白峰大神   白蛇抄第3話

白銅が鏑木の部屋にいると、伝えられて澄明は部屋の戸を開いた。

そこに白銅が、じっと立っていた。

が、その足元に黒い醜い者がいるのが見えた。

「白銅!餓鬼ではないか?」

思わず澄明は叫んだ。

「見えるか・・・・鼎だ」

澄明の言葉にふりむいた白銅の袴の裾を掴んでいた餓鬼の姿がふっと消えた。

「なんと?我気道に落ちやったか?」

「うむ。それよりも、不知火が白峰よりあふりがたったと、言霊を寄せてきよったわ」

「そうか・・・」

「澄明。直、齢十九の役であろう?」

はっとした顔を見せた澄明である。

承知の事であろうが十九の役と言えば、当然女子の役である。

「知っておったのか?」

「随分、前からの。幾ら、男の造りで誤魔化してみても、障りの血の臭いは消せぬ」

「麝香も無駄か」

白足袋から、髪を括る紙縒り紐まで麝香を焚き染めて居たのも、

障りは元より女にはない男の匂いがない事を気取られぬ為でもある。

「いや。鼎の事があってから血の臭いは殊更気に障ってな」

「すまぬ」

「御主が、謝る事ではない。鼎がああなったのは、もう、随分前の事だ」

「しかし、何故?」

「・・・・・」


鼎は随分前から、時折嬌声を発し頭を抱え込むと、只、只脅えるようにじっと蹲る。

様子を見にきた白銅に縋り付くと、気が休まるのかふいに静かになるのである。

虚ろな目のままの鼎を白銅は抱かえるのであるが、

鼎は口中でいつも何かぶつぶつと喋っていた。

それが、障りの日になると決ってそうあった。

この年の離れた妹の鼎が憐れであったのと、

白銅にだけは少しの落ちつきを見せるので、

鼎が狂うたびに白銅は障りの始末も出来ずいる鼎を抱き込むことになった。

が、それが、だんだんひどくなってきて、

障りの無い時でさえ、正気を失うようになってきていた。

時折り正気をみせると兄上すみませなんだというのである。

が、その、正気でいる自分の思念さえ畏れに慄くようになると、

とうとう鼎は我気道に逃げ込んだのである。

それで白銅は障りの血の匂いに敏感なのである。

そして、それは哀しい思いを共に湧きおこさせるだけであった。

「要らぬ事を聞いたようですね」

「読み透かさぬのか?」

「・・・・・」

澄明は押し黙った。

「御主なら、俺をも透かせよう?」

「いや。やはり、知らぬが良い」

白銅も鼎の姿を哀しく思うのであるが、それでも、狂いはて恐れ慄く様を考えて見ればこの方が鼎には幸せな事なのだと思えた。

白銅はじっと、黙った澄明を見た。

白峰のあふりが立ったと聞かされれば、さすがに澄明も鼎どころではないだろう。

「それより、白峰の事もある。わしと夫婦にならぬか?」

「何を?」

突拍子も無い白銅の言葉に澄明も継ぐ言葉をなくした。

「判っておる。そなたが白峰殿にくじられておるのは」

女子である澄明を白峰がくじる(選択)と、言う事がどういうことであるか。

それは、すなわち、もじどおり女であることを、くじられる(穿つ)事を意味している。

白峰の嘱望が何であるかを白銅も判っているのである。

「それでも、妻に望むと言うのか?」

「ああ」

意外な白銅の思いを聞かされて澄明は、また、黙りこくった。

「・・・・・」

「ふっ。それでも政勝殿が心に残るか?」

「読みよったな?」 

「好いた女子のことは、気になるわ」

そう言うと白銅は澄明を抱き寄せた。

「ならぬ。白銅。お前が危なくなる」

「判っておる。白峰のあふりが来る。そなたは白峰殿の大事な者ゆえな。澄明」

「名を呼ぶな。白銅、成らぬ」

澄明・・・事。ひのえの顔を寄せ付けると、白銅はその口を啜った。

「澄明。すさ:まじい・・・の」

白銅は其れだけ言うと崩れ落ちるように床にしゃがみ込んだ。

「だから、言うておる」

「つま先まで、痺れておるわ」

「待っておれ」

鏑木の部屋を出ると、澄明は自室に急いだ。薬湯を煎じた物がある。それに蝮酒。

毒をもって毒を征すではないが白峰のあふりにはやはり、蛇の毒が効く。

「飲むが良い」

「用意のいいことだの」

白銅は、左手に持ち返ると杯を目の高さに上げる。

「なおらい」

一気に飲み乾すと、澄明の手から薬湯を受取った。

「政勝殿が、竜が子孫と知っておって何故、嫁がなかった?さすれば、白峰殿になぞ」

「戯けた事を:」

「ふ、ははは。御身大切では竜神の加護は得られぬか?其れより、政勝殿の寵愛を貰い受ける自信がなかったか?」

「頼みには出来ぬ。壬の年に役になる」

「ほほう。やっと、惚れている事を認めたか」

「かのとにいうでないぞ」

「判っておる。辛いものだの。

政勝のもとに嫁いだ後にせよ先にせよ白峰にくじられるとなるやも知れぬとなれば、操がたたぬわな。

其れで、諦めたのは判る。

だが、なぜ、かのとに政勝殿を勧めた?本意でなかろうに?」

「言うな」

「何を隠しておる?そこが、読めぬ」

「当たり前だ」

「封じ込めてあるか。そなたらしいの」

白銅ももう、それ以上は詮索するのをやめた。

痺れが取れると白銅はついと立ち上がると正眼の部屋に向った。


「嫁にくれと?そう申すのか?そちが、か?澄明をか?

正気か?知っておろう?」

白銅は澄明が女子である事もしっている。

が、問題はそれだけではない。正眼の声が震えている。

「勿論です。だからこそ・・・白峰なぞに・・・・」

白峰の名前が白銅の口からでた。

白峰の目論見をしっているということである。

「無理じゃ。勝てる相手でない。

加護を与えるどころか、むしろ、澄明の足手まといになる。

澄明の方が法力は上だ。

その力をもってしても、相成らん事だのに・・・」

「みすみす・・・」

「沙少に触れても、あのざまであったろうに。

潤房に及ぶまでに命がはつるわ」

先程の白銅の挙動を既に正眼は知っていた。

「・・・・」

「あれも、好いた男がおったようだが、そう考えたのであろう。

両極、想い揃うてなんとか、なろうかもしれぬが、

好いた男の命を賭けることなぞ、できぬわの」

「私なら、構いませぬ」

「澄明が、そなたの命賭けるが惜しくないと言うのか?

其れほどの価値しかない男が澄明を護れるか?」

「政勝殿なら、護れたと言うのですか?」

「それも、知っておったか。多分な。

が、政勝は、竜が子孫。争いは四方に広がる。

天空界への争いになった時地上がどうなるか。

考えても、恐ろしい事だ」

「あっ・・・」

「だがの、これは、政勝は知らぬ事。他言は、ならぬぞ」

「お聞きしたい事がもう、ひとつ。なにゆえ、かのとを・・・」

「かのとを娶らせたか?・・・」

「あ、はい」

「澄明を嫁にと望んでくれたゆえ、話す。

かのとは、澄明の双生の妹じゃ」

「ああっ。では、表裏一体」

「うむ、かのとはその名の通り入り口である。

ひのえ、澄明の実の名じゃ。この(え)は江である。

判るな?何もかもが、かのとを通り、

そして川の流れが集まるように江にむかう。

故に、ひのえには、陰陽を教え込んだ。

我が身を守る為にも、江に集った水をかのとに戻させぬ為にも。

だが、かのと自身が護られなければ、

ひのえ一人では寄せてくる禍禍しいものを諌め尽くせない。

そうなれば、かのとも、危ない。

かのとに加護を与え、入り口に寄せ来るものを払うだけの秘力のある男の元に託したかった」

「其れが、政勝殿」

「これが、若し、逆になっておったら?

まず、政勝もひのえも、鼎の二の舞になる」

「・・・・・おお・・・・おお」

やにわに白銅が堪えきれず泣崩れた。

「泣くな。鼎のことがあったゆえ、

ひのえを、救ってやりたかったのであろう?

心配するな。

わしの読みが狂わなければ、百夜・・・。

その後、ひのえの、想いが勝つか?

白峰の想いのものになるか?見えてこよう。

その後に反れでも、お前の想いが変っていなければ・・・」

「どうなさるつもりです?まさか、禁術を?」

「いや、それはない。我気道におつるは、一族郎党。それはできぬ」

「判りませぬ。が、おやめ下さい。

ひのえが白峰の物に成った時は白銅も潔く諦めます」

「・・・・」

「今日は、帰ります」

「すまぬ。事の始めは、総て、わしにある。

ひのえに言霊を懸けていたのに気がつかなかったのだ。

ひのえが数えの七つの年、野山を連れ歩いて薬草を教え歩いておった。その折、ひのえが、小用を足している所を、嗜めた。

女子が無闇にほとを開くと蛇が入るぞ・・・と。」

「ああ、よく言う言葉です。

男はみみずに小便をかけると、珍棒がはれる。あの類。」

「だが、其れが言霊になっておった。

わしもその時すでに言霊を、操り始める域に達し始めている事に気がついていなかった。

軽口だった。だが、言霊が発動し、そのあとに小用をたすひのえのほとを、春に浮かれて蛇の姿で遊び歩く白峰に見られたのだ」

「そ、それだけで?」

「言霊の呪縛とひのえを見初めた者が大物すぎた。

白峰は十二年、ひのえを待ち越している。

みいの年であり、厄。神仏の加護が一番弱まる年。

ひのえの身体ももう、大人。この年を逃すはずがない。

執着も深い。

で、なければ、この年まで白峰殿が待つわけがない。

ひのえが、戻ってくる公算は、皆無かもしれん」

白銅は項を垂れたまま、正眼の部屋を出るとそのまますぐに不知火の庵に向かった。

先ずはこの目で白峰のあふりがどれほどのものか見定めたかった。


扉を開けてぬっと入ってきた白銅にさして驚きもしなかった所を見ると、不知火も白銅のくるのを予期していたのであろう。

「早くも来たか?」

「おお」

振り向きもせず不知火は声をかけるとそのまま茶を立てつづけた。

風流な男である。

床の間に飾られた花もこの男が手ずから活けている。

白銅にも花瓶の中で咲きかけている花が桃の花だという事だけは判る。

白銅が不知火の側に座りこむと

不知火は立て終えた茶の湯を白銅の前に押しやった。

それを無造作に掴み上げると白銅はぐびっと飲んだ。

作法も何もあったもので無かったが、

不知火はこだわりのない男でもある。

澄明が白峰のあふりを抑えようと予見したのはこの男である。

かのと同様この男も白峰が荒ぶれているだけと思っているのである。

澄明が抑えに行ってくれるかどうか、

白銅がその話をしに行ったものだと思っているのであろう。

「どうじゃ?」

「茶か?澄明が事か?」

「両方じゃ」

「どちらも、うまくないの」

渋みの残る口を拭いながらもそっと白銅は本音だけを答えた。

「強情な女子じゃからの」

「知っておったか?」

澄明が女である事をである。

「うむ。御主の様子で気がついた。

どうも、白峰の事を告げた時におかしいのと、おもうてな」


二とせ前より、白峰神社の様子がおかしい。

頻繁に出入りしていた巫女が居を里に移すと、

まもなく、社の寄進が始まり、

瞬く間に新造の社が出来上がったのであるが、

それでもそこに巫女が移り住む事もなく、

そのまま、白峰神社の麓の小さな家に住み続けている。

天空界に帰ったのであろうか?そう、思った事もあった。

社の周りをふためぐりして社殿の中に入りこんでみれば、

ずさっと音がして実の姿をした白峰がすりよってきた。

「ほ、陰陽師か」

そういって踊るように身をくねらせたかと思うと、

それはそれは美しい若者に姿を変えた。

「なにしにきやった?」

ねめつけまわすように言う言葉がひどく冷たく、恐ろしい。

「いや。許されよ」

黙って不知火の顔を見ていたが、

「四方神を護る者のひとり。玄武の不知火か。ならば・・・許す」

ひ掛りの有る言葉を耳の端に残しながら不知火は慌てて山を下った。

その後に、不知火はこの事を白銅に伝えたのである。

が、その事を告げると、白銅がくどいほど念を押した。

「確かに言うたのだな?四方神の守護の一人なら許すと」

「何を興奮しおる?」

「・・・・・」

考えた末白銅が口を開いた。

「いや、何、澄明がの・・・」

「澄明?正眼の一粒種の息子の?」

「うむ。あやつを読み透かしてみると、

どうも時折に白峰の名が浮びよるのでな」

「ふううむ。妙じゃの?」

その時はそれですんだ。

が、不知火の中に怪訝なものが沸いた。

『何ゆえ、澄明を見透かさねばならぬ?

時折と言うてもおった。

都度都度読み透かしているということか!?

それに、何をあれほど興奮せねばならぬ』

読み透かしは強く念じねばならぬ。

その上、相手も陰陽師。

読み透かしは只でさえ、愚礼である。

それをあえて、しなければならない訳があるのだろうか?

初手に一体何を読んだというのであろうか。


そう思って白銅を見ている内に不知火が気がつきだした。

本意に気になるは白峰の事でない。

それが気になるのは澄明が気になる故であると。

いつか、戯言をまじわしている時に澄明がやってきた。

女をまだ抱いた事がない白銅をからかっていたのを、

別段気に止めず、そのまま澄明に

「おお。澄明か御主もまだじゃろう?

これから白銅の筆降ろしに御主も一緒に新町にゆかぬか?」

新町は春を鬻ぐ者の町である。

そう、からかった途端、白銅が烈火の如く怒り出した。

「わしは、そのような所に行かぬ。澄明も行かぬわ」

そういって、澄明を振り向く顔がやけに赤い。

ひどく、必死になるのを可笑しな事よ。

と、思いながら不知火は黙って見ていた。

茶を立てながら白銅を盗み見ていると

澄明を見る目が可笑しい。

澄明が何となく白銅の視線に気がついて振り向くと、

慌てて、白銅が目線を反らす。

俯いた顔から一こうに赤みが消えぬ。

まるで女子に懸想しておるように見えるわ。

ふと、そう思った思いを不知火は手繰りなおした。

まさか!?

白銅を盗み見た目をそのまま澄明に移す。

齢十七。

そろそろ、髭も生えてこようかという歳にあるのに関らず、

その肌は艶やかで滑らかで、

いくら待っても、髭なぞはえてきそうもない。

撫でた肩も男にしては華奢すぎる。

首筋も細く、咽喉仏も張り出して来ていない。

はっとした。ひょっと湧いた思いである。

これは女子?

が、そうと考えれば、つらつらと紐をとくように

訝った事が全て解けて行く気がした。

それで判った事である。

「白峰の事もか?」

「判らぬのう。澄明の事を読むお前の気持ちは気がついたが、

何に左程に白峰が気に障る」

「澄明を読んではおらぬのか?」

「するものか?御主ではないわ」

「・・・・・」

「いうてみろ」

「初めはわしも、判らなんだ。

御主の言う通り、澄明の心を透かして見とうてな。

都度、都度、読む内に白峰の名前がよう過った。

その内、かのとが政勝の嫁に行く頃に、『妻には成れぬ』といいおる。

深い悲しみがある中に

『この身、白峰のものか。などか、くじられねばならぬ』

と、呟くように聞えてきた」

「何?」

とうとうとしゃべる白銅の言葉の中の一言であった。

が、くじられるとは?ただごとではない。

「そういうことだ」

「ま、待て。では、あの、あふりは?」

「そうだというておろう」

澄明をよこせという白峰の発動だという。

「あのあふりを受ければ周りの者が異変に気がつき

それを鎮めようとする事だろう。

後は簡単よ。

澄明を差し出せと告げれば、

氏子、総代押しなべて白河に詰め寄って行くわ」

「それを、澄明がすでに知っておるというのか?

そういうことだな?なぜ、白峰などに・・・・」

「知らぬわ」

正眼の苦渋に満ちた顔が白銅の心に浮かび上がる。

「どちらにせよ、白峰が澄明をくじるのも時刻の問題であろう」

「ならば、嫁にくれというて・・・」

「遅いわ。白峰は十二とせ、待ち越しておる。

わしが気がついた時でも遅かった。

その上、澄明の心は他にある。

それでも諦めきれずにおったが、

あふりがたったと聞かされたら、おもわず・・・」

「・・・・・・」

「体を寄せただけで凄まじいあふりをくれよる」

「なんと・・・・」

「嫁どっただけで諦めるような玉ではないわ」

「・・・・・」

不知火も言葉を失った。黙りこくる時間が過ぎて行くだけになる。

白銅は不知火に告げた。

「この目で白峰のあふりを見たいのだが」

「判った。一緒に行こう」

遠く離れた場所でのひのえとの口吻にさえあふりを食らわすのである。

白峰の膝元までぬけぬけと、近づいた白銅を白峰が見逃すかどうか?

あの脅しに畏れているとふんでなにもせぬかも知れぬが

そうでなかったら、白銅一人ではどうなる事やら。

動けぬ様になれば、今は誰も恐れて近寄らぬ場所である。

見つけられぬまま、それこそ餓えて、その場で命がはてるやもしれぬ。

足駄をはむと二人で白峰の麓まで来た。

幸いなのか、こけにされているのか白峰のあふりは来なかった。

「不知火。凄まじい、瘴気だの」

白峰の祠の上、天に届くかと、思うほどあふりが、立ち込めている。

じっと見上げる白銅のその横で不知火は何か念じているのか口中で何か唸っていた。

「齢、千年を越すというのに、変らず若者の姿をしておる。

一体、何時まで、生き越す者やら。

古を手繰ってみても法が見付らぬ」

「・・・・」

「おまけに、それは、それは、美しい姿を成されておる。

あの目でねめつけられただけで、立ち竦んでしまうわ。

側による事も叶わぬ」

「古を手繰ったと言ったな。」

「うむ」

「草薙の剣は、いかがした」

日本武尊がやまたのおろちの首をはねた剣の事を白銅はふっと思った。

「神代の事、今持って朽ちもせず、何処かに伝えられておるのか、

それが真にあるものなのか、定かでない」

「そうか」

「御主・・・白峰と?」

「勝てる相手ではない。

が、あれほど主膳の因縁断ち切ってやろうとした澄明の思いの底はここにあったのかと思うと、なんとかしてやれぬものかと思うてな」

「惚れた相手が悪すぎたの」

「澄明の事か?・・・白峰の事か?」

「どちらもじゃろうて」

「そうだの。よう、判った。帰ろうて」

もう一度、白銅は空を見上げた。

普通の人の目には見えぬが

墨絵落としを逆さにしたような暗雲が立ち込めている。

「雨が降らねばよいが・・・」

一言、呟く白銅であった。

雨が降ればあふりが地におちて来る。そして、倒れこむ者達。

巫女が祈祷を上げそして、氏子が白河の元に押寄せる。

そして、ひのえが白峰の元に・・・・。

その日が少しでも遅いのを祈るしかない。

『雨が降らねばよい・・・・・』


「巫女様!!」

息を切らして半蔵が駆け込んで来た。

「どうした?」

巫女は半蔵をじっと見た。

「それが、嗚呼。白峰様がいかってらしゃるのだ」

「訳が判らぬ。きちんと聞かせや」

齢を七拾を超え様かという老いさらばえた巫女である。

少しの事では、驚きはしないのだが、

白峰の怒りという言葉に膝を正し、

幾ばくか、背筋を伸ばした。

「昨日の雨の後、雨に打たれた者は身体が痺れると言い、

草を突付く鳥もしばらくすると地べたにじたじたと這い回り、

何よりも白峰様の大きな杉が残らず、枯れ果てたように茶色に」

「判った」

あふりだということはおぼろげに判るが

何故、白峰様があふりをお上げになるのかまで

巫女にも判らなかった。

「まあ。よい。祈ってみるわ」

祈祷の祭壇に額ずくと、

しばらくして巫女の長い祈祷の声が流れ出した。

「はああああ。はっ。はっ。はああああ」

ささきを振り、御神酒を杯につぎ頭上高く掲げると、

口の中でまた、ぶつぶつと念じ始める。

しばらくすると巫女はううううと唸った。

「白峰様は、何処かの女御を、御迎えするようにと・・・」

「何処では、判りませぬ。

が、そのようにすれば、御怒りが鎮まると?」

「そういう事だの」

「で?何処の誰?」

「これ、気安い口をきいてはならん。あふりが来ても知らんぞ」

「はあ」

「この、みぃの年に役を迎える女御。ひのえ様という名だけ」

「はあ?」

半蔵にも巫女が浮かばされた白峰の要求はわかる。

「しかし、それだけでは・・・・」

「判っておる」

これではいかにも調べ様もない。

白峰がもう一度、言い及びたい事があっての謎懸けならば、

みの刻を待ちて白峰が下るのを待つ方が良い。

余程の事がない限りその姿を、あらわさぬ御方である。

半蔵がおるのが気に入らぬのかもしれぬ。

「判った故。手立てがあるゆえ、お前はもういね。

そして、後でな白峰様のお伝えがあらば、

その時は宜しく皆にも伝う」

巫女は祭壇に向き変わると、祈りを上げ始める。

「はあ。ようは、嫁取り?ということに?」

「うむ。判ったら、早う行け」

その夜遅く巫女は白峰の社に向かった。

祈祷を上げ、みの刻まで待つつもりであったが、

程なく白峰の姿が下った。

齢七十の巫女でさえ、

今までかほど美しいおのこをみたことはない。

何度見ても、この年に成っても、

魂が吸い寄せられる様に魅せられてしまう。

『お美しい・・・』

魂が抜けたようにぼうと見やる巫女に白峰が声をかけた。

「ひのえを迎える仕度を致せ。

ひのえを迎えた後は、朝な昼な夜な供物をもたらせ。そちが運べ」

「は、はい」

「早う。呼びやれよ。早う」

はっとして、振向いて

奥に入りかける白峰を呼び止める巫女であった。

「御待ち下され。そのひのえ様は、何処の御方であらせられる?」

「朱雀を守る白河正眼、勝元の娘じゃ」

「正眼殿?」

正眼には娘などおらぬはずである。

考えあぐねている巫女に白峰が

「澄明という名でもあるの」

と、言うと、巫女は

「げっ?お・・・女護でありやったか、道理で」

瓜実顔で切れ長な目。

男にしておくのは惜しいかと思った事がある。

「何時、見初めなされた?」

思わず口に出した言葉を巫女も自分でもしもうたと思った。

「余計な事を」

跳び退りたいほど、寒寒と恐ろしい声である。

「御許しを。早急に、御迎え致します故。どうぞ。これ以上」

「あふりを上げるなと言うか?」

恐る恐る返事をする巫女である。

「はい」

「ならば、急げ」

「はいそのように急ぎ・・・」

白峰は巫女の返事なぞ聞く気も無い。

そのまま奥の部屋へと歩み去った。


巫女はまだ震える手で足駄をはむと麓の住まいに戻った。

夜が白白明けくるを待ちて氏子総代を呼んで

ひのえ様を迎える仕度を打ち合わせ、

それが調えば急いで、正眼の元に行かねばならぬ。

ひのえを貰い受けねば白峰神社の麓の者の生き死に関わる。

数を頼みにして、正眼を脅しつけてでも

ひのえ様を頂いてきて白峰様に差出さねばならぬ。

朝を告げる一番鶏の声が聞こえると巫女は外に出た。

氏子総代と村長にまず、話さねばならないのだ。


『雨が降ってしもうた』

白銅と同じ思いが今、ひのえの胸に去来する。

『この、雨をどんな顔で見ているのやら・・・』

白銅はひのえへの溢れる思いをどうする事もできず、

只、白峰の物に成るのを指を咥えて見ているしかない。

それを、ひのえが望んでいる事なら白銅も諦める事もできる。

が、ひのえはもはや諦念している。

その諦念を託つものは

せめて村人達にこれ以上白峰のあふりを

受けさせないですむという事だけであろう。

次の日は雨が嘘のように、晴れ上がった空が顔を覗かせた。

白峰の麓の村人達が大勢で

父の元の詰め寄って来るのは、目に見えている。

行かせたくないものを無理やり承諾させられて、

ひのえに、どう言えば良いか、

苦渋に満ちた顔でひのえの前に座る父を見たくもない。

ひのえは墨をすると正眼への置手紙を書き始めた。

――村人たちが来る前に、先に行きます――――

たった、それだけを、書くとひのえは、そのまま外に出た。


白銅は空を見上げていた。

よくも晴れ上がったものである。

雨など降らせたのは、ひのえ欲しさに

白峰が振らせてみただけではないのだろうか。

そう、思いたくなる、青く澄んだ空であった。

縁側に座りじっとしている白銅の思いは

その空の色と違い余りに哀しい。

早ければ明日か、遅くても明後日。

白銅の家の前を多くの村人にいざなわれて

輿入れの行列が通る事であろう。

神馬に横座りに白無垢のひのえが通り過ぎて行く。

嫁取りの寿ぎの詩を歌いながら通り過ぎて行くのを、

黙って見ているだけなのか?

花嫁の姿に子供達が声を上げる事であろうが、

その行く先を知る者も、ひのえの胸の内を知る者も無い。

「白銅、何をしやる?」

突然の声の主を白銅は夢でも、見るようにじっと見た。

「ど、どうして・・」

「いや。これから、行こうと思うてな」

いつもの男造りのままのひのえである。

心持、ひのえの頬が赤らんでいる。

先日の白銅の行動を思い出してか、

これから白峰に何をされるか判っている所に

自ずから出向いていく事を告げたせいかもしれなかった。

「自ら、行くのか?」

「父上の泣く顔は見とうない。それに・・・」

「それに・・?」

「詰寄られ、父上に言われ、

泣く泣く行くように思わせたら、申し訳のうてな」

「・・・・」

「・・・・」

「それで良いのか?」

「仕方なかろう」

「政勝のことは?」

「とうに、諦めておる。でなければ、かのとをやらぬ」

「そうか・・・」

立ち去りかけるているひのえに白銅は聞いてみたかった。

「わしのこと・・・は?」

「そうじゃな。白峰のことがなければ考えられたやもしれぬ」

「そうか・・・・」

今更ながらに哀しい答えである。

が、白峰の事がなければどうせいでも、

政勝の物であったのであろうとも思う。

「良き日じゃな」

そう言うと、ひのえは白銅の元をあとにした。


白峰神社まで凡そ、半刻。

ゆっくり歩み続けるひのえは春の匂いを胸一杯に嗅いでいた。

白峰の社に一度には入ればそこを出るのは百日後。

季節も移ろい若葉の季節を過ぎ

夏の盛りの眩い日の中に出てくるまでは外にでることも叶うまい。

「ほんに、良き日じゃ」

温かく照り行く日の光の中、

ひのえはゆっくりと、白峰の社に向って行った。


重たい社の扉を開け放つと、予期していたかのように白峰が待っていた。

「きやったか」

つと、立ち上がると見えたら、もう白峰の姿はひのえの側に寄り添う様に立っていた。

「さて・・・ひのえ・・・・いかがなす?」

「・・・・・・」

「この白峰。ひのえが七の年より十二年、

この時の来るのをどんなに待ち受けた事か」

「好きになさるが良い」

「ひのえ・・・良いのだな?」

「ほっ。嫌だと申せば、おやめ下さると?」

美しい白峰の顔がひのえを覗き込んだ。

「ひのえは、この白峰が欲しくないか?」

ぐううと瞳をねめつけられると、

ひのえの身体が痺れる様に陶酔してゆく。

余りに美しい白峰に口説かれると、

さしもの、ひのえとて女である。

呆然とした顔の真中。

瞳がほだされる様に潤んだ。

「よいな」

ひのえの顔をよせ来ると、白峰が口を啜った。

「よくも、白銅が如きに口吸いを許しおったな」

白峰が言うと、ひのえをしっかりと包む様に抱きかかえると

へたりとその場に座った。

その膝の中にひのえを落とすと、もう一度口を寄せて来た。

白峰に唇を舐め尽くされ、その舌で唇を割られると

白峰の舌がひのえの口の中に入りこんできた。

ぞわとする感触で生暖かく、

湿った物がひのえの舌を絡めとってゆく。

ひのえの頭の中が真白になり

なにも考えられなくなってゆくとひのえは、

只々、、白峰に与えられる感覚に溺れこんでいった。

「ひのえ。すまぬと思うておる。

わしのあふりを、畏れてその身を繕いて、

娘らしく装う事も、美しく化粧する事もせず、

およそ女である事さえ人に悟られまいとして、

この十年を過ごさせてしもうたの」

優しい言葉である。

白峰のあふりに気がついたのは

ひのえが十二の年に初潮を迎えたその朝だった。

春でもあった。

万物、皆、草木が芽吹く頃に

身体の芯に小さな欲情の息吹きが

ことことを音をたてはじめるようであった。

目の開かぬ内から育て上げた太郎丸も例外で無かった。

ひのえの障りの臭いに畜生ながらも、

女を嗅ぎとると突然、ひのえの足に絡み付いて

さかる様を見せはじめた。

が、ものの刻もせず内に太郎丸の身体が

ひくひくと痙攣し始めると、口から泡を吹きのた打ち回った。


慌ててひのえは父親を呼んだ。

ひのえの声に寄っていた正眼だったが

太郎丸を一目見るなり唸った。

太郎丸の胴から赤い陰茎が延びたまま

口からは泡を吹いている。

時期の来た事を察した勝元から、

その時に白峰の事を聞かされた。

自分に妙な懸想を寄せさすと、

白峰のあふりを受けとんでもないことになる。

その日からひのえは、自分の姿を男に変えた。


「・・・・・」

「ひのえ、今日からは、美しく装おうがよい。紅をさすがよい」

白峰の心奥の欲情が伝わってくるような好色な目付きを一瞬見せた。

「わしの為に装おうてくれるな?」

ひのえの胸に差しこんだ手がぐうと胸をもみこみ、

先の尖った部分を摘み上げる様にして

白峰の細い指の先で転がす様にされると

ひのえの中に鋭い感覚が走り、其れがほとまで走っていった。

「あああ」

思わず声を上げるひのえの顔に白峰が顔を寄せて来る。

「抗えまい?」

袴の胴割から手を入れ込め、

着物の裾をはぐると白峰の手がひのえのほとに届いた。

さきの胸に与えられた感触の答えがもう、そこに現れていた。

「七生。七度。さすがに八代の身。わしを覚えておるの」

ぐじぐじとほとを濡らす精汁を、指に絡めながら、

白峰の声は満足気だった。

「なん・・・と、い・・われ・・・」

白峰の指が陰核を弄り出すのに、

ひのえの声が震え出している。

「今。なんと・・・いわれ・・う、あ・・・あああ」

白峰の指がひのえの陰核を激しく磨り撫でてゆく。

「今・・あ、ああ」

「良いわ。ゆっくり寝物語に語ろうてやる。

ん?ひのえ。良いだろう?」

一呼吸も付かせぬ様に激しい愛撫に

ひのえの思念もその指に与えられる感触だけを追い始めた。

「ああ・・ああ・・あああああああ」

いつまで際限無く、白峰の指が動き回るのだろうか?

その中、白峰に一枚一枚、

着物を剥ぎ取られて行くのにさえ、ひのえは気が付かなかった。

ぐんなりとした身体から指が離れ、

違う感触が与えられたとき初めて、ひのえは気が付いた。

裸身。

「あ、いつのまに」

そう、思った時白峰の顔がひのえの股の間に沈んでゆき、

今度はその指でなく白峰の口に陰核を吸い上げられた。

軽く核を歯で噛んで動かぬようにすると

その舌で核を転がすような動きで舐めくじって行く。

「あ、あ。あ・・・あ」

白峰の口が歯噛みしたひのえの陰核をくうううと強く吸い上げた。

激しく吸い寄せられると白峰がもう少し強くかみ寄せ、舌を転がした。

「ひいい・・・い、い、い・・・」

痛みの中にある強い快感にひのえの声がか細り

うわ言の様にそれを訴え始めた。

「あああ・・・良い、気持ちが良い・・よい・・・・ああ、よ・・い」

乱れはてる初女を、たのしむ白峰はひのえを長い間、解放しなかった。

「・・・・あああ・・・・」

ひのえの声がやがて、堪えきれないようにむせび泣きにかわった。

その声を聞くとやっと白峰はひのえを離し

もう、一度膝の上に抱きかかえた。

ひのえを胸の中に包むと愛おしげに名を呼んだ。

「ひのえ。ひのえ。ひのえ」

白峰は、狂おしいほどひのえを抱き締めると、

みるみる内にその姿を大きな白蛇にかえた。

「もう、恐ろしゅうないじゃろう。ひのえ。

知っておろう?舌は陽根と一対をなすものであるということを・・・」

ちらちらと二股に分かれた己の赤い舌を見せながら

白峰はひのえの身体に幾重にもまきつきながら言葉を続けた。

「ひのえ。蛇の物を見た事はないか?

この舌のように双に分かれておる」

一面に返しのような鍵裂きのついた蛇の物をひのえは見たことがある。

が、双に分かれておる事は気がつかなかった。

白峰はひのえの心を読み透かす。

「そうそう。その鍵裂きでな、

一度入り足れば果てるまで離れぬ故に・・・覚えておくがいい」

ぐっとひのえの身体を締上げるとずううと

白峰は胴を手繰る様にして体をずらした。

そのずらした合間からひのえの乳が

はみ出るようにせり出しているのを白峰が

顔を寄せて双に分かれた舌で

その乳首にちろちろと舌を這わせた。

「あ・・」

「もう良いか?ひのえ」

白峰は頭をくねらすと向きを変えてひのえの腰を這い、引き絞る様に閉めこんだ太腿の隙間に抉る様に頭を突っ込んで行った。

ひのえにも其れから白峰がどうするか判っている。

実を受ける恐ろしさに堅く腿を閉じるのだが、

白峰の力は凄まじい。

ぐうううと腿の合間に入り込むとくぐもった声が聞えた。

「ひのえ。言うたように、わしが物は果てぬまで離れぬ故に、先にこれをやるわ」

その声が途絶えると、

ひのえの身体を引き裂くような痛みが襲って来た。

白峰がひのえのほとにその頭を小さく窄めて潜り込ませると、

うねる様にひのえの中で蠢いた。

「くっ」

痛みを耐え忍ぶひのえの口から苦痛の声が漏れる。

「やめ・・・くううう」

しばらくすると、白峰がほとより抜けでた。

「ひのえ。懇願しやれ。やめてくれと、許してくれとい言うてみい」

「・・・・」

「わしに屈服しとうはないか?」

「・・・・・」

「これよりが本物の実ぞ。破瓜の音を聞くがよい。

破瓜の血が流れたるを見るがよい。ひのえ。もう、わしの物じゃ」

白峰の頭がひのえの耳元に来ると

ひのえの耳をちろちろと舐めあげ始めた。

ぐうと足首まで白峰が巻き付いていくと

ひのえの身体を軽く持ち上げ、

ひのえの身体をくの字に曲げそのまま白峰の物に落とし込み始めた。

腿を開けずとも、ひのえの後ろ側から

ひのえのほとが見えている所に

白峰の双の物がぐっと窄められる様にして

ひのえの中に捻じ込まれていった。

「うう・・・・ああ・・・・」

ひのえのうめくくような声が,咽喉から上がって来る。

「痛いか?痛いか?ひのえ。

早う、楽にしてやるからの。じっとしておれ」

白峰が言うと、白峰の物が

ひのえの中で何度も振幅を繰り返し始めた。

ぱつともいうような鈍い音がすると、

ほとがはっきり引き裂かれる痛みとともに

滑るような破瓜の印が白峰の白い胴を赤く濡らした。

其れでも白峰はひのえにほとに、

繰り返し己の物をぐいぐいと押し込んでくる。

白峰が己の物を引いてもしっかりとほとに食い込んでおり、

ほとごと引かれてゆくようであった。

「抜きとうないか?抜きとうないか。ひのえ。ほれ、入れてやるわ」

引いた物をさらにぐるぐると弧を画く様にひのえの中に入れこんでくる。

「ああ・・・・うう・・・・あ」

「思い起こせ。ひのえ。

その前世も、その前もこうやってお前はわしの物を呑み込んだのだ。

ひのえ。ひのえ。愛おしいぞ。こはわしじゃ。ほれ」

ぐい、ぐいとひのえの中を擦りあげてくる。

「許されよ・・・白峰殿。ひのえを離して・・・」

痛みに堪えてひのえがやっと口にした言葉も無駄な事であった。

「言うたであろう。果てるまで抜かれぬと・・・・」

「あああああ・・・・・・・」

白峰の乱行は夜を徹し、

やっと,朝が白白と開ける頃にひのえを離した。

ぐったりとしたひのえの身体を離すと白峰は

「辛かったのう。痛かったのう」

と、言いながら初めに見せた美しい若者の姿に戻ると、

その柔らかい舌でひのえの傷を舐め上げるのであった。

温かく柔かな舌にほとの傷をなめ上げられると、

ひのえの心も、傷の痛みも癒される様であった。


ようやっと、白峰から離されたひのえの耳に寿ぎの祝い詩が聞えて来た。

ひのえを迎えに行った氏子達が社の外で歌って祝っているのである。

「祝い唄か。長かったの。

お前を待つ日はどんなに長かったか・・が、もう、ここにおる」

うとうとと寝入るひのえの股の中で白峰が何時の間にか、

又、蛇の姿になっているのにも気が付かず

ひのえはその日をうつうつとまどろんだ。

白峰はひのえの傷を癒す様に

その細長い舌でひのえが目覚めるまで、

その舌を這わせひのえのほとを舐め続けたのである。


二日

「あ・・・うん」

ひのえが目覚めると白峰は若者の姿に変ると、白粥をその口にはみ、ひのえの口に注ぎ込んだ。

ひのえがごくりと飲み干すのを確かめ何度か繰り返すと

「くちたか?」

と、尋ねた。

「あ・・・はい」

力なく答えるひのえのほとを開くと

白峰は又、自分の物を潜り込ませた。

「ひのえ。良うなってくるまで辛抱するのだぞ。

お前を百夜苦しめはせぬ。待っておれ。

だんだん良うなってくるのだから。よいな」

こうして白峰は夜毎、日毎、ひのえをほとを堪能するのであった。


三日

「ひのえ。尋ぬるが良い」

ひのえの中で一鎖引かかる物がある。

幼き日の出来事を、正眼から聞かされていた。

「わしの言葉が、全ての因を、縁を結んだのだ。

蛇が入ると言うた、その一言の言霊が成れば、因縁が結ばれる。

それを、耐えるしかない」

が、確かに白峰の頭が、

わずかの間であったが、ひのえのほとに入りこんだ。

ならば、因縁結実。

言霊の差配も消えようというのに、

変らず白峰の元から離れる事がかなわない。

白峰も離そうともせずにいる。

それは、白峰のいう八代の身という事に、基をなすのではないか?

父の知らぬところでもっと大きな因が、縁が、

由縁が動いているのではないか?

ひのえは、白峰に言われた通り尋ねた。

「白峰。お前と私がこうなるのは、前世からの決め事なのですか?」

ひのえの身体を抱き寄せると白峰は

「その通り。お前の父のせいではない。

それを、明かしてやるが為に、初手から、

あのような酷い事をして、言霊の因を晴らして見せたのだ。

正眼の言霊の因など、あの時にとっくに晴れておる。

なのに、まだ、お前がここにおるということは、

わしが本意にお前を望む故なのだ。それを、思い出せ」

と、言うと白峰は身体を、ふっと振り上げた。

と、又も、白蛇の姿に変った。

「よう、味わうがよいわ。

確かに、お前のほとに入組んでみせようて。

よう、見て置け。正眼の因などで結ばれた縁でない事を、

思い知るが良い」

「あ」

白峰の尾がひのえの顔を押さえる様に俯かせると、

白峰の顔がひのえの裾を肌蹴ながらほとに向っていった。

あられもなく着物の裾を捲りあげると白峰の胴が

ひのえの太腿にまきつき両の足を左右にぱくりと開かせた。

「ひのえ。見ておるがよい。確かに入り込むぞ」

白峰は頭を小さく窄めるとひのえのほとにぐるりと捻じ入って来た。

「ああ・・・」

間違いなく、白峰の頭がひのえのほとに入りこむ様を

白峰がその尾でひのえの顔を寄せ付けて見せるのである。

「ううう・・・・」

己がほとに入り込んだ物が蠢く様を見せられながら、

ひのえの心の中が奇妙な思いに取り付かれた。

ほとに味合された感覚が懐かしいとも愛おしいとも、

そんなものに似たような気がした。

しばらくすると、白峰がほとより脱け出て来ると

「のう。前に入りこんだのと同じものであったろうて。

ひのえ。よう、血が騒いでおるわ。

ほとの中が滾って・・・熱いわ。早う」

と、言うが早く、白蛇の姿のまま、身をくねらすと、

胴の外に白峰の物がいきり立っているのがちらりと見えた。

「こが、入る様も見るが良い」

白峰が軽くひのえの尻を持ち上げる様にすると、

ひのえの目に己のほとがはっきり見えた。

「ああ」

恥辱にひのえが目を背けようとするのを、白峰は許さなかった。

「目を開けて、見るが良い」

斜めから入れ込む白峰の物を呑み込んで行くほとを見ながら、

ひのえの目が虚ろになり、閉じられていった。

「少しは気持ちが良くなって来たか」

異常な興奮がひのえを包み込み、

ひのえの五感は只、じっと、白峰の動きだけを受け止め始めていた。

                                               


白銅はうち捨てられた細かな紙片を拾うと、ふうと吹いた。

一片の紙から、小さな式神が現れた。

「はっ」

片膝を付き、白銅の前に額づく式神である。

「白峰の所へ行けるか?」

「・・・・・」

「お前の思うておる通り、くじり殺されようの。行けるか?」

「行ってみれば、帰らぬとも、良うございますか?

それで、白銅様の気が晴れますか?」

「・・・・・・」

「行って参ります」

ふっと、姿が消えたが、それから、やはり式神は帰って来なかった。

式神を飛ばした所で、甲斐はない。

只、ひょっとしてその式神をひのえが見るやも知れぬ。

式神を見たひのえがそれが白銅の物だと言う事は判る。

ひのえが白銅の事を一かけらでも思い起こしてくれれば良い。

それだけの白銅であった。


七日目の夜にひのえは小さな喘ぎを迎えた。

「言った通りであろう?良いだろう?どうじゃ?

ひのえ。わしの物がもっと欲しかろう?」

たぶさねを、大きく膨らますと、白峰が激しく動き出した。

「あああああああ・・・・ああ、ああ・・・・・」

ひのえの身体がとうとう白峰のくじりに喘ぎ始めた。

「あ、あ、あ」

「良いと言うてみい。良いだろうが、言うてみい」

「ああ。ああ。もっと、ずっと、欲しゅうございます。朝まで離しますまいな」

「もとよりよ。ひのえ。ひのえ。八代の身。愛おしいのう」

「ああ・・・・其は・・・い・か・なる・・こ・・と?」

白峰のくじりに抗う事も叶わぬまま、

尋ねた言葉に白峰が優しく答えた。

「八代の事か?」

「ああ・・ああ・・はい・・・」

ほたえ狂うひのえを眺めやりながら、

白峰はなおも腰を突き動かした。

「ひのえ。前世から数えて、その身で八代。

七日七夜のまぐわいを七度重ねたひのえの八代を百日百夜。

貰い受けると願を懸けたのじゃ」

「あああ・・・・あ、おおおうう」

「良いか?お前の身体が七日七夜、七世の縁を、因を結んだのを覚えておるのじゃ。

千年の昔から、お前はわしだけの物じゃ。

其れ。そうだとお前のほとが答えておろう?」

うねるような快い波がひのえのほとの中に現れると、

ひのえのほとが小刻みに震えだした。

「おおおおう・・・・」

ひのえがあくめを迎え出すと、

白峰が振り絞るような声を上げてひのえのなかに精をはきだした。

「ひ、ひ、ひのえ・・ひのえ、ひのえ」

猛り狂う白峰の物が、七日目はこれでやっと静まったのである。


十五日目の朝。

ひのえは障りを向えた。

「とまらなんだか」

白峰はそう言ったがそのまま、ひのえを引寄せると、

またしても、裾を捲り上げてゆく。

ぎょっとした目でひのえは白峰をみた。

「何を?」

「きまっておろう」

障りのまっ只中でさえ、白峰はひのえを求めた。

「良いわ。湯殿へ行こう」

ひのえを抱きかかえると白峰は湯殿に向かった。

「来や」

ひのえの中に入れこむと

「抜けぬまで血は落ちぬゆえ、気にする事はない」

そう言うと、いつものように白峰の物が蠢き出した。

十五日。何処にここまでの精があるのかと思うほど

白峰の交接が無い日は無かった。

白峰が一度ひのえの中に入りこむと、

早くても、一刻、時に昼夜に及ぶ事も、すでに何度かあった。

恐ろしく、長い快感を与えられた後は

その名残が芯に残り、ひのえのほとが渇く暇さえなかった。


三十日の夕刻。

白峰の手が指がひのえのほとを揉み込み、

何度も白く細い指がひのえの中に踊り込んだ。

「ああ・・・」

身体の中がほたえ、ほとの芯まで熱っぽく感じ、

白峰の指がひどく快い。

ほとの中で二本の指を開いたり窄ませたりしながら白峰が

「ひのえ。よう、滑っておるわ」

言うと、その指を引きぬいてひのえに見せた。

軽く広げた指に絡むような精汁が粘っこく糸を引いており、

透けるような透明な蜘蛛の糸の様であった。

「いや」

想わず目を伏せるひのえに白峰が覆い被さってゆく。

「ひのえ。このような時は欲情も激しいが、子も宿る」

身体ごと激しく揺さ振られながら

この日、ひのえはひどく乱れ、何度もあくめを迎えた。

白峰がひのえを離した時、ひのえの中からとろとろと熱く、

大量の精汁が零れ落ちた。

「ひのえ。女になったの」

白峰の囁きにひのえは白峰の胸に顔を埋めた。


四十五日

「ひのえ・・・来ぬの・・・」

障りが、である。

「あ・・」

「まだ、判らぬがの・・・」

白峰の顔が綻ぶ。ぐうっと両の乳を、揉みしだきながら、

「心持ち、張って来ておるのか」

「わか・・り・・・」

摘み上げられた物に湧きあがった感覚に、

ひのえは思わず、しゃがみ込んだ。

其れだけで、自分のほとの中にも疼くような渋りが込み上げて来る。

「どうした?もう、潤むか?」

「あ・・いえ」

「嘘を申すな」

ひのえの足を引寄せると、そのまま、白峰は裾を割り、

ほとに向けて舌を這わせていった。

ぬるりと溢れるものを啜る様に舐め上げると、

白峰の舌がほとに差し込まれた。

温かく柔らかい、舌の小さな蠢きにさえひのえの声が漏れた。

ひのえをしばらく快楽の波のなかに泳がせていた白峰であった。

「そろそろ、欲しかろう?入れてやるわ」

しとど、濡れそぼった物が喘ぐ様に

白峰の実を呑み込んで行く様を見ながらひのえの声を聞いた。

切ながる、その声に白峰の物が益々、張りつめてゆく。

「よう、覚えたの」

ひのえの身体が白峰の寵愛に、呼応するようになってくると、

白峰がひのえを少しでも長く喘がせようとする。

果てそうになると白峰もじっと、

動きを止めてあくめを遣り過ごすのである。

が、動かぬ物にまでひのえの肉が追い縋るかのように

ひくひくと動き、僅かの蠢きにひのえが声を上げた。

「これだけでも、良いか?この方がもっと・・・良かろう」

あくめが沈み込むと白峰が再び、ひのえの中に躍動を繰返した。


五十三夜

「白峰・・かように人の姿になりても、・・なぜ?」

白峰が人の姿になりても、その陽根だけは蛇の物であった。

ひのえはそれを聞いているのである。

「人の物が良かったか?ひのえ。こは、ひのえだけに与うる物。

故にこの容。ひのえをたぎらす物を人の物にせぬばならぬか?」

「あ、いえ。ひのえは人の物など、見た事も、ましてや、触れた事も・・・」

「判っておるわ。」

白峰自身が破瓜を与えたのである。

自明の事である。

「蛇神の姿にならぬのはの、こうできぬゆえ・・・・」

ひのえのほとを刺し貫いた物を動かしながら、

白峰の指がひのえの陰核を弄った。

「ああ・・ああ・・・許しおれ・・・」

ひのえのほとの中に大きな波が押寄せてくるのを、

白峰の物がさらに蠢く。

激しい陰核への刺激が

そのまま、ほとの中の白峰の物の動きと呼応すると、

ひのえがあっさり、あくめを迎えてしまった。

「ああ・・・・・・ああ・・しら・・・み・・ね・・よ・・い」


五十四夜

白峰がくすりと笑った。

「ひのえ。」

「はい」

「昨日、人の物を触った事が無いと言うておったの?」

「あ、はい?」

何を言い出すのかと訝しげなひのえの返事である。

「が、鬼の物には、触れたの?よう、掴んだの?」

「あっ、ああ。そうでありましたな。が、よう知っておいでである」

「お前の成す事は、全て見ておった。危なげな事を平気でしおる。

が、時折、よう判らぬ事をする」

「判らぬ事?」

白峰がひのえを抱きこみながら答えた。

「おお。そうじゃの、例えば、なんで悪童丸の舌をしゃいた?

悪童丸の韻なぞ、お前なら跳ね帰せように?」

「ああ。舌に情念が逃げ込みます故」

「知っておるか。ふむ。下の物に情念を詰め込んで

勢を孕ませてやろうとその折に決めよったか?」

「それもありました。が、情念が舌に逃げこめば

陽の物を断ち切られては悪童丸がほたえ苦しみましょう?」

「ほっ。優しいものよのう」

白峰の手がひのえの襟を割ると

浚え出したひのえの両の乳房を揉みしだき始めている。

「あっ」

ひのえの身体に貫かれた快さに思わず声が漏れる。

「情念が舌にも入り込む。故に、ひのえ。

男はあまやかな言葉を惚れた女子に言わずにおけぬ。

のう、ひのえ。愛おしい・・・・」

身体の芯に火が付いてゆくような甘言を

ひのえの耳に何度も何度も囁かれながら

次には白峰の物でひのえが目くるめくような快感の高みに

押し上げられて行くのは判っていた。


                                     


「また、やっておるのか?」

白銅の元を訪れた不知火が目にした様をそう言った。

「どうせ帰って来ぬわ」

式神を飛ばす事である。

同じ様に白峰の元からひのえも帰って来ぬかも知れぬ。

「判っておろうに」

「どうしろというのだ。何をしろというのだ。

こうしている間も白峰がひのえの身体をくじり、

心まで我が物にしようとしているというのに

わしは何も出来ずにここに居る」

「・・・・・」

肩が震え、上がってくる慟哭を抑えようとする白銅の顔が

歪むのを不知火は只、黙って見ているしかなかった。


六十六夜。

つと、白峰が睨み付けるだけでたちどころに式神の姿が消え去って行く。

「ひのえ。白銅がまた、飛ばしてきよるわ」

「・・・・・」

すでに白峰の寵愛の初めの手が乳に延び

微かな喘ぎに酔わされていたひのえであった。

「口吸いなぞ、許しやるから、白銅め。ほたえあがってしもうたのだ」

ひどく嫉妬の絡んだ目でひのえを見る白峰だった。

「何故、許した?」

「・・・・」

「余りに思うゆえか?」

「かもしれませぬ」

「ひのえ、わしも同じか?」

ねめつけるように見ていたかと思うた白峰が

ひのえの手を取ると、白峰の実を握らせた。

「苦しゅうほど妬けるわ。ひのえをいくら喘がせても、

などかわしの物にならぬのか?」

ひのえの目の奥を覗き込むと

「白銅。見ておるがよい」

白峰が言うと、散らした筈の式神が

何時の間にか壁を背にしてちょこなんと座っていた。

足をくの字に曲げ膝を抱かえ、虚ろな目で白峰を見ていた。

「よう、見やれ。その様。白銅にように伝えおれ」

言うと、ひのえの顔を寄せつけその口を啜った。

白峰の舌が離れるとそのまま項を舐め上げる。

さらに両の手でひのえの乳を引き絞るように掴むと

その先に舌を落とし込んでゆく。

「ああ・・」

ひのえの声が上がるのを待って

白峰は帯を緩ませ着物をはぐった。

床に敷布の様に広がる着物の上で白峰はひのえを抱いた。

嫉妬の炎が更に欲情の焔を煽り大きな炎が白峰を包んだ。

瞬きもせず呆けた顔で二人の様を見ている式神がいる。

ひのえは敷かれた物をはぐる様にして身を包もうとするが

白峰がそれを取り払うとひのえのほとに顔を寄せた。

「あっ、いや・・・・」

が、それも、すぐ細かな喘ぎに変る。

「あ、あ、あ・・・・」

細かく震える声が白峰のいたぶりの様を表わしている。

「見ておれ。ひのえは、わしの物じゃ」

小さな式神にまで、猛り狂わねばならぬ白峰の心の様が

ひのえの胸に刺さった。

『白峰・・・すまぬ』

白峰の身体が延びあがり

ひのえの身体の上に上がってくると、

ひのえの中に己の物を入れ込むとゆっくり動かし始めた。


「ほっ?帰ってきおった」

初めて白峰に気付かれなかった様である。

小さな式神が白銅の前に姿を現したのである。

「澄明は、どうであった」

気になる事である。

日毎夜毎。哀しく憂いた顔をして

百日を過ぐるのを待っているのであろう。

病にならぬか、それも気懸りであった。

「あ、はっ・・」

もどかしげに返事を待つ白銅であった。

「元気であらせられました」

「そうか、やつれてはおらなんだか?」

「はい」

「よう、白峰に気が付かれなんだの」

苦労をねぎろうてやるつもりであった。

「あ、や、はい」

歯に挟まった様に歯切れの悪い返事である。

その上妙におどおどとしている。

「何を、隠しおる?」

どうせ、隠しても元である白銅には、見破られてしまう。

「白峰はその・・・私を一度消失させて、呼び起しました」

「なに?」

「と、と、澄明様との睦事をよう、見て白銅様に伝えよと・・・」

白銅は黙って式神をくじり去った。

澄明のそのさまを聞きたくもなければ、

それを見た式神も許せなかった。

「阿呆・・・・」

「不知火?」

何時の間にか不知火が来ていたのに

白銅は気が付いていなかった。


「白峰の聖域に式めが入るる訳がなかろう?」

「いや、じゃが、くじり殺されよったが、皆・・」

「じゃから、阿呆じゃと言うておる」

「・・・・」

「判らぬか?女を知らぬ奴はこれじゃ」

「何だと言うのだ?」

「式が入れるような結界を白峰が張る訳が無かろう?」

「じゃが・・・・」

「白峰がの、結界を緩ませた故入れるのじゃろう?」

「そうよ:」

「まだ、判らぬか?

白峰が澄明を抱くのに気を取られるが故、

結界が緩むのであろうが?

即ち、式が入れたという事自体が

白峰が潤房の最中であるという事であろう?」

「あ」

「わざ、わざ。それを式に見させておいて

白峰が気がつけば腹立ちの末、くじるに決っておるわ」

「・・・」

「帰って来ても、御主の嫉妬でくじり殺されるわ。

それが初めから判っておっただろうに・・・。

生き死にが関わっておれば聡い故な。憐れな」

「すまなかった」

「わしに謝っても仕方なかろう」

「・・・・・」

「式神など飛ばした所で、澄明は帰って来ん。

なにか、手立てを考え付かぬのか?」

「今更・・・」

「ならば、諦めろ」

「くっ」

「諦めもできず、何か言えば、遅いわ?今更?聞きとうもない」

「・・・・」

「一戦、交えるか?俺も手伝うぞ」

「馬鹿な。死んでは元も子もない」

「諦めもせず、かといって何もせず、

生きているのやら死んでいるのやら判らぬよりは

いっそ白峰に挑んで殺さるるば良い。

澄明の心だけはお前の物になろうて」

「死ぬ気で・・・惚れよとか?」

「そうよ」

「・・・・」

「男なら好いた女子の一人、無理矢理でも、

己の物に出来ぬ様で何が男よ。

白峰に負ける筈だわの。

身体なぞ幾らでも白峰にくれてやれ。

心一つ捕りて男の本望よ。

傀儡を擁いていたと白峰に一泡ふかせてやれ。

違うか?白銅?」

「おうておる・・・」

「まあ、判れば良い。動こうぞ。白銅。愛宕山に付いて来い」

「愛宕山?」

「おおうよ」

「弁財天であろう?」

「蛇の道は、蛇といおう。

蛇に聞けねば、弁才天は蛇使いじゃ。

少しでも、手繰れる物があらば、

それを手繰ってゆくしかなかろう?」

「しかし、いくら、弁財天が使いに蛇を用いていたというても、

白峰も神格。

よもや、弁財天の使いに等は遣われておらぬまい?」

「すぐに、白峰を押さうる物を望む故、そういう事を思う。

お前、何時か、言っておっただろう?

草薙の剣が事よ。あれを考えておる。

それがあらば、白峰を裂く事も成せるかと、思うての」

「・・・・・」

「お前が、そのような事を思うのも、

なにかにきこしめられたのかと思えてもおるしの。

蛇を遣うておるぐらいじゃ、

弁財天も何ぞ、知っておるやも知れぬ。

知らぬでも元々ではないか?」

白銅も重い腰をやっと上げると

不知火に付き従うように愛宕山方円寺に上がって行った。

今は静かな佇まいを見せているが、

ご開帳の日ともなると

弁財天を信奉する者の人の波でごった返す境内を

不知火は突っ切っていった。

「あいすまぬ」

不知火が呼ばわる声に住職が出てきた。

「はい。いらさりませや」

「御くつろぎの所、あいすまぬの。ちと、御知恵を拝借しとうてな」

通り一遍の挨拶をすると、住職の方が

「陰陽道の不知火様の御力になれるやらどうやら・・・」

と、ひどく慎まし気な返事を返して来た。

が、そんな事で引くような不知火でもない。

海千山千の人擦れをしている男である。

気の付かぬ振りでけろっとした顔をして

「おおう。わしを知っておるなら、話が早いわ」

言う顔が瞬時に引きつめられると

さすがに住職も何事かは察したのであろう。

低く、くぐもった声で

「なにぞ?」

と、尋ねると、居住まいを正した。

物腰の柔らかさと腰の低さが逆に

この住職の徳の高さを知らしめる気がした。

「なに、その男が好いた女子を蛇に魅入られての」

「さようで・・・」

じっと、白銅を見ていた住職であった。

白銅とて陰陽師であるのはすぐに判る。

北の不知火と一緒に蛇に魅入られたなぞと、

簡単に解きほぐせる事で雁首並べて

戯けた事を泣き付いて来る訳がない。

「御待ちくだされ。私どもに思いが湧くかどうか、思うてみましょう」

じっと、弁財天の前に座る住職である。

弁財天は妖艶な姿である。

直垂れ一枚が女の大事な誂え物を隠しているが、

惜しむ事もなく双の乳を晒している。

確かにその台座には不知火の言う事を裏打ちするかのように、

使いである蛇の彫刻が施されていた。

ぐうと、下げられた頭を擡げさすと住職は

「女護を見やったは・・・白峰?」

「おお。悟りの早い事だの」

「あふりが立ったのは、私どもの耳にまで届いております。酷いことに・・・」

「恐ろしい事よの」

「はい。難しい事で御座いますな」

住職はちらりと白銅を見ると

「思い浮かぶは草薙の剣」

「やはり、そうか」

「でしょうな。貴方方がそのくらいの事は捉えておると、思うておりました」

「それが、何処にあるか?」

「それで、蛇使いに聞こし召せと?」

「あ、いや。まあ。そうだ」

この男も読むのである。

ならば、一度口に出した言葉を隠してみても、詮無い事である。

「よろしい・・・。もう、しばし、思うてみましょう」

半刻も座り続けたであろうか。

白銅も不知火も無言で待ちつづけた。

「近江、大津湖。葛篭折りの南。

八重坂の水の下。

落ちはて朽ちるを拾い上げたる者あり。

その手に玉をはみて、黒くうねる様さも蛇に似たり。

なれど、天空に至りて、剣を与え得ん」

「おい」

不知火が白銅を見ると白銅も不知火を見ている。

「よろしゅう御座いますか?」

そう言うと、住職は御布施を求める手付きをして見せた。

不知火は懐より銀の粒を出して住職に差出した。

住職は一瞬驚いた顔を見せたが

「やれ。これですから、弁財天は有難い」

と、呟くと払いをした後にその銀の粒を受け取った。

礼を述べ本堂より外にいでくると、不知火が

「欲どいと思うか?白銅?」

と、尋ねた。

「いや、あれを言わさしめ、こちらも返しをせねば

どんな帳合いを取られるやら。

助きをよう判っておいでの方だ」

「うむ」

「しかし、黒き龍?と」

「行って見るか?近江の八重の葛篭折り。

その、南の八重坂のある所といえば竹生島の事やもしれぬ」

「はい」

そうそうに旅支度を調えると不知火と白銅は

近江の竹生島に向かった。


七十七夜

下されない。ひのえは確かにそう思う。

裁断を下すには、白峰の思いが余りにも深すぎる。

政勝の事が、ひのえの手の中から落ちて

砕ける玉のように八方に飛んで行くように感じられた。

「まだ、思うておるのか?」

「・・・・」

「構わぬ。それでも、ひのえ、わしを見てくれ、の?厭か?」

「いえ・・・」

白峰がひのえの口を吸う。それをつと、離すと

「まだ、思うておるのか?」

同じ事を口に出す白峰の顔が切なげである。

その白峰の手をひのえは思わず胸に抱き締めた。

そうされれば白峰の手が大人しくしている訳がない。

ひのえの胸の先を柔らかく手の平で転がし始めた。

「答えて見よや」

ぐうううと摘まんだ胸の先を押し潰す様にされて

ひのえがその疼痛に喘いだ。

「あ・・あ、もう・・判りま・・せぬ」

「良いか?こうも良いか?」

爪の先で更にきつくひのえの乳を責めてゆく。

きつい痛みであるのにひのえの声は

甘やかに疼痛を訴え始めていた。

「ああ・・よい・・・」

しとどほとが濡れて行くのを、ひのえも感じていた。

白峰も頃合と思うたか

ひのえのほとを剥き出しにすると己の物を滑りこませた。

「ああ」

入ってきた物の感触にひのえが気がついた時には

もう鋭い快感が押寄せて来ていた。

「政勝とこうしたかったか?ひのえ?」

白峰の躍動により寄せ来るものに抗いながら

自分でもやけにはっきりと、ひのえは

「政勝殿はとうに、かのとのもの」

と、答えた。

「なれど、諦めておらぬわ」

「ああ・・」

荒い息の中からひのえは

「・・・諦めております・・・」

さらにそう、答えた。

答えねばならないと、思うのである。

「わしは、ひのえを諦めずにここまできておる。

のう、ひのえ。わしは、諦められぬ・・・ひのえ・・・ひのえ」

欲情がその身を狂わす。

白峰の微動にさえひのえの中が狂おしく疼くほど

白峰の物に成変わっているその身体を、

さらに白峰が高く持ち上げると己の物を深く突き入れ

ひのえの体を白峰の身体の上で躍らせた。

「ああああ・・・・・」

いつ、果てるのかさえ、判らぬ白峰の精の強さを、そのまま受けて、

ひのえの中が小刻みに震えるあくめをいくつ迎えた事であろうか。

「それでも、もう、わしの物じゃ。のう、ひのえ?良かろうて・・のう?」


不知火も白銅も只何か、思い浮かぶ事がないか、

それを宛てにしてじいいと座っている。

あれから竹生島まで出かけたのである。

船を探しだすと、嫌がる漁師に不知火はやはり銀の小粒を見せた。

「これだけ頂けるんで?」

思わず手を差し延べた漁師であったが、ぶるぶると首を振ると

「いや、やっぱり、いかねえ。祭礼の日なら、判るが、

普段に水神様の社になぞ、行ったら漁が購えなくなるに」

なんの言われがあるのか判らないが、惜しそうに手を引っ込めた

例えここで今銀を一粒が如き貰ったとしても

この先のたっきの道を無くせば、あわないのである。

「ならば、こうしょう」

それでも、不知火は漁師の手に銀を握らせて

「わしらが舟を漕いでゆこう。舟ならば貸せよう?」

しばらく考えているようであったが、

ばちが当たるのはこの人らだわとでも、思うたのであろう。

承知すると、くどいほどに舟の返す場所を説明する。

「あの、桜の木があろう?

その、後ろの欅の大木は、沖の方からもよう見える。

あれを、目指し帰ってきたら

あの桜の木に繋いでくるれば良い」

「判った」

舟を湖上に滑り出させると、白銅が櫓を漕いだ。

「進まぬの。日が暮れてしまうわ」

笑って不知火が言うが替わろうとしない。

この男も櫓なぞ、握った事が無いのである。

「難しいものよな」

遠くに竹生島が見える。

漁師に言わせれば目と鼻の先なのであるが二人には、ひどく遠い。

「帰りは早かろう」

不知火の言葉の通り、

白銅の櫓を漕ぐ手が少しずつこつを掴み始めると、

舟が右に左に触れる事もなく進み始めていた。

白銅は瀬を見ると、その欅を確かめた。

ひとおり、郡を抜いて聳え立つ木の枝振りが見事である。

『確かに、判り易いわ』

やっとの思いで白銅が竹生島に舟を着けたのは、

瀬を出て半刻以上も経った頃であった。

船着場に舟を寄せつけると切り立った山肌に

急な石段が設えられてあるのが目に入った。

「何段あるのかの?」

首が痛くなるほど、上を向いても、まだ、石段が続いている。

「八坂どころではないの」

頂上に昇るのに思い遣られる事なのに

そう言う声が軽く弾んでいるのは、

やはり、ここが方円寺の和尚の言う場所に

間違いないと思うからである。

切り崩しただけの崖に玄武岩の石段を、

しきならべてあるのだが、恐ろしいほど淵がない。

「落ちたらひとたまりもないの」

そう言うほどに、二人は、

かなり上まで上がって来ていたのである。

「しかし、この、石を切り出して

ここまで運んで来た者も、達者な者じゃな」

「これでは舟が沈もう」

「阿呆。浮力を使うのじゃろうに」

「成る程」

石を舟に載せず海に潜らせて行くのであろう。

が、それでも、この岸のない浜から、

石を手繰り上げるのは容易な事で無かったと思えるのである。

頂上に着くと蒸し暑さはあるが、

浜風が強く拭きぬけかなり涼しかった。

何処かで春蝉のなく声がすると思うとちちっと鳴きやんだ。

「何者じゃ?」

その声と共にぬっと、現れた男は背が高く、

いかつい顔で年の頃は三十半ばを越していようか、

すこし、剣のある目付きをしていた。

「なんだ?陰陽師風情が何の用だ?」

一目でそれと見ぬくと高飛車な言葉を投げ掛けた。

不知火はその男がくりくりの磨髪であるのが判ると、

「堂を守るのは、御主であるかな?」

と、問い正した。

男からはむっとした返事が返って来た。

「俺が守っておってはいかぬか?

もそっと、高尚なやつばらがおると思っておったか?」

自らの品のないのを認めているらしく、

よく自分を心得た口のききようである。

「なに、御主に用があってきたわけではない。

まともな口さえきければよいわ」

いがみ合いになるかと思うような口を返すと

不知火はにやりと笑って見せた。

不知火が妙に落ちつきはらしているのと、

なんの用事か気になったのであろう。

「ほう。わしにそのような口を利く奴を見たのは初めてじゃ。

で、なんの用事できやった?」

「ふん。わしも御主にはじめて口を訊くのが

こう雑言になるとは思うておらなんだがの、

聞いてくれる気があらば尋ねたい」

「じゃから、言えばよかろう」

「聞いたは、よう答えんという生半可な坊主が昨今では多いでな」

「そこらの坊主と一緒くたにするな。いちいち気に障る奴じゃの」

そう言う目が笑っているのは、

この男が不知火の怖気も振るわぬ物言いが気に入っているのである。

「そうか、ならば、聞くがの」

すでに、不知火の口術に嵌まっているのであるが、

次の言葉を言われるまで男もそれとは気がついていない。

「なに、草薙の剣の事でな」

「ん!あ、なんというた」

もう一度男が聞き直してくるその言葉尻で

間違いなくこの男がそれを知っていることが判った。

「草薙の剣」

「あ、おお、おおう」

やけにどもりあげると慌てて男が汗を拭いた。

「どうした?しっておろう?知っていて言わぬ、くそ坊主ではないじゃろう?」

「お、お、おうよ」

ひどくたじたじしていたが、どうせ同じこと。

いずれには晒け出さねば成らぬ事なのである。

「いかがかな?」

「ここには無い。のうなった」

「な?」

「秘宝の事、誰も知らぬ事を何故?」

「そんなことは良いわ。のうなったというたの、ではここにあったのだな?」

「ああ。黒龍が現れての。

元々ここは、水神を祭っておったのじゃ。

その水神が黒龍なのだがの、天空界に上がられてしまっての。

その折にこれを守り本尊にせよというて

渡されたのが草薙の剣なのじゃが、

いつ、むう、なな、八日まえだの。

黒龍が現れて持って行きおった。

元々、黒龍の物ゆえわしも黙って渡すしかないのだが・・・・

返してくれるのであろうか・・・」

「成るほど」

「何が成るほどじゃ。それが無いとなると、わしは・・・」

「いや。すまぬ。漁師めがえらく怖れておったげにな。

それで謎が解けたきがしての」

「なぞ?」

「どうせ、黒龍が草薙の剣を渡す折に、

誰にも言ってはならぬ。

剣を日の元に顕わにする事があらば

あふりを起こすぞと言うたのであろう?」

「何故、判る?」

「あれほど、漁師が恐れるには訳があろう?それだけよ」

「のう?おぬしら草薙の剣を探しているのであろう?」

「ああ」

「ならば、若し、若し、見つけたればここに返してもらえぬか?」

「黒龍から奪い取って来いと言うか?」

「そ、そうだの。何を思うてか

千年の昔に渡した物が必要になったのだろうに。

やはり、水神様が持っておられようの」

「そうだろうの」

「しかし、なにゆえ水神様は、剣を持ち去りてや?」

「わしらもそう思う」

「お前らはなにゆえ?」

「わしらか?・・・わしらは、蛇退治じゃ」

「つかぬ事を聞くがの。

草薙の剣でなければ倒せぬような蛇とは白峰大神?」

「おおう、ここまで、届いておるか?」

「凄まじい瘴気を、あげておるときいた」

「うむ」

「白峰大神が何をしやった?」

「お?」

「いや、草薙の剣で討とうというのであろう?」

「うう、うむ」

白峰から見れば白銅が横から懸想しかけているのにすぎない。

澄明がすでに白銅の物である所を

横から白峰に掠め取られたなら言い様もある。

が、そうではない。

「どうした?生糞坊主より悪いようだの?」

「そうだの・・・」

返事を考えている不知火も、黙ってそれを認めるしかない。

「よいわ。黒龍はそれを持ちての。

ここより東の方に泳ぐように空にあがっていったわ」

「東?」

「どうした?おぬし等東から来たのか?」

「そういう事じゃ。他に何かいうておらぬかったか?」

「千年の長きの因縁を・・うじゃらこうじゃら・・・」

「そうか。若し、我らがその剣を手に入れ本懐を遂げた後には

きっとここにもってこよう。それでいいか?」

「宛てにはしておらぬが、さなれば、宜しく頼む」

そして二人は帰ってきた。

そして、ため息をついた。

「黒龍を手繰る事になるとは夢にも思わなんだ」

「しかし、何故?黒龍が?」

「判らぬ。千年の昔からの因縁というたと言っておったの」

「ああ」

「ならば、九十九(つくも)を呼ぶか?」

九十九善嬉。

自らの前世が鬼であったという。

その男はやはり四方神を担う陰陽師のひとりである。

法術の腕もさながら、見透かしの腕に狂いがない。

それもその筈で、この男は自分の前世だけでなく

人は勿論、そうでないものの前世まで読み下した。

が、身体が弱い。それも訳がある。

前世を読むせいである。

本来触れては成らぬ事を読み下して無事に居られる訳がないのである。

「いや。そこらの狐つきの因縁を手繰るのとは訳が違う。

相手は黒龍。それも天空界にあがっておるのだ。

その後ろに何があるか判らぬ・・・九十九が狂うやもしれぬ」

天空界の密事まで拾い、

居並ぶ神との関わりまで読み始めてしまう。

九十九の精神がその重みに耐え切れず狂い果てる。

そう言う不知火である。

「そうか」

鬼であった前世に神仏を崇め行を修め、

草木を食らい、凡そ殺生と名のつくことを戒めてきた。

その前世が死ぬる時に

「嗚呼、人になりたい」と言うたのを信奉する

阿弥陀如来が聞届けたのだと言う。

その、九十九を狂わすわけにはいかない。

ましてや、鼎の狂った姿を見てきた白銅である。

黙りこくる二人のいる家の屋根をしとしとと雨が落ちて来ていた。

「梅雨にはいいたの」

呟いた声が夜のしじまに響く様であった。


八十八夜

白峰はこの所よく眠る。

朝に昼に夜に供物を届けてくる巫女の声に

はっとしたように目を開けると、

必ず白峰は自分から供物を取りに行く。

巫女の方はそれを置くと一目散に山を下って行く。

うっかり白峰の姿なぞ覗こうとしたら、どんなあふりがくるか。

自分から姿を現わさぬ限り

触れる事のならない掟のような物を巫女は判っている

扉を開けて供物をとりいれると白峰が

ひのえの前に供物を置き食べるように言う。

「精をつけねば、ややが育たぬぞ」

確かにひのえは孕んでいる。

軽いむかつきが胸に上がってくるようになっていた。

悪阻である。

『やはり、宿ったか』

悪阻が上がってこぬでも、もう、二月以上つきの物が無い。

その上、連夜の白峰の責めである。

孕まぬわけがない。

「ひのえ、女子じゃ」

「は?・・い」

「宿ったのはの、女子じゃ」

「もそっと、馳走を出すようにいうてやらねばならぬの」

「いえ・・・」

「食べにくうなってきおるのか?」

「あ」

「そうか、わしは其れこそ朝の露の一滴でも飲んでおればよいのじゃが、

ひのえは、そうはいかぬぞ」

「はい」

「身体をいとえや」

ここ、しばらく白峰がひのえを求むるのが柔らかくなって来ている。

ひどくひのえを喘がせるのを辛抱するかのように、ゆっくりと動く。

性の強さは相変わらずであるが、

それでも、白峰は行き果てる。

「性があってきておるのじゃ」

とも

「ひのえのものが、よう、わしに絡むようになってきおる」

とも、言う。

供物にくち果てると、ひのえは、少し横になった.

「しんどいか?」

「あ、はい」

白峰の寵愛も柔らかくなっているが、変らず長い。

「ひのえ.抱かずにおけぬ日はないのじゃ。

百日百夜の願を懸けておる故、すまぬの」

「・・・・・」

「子を孕みて後までかように責めねばならぬのもわしも辛い」

そう言うと、白峰がひのえの身体を寄せつけた。

「それでも、ひのえ?どうじゃ、しぶりがこよう」

白峰のじつうを受けようとひのえのほとを潤ます渋りが沸いて来る。

「あ・・・」

軽く胸に宛がわれた白峰の手がぐるりと動いただけである。

「よいの・・・」

白峰がひのえの裾を肌蹴ていった。


九十日・・・・九十五夜。

白峰が蛇の姿でいるようになった。

「恐ろしいか?」

白峰はそう、聞くが、別段ひのえには、気に成らない。

「さすがに、わしも、精が尽き果てそうじゃ」

人の姿でいようとする事も白峰を、草臥れさせるのである。

「のう、ひのえ」

白峰がふと黙った。

やがて

「二つ身になった後もここにおらぬか?」

「・・・・」

「わしも今だから明かすが、もう身体がもたぬ。

その、腹の子が生まれる頃には、天空界に帰らねばならぬ」

千年の永きに渡ってこの地上で生き抜いてきた

白峰がとうとう天空界に戻ると言う。

「わたしのせい・・・ですか?」

精魂尽き果て白峰が蛇の姿でいることも出来なくなってきている。

「いや、ひのえを望んだのはわしじゃ。

それでもの、気になるのはそちの事じゃ」

白峰が天空界に上がった後のひのえの行く末をいうのである

「・・・・・」

ひのえの胸にふと去来するものがある。

「わたくしはどちらを産みます?」

「?どちら?」

「蛇・・・・ですか!?人ですか?」

じっとみていたが

「判らぬ。お前がわしを思う気持ちが強ければお前の容で

わしの思いが強ければ、わしの容じゃろう」

「そうですか?私もどちらが生まれるかによりて、

先行きを決めとう御座います」

「蛇ならどうする?」

「・・・・・・」

「お前の気が、わしの物になっておれば人の容で産まれるわ。どうじゃ?」


白峰の形で生まれれば、ひのえの思いが白峰の物でない。

が、今のひのえには自分の思いの丈が判らない。

百日に近い情交を経てひのえの心が白峰をけして憎くは思っていない。白峰がひのえに寄せくる思いに対しても

何処かで憐れなのを通り越している。

それは愛しいという気持ちなのかもしれない。

「蛇で産まれたれば、その子は・・?」

「ここで祭神として奉られようの。代継ぎじゃからの・・・」

「人の子であらば、それは私の想い?」

「そうじゃ」

白峰がひのえの身体を巻き上げ始めた。

「後、四日。わしは、そのあともここにいる。

子が生まれる頃にはわしもいきたえよう。

それまでは、ひのえ・・・逢いにきてくれるな?」

持上げた鎌首を振ると白峰は人の姿になった。

両の腕でひのえがしっかりと包まれ、

抱き寄せられると、ひのえはその胸に顔を埋めた。

白峰が死ぬ!?この身体でひのえを包む事はなくなる・・・。

「こうやって、腕に擁いているだけでもよい。

共に生き果てたいがもう、無理じゃ」

ひのえの口を啜る白峰の手が伸びてくるのを、

じっ、とひのえは待つようになっている。

『これでも、私は白峰の物ではないと言えるか』

「ああ・・・」

白峰の動きにひのえの小さな歓喜の声が上がるのを、

白峰は食入る様に見ていた。

                                               

 


そして・・・・

百日が過ぎ、ひのえは朝の扉を開けた。

陽光に照り輝く緑の葉も濃い緑を湛えていた。

振り返ると、すぐ傍に白峰がいた。

「来てくれるの?」

「はい」

そう、返事をした。

ひのえはどこで産を成すか、

ここに来た時とは違う事を考えならなくなっている。

「とにかくは、父上に逢いとう御座います」

「百日の長き間、よう、わしの傍におってくれた。

子まで成し足れば、わしも思い残す事は無い。

が、それでも生きている間はひのえの顔は見たい。我が侭かの?」

「判りました」

ひのえはそのまま外に出た。

でなければ、きっと白峰の死ぬる時までそばにいてしまう。

そんな気がした。

振り返らなかった。

白峰の肩を落とした姿を見るのが心に痛すぎる。

こんな事なら、いっそ白峰の物になってしまえば良い。

そんな思いを湧かされる白峰の悲し気な顔が浮んで来るのを振り払うようにしてひのえは山を下った。


何時のまにやら夏の盛りになり、

青く小さな柿の実が花を結んで枝枝に付いている。

蝉の声がじいいいと底鳴りをさせるように唸り出すと、

あちこちから、呼応していくつもの蝉が鳴き始めた。

ひのえは急いでいた。

早く家に帰りつきたい。

父に逢いたい。

そう思うが父の顔を見て泣き付いてしまわぬだろうか。

やっと、帰って来たひのえを迎える父の前でけして泣いてはならない。

そう言い聞かせながら足早に歩いていたひのえの足が止まった。

白銅の家の前にさしかかった。

開け放たれた縁側に今日は白銅の姿は無かった。

今更、どんな顔をして逢えばよい。

ひのえはふと俯いた顔をあげると又、すぐに歩き始めた。

家の玄関まで来ると足駄をはむ正眼の姿があった。

ひのえに気が付くと

「おお、今、白峰の麓まで迎えに行こうと思うておった」

「帰りました」

「よう、帰って来たの。ああ、早う、上がれ」

潤みそうな目元を隠すように正眼は下を向いて足駄をはずしはじめた。

「父上、ひのえは・・・」

泣き出しそうになるのが判るとひのえも後が継げない。

「言わずともよい。望まぬにせよ。子に罪はない。

身体をよう愛うて早う身二つになれ」

「はい」

「まだ、まだ、先は長い。色んな生き様を選んでゆけばよい」

「はい」

「草臥れたであろう。少し休むがよい。何、わしが茶ぐらいは入れてやる」

「はい」

「ほれ、早う、上がれ」

ひのえは家に入るとどっと疲れが身体を襲った。

帰りついた生家はひのえに安堵を与え、

父の労わりがひのえの心を解して行った。

正眼の入れてくれた茶をすすると

「横になります」

そう、告げて自室に引篭もると、そのままどっぷりと熟睡の中に落ち込んで行った。

夕刻まで知らずに眠り続けていたのを正眼に呼び起こされた。

「余りによう、眠るので起こさぬかったが、夕餉を食べに来てはどうか?」

八葉が作り置いていんだと見えて八葉の姿は無かったが

膳の上には、馳走がならんでいた。

「喜んでおった」

そのまま白峰の元に居残るのではないか?

八葉もそれを一番案じていたのである。

「帰ってらっしゃいましたか」

そう言うと、袂で涙を抑えた。

「よう、眠っておる、起こすでないぞ」

正眼が言うと、はいと返事をした途端に

八葉は膳に乗せる物を誂えに出て行ったのである。


「帰ってきた、早々なんだがの」

正眼は箸を持った手を休めた。

「はい?」

ひのえの箸が止まると、

「あ、いや、食べながらでよい」

ひのえに食べる事を促がすと

「実はの、白銅がの・・・」

言いにくそうに先を続けた。

「また、ゆうてきおってな。いや、なに、そう言う事ではないのだがの」

やはり、ひのえを嫁にくれと頭を下げてきた白銅である。

悪い話ではない。

が、ひのえは白峰の子を宿している。

それでなくとも今更、こちらから、貰うてくれとは言える訳が無い。

正眼の目の前でとうに諦めているだろうと思っていた白銅が、

頭を下げている。

おずおずと正眼が

「しかし、白峰の子を宿しておる。叶わぬ事じゃ」

と、言うのを更に白銅が

「腹の子ごと頂戴仕りたい」

と、言うたのである。

そうなると、流石に正眼も返事に困った。

ひのえの行く末を思えば白銅の申し入れは涙が出るほど有り難い。

が、事情が事情といえ

他所の胤を孕んできた遊び女を片付けるがのように

白銅に惜しつけるようで正眼も気が引ける。

そして何よりも意に沿わぬ結び付きであらば

一番憐れなのは当のひのえであろう。

「ひのえがどう言うか聞いてみてからだの」

そう、返事をした

「かようなわけでな。

わしはお前を片付けたいと思うておるのではない。

てて無し子をここで生んで育てるもよい。

白銅の所に行くもよい。

お前の望むようにするが一番よい」

「父上。御気持ち有りがたく頂だいします。

が、父上は一番大事な事をお忘れです」

「なにかの?」

「私を白銅が元にやれば、主膳殿と同じ過ち繰返します」

「あっ・・・」

「さすれば白銅も同じ。

蛇神の血を受けた子も同じ運命繰り返す事になります。

白峰も腹の子は女子というております。

さなれば神格と言えど半妖の子を人にくれてやるのですか?」

「あ、あ、」

「それでは、私が主膳殿の因縁断ち切ったのはなんになります!?

我が子可愛さに狂うて、

私は己可愛さでわざわざ因縁の種を蒔きますか?

ひのえには出来ませぬ」

「そうであったの・・・・断りをいれよう・・・」

「父上申し訳御座いませぬ。

されど、父上。ききづろう御座いましょうが、

白峰がひのえに寄せくる思いは真です。

けして陵辱の果てに宿った子で御座いませぬえ」

「あい・・・判った」

白銅の思いを伝えようかと思ったが正眼は止めた。

「早い内の方がよいの。

気ずつないが白銅を生殺しでいさせとうもない。

明日にも・・・」

「いえ、私がいきましょう」

「いや、それは」

ひのえの口から、

はっきり断わりをいれるのは余りに酷い気がする。

「一つ、気懸りが御座います故行こうと思っておりましたから。

顔を合わせた後にその話のほうが酷う御座いましょう?」

「そうかもしれぬ・・・・の」


白峰の百日があけようとするのに、

なんの手立ても得られなかった。

手繰る糸は有るのに手繰る術がない。

歯噛みしながら日が過ぎて行った。

矢も立ても溜まらず白銅はもう一度正眼の元に行った。

ひのえの心さえ白峰の物になっていなければそれで良い。

が、正眼の応の返事は無かった。

意に沿わぬ婚儀でこれ以上ひのえを苦しめたくない。

ひのえの心はどうなのじゃ?

逆に正眼に聞かれ、白銅は答える事が出来なかった。

「白峰の事が無ければ考えられたやも知れぬ」

と、ひのえが言った事が答えに成る筈がない。

考えた挙げく否という事だって有り得る。

が、白峰との事が終わりを迎えようとしている。

ひのえが考える事だけでもしてくれるやもしれぬ。

とにかく、動こうそう決めて

白銅は正眼の元に来たのである。

「本意に望んでおると、それだけは必ずや、お伝え下さりませ」

最後にそういうと正眼の元を後にした。

もう三日もすれば、ひのえが解き放たれ帰って来る筈である。

百日が過ぎた次の朝、

白銅は白峰の麓でひのえを待った。

そのまま白峰のものになるか?

慄く思いに足が震えてくるのをじっと堪えて待った。

ひのえの姿がちらりと杉の木立から見えた時

白銅は小躍りしたいほど胸が高鳴った。

「帰ってきよる」

白銅は駆け寄りたい思いを抑えてその場を去った。

後は、正眼がひのえに伝えてくれるのを待ちて

ひのえを今度こそ嫁取る。

今度こそ。

堅く胸に誓って白銅は先回りして家に帰った。

ひのえが家の前を通った時、

白銅は障子の陰からじっとひのえを見ていた。

『が、悔しやな、やはり白峰の子を宿しておる』

それが恐ろしいほど苦しい。

余りの物狂おしさが白銅にも自分が恐ろしかった。

わしはひのえになにをするか判らん。

今日は逢えん。

逢う時は、ひのえを嫁取る時でなければならぬ。

わしはひのえに・・・その時は何をしてもいい・・・・。


白銅が胸のうちの思いをおさえこんだ日から四日。

「こんにちは」

玄関に凛と通る声がする。

「あ」

その声で白銅にはそれが誰か判っている。

「ひ・・ひのえ?」

澄明の女子名がくちにのる。

いかに澄明が女子として白銅の中にいりくんでしまっているか。

「ああ、元気そうですね」

言葉遣いはいつもの澄明である。

が、その、姿は目を疑うほど美しい女の姿である。

其れだけでも、あふりが無くなったのが判る。

山門を出たひのえは男造りであったのに・・・・

「綺麗だ」

思わず白銅が漏らした言葉に気がつかぬ振りをしてひのえは

「用事が二つありましてな。

玄関先では、なにゆえ、宜しゅう御座いますか?」

言うと奥にずいと入っていった。

白銅の母が気がついて茶をもってきた。

二人は縁側にじっと佇んでいたが、

軽く頭を下げる女御を見ると

白銅の母が小首を傾げていた。

「澄・・・明・・さま?」

「ああ。母上。

理由合って澄明は男の井出達をしておったが

実の所は、かように美しい・・・」

「ええ。ええ。本当にお綺麗な・・・」

其れだけ言うと母は部屋を出た。

鼎の事もやっと諦めがつくとせめても、

はやく白銅に、嫁を貰うてやらねばならないと考えていた。

それを知ってか、白銅の年齢もあったか

いくつも婚儀の話が舞い込んできていたが、

厳として首を縦に振らなかったのは

こういう理由かと母も悟りが早い。

「ごゆるりと」

そう声をかけて母は、台所に戻った。

「きれいなお嬢さん・・・」

そう、呟く母が嬉しげであった。


「ここは、涼しいですね」

ひのえはゆくりと膝を曲げると縁側に座り込んだ。

「おう、ここがこの家で一番涼しい場所じゃ。風がよう通る」

「ええ」

項の辺りに手をやりながら白銅は

「で?用事とは?」

正眼に聞いてさそくに出向いてくれるなら悪い返事ではなかろう。

断わりなら正眼が言わしめよう。

そう、考えると心持頬が赤らみ

胸の鼓動がやけに早く大きく感じる。

「白銅、単刀直入にいいましょう」

ごくりと唾を嚥下するが口の中がからからに渇いている。

白胴は茶を啜る。それでも、声が擦れた。

「聞かせてもらおう」

ややすると、ひのえの口から

「この縁は始めから無い物と思っております」

「え?」

「蛇が子を孕みて憐れと思うてくれるのは有り難いが・・・」

「やはり・・孕んでおるのか・・・・」

「知っておったのではないのか?」

「察しは付いておったが・・・」

「そういうわけだから・・・」

「その子ごと、来てくれぬか?」

「戯けた事を・・・」

「いや、本気で言うておる」

「白銅。お前・・・」

「頼む。この通りじゃ・・・」

がばと平伏すと白銅がひのえの前で土下座した。

「白銅。頼む。手を挙げてくれ。

そこまでいうてくれるなら明かす故、顔を上げてくれ」

白銅は座り直すとひのえの言葉を待った。

「父上にも言うておらぬ。白銅。

腹の子はどちらの姿で産まるるか判らぬのだ」

『蛇か人かという事か』

白銅は胸の内で呟いたが

「どちらでもよいわ。

わしが貰い受けるひのえの腹の子が

どんな姿をしていても、驚きはせぬ」

「そうではない。白峰の思いが強ければ蛇の姿。

だが母体が人であるならば、

私の思いが白峰のものになっておったら

人の子の姿で産まるる」

「ん?」

「言うておる事が判らぬな。

私にも、判らないのだ。

私の思いが白峰に何処まで振られているのか、

自分でも判らないのだ」

「し、白峰に心まで渡してしもうたというのか?」

ひのえは首を振った。

「・・・判らないのだ・・・・」

「たかが百日、身体を合わせたくらいで

そんな気持ちに等なるわけがない」

「言いきれるか!?

ならば身体も合わせたことのない白銅が気持ちなぞ、

一つも考えられぬわな。

御主も身体一つも合わさず、よう、ひのえを思えるの」

「わしは小さなの頃からお前を知っておる。

その強情な性も好いておる」

「白峰とて知っておる。」

「が、白峰の性を判るまい?

わしの性はお前もよう知っておろう?

それともこんな男は嫌いか?」

「あ、いや。そんな事はない。が、御主は白峰の思いを知らぬゆえな」

百夜が明くると白峰はひのえをかき擁き大きな声を上げて咽び泣いた。

顔色一つ変えた事のない白峰が

慟哭を抑えようともせず引き絞るような声を漏らした。

ぽとぽとと落ちる涙がひのえの肩口を濡らした。

「ここに居てくれぬか、もう、お前を縛る事はできない。

百夜が開けたのじゃ。

が、それでも、ひのえここに居てくれぬか」

黙っているひのえをやっと覗き込む様して放すと

「父に逢いたいか!?

政勝の事などとうに消え果ても

それでも、お前の父には勝てぬか?」

「ひのえの父で御座います。それに白峰。貴方も父であろう?」

「そうじゃの。ならば腹の上からでも声を懸けてやりたい。

ひのえと供に育んでやる事は出来ぬ。

ならば、せめても・・そうしてやりたい。逢わしにきてくれるの」

そう言うと白峰はひのえを送り出した。

ここにおれば白峰のひのえに寄せる思いにほだされてゆくのが判っている。

白峰を無くしたくない気もする。

が、白峰もわずかな命。

これ以上白峰に心奪われたくない。

何処まで心奪われているのやら哀れみか?

情交の果てに情が移っただけか?

それを見極めるのが腹の子の姿なのかもしれなかった。

「白峰の思いがわしの思いより強いというか?」

「馬鹿な。引き比べているのではないわ。

始めから縁が無いと言うたであろう」

「ほ、百日の契りが縁か!?

ならば今、ここでお前を抱いて見せようか!?それで縁だろう?」

「白銅・・・」

「狂いそうだわ。白峰との事も腹の子の事も。

だがの、だがの、それでも、お前をなくしたら、もはや、生きておらん」

ひのえを寄せ付けると白銅ががばりと抱き締めようとする。

ひのえはその手を振り払うと

「じゃが、因縁繰り返しとうない。主膳の事知っておろう?」

「それが、どうした。主膳は知らずにやっていることだわ。

わしも、正眼殿もそうと判っておる。

ならば、その後にでも、因縁断ち切る方を探せぬでもないわ」

「・・・」

「其れとも、勢姫の様に初めての男が良いと言うか?」

「判らない・・・」

「ならば、その腹の子に決めて貰おう。

白峰の姿で産まれればひのえ、わしの所にこい」

「人の子なら?」

「お前が白峰に負けたのだ。わしも負けるしかない。

一度は、政勝に負けを認めたわしじゃ。

それでも政勝と思わば、蛇などに獲られとうはない。

が、お前が白峰を望むなら、その気持ちにわしは、負けるしかない。

おまえには・・・勝てぬ」

「わかった」

もう一度、白銅はひのえを抱き寄せた。

躊躇うひのえの口を無理矢理に啜ると

「やはり、あふりがこぬ」

「・・・・」

ひのえは、返す言葉を考えていた。

白峰が命尽き果て様としている。

少しでも、この地上に留まってひのえとの逢瀬を持ちたい事と、

腹の子の生まれるのを見届けたいのである。

出来るだけ余計な事に力を使いたくないに決っている。

が、それでも、白銅がそれ以上を望めば、

何をしてくるか判らぬ事である。

それを、今、この白銅に話せば嫉妬に狂いはてて

白峰の所に赴き力の弱まった白峰を討とうとするやも知れぬ。

黙って白峰が討たれるとも思えない。

「百夜の情交で私の性もかえられておるゆえ。

白峰が安心しておるのだろう」

「百夜!?孕んだ後も潤棒の事を与えたというのか?」

「当り前だろう?」

「わしを苦しめたいか?ひのえ」

「白峰の性が何かわかっておろう!?

それに、苦しんでおるような者がこの先私を妻に等出来ぬわ」

「ほ、怖い女子じゃ。が、そこに惚れたのだ仕方なかろう。ひのえ」

寄せ来る白銅の顔からつと、背けると、

「まだ、決ったわけではない。白銅。勘違いをするな」

「そうだの」

白峰が良いと断わっているわけではない事だけにほっとすると、

今はひのえに下手に逆らわぬが良いと決めた白胴である。

「が、惜しいの・・」

そう言うて抱き寄せたたひのえの身体をしっかり寄せ付けた。

「必ずや、蛇を産むわ」

多分そうだとひのえも思う。

でなければ白銅を寄せ付け、それを許す気にはならないであろう

が、それでも、ふと、白峰の顔が浮かぶと

その悲しげな顔に心が塞がれて行く。

やはり、自信がない。ひのえはそう、思う。

「白銅もう一つ用事があると言うたであろう」

「お、おお。言うておったの?」

白銅はやっとひのえを放した

「鼎様の事だ」

「鼎」

「何故、ああなった?」

「聞かぬがよい」

「あの姿のままで良いと言うのか?

もしも、助くらるる法があったらどうする?」

「え・・・?」

「伊達に、白峰の所におったわけではない」

ひのえの嘘である。が、そうでも言わなければ白胴も喋るまい。

『白銅から読み透かしはしとうない』

色んな思いが渦巻いている。それも拾うてしまう。

これ以上その思いを知れば

産を成した後の結果によっては尚、

苦しむのはひのえの方である。

白峰の慟哭も心に応えた。

だが、白銅は澄明に請われるまま

澄明の迷いさえ思い浮かばぬまま話し始めた。

「鼎が数えの十三の年。森羅山に入った。

知っての通り霊域だ。が、護守の数珠を持たせている。

我らはなんの気にも止めておらぬかった。

鼎一人森に入り込んでいたのにさえも気がつかなかった。

森深くに入りこむ時に鼎は木の枝に数珠を絡ませてしまい、

それを獲ろうとした所、ぱつっと糸が切れた。

慌てて散らばり落ちる数珠の一粒一粒を拾い集め始める所を

何者かに足を捕られたのだ。

ぎょっとして鼎が見てみれば、

青黒い手が土の中から延びて鼎の足首を捉えていた」

白銅の顔が苦渋に満ちて行く。

「もう、良い。後は、私が鼎様から読む」

「もう、無理だ」

鼎は我気道に逃げこんだ。

己の中の恐怖に耐えられず、

怖い、その思いから逃げる為に。

今は醜い餓鬼の姿になっている。

が、只一つ執心のあった錦の布の切れ端を握り締めている。

この執心があれば、あるいは人は

いつでも、餓鬼に身を落せる事であろう。

が、敢えてそんな事を望む者が居る筈がない。

鼎は狂うかと思うほどの怖れに揺さ振られながら

真に狂うことも出来ずとうとう何もかもの思念を振り捨てた。

身の内から離れない恐怖に囚われる事もない。

只、かすかな執心だけにふと心を動かされる。

その代わり美しい娘の姿を無くす。

だが、それさえも人としての思念でしかない。

餓鬼になってしまった鼎には気にもならない。

鼎は自ずから思念に苦しむ事の無い我気道に身を落とした。

だが、思念の無い餓鬼から読み透かしなぞ出来る筈がない。

「鼎さま」

遠い記憶が、鼎になにかをおもわすのか、

思念もないはずの鼎が澄明に呼ばれ

いずこからか、現れると自分の名を呼んだ女子を

ぼんやりとみつめていた。

澄明は鼎の醜い肢体に手を延ばすと、

膝に抱きかかえ己の襟を開いた。

と、ひのえが双の乳を肌蹴た。

鼎の薄ぼんやりとした瞳が乳を見つけると

不思議な物を見る目をしていたが、

やがて蛙の様な指で乳を弄った。

指の先で乳の先を摘み上げていたが

徐に、顔を寄せると鼎は乳を口に含んだ。

そのまま鼎は、澄明の胸の中でじっとしていた。

「赤子に戻っていきます」

呟く澄明に抱かれた鼎は半刻もそうしていただろうか。

鼎の姿がぐっぐっと反り返るように動き始めると、

白銅の目の前で見る見るうちに元の鼎の姿に戻った。

「うわああああ」

この半刻の間に赤子の戻った鼎の思念が元の鼎の思念に成長しはじめていた。

再び恐ろしい思念に揺す振られ始めた鼎が

大きな叫び声を上げるのを

澄明がしかっと抱き締めると鼎は瞼を閉じた。

やがて静かな眠りに落ちた鼎を床に寝かし込み

肌蹴た胸を直した途端、澄明は頭を抑えこみ床に蹲った。

「いかん。ひのえ。お前、禁術をつこうたな」

同化することにより、思念を一切ひのえの中に引き込むのである。

その思念にひのえが勝てばよい。

が、もし勝てなければ、ひのえが餓鬼の姿に成変わる。

鼎も思念を無くしたまま容だけ取戻しているが、

そのまま眠り続けて何れ死に至る。

「馬鹿な。そなたを失ってまで」

鼎の醜くても怖れを無くした姿。

鼎には其れは其れで幸だったに違いない。

そう考えれば良かったものを・・・

「不知火を呼べ」

白銅は元結より紙縒りを外すと式神に変えた。

不知火が現れたのは小半時もしてからだったが、

「虚けものが」

不知火がひのえの姿を見やると、白銅を怒鳴り付けた。

「邪念が多すぎるわ。ひのえの乳に見惚れておったな」

「あ、いや。」

不知火に読まれたとおりであった。

「こなたが、禁術を知らぬわけではあるまい」

「まさか。使いこなせる域におろうとは」

「馬鹿者。ひのえが使いこなせるか、どうかなど判らぬではないか?

鼎を見かねた末だろうが。何故、ひのえに鼎を見せた。

動くに決まっておろう?」

「・・・・・」


「ううう・・・」

鼎の口から小さな声が漏れると、まもなく鼎は起きあがった。

「な、なんと」

起き上がるわけのない鼎が起き上がって来ると、

「あに様。鼎は助けられました。

山童に取り囲まれた所を、

慈母観音が現われ鼎を逃がしてくれました」

不知火の顔が歪んだ。

「そ、そうか。鼎。慈母観音はの、そこに寝やるひのえ・・澄明の姿だ」

白銅から伝え聞くと鼎はひのえを見遣った。

「あ?あ!!ああああああ」

澄明の眠る姿で澄明が己ととり変わったと察した鼎が泣崩れた。

「かほどに人を愛するか?有り得ぬ。有り得ぬ事じゃ。

澄明は鼎の宿業全てを引受け負った。

で、なければ鼎が目覚める事などない。どういう血じゃ。

昏睡に陥っても尚、鼎を解脱させる。

女ゆえか?女ゆえの血か」

不知火が唸る。

「慈母観音と・・・」

白銅が言葉を継いだ。

「うむ。神仏の加護だけではない。神仏を動かしておる。

ひのえの思いが神仏を動かしておる。

其れだけではない。やはり、白峰の愛着が凄まじい。

白峰が護っておる。」

「くじられております」

「判っておるわ。ひのえは間違いなく、白峰の子を宿しておるの」

「百夜の契りを交わされて、孕まぬ女などおるわけがない」

はきすてるように白銅が言うと

「ううう」

と、うめいた。

「まだ、諦めておらぬのか」

「不知火・・・」

「が、しかし。鼎の宿業を負うとなると、

澄明は鼎の請けた災いにその身を差し出すしかない。

過去に溯り時空を超えて業を変転しようというのだ。

何者の手も届かぬ。

白あらばいずこに同じだけの黒がある。

鼎を白にせしめて、ひのえ。

己が一人、黒をうけ負うのか?

ひのえ。思念の世界でありとて酷すぎる」


不知火のいう通り、ひのえは今、

鼎の宿業の最中に立とうとしていた。


鼎の足を掴んだ山童が声を上げた。

「女童だ」

その声に答えるように二匹の山童が現われると

「ほう・・ほう」

と、叫んだ。

すでにひのえは鼎に成変わっている。

容こそ鼎であるがその身体の中、鼎の思念のただ中にいる。

鼎の身体が強張りびくとも動こうとしない。

山童の手がしっかりと鼎の足首を掴んでいる。

山童の生暖かく湿った青黒い手の感触だけが妙に生々しい。

「ぼぼを見せろ」

「見せろ」

そう叫ぶ声に足首を掴んでいた山童が

力を込めて鼎の足を引き払った。

どうっと鼎の身体が地面に崩れ落ちる。

「ああ」

尻を突いて倒れこんだ鼎の前に醜悪な山童が二匹、屈み込んだ。

一匹が右の、もう一匹が左の足首を掴むと、

鼎の着物の裾を捲り上げて行く。

「ひいいい・・・・・」

恐ろしさの余り、鼎の声が擦れてゆく。

二匹が左右に大きく鼎の足を広げさせると

初めに足を掴んで鼎の突き転がした山童が

その開いた足の真中に立った。

「なんだ。毛も生えやらぬ子供でないか。が、それも一興」

そう言いながら鼎を見た。

声の消えたまま、微かに口が開いている。

咽喉の奥でまだ鼎は叫んでいた。

鼎は両の眼を見開いたまま、山童の成す事を見ていた。

「恐ろしくて、そこかしこ開けたままか?ここは、まだ、開いておるまい」

山童はべろりとおのれの指先を舐め上げると、

唾の滴り落ちる指をずぶりと鼎のほとに押し込んだ。

「痛くなかろう?ここをこうやっての」

山童は鼎のほとから指を引き抜いてはまた、押し込んでゆく。

「こうやってするのだ。それから、ここ」

鼎の陰核に指を当てると、くりくりと刷り上げた。

「あ・・あああ・・・・」

身体の中に走った物に鼎が思わず声を上げた。

「おう、おう、かわゆいのう」

「かわらけは、初めてだの。よう見えるわ」

「それから・・・・」

鼎の手を掴むと鼎の足をぐっと持上げて鼎の手に足首を掴ませた。

両の足をされるままに従って掴み上げると

山童がいきなり覆い被さってきた。

「うわああ、うわああ」

ほとを引き裂く痛みに鼎は抗う術もなく只、声をあげるしかなかった。

「おうおうおうおう。良いわ。この、ほとは良い。おおう。おうおう」

おうおうと歓喜する声が止まると、

次の山童が、かなえの中に精を落とし、

まだ精を絞り込むようにしている仲間を弾き毟り退かすと

鼎の中に挑んでいった。

「ひいいいい・・・ひい、ひいい・・ひいい・・・・」

「初女(うぶめ)じゃ。初女じゃ」

滴り落ちる破瓜の血の中に山童の精が白く混ざり込んで行く。

「ひいい・・・」

三匹めが堪えきれぬ様に、割り込んで来ると

山童の男根がすぐに鼎の中に突き立てられ

大きく蠢かされてゆく。

「おお、おお・・・ほんに。具合がいい。それ、それ、それ、それ」

声に合わせる様に山童は腰を動かし、

鼎を思うままに蹂躙し尽くしてゆく。

餓え狂った山童は鼎を取り囲むと

それぞれ思うように鼎を貪った。

口を吸われ生臭い息と共に舌が入り込んで来るのも

鼎は既に抗う事が出来ないでいる。

瞬き一つもせず中空に眼が漂っている。

僅かに膨らんだ乳を舐めくじると

乳首を摘み上げて引く様にして爪を立てられる。

「良いわ。良いわ。乳を噛んでやれ。ほとが締まるわ。おう・・・」

仲間に言われると一匹が乳を噛んだ。

「ひいい・・・・」

「おう、締まるわ。締まるわ。おう、おう、良い。良い・・・」

ぐじぐじと突きあげるようにしていた物を

捻る様に突き入れて蠢かし始めていた山童が

じっと己の躍動に浸り込んだ。

ずきずきと小刻みに肉棒が震えると

精を吐き尽した物を鼎のほとから引き抜いた。

「良いの?良いの?」

「おお・・・良いわ」

またも鼎を離す事なく先の山童の物が突き込まれて行く。

「おお、久方しておらぬゆえ、まだ、足りぬわ」

「あははは、たっぷり。味わい尽くせば良いわ」

「女童も良いの。この、かわらけがまた良い。

ほとの中も、ううううむ・・・お、おお・・・・」

「喋っておらぬでも良いわ。ように男根の味を教え込んでやれ。」

「そうよ。ほとに入れて欲しゅうなって自分からここに来る様にな」

「ほれ、ほれ」

鼎の乳首をぎりぎりと爪でくじり立てると、

鼎のほとに男根を突き上げていた山童がうなった。

「おお、おおう。ほんに、ほんによう、締上げるわ」

「この、女童。好きものになるの」

「ふ、もうなっておるのでないか?諦めたか?

逃げようともせずほとを開きっぱなしだわ」

「ふはははは」

「ほれ、ほれ。これはなんぞや?

おまえのほとに出たり入ったりしている物。

これ・・なんぞ?」

鼎の眼が虚ろに開いたまま、

夕刻迫り探しに来た白銅に見付けられるまで

山童の蹂躙が何度も繰返された。


「か、な、おのれ!」

白銅は鼎の有り様に気が突くとたちどころに法術を唱えた。

風が起きると山童の身体が巻き上げられ

引き切られぼたぼたと肉片となりて落ちて来た。

「鼎」

慌てて、鼎の側によると鼎の顔を覗き込んだ。

「鼎?」

眼が宙をさ迷い白銅と目があわない。

ひしと鼎を抱き締めると、

「鼎?」

もう一度呼ぶと鼎の眼がぼんやり、山童の肉片を見つめた。

やがて小さく悲鳴を上げた。

「ひっ」

「鼎」

「あ」

やっと白銅に気が付くと

「兄上」

一言呟く様に言うと

「うわああああああああ」

声を上げて泣き出した。

白銅が鼎の身体の汚れをはたくと、鼎は、

「痛い、痛い、痛い」

と、うめく様に言う。

「鼎。なんでもない。忘れろ。良いな。忘れてしまうのだ」

鼎は呆けたような顔で白銅を見据えていたが、

ふと、自分の足に伝うものに手を延ばした。

山童に掻き繰り回され

何度も三匹の精をはたき込まれたほとから

生臭い精と破瓜の血が交じり合って落ちて来ていた。

「ひいいいいいいいい」

哀しげな絶叫が森の中に響くと、鼎の意識が途切れた。

白銅は鼎を抱きかかえると家に連れ帰った。

「どうした?」

鼎を二の腕に抱かかえているのに気が付いた雅ははっと息を呑んだ。

「な、なんと」

「・・・・」

白銅は情けない顔で父親である雅を見上げた。

「やま、山童に・・・畜生めが三匹で、代わる代わるに鼎を・・」

「数珠は?守護を得ぬ訳がない」

「鼎を捜し歩いた途中の叢に、引き千切れておりました」

「くっ」

雅は拳を握り締めた。細かく拳が震えている。

「山童は?」

「かまいたちを起こして、八裂きに。されど、この憎しみ消せませぬ」

「憎しみに身をやつしてはならぬ。おつるぞ」

「判っております」

「良いか。忘れろ。忘れてやらねば一番苦しむのは鼎じゃ。

身体を洗うてやれ。他の者の目に留めてはならぬ。早う、行け」

「はい」

鼎の身体を洗ってやりながら白銅は声を上げぬように咽び泣いた。

まだいたいけない、年の離れた妹だった。

鼎は一度うっすらと目を開けたが

身体を抱え洗っているのが白銅だと判ると安心したのか、

そのまま目を閉じた。

恐ろしい蹂躙から救われると神経が傷を癒す様に

鼎を眠りに引きこんで行くようであった。

其れから、しばらくは鼎の顔が暗く沈んだままだった。

少しずつ立ち直りかけていた。

その矢先だった。鼎が初潮を迎えた。

白銅は堂に入り朝の祈りを唱え四方神に榊を上げていた。

「ひいいい・・ひいいっひい」

鼎の声に驚いて駆け付けると、鼎の形相が只事でない。

「おちつけ!鼎。話してみろ」

「おるわ。あああ、そこにおる。ほれ、ほれ」

鼎の言う所になんの気配一つない。

「おらぬ。のう鼎。何もおらぬではないか」

「いいや。山童がまた来やった」

「鼎」

「ほれ、この血を見や」

裾を上げると鼎の股から太腿に血が滴るように伝わってゆく。

「いかん」

鼎は障りを迎える前に破瓜を受けた。

恐ろしい記憶が混濁して、

それが障りの血であるとどうしても呑み込めない。

「うわあ、うわあ・・・」

そして、障りの度、鼎の正気が失われていった。


「うううん」

昏睡の中に居る筈のひのえが唸った。

「はっ」

不知火も白銅もたじろぎもせず、ひのえを見詰めた。

二人が息を殺してひのえを見守っていると、

やがて、ひのえはしっかりと目を開けた。

「ひ、ひのえ」

白銅の呼ぶ声にひのえは起き上がると

「鼎様は戻りましたな?」

と、そう尋ねた。

「ああ。ああ。慈母観音が山童から逃がしてくれたというてな」

「良かった」

ひのえはそう言うとしっかりと床から立ち上がった。

「ひのえ・・・すまぬ」

「お忘れなされ」

「しかし・・・」

「山童の狼藉なぞ。それに思念の世界」

「だが・・・」

「白峰に比べたら、じつうの事で御座いませぬゆえ」

「く」

「白銅。強くならねば。白峰にこのひのえが勝った後に

ひのえを妻になどできませぬわ」

「・・・・」

「どんなにしても本当の事は本当の事です。

このひのえの身体を白峰がくじったのです」

「判っておるわ」

「ならば、よろしいのです」

訝しげに聞いていた不知火は二人の話すことで

鼎の禍がなにであったかしると、ぽんと手を打った。

「なるほど。澄明。そなた。ふん。頭の良い女子じゃのう」

ひのえは不知火の方に向き変わるとにこりと笑った。

「御判りですか?」

「うむ。成る程のう。鼎は障りの血を見て狂い始めた。

だが、白峰の子を宿しているお前には障りはない。

狂うわけがないわの。初めから勝算があったわけだの」

「その通りです」

「しかし・・・このような事になると、女子は、女子でなければ助くられぬの」

ひのえが不知火の言葉に何おか言おうとした時、

ごとごとと祭壇が揺れた。

「む?」

気が付いた不知火が祭壇を見た。

「不知火。下がるがよい」

ひのえが落ちついた顔で不知火に声を懸けた。

「白峰だろう。私の意識がつかめぬゆえ、案じて来たのだろう」

ひのえが言い終らぬ内に、ざざざざざという音が

祭壇の下から聞えて来た。

「おおっ」

ぴりぴりと祭壇が軋むと、いきなり祭壇が引き倒されてゆく。

「静まりや。ひのえはここにおる」

その声に白銅も不知火もひのえを振り返ると、

すでに、いずくから現れたのか

ひのえの側に寄りそう美しい若者の姿があった。

「あれが・・・」

「ああ。白峰の人のおりの姿。だが、変ったの」

「何が?」

白銅はじっと食入る眼差しを白峰に向けたまま尋ねた。

「恐ろしく刺すような冷たい光がのうなっておる」

「ふむ。が、美しい。これほどとは、思うておらぬかった」

ひのえの魂までその美しさで奪い尽くしてしまいかねない。

じっと見詰める白銅達に気も止めようとせず

白峰はひのえだけを見ている。

「ひのえ。無茶をするでない。

慈母観音があの女子を逃がさねば、

お前の身体をよりひもにして助けねばならなかった。

動けぬ様になっておったのだぞ。

お前の身体をよりひもにしてもあの女子が動けねば

自分の身体に戻れなんだぞ。

お前の身体はすでにわしの性じゃ。

お前を落とし込んだならば鼎にあふりが掛かる。

が、その業を受くるはひのえ。鼎を映したお前なのじゃ」

「白峰。すまぬ。が、慈母観音が来るのも判っておった」

「当り前だ。わしの子を宿したその身体。なんとしても護るわ」

「すまぬ。白峰」

「ひのえ。お前に何かあったら、わしは狂いはてる。この、白峰を・・・」

声を詰まらせ白峰がひのえを抱き寄せる。

「良かった。ひのえがおる」

むせび泣くような声がひのえの差し延べた腕の中に漏れて行き、

白峰はひのえの手を取るとその手に何度も頬を摺り寄せた。

「白峰。後でゆく。待っておれ」

ひのえを深く覗き込んでいた白峰の瞳が細く潤むとふっと姿が消えた。


「ほ。慈母観音を差し向けたのは白峰か」

不知火の独り言がぽつりと漏れた。

「白銅。白峰の想い・・・」

不知火は白銅を見ると言葉を切った。

白銅の頬が張り詰めている。

じっと、ひのえを見る目が動こうともしない。

「身体を合わせただけではない・・・」

うめくような呟きが白銅の口から漏れる。

「当り前だろう。白銅、貴様、女を知らぬわ」

「いかぬか?」

「まあ、よい。しかし、おかしい」

「何が?」

「考えても見ろ。以前ならお前があのような目で澄明を見たなら、

今頃はお前があふりで倒れておるわ」

「ふ、もう、ひのえを手中に治めた気でいるのに決っておろう?

ひのえも子を宿した。どう、考えても・・・」

「お前など、眼中に無いのは判っておるわ。

そうでなくてな。わしは九十九の所にいったのだ」

不知火は九十九に神を読ませる事はできぬが、

澄明を読む事はできると考えただけである。

「九十九?そうか。で?」

「前世を手繰ってもやはり同じことが何度か続いておるとの。

白峰のあとも白峰のあふりが続いて、

澄明は白峰との後は誰とも、婚姻をかわしておらぬゆえ・・・」

「それで?」

「聞け。澄明を諦めろなぞ、もう、言う気はないわ。

九十九の言葉が本当なら白峰が何故お前を見逃す?

ひのえが一人になるなら、それでも、あふりがくるなら、

何故お前を目にも留めぬ?」

「白峰の事だ・・・それに・・・」

ひのえの聞かされたひのえの性をかえられている事を

いおうとして白銅は止めた。

「いや。良く、判らぬが、

澄明を護るだけが精一杯のような余分な事に力を使いたくない。

その様に見える。

始めにも言うたように恐ろしくないのだ。

不思議なほど穏やかな目付きをしていた」

「・・・・」

「何かあるぞ。もう、少し手繰ってみるか」

「もう良いわ。白峰の事は構わぬ。それより・・・どう、思う?」

「何が?」

「ひのえは腹の子が白峰の姿であれば、わしの所に来ると言うた。

因縁の話もしよった。

白峰の姿であれば、子はそのまま、白峰の社に入るだろう。

後は、氏子が護りおろう。

だが、人の姿であらば、ひのえは白峰の物になるつもりでいる。

子供を抱えて巫女にでもなるつもりだろう」

「・・・・」

「人の子でありても、因縁断ち切る法があるやもしれぬというても、きかぬ」

「白峰の物になっておるなら真を尽くそうというか。澄明らしい」

「戯けた事を言うな。どうでも、わしが嫌じゃというなら諦めるわ。

白峰の思いの物になっているわけではない。

例え、人の子を産みても、そう言うたひのえを、よう、渡さぬ」

「蛇じゃの・・・」

「やはり、そう、思うか?」

「が、やはり、おかしい。お前とそういう話になっていて、

あの白峰があふりをくらわさぬが、尚府に落ちぬ」

「そうか?」

「澄明がお前の話に迷うのは判らぬでもない。

が、白峰を見ていると腹の子は人のようにも思えてくる」

「・・・・・」

「此度は子を産んだ後に白峰のあふりがないと思うか?」

「ん?」

「今は腹に子がおる。

どう考えても、どう足掻いても、白峰の物だろう?

故にあふりを上げなかったか」

「それを、さっきから言うておる」

「だから。身二つにならば・・・どうじゃ?」

前世のひのえがその跡に婚をなさずに居たという事は

白峰のあふりがあったせいでということであろうか?

たんににひのえの前世が蛇にくじられた己の身を恥じて

婚をなさなかっただけなのか?

「・・・・」

「澄明はお前が余りに思うゆえ、遠回しに断わったのではないか?」

つまり、この先も白峰のあふりがある?

前世の事をかんがみても当然ありえるはなしである。

「又、白峰のあふりを受けて負けるだけですよ。とは、言えぬわな」

「いや。あふりはあげてこぬ」

「何ゆえ。そういいきれる?」

「なぜなら、此れが最後ということだからだ」

「来世におなじくりかえしはないと?」

「わしも一つだけ似に落ちぬことがあった。

だが、不知火が九十九に読ませたことでなぞがとけた」

「なんだというのだ?」

どう腑に落ちなかった物がどう謎が解けたという。

「普通。人と人でないものが交わるのは七日を限度と聞く。

だが、白峰はひのえを百日虜にした」

「それは、大神ゆえの神通力ではないのか?」

「わしもそう考えておった。

だが、違う。

前世前世の繰り返しで奴は此れを最後にする日切りがきたのだ。

故に前世の繰り返し、繰り返しの総括を行い、

百日という、時をえた。こう、かんがえられんか?」

「確かにそれで百日の理屈は通る。

だが、それほど長きの時をかけて、

くじった女子のことを白峰が百日で精算するかの?」

「しなければならなくなったということではないか?」

「え?」

「齢壱千年。長すぎる寿命ではないか?」

「す、すると?」

「寿命ではないか?

そして、ひのえもこの世において白峰の欲を漱ぐ女子の役もおわる」

「だが::」

それだけでは得心できない事がある。

「ならば・・・」

生まれてくる子が蛇ならばどうであろう?

白銅の推察どおり白峰の寿命が尽きる。

かてて、百日の情交をかんがみても、腹の子は蛇である公算がつよい。白峰の性がながれこんでいすぎる。

いや、むしろ、蛇にうませしめるためにも百日の情交を得たといってもよい。その子蛇が産まれ、父親である白峰が

永きの年を思いかけた母親である澄明を

白銅にあっさりわたすだろうか?

父。白峰大神の意思をつぐのではないか?

けして、他の男にくれてやるわけがない。

いま、白峰があふりをあげずともかまわぬわけがそこにあるのではないか?

つまり、どのみち澄明は白峰の虜囚でしかない。

腹の子と、口に出すのが、きずつなく不知火は澄明の姿を振り返った。

それとなく澄明の腹の辺りに目線をやって

「すると、あれはどうなる?」

こう問いかけて不知火の中に湧いた疑念を

白銅と詮議してみるつもりで澄明を振りかえったに過ぎなかった。


ところが、

「や?澄明がおらぬ」

不知火の声に白銅もはっと振り返った。

その場所にひのえの姿は無かった。

ひのえは白峰の所に行ったに違いない。

「しまった。行かせるでなかったに」

「そうじゃの。ひのえを留め置いてほんにあふりがこぬか、

確かめれば良かったかの?」

確かめるには交情を持とうとすればすぐ判る。

ひどく皮肉った言葉を投げ掛ける不知火である。

「なにぞ、思いがあるのだろう。ひのえを信じてやれ。

戻ったのではないわ。帰ってくる」

「そう、思うか」

「ああ、白峰の姿であれば来ると言うたのだろう?」

「ああ」

帰って来るのであろうか?

いや、帰ってくる。

来ぬものならすでに白峰の元に留まっておろうに。

あれも、己の気持ちが見定めきれずにおるに、

迷うたまま白峰の元には留まらぬ。

そうだと思うと白銅はやっと鼎の事に気がついた。

「鼎?」

「ああ・・今のは?」

眠り続ける澄明が目覚めたかと思えば

何時の間にか美しい男が現れ、消えると、

兄と不知火は何かを話しており、

その間に澄明が軽く鼎に会釈をすると出て行ってしまった。

それを鼎はぼんやりと見ていた。

「澄明がひのえだという事は、判るか?」

「女子の方だったのですね」

なにやら良く知った温かいものに擁かれたような気がする。

それから・・・

「鼎が我気道に落ちたのは知っておるか」

「あ、はい、たぶん」

鼎の思念の中には

山童に受けた陵辱の記憶のひと欠片も残ってない。

事実は鼎が身体が陵辱を受けているのだが、

その記憶も業も一浚いにひのえが持ち去っている。

そして新しくできた記憶を事実と信じているのである。

陵辱を受けてないのは思念の上だけであるなぞという必要はない。

鼎の信ずるまま、ひのえが助けに来てくれたのだと思うていさせれば良いのである。

「我気道に落ちやったを助けてくれたのですね」

後は、なんとでも言える。

山童は人の腐肉まで漁る。

食われかけた恐ろしさで

我気道に逃げ込んだとでもいうておけばよいし、

年端の行かないこの妹はまだ男と女の事なぞ知りもしない。

本当の事なぞ考えつくわけもないし、信じもせぬことだろう。

「父上。母上に会いに行きやれ」

「あ、はい。が、兄さま、先の美しい方は?」

「白峰だ」

「白峰様?ああ、西方の山の上の?鼎を助けてくれやった?」

「ああ、そうだの。鼎。今のこと、白峰の事誰にも言うな。」

「は・・・い?」

「よいな」

兄の言う事である。なんぞ考えのある事と思うと鼎は素直に頷いた。

「白銅」

不知火が白銅を呼んだ。

「もそっと、考えてみぬか?どうかんがえても、

あの白峰はいつもの白峰でない。

何か、我らの目で見えぬはかりごとがあるようなきがしていけぬ」

「そうだろうか?」

白峰の謀よりも、ひのえが白峰の元にいった。

この事実はひのえの真の気持ちをあらわすのか?

白銅の胸は暗く塞がれ不知火の言葉を

もはや、まともに考えている余裕はなかった。


社の扉を開け放つと

薄暗い、その中に白峰が蹲ってはあはあと息を継いでいた。

肩で大きく息をしていた白峰だったが、

ひのえに気がつき

「来てくれたか」

と、一言、声を掛けると

「寿命には、勝てぬ」

と、言う。

「白峰。すまぬ」

黙ったまま白峰は首を振ると

「白銅の元に行く気でおるのか?」

「いえ」

ひのえを咲かせたのは白峰である。

今更、白峰に擁かれ尽くした自分を差出せる訳もない。

「が、迷うておろう?」

白峰がここに居続けるなら、

ひのえも流石に口を拭う様に手の平を返すように

白峰をうち捨て白銅の元に行けるわけもない。

白銅の深い思いのせいもあるが

一つに白峰の寿命がひのえを頷かせたのである。

死ぬる身の者の為に白銅を断ってしまえば白銅も死ぬるだろう。

「じゃがの、ひのえ、お前の言うたことは証にならぬ」

「え」

「白銅に蛇を産めばというたがの。ひのえ、お前が産むのは蛇じゃ」

「では?」

もう一度、白峰は首を振った。

「腹におるのが蛇と聞いては気ずつなかろうと思うて言わなんだがの」

「ならば?」

「そこが違う。お前のわしへの思いが深くても、

人の形にはならぬ。蛇なのじゃ」

「え?」

「悪童丸の時にお前が政勝に言うたであろう?

精が破瓜の傷跡からも入りたれば

その血も鬼の物になるとな。同じなのじゃ」

「あ、あああ」

「だからお前の性も血も蛇の物じゃ。

かてて百夜精を受くるば嫌が応でも、性が変えられてしまう」

「それでは、どのみち蛇を産むと・・」

「そういう事じゃ、だから証にならぬ・・」

しばらく白峰は考えていた。

「白銅のものになってやるがよい」

「え」

「ただし、身二つになりて、わしが天空界に上がってからじゃ」

白峰の頭の中には計算がある。

とにかくは産をなすまでは白銅をひのえに寄せ付けとうない。

そして、子を産み落とせばその子は祭神として奉られる。

今度はその子に、あふりを上げさせて、

白銅を寄せ付けない様にさせればよい。

どの道いずれには、白峰があふりを上げぬ事がおかしいと思うて、

白銅も手繰ってくるであろう。

その隙にひのえを奪われてしまってはならない。

交い事は同じ人同士の方が馴染む。

だからこそ、白峰とて百夜を掛けて

ひのえの性を変えて来たのである。

もし、この時期に白銅に精を叩き込まれれば、

九代の身にて同じ事をやり直さねばならぬ。

産まれくる子の魂が嵌る前にその身を取るのである。

白峰はそうして千年をこの地上で生き越して来たのである。

が、もう早う、天空界に上がりたい。

その為にも、嘘をついても、白銅を遠ざけたいのである。

「なぜ?」

「もう、わしが守ってやれぬようになるに・・・」

「・・・・・」

「わしが寿命はよう、生きて二百年。

此度の様に精魂出し尽くさば、流石に持たぬ」

「二百年?」

「前世前世のひのえと契りてひのえが生みたる子蛇の中に

その身を移して生き越して来た」

「ならば。何故、此度は天空界にあがります?

此度も子の中に入ればようございましょうに?

さすれば・・ひのえも・・・」

自分の言いかけた事にひのえははっとして口を噤んだ。

「おってくれるとか?じゃがそれでは、親子の交いじゃろう?

七度わしもそれが辛かった。

手が届くほど側におっても手をだせぬ」

「それで、思いの丈を晴らすために百夜?」

「そうじゃな」

「そうですか」

「わしもこれで満足した。

七度、側で見ておるだけで只只骨になるまで守り守りて、

又も産まれてくると思うても、哀しゅうて哀しゅうて涙が落ちた。

産声を聞くたびどんなに胸が温まったか。

そして又同じ繰り返し。

側におっても抱いてもやれず

一人生きる苦しみを与えているのも辛かった。

が、それも終る。わしもその、苦しみ終わりにする」

白峰の苦渋が今始まったものでないと判ると、ひのえはおもわず

「白峰・・ひのえは、御前が好きじゃ」

思わず口から出た言葉にひのえ自身も驚いていた。

『それが、本意なのか!?ひのえ。

蛇のものなどになりとう無かった筈ではないのか?

本意なのか?』

ついと白峰の手が伸びてくるのにひのえの方から

それを手繰り寄せる様に引くと

自分から白峰の胸に入り込んだ。

白峰からひのえに手を出すことは

願掛け百日を過ぎれば許されないが、

ひのえから望むのは別である。

ひのえの求めに応じる様に

ひのえの体を開かせると白峰はひのえの中に

ゆっくり己の物を入れ込んだ。

「欲しゅうなれば、来や。ひのえが望むは受けれる」

「ああ」

この欲情の強さも性を変えられておるせいかとひのえはふと思う。

「蛇はの、本来交われば七日八日かも雌の身体を離さん。

それを一夜にして百度の精をはたき込んで来たのじゃぞ。判るか」

「ああ・・・あ、はい・・・」

「白銅のものになってはならん。奴がこの身体静めてやれぬわ。

なお、わしが恋しゅうてほたえ苦しむだけじゃ」

「ああ、なれど・・・」

「なんじゃ」

「白峰もおらぬようになる」

「覚えておけ。来世はわしの妻じゃ」

「え?」

「ほれ」

ぐうと実を入れ上げると

そのまま、細かく引く様にくじり始めるのに、ひのえの声が重なった。

「なんと?」

そのまま弧を描く様に引いてくると抜けぬ物を

もう一度弧を画く様にして突き入れて来る。

「ああ・・よい・・・」

白峰のいうた言葉が定かでなくなる快さに

ひのえが喘ぎ始めるとその身体を起こして

白峰の膝の上に抱いた。

身体を包むようにしておいて白峰がひのえの口を吸い始めた。

舌を割り入れひのえの舌を絡め取ると、軽くその舌を吸う。

其れだけでひのえのほとの中にどよめきが起きてくる。

そうしておいて白峰は空いた手でひのえの乳を柔らかく揉みあげる。

「ん」

塞がれた口の中から嗚咽が零れる。

白峰のもう一方の手が腹の方を滑り降りると

滑る精汁に指を絡めそのまま指を引き上げ

ひのえの一番鋭い場所を指の腹で擦り上げて行く。

そうされると、すぐに高いうねりが上がって来て

ひのえがすぐにあくめを迎えるのを白峰も判っている。

指の動きに合わせるように実を動かして行くと

やがてひのえのほとの中がじんわりと締まって来る。

ぐうと締まると小刻みな波のような震えが来る。

それを構わず、実を突き動かして行くと

「ああ・・あ、ああ、ああ・・・・」

唇を離してひのえがあくめの声を上げ続ける。

あくめが長く続くようににその指も実も動かし続けて、

白峰がひのえをしつこいほど喘がせる。

「ああ・・・堪忍して・・・」

あくめを追えてもまだ、ひのえのほとの中がうねる様に動いている。

そのうねりが、与える感覚もまた快く果てしない。

ひのえのほとの中の血脈がずきずきと脈打つのが判る頃に

やっとひのえの中から波が去って行く。

ぐったりとした身体を支えて白峰が

「なんぞ、よりひもを探してでも、抱きに来てやるわ」

「・・・」

「の、だから、白銅なぞ、許すでない」

白峰のはてるまでもう、何度かひのえはあくめを迎えさせられる。

「私は白峰の物?」

「この様が違うと言いたいか?」

「・・・・」

「今宵は間違いなくひのえがわしを欲っしたぞ」

「・・・・その通りです」

欲情が沈むとふと何処かで違うという思いがする。

が、それを手繰り始める頃に白峰の動きに

ひのえの沈んだ筈の欲求がまたも迫り上げられていった。

ひのえが家に帰りついたのはもうとうに陽が落ちていた頃であった。


「かのと・・・かのと」

呼び起こされる声に、かのとは目を覚ました。

が、夫てある政勝は今宵のかのとにおおいに満足したのであろう。

かのとの中で果つるとそのまま深い眠りの中に落ち込んでいた。

「はい?」

うろんげに政勝を見やりながら小さく返事を返したが

やはり、政勝はぐっすりと眠っている。

「かのと・・政勝を起こすでない」

潜めた声が響くと、かのとの目の前に男が現れた。

ぐっと後退りをしながらかのとは、男を見た。

が、こんな夜中に夫婦の部屋に忍び入った男であるのに

不思議と恐ろしくない。

むしろ、なにか温かく、懐かしい感じさえする。

「かのと。覚えておるのだの。わしじゃ。黒龍じゃ」

「はい?」

懐かしげに語りかける男に面識などない。

が、男の口振同様、

ひどく懐かしい気がするのはかのとも同じであった。

「案ずるな。伝えおきたい事があってな。人の姿を借りて現れただけだ」

男の口ぶりで男が人で無い者であると、解る。

「かのと。おまえは、九代前の世にわしの妻であった」

「は?。」

「黙って聞くが良い。その頃のお前はきのえという名であった。

わしがきのえを見初めて、夜毎、通い詰めるようになった。

同じ頃にな、白峰が

やはり、きのえに懸想しておったのに気がつかなかった。

やがて、きのえの奪い合いで争いは天空界に及んだ。

そして、地上はあふりを食らい、酷い様になった。

わしはその頃は、水竜として

近江の琵琶の湖についえを構えておったのだが、

争いの度に瘴気を帯びた血が琵琶の湖に流れ込み、

その水を受けた稲も枯れはて

朝霧なぞ立ちこめたら瘴気が浮遊して、

湖の廻りに住む者がばたばたと倒れはてた。

白峰も同じでな。

あふりが上がった後に雨なぞ、降ろうものなら

廻りの木も畑も牛や馬、瘴気に当てられて

無事な姿を留める物なぞおらぬかった。

その時に、勝源が・・・かのとのててごの九代前である。

その勝源が仲裁に入った。

人間の分際でと、思うたが

地上の様を考えると、取合えず話しを聞いてみる事にした。

勝源が言う事には、八代神に差配を任せると言う。

きのえの死した後、魂を二つに分ちて

一方をわしに一方を白峰に与えると言う。

其れで折り合いをつけるしかなかった。

やがて、きのえは、わしの子を孕んだ。

それでの・・・わしは、きのえの思いに全てを託した。

年が明けて、きのえは玉のような男の子を産んだ。

其れで決めた。

きのえのわしへの思いは本物じゃ。

ならば人として生き抜かせてやろうとな。

わしは天上に帰りこの血を人の中に流し込む事で、

きのえとの事は成就したのだ。

きのえの血とわしの血は融合し、それが子孫が政勝である。

八代神の差配でお前は生まれ変わる度に竜の子孫の妻となりた。

そのうえ、魂が引き合うのだろうの、必ず双生で産まれた。

そして、そのどちらかが白峰にくじられた。

きのえの魂を分かちておる。

どちらも竜に曳かれながら一方は妻に、

一方は白峰に、その繰り返しだった。

七度、生れ変っても同じこと。

だが、白峰はわしのように成就できぬかったせいもあるのだろう。

己自身がどうしても、きのえと添い遂げたかった。

あ奴は、八代神に願をかけた。

七度生れ変った後。

百夜をまぐわう。人とのまぐわいは、七日七夜が限度。

それ以上は性を変える故ゆるされておらぬ。

が、反れでも白峰は、きのえの魂と添遂げる事を選んだ。

きのえの性を蛇の性に変えてしまう契りを交わす。

きのえの魂を分かちた者と、何度、まぐわっても、

白峰の精が思いの中にどうしても入らぬ。

そうと判ったゆえの願じゃ。

必ずへびの姿で産まれる様に白峰自身もくじっておる。

宿った子は七度、白蛇の姿で生れ落ちた。

その度白峰自身がその子の中に身を移した。

そうする事でその身を千年、この地におかしめる事が出来たのじゃ。

百夜の契りで満願成就したあと、白峰の姿は地上から潰える。

ひのえは性を蛇に変えられておる。

次に生れ変る時白峰と同じ姿で生れ落ちようとする。

蛇神として生れ落ちたひのえを白峰が娶りたいのじゃ。

だが、その生れ落ちるに元がいる。

その元を、此度ひのえ自身に産み落とさせるのじゃ。

そこに白峰は入らぬ。

ゆえに地上より潰えるのだが。

できれば、ひのえと今の世を分てる者を探してが

生まれおつる白蛇をこの草薙の剣で立ち殺すとよい。

でなければ、次の世にはひのえは、蛇に身を、魂をおとしてしまう。

ひのえを子殺しの大罪から逃れさす為にもひのえを護るものが欲しい。

さすれば、大儀が立つ。

やがての妻でありとても、その身をけどった者の子を夫が絶つは正義。

元因が無くなれば、ひのえが、やはりこなたと双生として生まれてこぬだろう。

が、その時には、もう白峰のあふりはない。

・・・しかし、わしの血は濃すぎるのだろうの。

精が強すぎて、どうしても男は一人しか授からん。

もう、ひとり、生まれておればの」

「・・・」

「そうだろう?政勝は強かろう」

「あ、はい・・・」

かのとは、思わず返事を返したものの自分の言った意味に気が付いた。

「あ、いえ・・・は、はい」

「其れでは、これを・・・良いな。政勝には、話すなよ」

かのとの手に草薙の剣を重たく沈むこませると黒竜は消えた。

かのとの手の中に錆び付いた剣がある。

が、芯はしっかりしている。もいちど、研ぎ直せば。

かのとは剣をしっかりと胸に抱いた。


次の日。かのとは白銅の所へ急いだ。

「白胴様」

息を切らして玄関先にしゃがみ込むかのとを驚いた様に白銅が見た。

「なんで、教えてくれませなんだ」

「・・・・」

やっと、ひのえの事に気がついたのだと判ると、白銅は何も言えなかった。

「白峰が荒らぶっておるだけかと、思うておったのに」

やはり、そうだと判ると

「すまなんだ。がの、ひのえがかのと殿に知らせとうなかった気持ち、わしにはよう判る」

「すみませなんだ。恨み言を言いに来たのではありませぬのに、つい」

「どうなされた」

「実は、私の元に黒龍が現れましてな」

「え?」

「事の次第は黒龍から、聞かされました。

ひのえは、やがて、蛇を産みます」

一気に言ってしまってからかのとは、は、と気がついて白銅の顔を見た。恐る恐る

「孕んでおる事は・・・知っておいででしたか?」

「ああ。知っておる。蛇を産むと、黒龍がそう言うたか?」

「あ、はい、しかと」

「良かった」

「え?」

怪訝な顔をするかのとに理由を話さねば、得心できる言葉ではない。

「いや。子ごと嫁に来いと言うたらの、

腹の子が蛇なら行くと言うてくれての。

それでも、人の子であっても、何ぞ手立てはないか考えておったが

蛇なら良しじゃ・・・」

「白銅様。そこまで、ひのえを望んでくるる思いには

私も手を併せて拝みたい所です。

が、問題は、そこからなのです。けして、良いことでは」

判らない言葉にしばし、白銅は宙を睨んだ。

「どういうことじゃ」

「白峰は・・・。白峰の百夜はそれで満願成就ではありませぬ」

「又、来世も白峰が事があるというか?」

「はい。それだけではありませぬ。来世こそ、本の満願成就。

ひのえが白峰の妻になりましょう」

「な、なに?」

「白峰は、此度の子に代を移し、その身を天空界に移します」

「それで、どうやって、ひのえを妻にする」

「だから、代を移すのです。だから、百夜の契りを与えたのです」

「判らぬ、順序だてていうてくれ」

意外な言葉に白銅の頭の中がぼううと白茶け考えを結べなかった。

「百夜の契りでひのえの性は白峰の物となってしまっております。

でなければ、蛇などにくじられて、喜んでおる訳なぞない」

そこまで言うと、かのとはあっといって口を押さえた。

ひのえの房事の様を言うているのが判った。

「よい。気にせず言うてくれ」

「あ、はい。ひのえの性を変えてしまえば生まれくる子は必ずや、蛇。

その子蛇を使いて来世のひのえを孕ますのです。

さすれば、ひのえは蛇神の血を受けて生まれます。

さすれば、ひのえの来世が朽ちる時には、

白峰が天空界に引き上げれます」

「しかし・・・」

「生まれくる子は、女蛇。

そして、百夜の契りの本当の意味は

ひのえの魂の性を蛇に変える為です。

蛇の魂に変れば、嫌が応でも、ひのえの生れ変りが蛇の腹に入ります。台がそこにしかないのですから」

「すると・・・?」

「ひのえの来世の姿は、身も心も血も、魂までも蛇のもの」

「ならぬわ」

思わず、白銅の恫喝が響いた。

「故に、黒龍が話です」

「黒龍?」

「それが言うに、ひのえの腹より子蛇が生まれ来る時に、

その子をたてと・・・」

「な、なんと」

「が、問題があります」

「なんだという」

「ひのえがその子を討てば子殺しの大罪で神罰を受けましょう。

業を受けましょう。一番よいのは、ひのえに夫がおればよい、と。

夫がひのえに通じた者の子を討つは大儀が立つと」

こういう抜け道があったのである。

だからこそ白峰はひのえに夫があたわることのないようにさきんじて、

ひのえによりくるものにあふりをあげたのである。

それは確かに効をなし、、ひのえ自ら妻になれぬと

己の運命を享受させることになった。

だが、そのあふりに立ち向かう意気あるものがあらわれていた。

たしかにあふりにかてはしなかったが、

「構わぬわ。わしが討つ」

「いえ、其れでは、白銅様が横恋慕の末、

白峰の子を殺したとなりて、今度は、白銅様が・・・」

「構わぬ」

「ひのえが、それでは、苦しみましょう!?

それに、若し、その後に、夫婦にでもなれたら、どうします!?

その業、二人で抱えますか!?どんな、業が来るか判りませぬよ」

「・・・・」

「それより、なんとか、夫婦になってしまえばよいでしょう」

「お、おう?」

「この事は、正眼に話して下さいますな。

ひのえの魂の性まで変っておるなぞ、

白峰の謀を知りたれば正眼が白峰のところに

猛り狂うて行くやもしれませぬ」

「判った」

「ひのえと夫婦になれたらば、草薙の剣を御渡します」

「え!」

「蛇を切るに、その剣しか刃が通らぬと

千年の昔に今を見越して

黒龍が湖の底に落ちていたのを拾い上げ、

近江の竹生島に・・・」

「知っておる。それを求めに行った時は、

すでに、黒龍に持って行かれた後だった」

「あ」

この人は本当にひのえに命掛けておると思うとかのとの声が詰まった。

「産みてすぐの所でなければ。

白峰の心を継いでおります。

子蛇といえどあふりを挙げられては勝てませぬ。

その時の手筈は又・・・。

とにかくや。夫婦になってしまうは、腹の子の生まれくる前にです。

でなければ、機をのがします」、

そう言うと、かのとは結界を解いた。

「何時の間に」

「白峰に聞かれてはいけませぬ。

正眼が、これだけは無理に教えましたが、

さもありなんです・・・・では」

告げるべきを告げるとかのとは白銅の元をさっていった。


かのとが白銅と話しおる同じ頃にひのえは父、正眼と話し合っていた。

「父上」

何も言わずとも、正眼は察したとみえて

「白銅は得心したか?」

と、尋ねた。

「いえ。断り損ねました。」

「そうか」

「蛇を産み足れば行くというてしまいました」

ひのえは白峰の言葉を疑ってはいない。

百夜の満願成就で白峰がひのえを解いて

天空界に上がるのだとそう考えている。

身体も弱り果てても、子を見たい一心で

生き長らえ様としている故に

あふりなぞ挙げたくないのだけは判っている。

が、白峰が天空界に上がれば、あふりはもう無い。

生まれくる子が人の姿でないのならば、

白銅が思いを受けても良いのかもしれぬ。

そう考えて白峰に告げに言った筈であるのに

今度は己から白峰に抱かれて帰って来る事になれば、

さすがにひのえも白銅が元へは行かぬと心に決めざるを得なかった。

「心は白峰の物でない、証か・・・」

「はい。白峰にくじられ、子を宿しておるというに、

それでもと、望まれれば・・ひのえも・・・」

「判らぬわけでない。そうすれば良いだろう?

白銅が構わぬのじゃ、後の事はどうにかなる。

それに、それでも因縁が恐ければ。子を成さねば良い」

正眼は百夜の満願を終え帰り来る娘が

女子の姿のままにおるのを見て、

これはもう、あふりが来ぬのだと踏んでいた。

が、事実はあふりが来ぬ訳ではない。

白峰が余分な力を使いたくないだけである。

が、そうとも知らず正眼はそれならばと、白銅を許す思いになっている。

「はい。同じ様な事をいうておりました」

「ならば、なにを迷う?」

「ひのえの心が白峰の物でないと思わば、それでよいと、思いました。

それが・・白峰がいうに・・・」

「逢いに行ったのか?」

「あ、はい。」

「まあ良い。いうてみろ」

「百夜の契りで血も性も変っておるから、蛇を・・・蛇を産むと。

証にはならぬと」

正眼は頭を抱え込んだ。

「ひのえ。白峰を好いておるのか?」

「判りませぬ。ここにおって、父上と話しおれば

蛇の性になったと聞いた事がぞうとするほど怖気がきます。

白銅にああもいわれれば、そうしようとも思います。

なのに、白峰の事が頭の中によぎると側にいてやりとうなります。

それに・・・」

「いうてみ・・・」

「白峰が傍におると・・・」

言い渋るひのえの口元で正眼は一つのことを察した。

「判った。何がいいたいか・・・判らぬでない」

帰り来るのがひどく遅かったが、

そう言うわけかと正眼も肯く物がある。

「ひのえは白峰のものだというて、断りを入れて下さい」

「判った」

百夜の満願成就で解き放たれた因を

ひのえ自身が結んだのだと判ると、白銅も諦めざるをえない。

結局そうなれば、白峰がまた、あふりを上げて来るに決っておる。

今度こそ白峰の物に落ちてしもうたのだと判ると、

正眼はひのえを見ておるのが辛かった。

ここにおると、この娘になにをするかも判らぬ。

立ち上がると請願は襖を開けて自室に戻った。

白銅にどういおう。

少し心を落ち着かせてからにしたかった。

「善嬉の元へ行こう」

それでも、どうにかならぬか。手繰りたいのである。


かのとがこけつまろびつ、正眼の元に走りくると

「父上、父上。なにとぞ、白銅様の思いを汲みて、どうぞ・・・」

白銅からひのえの事を聞いたのであるなと察しが付いた。

白峰の事も知っておるか?と、考えてみたが、止めた。

この娘の強情はひのえに輪をかけている。

白銅が歯に挟まった言い方をしていれば、

嫌が応でも聞きただし問い詰め、

そして、尻尾を掴んではっきりと言わざるより先に悟りて、

詰まる所こうですねと畳み掛け、

その顔色を見て判りましたという。

賢い上に押しが強い。

この芯の強さがひのえに在ってくれればと何度思ったか。

「その調子で政勝殿を尻に敷いておるのか?」

「父上。話しを誤魔化しますまいな」

「馬鹿者。白銅が白峰のあふりに耐えられぬわ。

それを見て一番苦しむのは誰だと思うておる?」

「判っております。されど・・・」

かのとがそれは何とかしますと言おうとするより先に、正眼も

「無駄じゃ。白峰の因は思うたより深い。

白峰の子を宿し、産み落としたれば、

其れで終わりじゃと思うておった」。

正眼の読みが浅かった。

「九十九善嬉に逢った」

「九十九様がなんと?」

九十九は前世を読む事が出来た。

が、本来は触れてはならない事である。

「その九十九が言うに、

ひのえの因は何度前世を手繰っても、

白峰にくじられておると言うのだ。

くじられた後はひのえ一人になりても、

白峰のあふりが消えぬのだと。

だとしたら・・・もはや、白銅の命さえ危うい」

かてて、ひのえ自ら、切れた因を結んでいる。

かのとが急に高笑いで正眼の言葉を跳ね返した。

父は、白峰が寿命を迎えているせいで

あふりを上げずにいるとは気が着いてない。

が、それはどうやら、ひのえがいおうとしていないせいである。

「ほほほほほほ。ああ、おかしい。

それがどうしました?

九十九が見ゆるのは前世でしょう?

後世を見ゆるのなら、私も納得いたします。

何もかも前世の因に縛られるのなら、

こんな、父上の陰陽道も成立ちますまい?」

厳しい目付きである。

日頃はひのえの翳に隠れて判らないが、

かのとのほうが性も根もひのえよりもっと男勝りを凌ぐ。

勝気な娘であった。

「宜しゅう御座います。

こうなれば白銅どのにも直々の談判。

いかにひのえを思うておるか、父上自からお聞きあそばれるがよい」

言捨てて、つと、立ち上がると怒りが心頭から発するのであろう。

凡そ普段のかのととは信じられない勢いで

襖をばっと開け放つと鬼神か何かの様に、

どすどすと畳を踏みしめ白銅の元へ急ぐ様であったが、

何を思うたか、かのとは踵を返すと、ひのえの部屋に行った。

「ひのえ。ひのえ。具合が悪いのですか」

「あ、いえ」

「入りますよ」

障子を開けるとひのえがゆくりと起き上がった。

「臥せっておったのですか?」

「あ、少し。草臥れてな・・・」

「そうですか。それでややは何ヶ月になります」

「あ、知っておったのですか」

ひのえの返事も聞かず、かのとは

「ひのえ。白銅が事どうするつもりなのですか」

と、ひのえを問い詰める。

「白銅から聞き及んだと言う事ですか。

それで怒って帰ってきて父上に直談判ですか」

「そうよ。ひのえ。白胴の気持ちは本物です」

「先に、父上にもいうて断りにいくようにしております」

「なぜ?」

「ひのえは白峰の物です」

「間違ごうております」

「え」

「情に流されておるのが判らぬのですか?」

「・・・・」

「それが真だと言うならとうに政勝殿も蟷螂の物でしょう」

「あっ?」

「でしょう?」

「知っておったのですか?」

「あの方もひのえの様に脆い方です。

それを責めては政勝殿も苦しいでしょう。

知っておって知らぬ振りをするのも妻の勤めでしょう?

それに蟷螂に腹を傷められたを見たれば

政勝殿も痛い思いをして懲りたでしょうに」

「ほ、強い事だ」

「これくらいでなければひのえから政勝殿を取上げませなんだ」

「あっ」

それも知っているのである。

「そうやって私に負けるような琴柱の強さがないゆえ

白峰などにくじられるのです」

「かのと。が、あふりが上げられて、村人達が・・・」

「誰が身体の話しなぞしております」

「・・・・」

「偉そうに政勝殿に情けに振られぬようにというたくせに、仕方の無い方。貴方の強情はその脆さを立てる為に有るだけでしょうに。

それを一番判っているのが白胴なのですよ」

「その通りだと・・・思います」

「だったら白銅の所に行きなさい頼りにすれば良い。

命賭けて守ってくれましょうに、甘えてしまいなされ」

「出来ない」

「また、今度はどんな言い分けですか?」

「そう言われると・・・・」

「言うてしまいなさい。白峰の元に行ってから気がついては遅いのですよ」

「もう・・・・遅い」

「はああん」

「何?」

「白峰の物が良いですか?」

「か、かのと?」

「恥ずかしがらなくても良いでしょうに。

かのとも政勝殿とは身体を逢わせておりますに

それぐらい考えつきます」

「そう・・ですね。・・・その通りです」

「ひのえ。本に好きと思えれる人の物は違います。

そしてひのえが身ごと預くるる思いを渡せる人との事は違います」

「・・・・」

「又、黙り込む。

それに、ひのえもっと言えば人の物と蛇の物では違います」

「か、か、か、かのと・・・」

「こだわりのう白銅に抱いてもらえばよいに」

「えええ!?」

「そうしてみればよいのです」

「かのと。ものすごい事をいうておるが、気は確かなのか?

確かなのじゃろうな。

が、私は白銅を本意に好いておるかさえ定かでない」

「はいはい。

白峰の事も情が絡んで定かでない。

白銅も定かでない。が、白峰の物は知っておる。

白銅の物は知らない。

同じにして見れば自分の気持ちがよう判りましょうに」

「かのと・・・貴方。自分のいう事がどういうことかわかっておるのですか?」

「宜しいじゃ御座いませんか!?

どうせ、くじられまくった身体、他の物をのんだとていっそ、同じです」

「ひどい言い様があるものですね」

「でも、それでも、ひのえが良いというている白銅に

それを許してやらず、

自分の気持ちも確かめず白峰の物だと言われて

白銅が引き下がりますまいに」

「・・・・」

「どうなさいます」

「もう、よい」

「そうですか?なら、判りました。

今日の所は帰ります。よう考えてみればよい。

ひのえ、私は初めからあなたが政勝殿に思いを寄せていたのが

判っておっても負けませなんだ」

「そうでしょうな」

「私は此度の事白峰が蟷螂。政勝があなた。

そしてこまで思う強い心のかのとが白胴だと言うておきます。

かのとで良かったと思うたことがあるなら

必ずや白銅で良かったと言います」

自分で言うかと思いながら、確かにそうだと思うひのえである。

政勝のかのとに寄せる思いもまた深くなっていった出来事であった。

白峰の事もそれに過ぎない事だとかのとは言おうとしてる。

かのとこそ強い娘だとつくづく思う。


ぷいと立つとかのとは家に急ぎ帰った。

家にたどり着くと

かのとは慌てて黒龍を呼んだ。

ふと、件の男が現れた。

「何をあふりを上げおる」

「聞いて下され。ひのえの強情にもほとほと手を焼きます」

どちらも似たような者なのであるが。

「仕方なかろう。きのえがそうだったに。あれは、おまえによう似ておった。普段は大人しいが、ここぞとなったらきつうてな。言出したらきかなんだ」

「良い方に言出して聞かぬならよう御座います」

始まったなと思いながら黒龍は黙って聞いている。

「情にひかかりおってからに。

果てには白峰に溺れさせられた事に負けて

それを引け目にして白銅をば断わると言うてききませぬ。

白銅はそれでも良いと言うておるのに。

何故あのように強情を張らねばならないかが判らない」

「良い男がおるというのか?」

「あ、はい。ひのえが事なら命を掛けましょう。

草薙の剣を竹生島までも探しにいったというておるくらいですから」

「ああ、わしが取りに行ってしもうたあとじゃな」

「かようなことです。なにとぞ、婚儀の因をお与えください」

「かのと。因を結ぶ事はわしにはできぬのだ。

ここより、解脱するは正眼に理を言わすしかない」

「ことわり?」

「おお。その元、お前らを二つに分ちたも、勝源が親ゆえ。

親の理。そが、一番の大元になる。だからの。

正眼がそ奴との夫婦の縁を認めたれば、その言葉が

大元の言霊として発動してゆく」

「では、父上がひのえと夫婦に成る事を認めれば、

其れでよろしいのですね?」

「簡単に言えば、そういう事じゃが。

良いか、正眼に一切訳を話してはならぬのじゃ。

訳が判っての事では、其れは理にならぬ」

「つまり、とに角。父上のお口から、

白銅にひのえを妻にくれてやると、

その一言を言わせれば良いのですね?」

黒龍が頷くと

「判りました」

「うむ。そ奴は、白銅というのだな?」

「あ、ええ。はい」

黒龍はじっと何かを手繰り寄せる顔付きをしていたが、

やがて大きなため息を一つついた。

「仕方あるまい。わしがきのえの分ち身を何時までも、

思うておったのでは・・・白峰と同じ事よのう」

一言言い残すと、黒龍の気配が消え去った。


正眼が家を出た。白銅の元に行く為である。

玄関先で呼ばわると白胴が出てきた。

正眼の声と知って先んじて来たので

後から母が出てきたが白銅が押しやって正眼を居室にあないした。

部屋に入るとじっと立っていたが白銅を見ると正眼は頭を下げた。

その姿にはっとしていた白銅であったが

下げた頭が項垂れたまま上がって来ないのを見ると

正眼が何を言いに来たか悟った。

「許しおれ。ひのえは白峰の物じゃ」

「などか、判らぬ。その、証を見せよ」

声が切り詰まり、せり上がった物言いになっている。

「昨日。白峰を望んだ」

「嘘だ」

「嘘でない」

「信じぬ。ひのえの口から聞くならまだしも、正眼殿は当てに出来ぬ」

「何!」

「本意に必ずや伝え下されそう言った言葉伝えて下さらなんだ」

「ん」

ぐと詰まる正眼である。

「ひのえの身体はもう、その性も血も白峰の物じゃ。

それを無理に嫁がせても、

お前とひのえの間にも蛇が産まれて来るやもしれぬ」

「子が欲しゅうてひのえをくれと言うておるのではないわ。

それが怖いなら初めから腹の子事くれなぞと言うておらん」

『おお、よう言うた』

胸の内では白銅をそう誉めてやりたい正眼であるが

「が、ひのえが心も白峰の物じゃ。で、なければ、昨日・・・」

正眼も流石に、房事があったと口に出すのが辛い。

「蛇の性になっておらばそれも仕方ない事でしょう」

白銅がそう、さらりと言ってのける。

「な?」

「そうでしょう?」

精の強い蛇の性になれば、ほたえが上がってくるのは当り前である。

そして、ひのえにとってそれを重ねる相手は白峰しかいない。

あの様にひのえを思う様を見せられ、

百夜を繰り返した白峰を求めるは、

火を見るより明らかな結末である。

が、それが、心まで白峰のものになったということにはならない。

それを断りにされて引く馬鹿もいない。

ましてや、次の世は大変な事になる。

「な、ならば、あふりが来る」

「来ておりませぬ。来ておりませぬからこそ言うのです。

ひのえが孕んだに気を良うしてか、我が手中と思うてか。

その、この前に、少し、あ、いや、どういえばよい。

その前の時はあふりをくろうたのに、この度は・・・」

多分抱き寄せたか、せいぜい口吻の事であろうが

ひどく、赤らむものじゃのうと正眼は思いながら

それでも、それをひのえが許したとなると、少し、話が違う。

あやつの事じゃ、男心に疎いように

己の中の白銅への気持ちに気がついておらぬまま、

白峰の情にほだされておるのやもしれぬと思う。

「それで?」

「あ、いや、多少、無理矢理ではありましたが・・

いや、そうでない・・・弱った。」

「あふりが上がらぬと言うたの」

「あ、はい。ですから、その間にどうにか、できるのではないかと、」

「奪い返せると言うのか?」

「やってみとう御座います。

このまま、おめおめ、ひのえを三度なくしとう御座いませぬ」

「みたび?」

「あ、いや、」

「政勝で一度は諦めたか?」

「はい。かのとを託してまで、

政勝の幸せ願う気持ちには勝てぬと、

ひのえの気持ちに負けておる内に白峰のあふりが上がりました。

ひのえが本位好いておるなら、まだしも。

白峰への思いは憐れみでしかない」

『おお・・・言い切るわ』

正眼も善嬉の読みを聞いてかのとにはああ言ったが、

白峰にまたも好き勝手をされるぐらいなら、

余程、白銅にひのえをやってしまいたかった。

が、あふりをくらわば結局白峰の思うがまま、

白銅が命も無い。

白胴がひのえを諦めれば、いくらでも嫁の来てはある。

「ひのえが気持ち、わしに無いと言うなら諦めましょうが、

白峰に負けておめおめと逃げ帰るくらいなら、

今度こそひのえを殺してでも、共に相果て我が物にします。

死んでも、ひのえを諦めませぬ」

「・・・」

天晴れ、親の前でようも抜けぬけと惚れ気を言いよるわ。

そう思いながら聞く正眼である。

そして、これほど思うを諦めさせる事が無駄だと思ったと

同時に白峰の物にさせるぐらいなら、

こまで思う白銅になら、ひのえが例え殺されても良いではないか。

と、いう気がしてきた。

「許しおれ。それほどの、覚悟せねば白峰に勝てませぬ」

白銅の思う中に何か勝つ算があるのかもしれない。

一瞬でも、ひのえを殺されても良い。

この男が良いと思った正眼は白銅のその言葉を聞くと、

それに賭けてみたくなった。

「強情じゃのう。ひのえも強情じゃ。

その、強情の性がひのえを好くのかの?」

「強情にかつは強情しかありませぬ」

「ふむ」

ひのえの性質もよう判っておる上に、

それを組み伏せる術もよう、判っている。

「ひのえを下さいませ」

「よう、判った。ただし、ひのえをうんと言わせてみよや。

さすれば、お前にくれてやる。

煮るなと、焼くなと、供に相果て様とひのえが望むならわしは許す。

かように思われておらば。ひのえも本望じゃろう。

きっと、うんと言わせてみよや」

「あ、ああ、はい。必ずや。白胴、先を成して父上の理、しかと受けました。ひのえを頂戴いたします」

「ああ・・よろしく、頼む・・・」

正眼の仕事が一つ増えた。

さそくに、家に帰ってひのえを呼ばわる。

「ひのえ」

「はい」

「わしも断れなんだわ」

「やはり・・・」

「そう。思うておったか?」

「はい」

「ならばいうが。おまけにひのえが良いと言うたら婚儀を許すと言うた」

「え?」

「あれは、どうにもならん。いっそ、共に死んでやれ」

「父上?」

「と、言いたくなるほど深い思いじゃ。後はお前が断りたければ、断われ」

「あ」

詰まる所、父は白銅との縁組を望んでいると言う事であった。

正眼はちらりとひのえの顔を見た。

厭ではないらしいの。そう見える。

後は、白銅が胸中で封じている事で、

通り越しができる勝算があるのだろう。

それに委ねてみよう。と、思うと自室に引篭もった。

「あふりが無いか」

呟いた正眼は直ぐに白峰が、そんな落ち度をする訳が無いとおもう。

齢千年を生き長らえた蛇神がそんな落ち度を・・?

「一千年!?」

寿命やも知れぬ。

ふと湧いた思いが当てはまるのか、正眼は考えなおしはじめた。


三日もすると、かのとが白銅の元に現れた。

「どうですか?」

「正眼殿の許しは得た」

「え?」

父に理を言わせるのをどうに言えば良いか。

白銅に悟られてもいけない。

やっと、腹決めと案を成して来て見れば白銅の方が早かった。

「あ、ならば」

「いや、条件付じゃ。おまけにこれが強情の首を縦に振らせよと言う」

「ふ」

かのとは思わず吹き出した。

「ならば・・・」

「なにか、良い案があるのか?」

膝を乗り出してくる所を見ると、白胴も考えが付かなかったのであろう。

「いっそ一思いに抱いてみればよい」

「なんと?」

「不知火と善嬉を呼びましょう。それと私。

三人で結界を張れば、白峰も気がつきませぬ。」

「いや。結界が張られたを見れば・・・判ろう」

「その気は、おありですね」

「あ、」

計らずも、その試みに載る言葉を吐いてしまった白銅である。

「ならば良うございませぬか。あとは知らぬ存ぜぬで、通せば良い」

「しかし」

「一度や二度で性が変るほどひのえを抱けませぬ。

白峰が気が付く訳がない」

「ああ、その手があるか・・・。

いや、その身代、蛇の性になっているというて

断りを入れてくるが、それも、わしがひのえを・・・抱かば・・・」

「あ。それ。それでもよう御座いましょうが。

ひのえが言うておったと夫から、聞きました。

障りの下血に妖しの毒気も落ちて行くと言うたそうです。

産を成した後に来たる障りで白峰の事なぞ、跡形ものう落ちます」

「そ、そうなのか?」

「ええ。自分に言霊を知らずにかけております。それも、大言霊ですよ」

「そんな域に達しっているのか?」

「だから、危ういのです。うっかり情に振られて掛けた言葉に

自分が操られる事になってしまいます」

「成る程」

「そう、なさいませ」

「あ、いや、それは・・・」

「そうですね」

これからひのえを抱くぞと式でも飛ばして三人に触れ回るようなものである。はい。とは言えぬだろうとも思うと

「助きがいらば・・・お何時でも」

かのとは、それだけ言いおいた。


かのとが帰ると白銅はふううと溜息を付いた。

白峰に体を開いてそう思い込むなら、

白銅であらばもっと、はっきりひのえの心があろう。

それを引き出すのは情交の力を借りるが一番早いのかもしれぬ。

そんな事を、ぼんやり考えている。

同時にひのえを二度と白峰の元に行かせてはならぬと思う。

あれが帰ってくるうちは良い。

自分をなくして白峰の物になったら、もう、どうしょうもない。

そう、思うと白銅は立ち上がり玄関に向った。

そして、ひのえの家に駆け込んだ。

「あ」

玄関先に顔を出した、ひのえが小さく声を上げた。

「今日は、ひのえに逢いにきた。良いな」

言うと、ずかずかとひのえの部屋に上がり込んで行った。

後を追うようにひのえが自分の部屋に入ると

「何の御用ですか?」

素っ気無い言葉を掛けるが、白銅がそんな事で退く気はない。

「ひのえを貰い受けようと思うてな」

「まだ、言うておるのですか」

「おうよ」

「無理です」

「無理かどうか試して見ねば判るまい」

「!?白銅。かのとに要らぬ知恵をつけられましたな」

「そういう事じゃの」

ひのえの手を掴むと同時に式神を飛ばした。

「何を?」

「さあ?」

ぐうとひのえを寄せ付けると白銅の力は強い。

脆くその腕に引かれ、瞬く間にひのえの口を吸われた。

その手が更にひのえの着物の裾を割って行くに流石に

「白胴。父上を呼びます」

「呼んでみるがよい。正眼殿も男であらば。

この気持ちよう判っておるわ。

かてて、ひのえの事を変えてくれと望んでいるのは、正眼殿だ」

「な・・それで・・この狼藉ですか?」

「白峰が事は、狼藉でないと言うか?」

強気な娘である。

「ええ。狼藉ではありませぬ」

「ほ、そんな事は結果でそうなったのであろうが?」

「い・・・いや・・・」

白銅の手が押さえ付けた物の中ににぐうと指を入れこんで来る。

「わしが事も狼藉かどうか、成してみねば判るまい」

「い、や」

中指と人差し指。

二本の指がひのえのほとの中で蠢くと

白銅の親指が、くと曲がり軽く精汁をなすくると

ぐうと滑らしにほとを開き上げると小さな尖った物に

親指の腹を刷り上げて撫で回してゆく。

中に入った指を抜き差しする様にされると、

ひのえに既に渋りが込み上げて来ていた。

「ああ」

おもわす漏らした声をかみ殺す様にして白銅の胸に縋った。

「ひのえ。じつうが欲しかろう」

「いや、なりませぬ」

「そういうが・・・」

すでに白銅の指がひどく滑っている。

それをもっときつく動かしながら

「それでも、強情じゃの」

思いきり裾を捲り上げると白銅はひのえのほとをじっと見た。

この男、ほんに経験がない。

あぶな絵の如きを見た事があるぐらいである。

我ながら今の前戯一つもようできたと思っているぐらいである。

ええーーい。ままよとひのえに被さって行けば、

そのままひのえの物につるりと呑み込まれた気がした。

軽く蠢かしてみるだけでひのえが「う」とうめく。

そして白銅が思いをはたす頃には

ひのえがしっかり白銅の胸の中に縁りかかっていた。

「気が落ちたか」

「あ・・・」

白銅の尋ねるとおりである。

「人の物はどうじゃ?」

「・・・・」

「ひのえの心はどうじゃ?」

「ききますまいな。こうしておるに・・・・」

白峰には返せなかった睦言がつらつらと口に出る。

「わしは、そなたが初めてじゃ。」

「すみませなんだ」

白峰との事が白銅にひどく申し訳なく思う。

確かに白峰の事がひのえの中で大きな蟠りを作っていた。

それがあっさりと白銅に抱かれてしまうと、

何を拘る事であったかと思うのである。

かのとの言う事が、そういう事かと、ひのえは思うと

「それでも、良いのですね?ひのえで良いのですね?」

と、自ずから白銅に確かめずにはおけなかった。

「そうじゃ」

「ああ・・・・白銅」

「ひのえ」

そんな甘言を聞かされても堪らないと踏んだのか

正眼はとうに外に出ていた。

が、出て驚いた。

「ほ、結界か?」

三重に重なった結界が張られている。

成る程と思うて正眼も己の結界を重ねた。

当分、家の中には入れそうもない。

結界の四本柱の内側に正眼はぼんやりと突っ立っていた。


「さて」

正眼が頃合を見計らって家に入ろうとした時、

向こうからかのとが歩んでくるのが見えた。

「父上」

「よう、やりおったの。こういう訳か」

見上げる結界の中の一つはかのとが張った物に間違いはない。

「あ、はい。父上。それには、色々話さなければならぬことが・・・」

「ふむ。わしも判らぬ事が多い。おまえ。なんぞ、知っておるの?」

「あ、はい。ひのえが白峰の事庇うておる事がいくつか。

私も黙っておりましたが、あれは寿命が来ております」

「やはり。そうか。千年も生き越せばの」

「いえ。蛇はよう生きて二百年。

善嬉に読ませた様に白峰が七度の生き越しができたのも

ひのえの前世に産ませた子にその体を移したればこそ」

「そういうことか。が、ならば、此度はそうせぬと言うわけか?

百夜の満願がかなったが、白峰の終りか。

あふりも奴が死ぬるまでか・・・」

「いえ、そんな甘い考えでは。

確かに白峰は此度、天空界に上がり子蛇に台を譲ります。

が、その後、その子蛇にひのえの後世を孕ませる算段なのです。

そして後世が死ぬる時に、天空界に、引き上げ

己が妻にする腹積りでおるのです」

「な、何?」

「その為の百日百夜。

ひのえの魂の性まで蛇の物に変える為に百度精をはたき込むが目的」

「それでは?」

「白銅と夫婦にさせても、次の代があふりを上げて

白銅が潤房に及ぶ事はもはや、相成らぬ事でありましょう」

「それで、白銅を唆したか?

が、それならば憐れと思うて白銅にあないな事をさせれば

なお、苦しむでないか?何を考えておる」

「・・・・」

黙っているかのとに正眼が更に畳掛けた。

「要らぬことを言うたは御前だろうに?

口吻が如きを言うにあないに赤うなる男がおかしいのとは思っておった」

「それは、父上の理を頂くための手段。

因を成すにひのえにうんと言わせねばなりますまいに?」

「因!?なんの因という?

夫婦になっても潤房が事がなければその血も性も変えられるに」

「夫婦でなければひのえと通じた者の子を討つ事は出来ませぬ」

語気荒く言い切ると

しんと、黙ったかのとを

仰天の顔で口を開けたまま見ていた正眼の咽喉から

ぐうと音がすると、得心したのであろう。

「あ、おおう。そうであったか」

と、言った。

が、その顔が又、考えこみ始めた。

「しかし、子蛇というても神。絶つ事が出来なかろう?」

「抜かりは御座いませぬ。龍が現れましてな。

又、ゆくりとその話はしますが・・・。

剣を・・・草薙の剣を置いて行きました」

「あ、それならば、討てる・・・」

かのとは生気の戻った正眼の顔を見ながら

「が、まだまだすることがあります。

先ずは産所を考えてやらねばなりませぬ。

私の所では白峰が邪魔だてしてきましょう。

龍が子孫には深き因縁が御座います故。

八葉が所はどうかと思うております」

「ここでは?」

「男手で産ますのですか?白峰は杉を切らせております。

産所を建てさす算段でございましょう。

さすれば、白峰が我が手で取り上ぐると言いましょう」

「ふむ」

「八葉なら、ひのえには母のようなもの。

そう言えば、白峰も厭とは言いますまい。

白峰の聖域に入り足れば白銅も行く事も叶いませぬ」

「それ・・・では」

正眼は、又、白峰の所にその事を

ひのえをして伝えに行かせねばならない事を考えている。

産屋まで立てさす白峰に負けて

今度こそ、ひのえが帰って来ぬのではないかと、思う。

よしんば、帰って来るとしても、只では、帰って来ない。

「ひのえが白峰にの所へ行ってそう言わねばなるまい?」

父の懸念をあっさりと口に出すと

「父上又、そうなったらそうなったで良う御座いませぬか。今更。

それに白峰もひのえが求むれば

ますます精魂尽き果ててゆき力を無くしましょうに。

多分今日の事も白峰は気がついておりますまい。

白峰も我が物と思いて、尚油断しましょう。

ひのえの言う事を素直に聞きましょうに・・・。

それに八葉も肝の座った女子ゆえ、

蛇が出でくるというても安々産女の役をこうてくれるでしょう」

が、正眼の気懸りがまだ落ちずにいる。

「ひのえを行かせるしかないか」

「どうせ、呼びましょうに。

さすがにあふりを上げるのは辛いのでしょうから、

前のように脅してはきませぬ。

かといって鳳凰が護りのこの家に入りくる事は難しゅうございましょう」

四神の内、鳳凰は蛇の目を射るともいう。

その鋭い嘴で蛇の目を射ると、

内臓も裂くかと思うほどに突付くのである。

その護りの家に白峰が来るわけが無いのである。

相打ちて死ぬほどの気性の荒さの鳳凰を修めて

護り来るも正眼の腹の座った所がある故だったかもしれないが。

娘の事となると、なかなかそうもいかない。

「夢枕に立つか・・・・」

「蛇の性、血であらば、容易にひのえの夢に入り込めましょう。

さすれば、情にながされて、ひのえは行きましょう」

「帰ってこなんだら、どうする?白峰の産所で産むと言うたらどうする?」

「帰って来ます」

「言い切れるか」

「情とほたえが治まれば、正眼。

あの子は貴方が恋しい。

父が何より恋しい子です。必ず、帰って来ます」

「・・・・」

「その父が蛇の物になるのを一番辛う思うておるのが判る故、

気が落ちたら、ふと帰ってくる気になるのです」

「・・・・」

「それをを責めたりしたら、よう、帰ってこなくなります。

黙って気が付かぬ振りをしてやって下さりませや」

「白・・・胴には?」

「言うておきます」

「・・・・・」

「ただ一度はひのえとそうなって後、

白峰との事に気が付けば、白胴のほたえも抑えがきかぬでしょうが」

「そうすると、わしはまた、ここでこうしておらねばならぬのか」

「蛇が生れ落ちるは人より早う御座いましょう」

そう。いつまでもながくはかからぬ。

詰まる所、そうしろと、この娘は言うのである。

「そうか」

大事の前の小事にしかすぎないのである。

正眼の苦渋には目もくれる気はないようで、逆に。

「父上、まだまだ辛うございましょうが

千年の長き情を砕かれる白峰も辛いものが御座いましょう」

と、言う。

「それを敢えて、絶つが辛くないほど

白銅が思いが真である事だけ、私は喜んでおります」

「そうだの」

白銅の思いあらばこそ、ひのえの身代が立つのである。

正眼は白銅こそが救いであるとはっきり知ったのである。


夢枕に立った白峰の顔がひどく青褪めていた。

ひのえの心は迷った。

白銅の事を考えると行くわけに行かない。

が、ひどく気になる。

父に言われたように

ひのえは八葉の元で産を成したいと思っている。

頼れる女手は八葉しかいない。

蛇をなすとなれば尚の事心細い思いがしてくるのを八葉が

「お任し成され。

いでくる者が蛇であろうが、鬼であろうが、

産を成すは女の仕事です。

八葉もこれでも、子をなしたことがありますに」

と、心強いのである。

ひのえはその事を白峰に告げるだけであると

自分に言い聞かせ、白峰の元に向かった。


帰りはもう、初秋の陽が落ちて辺り一面を暗闇に変えていた。

白銅の家の前を通りすぎる時にひどく胸の鼓動が大きくなった。

来る時は伝うるだけ、伝うるだけと心に念じて白峰の元に向かった。

が、帰りはやはり白峰の手に落ちた自分が疎ましく思え、

白銅に合わす顔がない。

行ったと判れば何があったか悟られるに決っている。

いずれ悟られるにしても、その帰り道、

足音を忍ばせて通るを見つけられては、

余りに不甲斐なく立つ瀬が無い。

ひた歩くと白銅の家の前を通り過ぎた。

『良かった。気が付いて待っておらなんだ』

疚しい心の持ち様に情け無く顔を伏せると家路を急いだ。

『父には、伝えに行ったと言うしかない』

哀しい蛇の性に身を窶し

心の底ではその性を厭うているのに、

自分を止めることが出来ないのである。

家に着くとあっと息を呑んだ。

三重の結界が張られている。

ひのえは訝しげに中に入った。

「?」

結界の持ち主が、

ここで何か秘事を話していると思ったのに居ないのである。

「おおう、帰って来たか?」

物音に気が付いて正眼が玄関に来ていた。

「父上。あれは?」

「あれか、白峰の招かざる客人が来ておってな」

「あ、白銅が?」

その白銅の下足を隠しひのえの部屋に居させている事を

正眼はお首にも出さない。

「帰ったのですよね?」

結界が張られたままなのが不思議なのである。

「白峰の目晦ましにあちこちあれを上げておるようだ」

「あ、それで・・・」

他愛のない嘘を疑う気も無い。

「白峰はなかなか聞分けてくれなんだようだの」

「え、は、はい」

正眼は白峰の謀事をひのえに話していない。

話しておかねば、望まぬ子といえど

腹を痛めた子を目の前で断たれたら

白銅を憎みはせぬか、それが気になった。

その懸念を白銅に伝えると

「私にお任せください」

と、一言だった。

「早う、飯にしよう」

「はい」

慌てて居間に駆け込むと、膳の用意がしてあった。

箸も付けずひのえの帰り来るを待っていた正眼と判ると、

ひのえの頬に伝う物があった。

「すみませぬ。ひのえは親不孝者です」

放っておけば、ひのえは己の心の重圧に絶えきれず

白峰との事を話してしまう。

それを聞くも言わすも辛いのである。

正眼は

「何を言うておる。ちいと遅うなったぐらいで」

気が付かぬ振りをして

「ほれ、食べおれ。茶を入れてきてやる」

と、立ち上がった。

「いえ、父上。茶はひのえが」

「何、わしはこれしか出来ぬ。

八葉がそれでも、正眼殿の御手前は美味いと言うてくれたぞ」

可笑しな言い様にひのえがくすりと笑うと

それがひのえの緊張を解した。

「番茶の御手前ですか?」

「そうよ」

笑って正眼は湯を沸かしにいった。

白峰の元に行っていた百日を、

父はここで一人で食したのである。

淋しげに、一人の夕餉を取るを見かねて

八葉が側におってくれたのであろう。

その八葉に正眼が手ずから茶を入れてやったのであろう。

その時の話しなのだとひのえは思った。

俯く顔から涙が零れ落ちぬよう慌てて袂で拭った。

「どうじゃ?良い色じゃろう?良い香りがする」

戻って来た正眼が湯飲みに茶を注いだ。

「はい」

膳の物に箸を付けていると、正眼が

「ひのえ。白峰と話しおると草臥れるじゃろう?」

と、言う。

「あ、はい。確かに・・・」

その疲れが情交のせいばかりでないという事が

ひのえにようやっと、判ったのは

白銅との事があったからである。

「じゃろうの」

やはり、意に添わぬ血を受けさせた白峰に抗う思念の底が

ひのえを草臥れさすのである。

「なにか?」

「いや、やはり、相手は神じゃからの」

そう、誤魔化して正眼も食べ始めた。

正眼が食べ終わると正眼が勧めるより先にひのえは

「横に成ります」

と、言うと二人の膳を下げて台所に運んだ。

椀を洗い上げるとひのえは自室に向かった。

行灯の灯を燈す前に、

後ろから柔かな温かな物に抱きすくめられた。

その胸に安らか気に身体を預ける事が出来る。

それが、白銅である。

「待っておったのですか」

ひのえが躊躇うより先に白銅の口がひのえの口を塞いだ。

そして、ひのえの身体が白銅に預けられると

滑らかな舌の滑りが項を這って行く。

「私は・・」

そう言う、ひのえの口を白銅がそっと押さえた。

「何も言うな」

何もかも飲込んでいる。

ひのえの悲しみも、白峰への遣る瀬無い迷いも、

その底にある、白銅への思いも、

何もかもこの男は承知しているのである。

「御前の心は御前が一番よう判っておろう?

心を重ねられるは、わししかおるまい?」

確かにひのえがその身を預け

不思議なほど心安らぐのは、

己をたゆとわせる事ができるのは白銅なのである。

「なれど」

「ひのえ。頭の中で四の五の考えを巡らすより、

その身が心に教えてくれように」

しっかりとひのえを包んで

白銅はひのえを抱き込むとゆっくりと座り込んだ。

白銅の膝の上に抱かれると、ひのえはもう一度白銅の胸に縋った。

幼い頃に父の膝に抱かれて以来、

そんな場所で己をたゆとわせた事は無い。

白峰の時は白峰の欲情の手管にしかすぎなかった。

心たゆとわすより先に己の欲情に火を点けられ、

己の中の女の業を見せらるる気がするばかりであった。

「いっそ、この前のように一思いに抱いてしまいたい」

白銅がぽつりと言うた言葉はひのえには、釈然としなかった。

白銅が求めてくるものだろうと思っていた。

欲情が無いわけがなかろうに、

ひのえを包む白銅には、けれんみが無く、

ひのえの心だけ包もうとしているのが、よく判った。

欲情に唆されるようなあくどさが無いのが

ひのえを更に、安らがせていたのであるが、

それでも、それでも、求めて来るであろうし、

そんな白銅であればこそ、ひのえも白銅を受け留めたいのである。

なのに、白銅が迷っている。

「白銅。構いませぬ」

「いや」

「ひのえの方が頂戴したく思います」

「判っておる。そんな事を言うておるので無い」

「ならば」

「腹の子は大丈夫か?ひのえは応えておらぬのか?」

「あ・・・」

己のあさましさにひのえが流石に恥じた。

「わしとて抱きたいは山々じゃ。

なれど、白峰も判ってやっておるのじゃろうが、

もう、そろそろ、いとうてやらねばなるまい?」

「は・・・い」

「白峰への嫉妬でそれを考えてやれぬほど

わしも阿呆ではないつもりじゃ。

それにの、ひのえを己の心の憂さを晴らすに抱きとうない」

「は・・い」

「泣くな。泣かずとも良いに。

ひのえ、心を重ぬるに、そればかりが手では無かろう?

わしは、ひのえがこの先も、わしの事、

何があっても信じてついて来てくるると思うておる。違うか?」

「必ずや。着いて参ります。お慕いしておりますに、必ず・・」

「うむ。何があっても、わしを、信じおれよ」

白銅がもう一度ひのえの唇を塞ぐと

白銅はひのえの手をしっかりと握り締めた。

その手をひのえが更に握り返して行くは言うまでも無い事であろう。


夢枕に立つ白峰に、式を飛ばすと

産み月が近いゆえに行かぬ。

行けば己がほたえを上げるに苦しい

と、言い訳させて、その後ひのえが白峰の所に行く事は無かった。

白峰の子にまで思いをかける白銅に

流石に、ひのえも、

白峰に流す情の流し所が違うと気がついたのである。


冬の朝。

八葉のくどには湯を沸かす白い靄が立ち込めている。

「やはり、産湯を遣わすのであろうな」

独り言を呟いている所に白銅が来た。

「ああ、聞いておりますに。

先程聞かされて驚きましたが、何、それが一番よう御座います」

戸の影に白銅を座らせると

「出でくればお声を掛けますに、よろしゅうに・・・」

と、言うと、部屋に入って行った。

「うむ」

子蛇を討つことをかのとはこの朝になって、

陣痛が来たのを知らせに来た八葉に告げた。

「御前様はてつないに来ないのかや」

「はい。行く所が御座います」

「気を付けて」

引き詰った顔のかのとの様子で何事かを察したのであろう。

八葉は、家に戻って行った。

かのとはそのまま白峰神社に上がって行った。

白峰は冬の寒さで身体が思うように動き難くなっている。

死期も近い。思った通り結界ももろかった。

ずううと、奥に入ると社の中央で白峰がじいいと蹲っていた。

「御話がございます」

かのとの時間稼ぎでしかない。

話しなぞあるわけがない。

白峰も子の産まれ来るのをここでを待っているだけで

頃合になれば最後の仕事をしに動いてしまうだろう。

思念でひのえを見ているのを、

こちらに気を反らせる為だけに来たのである。

「何しに来やった?」

きのえの分ち身であるかのとであらばこそ、

白峰もここまで入り来るを許しているのである。

「黒龍が参りました」

「ふん。奴が?何故?」

「今昔の物語をして下さいました」

「それで?」

「私が、政勝の所に来たは昔からの定め事だと言うておりました」

「ふ、そうじゃの」

「そう言うので、私は違うとゆうてやりました」

この女子何を言いたいのか?白峰は黙って聞いていた。

「思いが無ければ定めなぞいくらでも崩れおりますと」

「その通りじゃ」

「私の思いあってこそ定めが定めになると、

もっと深き思いのものが現れれば、とうに政勝は他の者に・・・」

「蟷螂が事を言うておるのか?」

「はい」

「あやつの心は深き物ではない。己の欲でしかない。

わが身勝手にしたいだけじゃ。

真に政勝を思うておるは、かのと、御前じゃ」

「そうで御座いましょう?思いの深き者の勝ちで御座いますよな?」

「おお」

「定めより強いは深き思いで御座いましょう?

それが無くとも定めだけで結ばれているのかと思うと

黒龍が言う事に腹が立ちましてな」

「ふ」

「どう、思われます?」

「かのとの言う通り、深き思いが先じゃ」

「己の勝手は、深き思いではありませぬな?」

「そうじゃ。どうした。蟷螂が事まだ、治まり切らぬか?」

「はい。人の身でもない物の己の身勝手で腹を傷められたと思うと・・・」

「そうじゃろうのう。が、政勝の思いに免じて許してやれ」

「今までの御言葉。かのと。ありがたく頂戴致します。

が、ご自分で言いなさった事、おかしゅう御座いませぬか」

「何が?」

「思い深くも無いは、己身勝手な故?

己勝手な心でひのえを孕ませておる白峰様が

そう言うと聞苦しゅう御座いますが?」

「何?」

「ひのえが本意に望みましたか?

ひのえに深き思いが御座いましたか?」

「何を?吹き込まれた?黒龍に何を?」

「ご自分でゆうたのでしょうに?

定めを大儀に振り翳し、あふりを上げて

ひのえの心の深なぞ見ても遣りもせず、

己勝手な思いの中に無理やりひのえを虜にしておる。

その白峰様が自分で言うた通り深き思いの者には勝てはしない」

かのとの言う事をじっと考え込んでいた白峰が

「それが、白銅だと言いたいか?な?あっ?しまった」

白峰はやっと、かのとの謀に気が付くと、

慌ててひのえの元へ、子蛇の元へ向かった。

「もう、遅う御座いましょう・・・」

かのとの言葉が寒寒とした社の中に響いた。

一人、己の発した言葉を聞くと、かのとは静かに頭を垂れた。

命を断たれた者への鎮魂を呟くとかのとは社を後にした。

誰もすむ者のなくなる社殿の新しさがひどく目に痛かった。


ひのえの腹より、ま白な小さな蛇の姿が現れると八葉は白銅を呼んだ。

産まれたばかりの子蛇は、もう、小さな赤い舌を出して

外の空気を嗅ぎ取る様にひららと蠢かした。

己の生を確かめる様にずうううとくねるとするりと身体を動かしてみた。

そしてじっと、動きを止めた。

やがて鎌首を擡げて上を見ると

その赤い目が白銅の姿を捉えた。

白銅の手に持った草薙の剣で、ひのえは

白胴がここに現れた理由を悟ると、

「白銅。どうぞ。見逃がしてやって下さりませ」

と、大声で叫んだ。

その声に子蛇はひのえを振向いた。

じいいと、ひのえを見ていた小さな頭が

もう、一度白銅の方に向けられると、

軽く頭が上に上げられそのまま白銅を見詰めていた。

「ひのえ。こうせねば、来世の御前は蛇ぞ。白峰の物ぞ」

「え?」

絶句するひのえから、目を離して子蛇を見ると

変らず白銅を見詰めている。

「赦せ」

白銅が剣を握り直した。

ひのえの前で命を絶つのも、

断たれるも忍びなかろうと思うと白銅の手が、

剣を振り下ろせずにいる。

子蛇はちろろと舌を出すと軽く首を振った。

子蛇ながらもう、あふりを上げる法は心得ている。

白銅の左手(ゆんて)も右手(うて)も痺れだした。

しまったと思ったがもう、遅い。

束をもつ手がだらしなく力を無くすと、

白銅の手からするりと剣が落ちた。

すると、くるくると舞う様に落ち来る

その剣の下に子蛇がするすると体を滑らして行った。

「あ」

と、いう間もなく子蛇の体が二つに引き切られた。

「え?」

「ああ!」

「御前?」

白銅が呟く、後ろからざざざざと音が聞こえると白峰の姿が現れた。

目敏く子蛇の無残な姿を見付けると

「よりひもが無い」

白峰はうろたえた。

白峰の子の白蛇は、

白銅の落とした草薙の剣で

その胴を見事に断ち割られている。

聖、神の刀である。

どんなに唱えてもその胴が頭と繋がる事は無かった。

白峰の見る前で白蛇の尾の先が小刻みに震えるとその命が果てた。

「おのれ」

よりひもが無ければ、

ひのえの魂を孕んで産み落とさせる者が居ないのは

当然の事ながら次世の身体は、

すでにひのえを孕ますその白蛇に与えていた。

老いさらばえた白峰の身体は、その時を迎えどうと崩れ落ちた。

それでも子蛇をよりひもにしようにも

その体も命を潰えて静かに横たわっている。

実体の無い者が身を移し変える

只、一つの伝手であるよりひもになり得る白蛇も敢無く命を断たれた。

「何故?何故に其に手をかけられる?何故に草薙の剣を持てる?」

正しき理も大儀もなく剣を扱える事も、

千年の成就を崩す事も出来る訳が無い。

「なにゆえ」

「俺はひのえの夫であり、ひのえは俺の妻だ」

白銅が言い放つと、白峰の顔が驚愕の色に変り

眼がわなわなと震えた。

「おのれ、正眼。いつのまに理(ことわり)を与えよったか。

どうせ、どうせ、己の知恵ではあるまい。判っておるわ。

黒龍めだろう。奴め、この時を待っておったな。

この一隅の機会を。さほどに、わしにひのえを渡したくないか」

白峰の目が刺す様に鋭く恐ろしい物になっている。

「お、おのれ、ようも、その、命断ちおったな」

「御前に、子を断ったと、恨まれる無いわ」

「なに?抜けぬけと・・・」

「憐れに七生七度、その身を捕りて、やっと、生を与うるも、

ひのえの来世を孕ますが為の道具ではないか。

己の何処に親の情があろう」

「・・・・」

「御前。その子がわしを見た目。どんな目か知っておるか?」

「し、知らぬ」

「己の生でひのえを蛇神に変えてくれるなと言うておったわ」

「嘘だ」

「白峰。城が崩れるのも外からの攻めではない。

内の守りが弱うて崩れる。

御前が、子の事を仇にしたが、内の弱さよ」

「・・・・」

「白峰。わしは討ち迷うた。

ひのえの来世が掛っているというのに、その子が憐れでな」

「・・・・」

「剣が落ちる所に流れ来るようにして

自ら、その子が滑り込んで行ったのだ」

「自ら?嘘だ」

「嘘ではありませぬ」

ひのえの声が高く通る様に響いた。

「あの子は、私を救うためにあえて刀身の下に身を晒したのです」

「自ら!?救う為?・・・ひ、ひのえ?」

うめく様に呟きながら、白峰はひのえに

ついと手を伸ばすがひのえを掴む事が出来なかった。

「この身、幻になりておったのに気が付かぬとは・・・」

美しい白峰の身体は、もう現の物ではなかった。

「おおおおうう」

白峰の姿がふっと消えると哀しげな声だけが響いた。

「さらばじゃ。未来永劫、逢う事も叶わぬ事になってしまった。

来世こそ、わしの物だったに・・・・。ひのえ、さらばじゃ」

ひのえは白峰が消えた辺りにじっと目を据えていた。

白銅は白紙に白蛇の死骸を包み込むと懐に入れた。

「後で、塚を立ててやろう」

白銅がひのえを振り向くと、ひのえの瞳から一雫の涙が落ちた。

「白峰・・・・」

『夫であった事には間違いはない』

千年に渡る白峰の情念の炎から解き放れた時

初めてひのえの中で静かに白峰の名を呼べた。


白銅はひのえの肩を抱くと

「よう、わしを信じてくれたの。ひのえ。わしが夫で、不服はないの?」

と、尋ねた。

ひのえは黙っていたが、ややすると臍を固めたのだろう。

「いや、家業が忙しゅうなるなと思いまして」

と、返した。

白銅はその答えを聞くと、ほっと胸を撫で下ろした。

「良いではないか。夫婦陰陽道も面白かろう?」

白銅はひのえの口元が小さく綻ぶのを見ると、

ついと先に歩いてひのえを呼んだ。

「早く、帰って父上に祝言の日を決めてもらわねばなるまい?」

白銅が手招きする。

その胸を目指してひのえは足を早めた。


                        (終)

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