第2話 暴兎とRabbitsとモデル【ケープハレ】
異常な雰囲気を漂わせ始めた蓋子玉川。
真正面を向いたまま突然黙り込んでしまった。彼の眼は赤く染まる。充血とかそう言うレベルではない。それはまるで、兎の赤い目のようだった。
夜乃はピンと来てないが、矢瑠奈には分かっていた。
だからこそ一人で焦り始め、出入り口の方へと指をさす。
「夜乃! 貴様はすぐに監視室へと向かい、店内放送で皆に逃げるよう伝えろ!」
「逃げる? どうしてですか?」
「説明はあとだ。命がおしけりゃさっさと逃げろ!!」
「どうして命の話が??? この状況と何か関係が?」
「あぁあああもう面倒くさいなー。お前には1~10まで説明しなきゃ分からないのか。数秒後、この客は
「ぼぼぼぼぼぼ、暴兎!? 暴兎ってバニナウイルスのアレですかニャ!? 一度発症したら性欲が何十倍にも膨れ上がり、目に入る物を全てが性的に見えてしまうアレですかニャ!?」
「説明ご苦労。兎に角そう言うことだ。そうなったらコイツは性欲の化身となる。性欲を満たすためだけに人々を襲うモンスター。そこには理性も優しさもない。そんな怪物に襲われたら、死ぬまでおかされ続けるって言ってんだ!!」
「何それ怖ーい。ここ数年、時々ニュースで見るアレが私の目の前で起きようとしてるなんて……つい昨晩もニュースでやってたニャン。歌舞伎町のバーで美味しそうなチ〇コ汁をぶちまけ……じゃなくて、変質者が暴兎化して暴れたって話ニャ」
「いや、昨日のニュース思い出す暇があるなら早く行けよ。暴兎化寸前だぞ」
「ででででも、蓋子玉川さんが暴兎と化したら私のエルメスは? お高いバッグは? ダイヤの指輪は? 高級レストランでのお食事は? 夢のセレブ生活は?」
「ねーよ。夢見てねーで黙っていけ!!」
「ぴえーん!」
夢の高級ライフにサヨナラ。諦めることは悲しきこと。
しかしお金持ち野郎がこうなってはもう高級もクソもない。
夜乃はそばにあった服を掴み、出入り口の方へと駆けだした。
「あっ、でも店長は逃げないのですか!? 相手は暴兎ですよニャン!」
一人で逃げる前に彼女は尋ねた。
「逃げる? 逃げる訳ねーだろ。だったアタシは――」
矢瑠奈ララバイはバニーガールのつけ耳バンドを投げ捨てた。
しかし彼女の耳にはまだ兎の耳が残っていたのだ。
褐色のケバケバした毛並みが硬そうな耳だった。
夜乃は混乱する。うさ耳を投げ捨てたのに、うさ耳がある。
そう、アニ手マールの店長には店員すら知らない秘密があった。
「
「らびっ……つ?」
彼女の腕から獣の毛が生え、半獣人のようなフォルムへと変わる。
暴兎の力を克服し、その力を使いこなす者を【ラビッツ】と呼ぶ。
異能の力に対抗できる者は、異能の力を持つ者のみだ。
「店長が……あの有名なラビッツの一人だったなんて……驚いたニャン」
「あとで好きなだけ驚け。だから今は走れ。時間稼ぎはアタシに任せろ」
夜乃は「はい」と力強く頷き、急いで監視室へと向かった。
「さて、テメェは希少種か? それともただの野ウサギか?」
暴兎化した人間の多くは、ただ身体的能力が向上するだけだ。
しかし暴兎化の中には、希少種と呼ばれる特殊個体が存在する。
攻撃型、防御型、そして速度型の三種類だ。
相手の個体を見極め、戦術を組むのが一般的である。
もうじき相手がどのタイプなのか、その答えが分かる。
「久しぶりの戦闘。楽しませてくれよな」
個室に残った矢瑠奈は暴兎化寸前の蓋子玉川と対峙する。
「――来るッ!」
「キエェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」
男の体が肥大化し、みるみるうちに毛におおわれた。
人間のフォルムはなく、見た目は完全に巨大な兎である。
むんむんとしたオーラを纏わせ、巨大兎は腰を振り始めた。
「おいら。やる。お前。やる。交配して、子孫残す。やる。おいら。お前と」
「発情兎め。さっさと狩って豚箱にぶち込んでやらぁ」
「むはぁあああああああああああ! リアルバニーガールいただきまーす!!」
普通の人間であれば、何かを殴る前に脳が『これ以上の強さで殴れば体が壊れてしまう』と言う信号を出し、無意識のうちに力をセーブする。しかし、暴兎化した人間は違う。ヤツらにはブレーキがない。殴るときも全力、おかすときも全力、そして逃げるときも全力。故に、ヤツらの拳は危険なほど強力なのである。
「まず。お前。甚振り。身動きを封じる。それからゆっくり。舐める」
玉川は拳を振り上げ、矢瑠奈目掛けて放った。
身長168cmの矢瑠奈に対し、暴兎化玉川の身長は320cmだ。
体格差の脅威。誰がどう見ても受けたら危険な攻撃だ。
もしヤツの拳が直撃すれば、全身の骨が砕けて敗北確定。
敗北したら最後……矢瑠奈は50代男性に好き放題されてしまう。
「アタシを甚振るだ? 随分とおもしれーこと言うじゃねーか」
危機的状況にも関わらず、彼女はニヤッと笑みを浮かべた。
「今さっき暴兎化したひよっこが! アタシに挑もうなんて10年ハエーんだよ!」
彼女はダダンッと床を蹴り、目にもとまらぬ速さで彼の攻撃を避けた。
「ナニッ!?」
攻撃を避けられた暴兎化玉川は目を見開いた。確かに彼の体は320cmにもなっていた。普通に考えれば体が大きければ大きいほど動きが遅くなるだろう。しかし暴兎化した人間には一般常識が通じない。体がいくら大きくなろうとも、その速さは変わらない。どちらかと言えば暴兎化玉川の拳はかなり速い方だと思う。
つまりその速い攻撃を避けた矢瑠奈ララバイは――
「もっとハエー」
秋元ウサ子
モデル:【和名:ケープノウサギ】【英名ケープハレラビット】
主に草原や半砂漠などの開けた乾燥地に生息する兎だ。
ケープノウサギは足が速く、捕食者から逃げるときの速度は60 km/hである。
この速さには凄まじく、ヒョウ、カラカル、セグロジャッカルなどと言った動物ですら追い付けない。その能力得た秋元ウサ子、もとい矢瑠奈ララバイは己の能力に磨きをかけ、時速80km/hの速さで動くことを可能にした。
故に玉川の拳は彼女には一切当たらない。
「おかしい。当たらない。速い。見えない。おかしい。なぜだ」
「なぜもクソもねーよ。てめーがおせーんだよ!」
「おいらが、遅い!?」
「アタシの特シツは【加速】、アンタとはスピードの次元が違う」
彼女はさらに加速する。
「必殺! 一転集中・粉砕拳!」
右拳に力を集中させ、巨大なヤツの体に拳を叩き込んだ。
その鋭さは毛の間をすり抜け、玉川の本体へと届いた。
「ぐあぁああ!」
直撃に悶え、悲痛な叫びを上げながら床をのたうち回る。
「痛い。痛い。痛い。おいらはMじゃない。そう言うプレイ。嬉しくない」
痛みが引いたのか、彼は再び立ち上がった。
「この痛みを怒りに変換。更にその怒りを性欲に変換……。もう許さない。殺す。屈服させてからおいらの肉便器アダルトホールにしてやる。強気な女の泣きっ面が楽しみだ。降参してももう遅いからな。……いでよ、聖剣ウサンダル(レプリカ)」
下半身の分厚い兎の毛の間から、眩い光を放った
「なんだそれ? レアキャラかよ」
「くらえ。神の裁き。ギロチンチン」
その男は、男の武器を矢瑠奈目掛けて振り落とた。
だが遅い。遅すぎる。今の矢瑠奈なら簡単に避け――
「グハッ!?」
男のチ〇コを避けたはずなのに、矢瑠奈は攻撃を受けた。
彼女は倒れこみ、一瞬、何が起きたのか分からなかった。
「え、アタシ倒れてんのか? なんで……?」
間違いなく攻撃は避けたはず。
「おいらのテクニック。侮るな。おいらは快楽のプロ。変幻自在のチンポマスター」
彼の股間の構造は少々異形であった。
まるで蛇のようにうねうねと動いている。
「嘘だろ。あんな動きするチンコ、今まで見たことねーよ」
「見たことないなら。おいらが、好きなだけ見せてあげるよい!!」
玉川の二撃目。チンポコかかと落とし。
矢瑠奈は両腕でヤツの撃終え止めるが、メキッと床が壊れ、彼女の両足が床にめり込んだ。単調な拳と違い、彼の股間はとてもトリッキーな動きをする。
それに加えてこの攻撃力。矢瑠奈は初めて焦りを覚えた。
「このままじゃマジで骨が折れそうだ……」
ケープノウサギは確かに足が速い。全力疾走すれば命を狙う者から逃げることができる。その能力を使いこなす矢瑠奈も常人では到達できないほど速く動ける。
しかし弱点もあった。それが――持続力だ。
爆発的な瞬発力の代償として、二倍以上体力の消耗が激しい。
もし長期戦になれば、それは矢瑠奈の敗北を意味する。
「夜乃、はやくしてくれ。アタシ、
全員の避難が終われば、この男から逃げることができる。
だが避難がまだ終わっていないので、逃げる訳にはいかない。
この野郎を部屋に外に出せば、助かる命も助からない。
「いつまで。耐えられるかな。おいらの。ウサンダルの攻撃は。まだまだ続くぞ!」
何度も何度も何度もチ○コによる攻撃を繰り出す。
その都度、何度も何度もチン○の攻撃を避けようと試みる。
数回に一回は避けられるが、数回は確実に攻撃が当たった。
「クソッ、最悪のシナリオ待ったなしかもしれねー……」
彼女が警戒していた消耗戦になりそうな予感がした。
「アタシがここで、負ける訳にゃいかねーんだよ!」
彼女は店長として、夜乃の友達として、ヤツと戦っている。
たとえどれほど傷ついても、敵に負ける訳にはいかない。
「チンチコピー! おいらのちんさばきは一級品だろぉおおおおお!」
「しったっこっちゃねぇえええんだよぉおおおお!」
それから数秒後、店内放送で「お客の一人が暴兎と化したニャン! 命が惜しかったら全員、この店から逃げるニャン!!」と聞こえた。お店は一時的にパニックに陥るが、そこまで大規模なマッサージ店ではないので避難は数分足らずで済んだ。
あと朝の10時だったので、避難する人の数ももともと少なかった。
「空間認識。足音、3人、2人、1人……。……ゼロ」
耳をピンッと立て、お店の人が全員逃げたことを確認する。
「やっと逃げられる……逃げられるけど……」
生存本能。第一に考えるべきは自分の命。
なのに矢瑠奈ララバイは立ち止まって俯いた。
「矢瑠奈ララバイ……いや、秋元ウサ子。アタシはそれでいいのか? 強敵を前に、逃げ出すのか? 確かにアタシの脚は逃げるために進化した脚だ。だけどよ、逃げてるだけじゃ何も守れない……。こんなんじゃ自然界では生き残れない」
自問自答の末、彼女は己の拳を握りしめる。
「アタシはもっと強くなるためにコイツと戦う。なぁ、お客さま、アタシは今から本気を出す。だから、死ぬ覚悟はできたか?」
彼女は拳を構え、敵を前に不敵な笑う。
「ニヤリ」
「――ヒィッ!」
玉川は恐怖を覚えつつ、ひるむことなく巨根を振り回した。
局部と共に両腕も振り回し、最強の技をお披露目する。
「おいらの技を食らえ。三頭流・ウル
「もっと速く。もっと速く。アタシは戦いの中でさらに加速する!」
体力は限界寸前。心臓が張り裂けそう。でも関係ない。
玉川のスピードでは、もう矢瑠奈を満足させることはできない。
「しねえぇえええええええええええええ!」
「おびゃぁああああああああああああ!」
ヤツとの戦闘を十分に楽しんだ彼女は、とどめの一撃で彼を仕留めた……のか?
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