第6話:魔獣討伐

神暦3103年王国暦255年1月5日13時:ジャクスティン視点


 俺様は本能と能力が訴える敵のいる場所に軍馬を急がせた。

 自分で走った方が早いのだが、戦う前に魔力や霊力を使いたくないのだ。


「ウォオオオオオン!」


 大型の狼種魔獣が真直ぐにやってくるのが分かる。

 魔狼と言われる連中だが、最弱種のグレイウルフから最強種のフェンリルまで、数多くの種類がいる。


 今回襲ってきているのは、かなり強力な木魔術を使う木樹魔狼だろう。

 三十五年間魔獣と戦い続けている俺様の経験はこの国でも一番だが、更に前世の知識が加わった事で洞察力と推察力が飛躍的に高くなった。


「ウォオン!」


 魔狼にも経験豊富な強いリーダーがいるようだ。

 そうでなければ百五十八頭もの群れを維持する事などできない。

 だが、よくこれほどの群れをここまで誘導できたな。


「ウォオン!」


 或いは、人間に誘導されているように見せかけているのか?

 群れを五つに分けたのは、一つの小隊で俺様を引き付けておいて、他の四小隊でこの国の奥深くまで攻め込むつもりなのか?


「ウォオオオオオン!」


 俺様を包囲して全方位から一斉に襲い掛かってきやがった。

 だが魔狼達の行動は全て探索魔術でお見通しだ。


(マジック・アロー)


 そう心の中で念じ想像しながら魔術を発動する。

 前世の記憶をフル活用した無詠唱による魔術攻撃だ。


「「「「「ギャン!」」」」」


 十個の魔法陣が空中に現れ、一つの魔法陣から十本の魔力矢が放たれる。

 三十八頭の魔狼に向かって百の魔力矢が襲いかかる。

 一つの矢だけでも木樹魔狼を絶命させる攻撃力がある。


(ウィンド)


 レベル一の風魔術を発動して斃した木樹魔狼を回収する。

 前世の記憶と知識を活用して創り出した亜空間に木樹魔狼を保管するのだ。

 これだけ強い魔狼には色々な使い道がある。


「「「「「ギャン!」」」」」


 以前の俺様は、身体強化をした戦を好んでいた。

 いや、俺様だけでなく、この国の人間は魔力を身体強化にしか使わない。

 遠距離攻撃魔術だけでなく、身体から離れる魔術が研究されていないのだ。


 一瞬で魔狼の小隊を斃して回収した俺様は、馬を急がせて他の小隊に向かわせた。

 森の中を駆ける速さは魔狼達の方が早いかもしれない。

 だが、俺様は任意の場所に魔術を展開する事ができるのだ。


(マジック・アロー)


 わずか数日の間に、前世の記憶と知識を生かした魔術の研究を幾つかした。

 その中の一つが、索敵魔術で把握しているモノに魔術攻撃ができるのか、索敵魔術で把握しているモノを遠距離から亜空間に放り込めるのかの確認だった。


「「「「「ギャン!」」」」」


 人目を忍んだ実験だから、一番破壊力の低い魔術しか使っていない。

 何度かの実験で、十分遠距離レーダー攻撃が可能だと確認できた。

 同時にとても非常識な、遠距離からの窃盗や誘拐が可能な事も確認できた。


(ウィンド)


 その成果が、こうして視界内にいない魔狼の群れを遠距離から殲滅できる事だ。

 遠くの場所で斃した魔狼を亜空間に収納して保管できる事だ。

 短期間の検証だが、亜空間では温度が変化しないし時間が経過する事もない。


(マジック・アロー)


 残る魔狼の小隊は三つだ。


「「「「「ギャン!」」」」」


 だが既に三つ目は全滅させている。

 その気になれば馬車の中にいる状態で魔狼の群れを全滅させられた。

 五つの小隊に分かれる前に全滅させられた。


(ウィンド)


 それをしなかったのは、俺様の能力を誰にも知られたくなかったからだ。

 護衛についているベータの騎兵や侍女達だけではない。

 セイントとオリビアにも知られたくなかった。


(マジック・アロー)


 今はまだ二人とも理性を保ってくれている。

 だが、ジェネシスが発情期に入ってフェロモンをまき散らすようになった時に、二人の理性が保たれる保証がない。


「「「「「ギャン!」」」」」


 最悪の場合、二人を身動きできないように拘束しなければいけない。

 だがあの二人はアルファの中でもかなり強力なのだ。

 一対二以上の戦いで無傷で捕らえるのは至難の業だ。


(ウィンド)


 普通の戦いでは無傷で捕らえるのは難しいが、亜空間に閉じ込めるのなら簡単だ。

 何も知らない状態なら逃れようがない。

 だが亜空間の存在を知られた状態だと、反射的に逃げられてしまうかもしれない。


(マジック・アロー)


 だからこうして二人から離れた場所で魔狼達を斃して確保しているのだ。

 あの二人もこれほど簡単にその場にもいない状態で斃しているとは思わない。

 俺様が馬から降りて腕力に任せて斃していると思っているはずだ。


「「「「「ギャン!」」」」」


 二人を騙せるのは、記憶と知識を思い出す前の俺様がとても強かったからだ。

 百五十八頭もの木樹魔狼の群れを、たった独りで斃せる非常識な強さを元々持っていたから、二人を騙す事ができるのだ。


(ウィンド)


★★★★★★


「父上、王女達の襲撃はありませんでした」


「ああ、分かっている。

 こんな悪巧みをしておいて、何を考えているのやら」


「私を試しておられるのですか?

 父上の実力を確かめたに違いありません」


「まあそうだろうな、愚かな事だが、慎重だとも言える。

 だがやり方が悪すぎた。

 魔狼の遺骸を証拠にすれば、このような危険な方法を取った事で訴えられる。

 国を傾けるような悪巧みをすれば、幾ら女王の娘でもただでは済まない。

 それをやったという事は、よほどの愚か者でなければ裏がある」


「裏ですか……何があっても父上を殺すという事ですか?

 父上と我々を皆殺しにしてしまえば、悪行が表に出る事もありません」


「そういう事だ、ジェネシスを奪うだけでなくサザーランド公爵家を滅ぼす心算だ」


「許せません!

 王女といえども身勝手な理由で我が家を潰すなど絶対に許せません!」


「そうです、兄上の申される通りです。

 父上が命懸けで建てられたサザーランド公爵家を、何の功績もない王女の我儘で潰させるわけにはいきません」


「だったら覚悟は決まっているな?!

 さっきも言ったが、一瞬の迷いもなく襲ってきた者を殺せ。

 それが例え女子供であろうと、躊躇なく殺せ。

 敵の中には変化の技を使う者もいるのだ。

 一瞬の遅れが自分だけでなく大切な家族の命を奪う事にもなる」


「「はい!」」

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