間として貴族の部屋で家族として話す事になった。


「気にするな、あの場でも言ったが、オメガ落ちしたとはいえジェネシスが俺様の初孫である事に変わりはない。

 これからは最下層のオメガとして生きて行かなければならないが、幸い俺様が領内でのオメガ差別を禁じてきた。

 ジェネシスがオメガになったからといって、多くの領地のように無差別に襲われる心配はない」


「そうだぞ、領地に帰りさえすれば何の心配もない。

 もう表だって親子として話すことはできないが、他のオメガと同じように城で召し抱える事はできる。

 主人と使用人としてだが、同じ城で暮らすことができる」


「そうですよ、何の心配もいりませんよ。

 私達三人の誰かに仕えるオメガになれば、貴族地域に入る事もできます」


 確かに俺様達アルファの性奴隷になれば、アルファの所有物として常に一緒に行動する事ができるのだが、とても大きな問題がある。


「無理を言うな。

 番の印をつけてしまったら、発情期になった時に近親相姦してしまうぞ。

 さっきだって咬みつきたくなる誘惑を抑えるのに必死だったのだぞ!」


 セイントの言う通りだ。

 アルファとオメガなら大丈夫という説もあるが、近親相姦は障碍児が生まれる危険をともなうので、アルファとオメガであっても肉親は近づかない方が良い。


「それは分かっているけれど、親兄弟が離れ離れに成るのは哀しいわ。

 ベータになった家族とは、親兄弟の名乗りはできなくても、主人と家臣として近くで暮らしていられるのに……」


 この世界にだって親兄弟の愛情がある。

 特にベータの間には、前世同然の家族愛がある。


「俺だってその気持ちはよく分かる。

 オリビアがアルファになるまでは、父上と二人しかアルファがいなかった。

 父上が博愛主義者となられて領内の身分差を軽減されるまでは、ベータになった家族と表だって話もできなかったのだ」


 セイントの言うように、貴族領によっては激しい身分差別がある。

 アルファとオメガという存在があるために、親兄弟でありながら激しい身分差が常識になってしまっているのだ。


「私が物心ついたころに、もう平気で話していたわよね?

 それっていつ頃の話しなの?」


「……私がアルファになってしばらくしてからだ。

 家族と話せなくなって落ち込む私のために領内法を変えてくださったのだ。

 私は血の繋がった家族が他のアルファに襲われるのが怖かった。

 それに、身分の確定していない成人式前の子供達は自由だが、何時アルファの子供を生むか分からないハーレムの女性達は、アルファの生母になるかもしれない。

 ベータが差別した後でアルファの子供が生まれたら、恐ろしい復讐があるかもしれないから、酷い差別は止めさせたかったのだ」


 セイントの言う通りにして本当に良かった。

 俺としては少数派の博愛主義を導入した心算だったのだが、無意識に前世の自由平等を導入していたのかもしれない。


「領内では厳しい身分差はないが、領外で問題が起こらないようにはしてある。

 領民が外でアルファに殺される事がないように、身分差については学校とギルドで厳しく教えさせている。

 他の領地から来た者達や、祖父や親からも厳しく躾けられている。

 差別がほとんどないのは、領城からほとんど外に出ない俺様の家族だけだ。

 領内でも領都以外ではある程度の差別は残っている」


「そうだぞ、父上がベータになった家族も領城内に匿っているから、砕けた態度や会話でも大丈夫なだけだ」


「二人とも、そんな事よりジェネシスの事だ。

 ジェネシス、家族ではお前に番の印をつける事ができない。

 もし他のアルファが襲ってきて、印をつけられたら御終いだ」


「分かっています。

 成人式の後で、信じられないくらい弱気になっているのも分かっています。

 お爺様と父上と叔母上が庇ってくださらなかったら、私は性奴隷にされても何の抵抗もできなかったと思います。

 お爺様と父上があれほど厳しく鍛えてくださっていたのに……」


 そうだ、前世の記憶がないにもかかわらず、俺様は子供や孫がオメガ落ちした時の事を考えて、自衛手段を身に付けさせていた。


「気にするな、あれはオメガには役に立たない鍛錬だった。

 ベータにはある程度役に立っているが、心が弱くなってしまうオメガは、どれほど身体を鍛え知識を授けもアルファには逆らえないようだ」


「本当に申し訳ありません」


「気にするな謝るなと言っても、オメガになったジェネシスは、俺様達アルファには下手に出てしまうのだろう。

 セイント、明日早々に王都を引き払って領地に帰る」


「急な話しですね」


「ミアの目が気になる。

 あれは大人しく女王の命令に従うような目ではなかった」


「しかし父上、多少の才能が有るからといっても、アルファに成ったばかりの王女に父上を斃せるような力はないでしょう。

 襲てきたら返り討ちになって死ぬのが目に見ています。

 やっと後継者を手に入れた女王がやらせるとは思いません」


「セイントの言う通りだが、王女や側近に知恵があれば違ってくる」


「何か方法があるのですか?」


 セイントは自分で方法を考えようとしているが、オリビアは考えもせずに聞いてしまう所が欠点だ。


「オリビア、時間のある時は自分で答えを考える癖をつけなさい。

 何時も知恵のある者が助けてくれるとは限らない。

 一人で問題を解決しなければいけない時もあるのだ」


「分かりました、考えてみます」


 オリビアには考えろと言ったが、それほど大したことができる訳ではない。

 自分にできないのなら、他人にやらせればいいだけだ。

 俺様に敵意を持っている王侯貴族は掃いて捨てるほどいる。


 魔獣と国の事を考えれば、俺を殺すのは悪手だと直ぐに分かる。

 だが中にはそんな事を考えずに目障りな者を殺そうとする奴もいるのだ。

 それはアルファの貴族士族だけでなく、ベータの平民も同じだ。


 特別な力のない平民とはいえ、鍛えれば前世の軍人や武芸者並みの力はつく。

 寝込みを襲って暗殺する事はもちろん、毒を盛る事だってできる。

 王女に莫大な褒美を約束されたら、俺様を殺すくらい平気でやる。


「お爺様、父上、叔母上、私のせいでお手をわずらわせて申し訳ありません。

 何の力もないオメガですが、お三方の邪魔にならないようにします。

 やるべき事があるなら何でも言ってください」

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