第4話

 ルベリウス殿下に贈られた豪華な衣装に身を包んだわたくしは、地味令嬢だったとは思えぬほどに、その姿を変貌させていました。

 母の代から仕えているメイド達が、わたくしの様変わりした姿を見て言います。


「あぁ、ガーネットお嬢様。本当に良かった……第二王子殿下には感謝のしようもございません……」

「王太子のお望みとはいえ、お嬢様に見るに堪えない装いをさせて……本当に心苦しかったのです……」

「今のお嬢様のお姿は、お母様のお若い頃によく似ていらっしゃいます……とてもお綺麗です……」


 丁寧に着つけや飾りつけを仕上げてくれたメイド達が、しみじみとした眼差しで、わたくしの姿を見つめています。


「そう、わたくしはお母様に似ているのね。……嬉しいわ、ありがとう」


 母に似ていると言われたことが嬉しくて、ふんわりと微笑んで礼を言うと、メイド達は母の名を呟き感涙してしまいました。


「……お母様。行ってまいります」


 母の肖像画にそう呟いて、わたくしは父の待っている応接室に向かいます。


「お父様。お話したいことがございます」


 声をかけると、振り返った父がわたくしの姿を見て、目を見開き驚いた表情をします。


「!? ……ガーネットか、面影がお前の母によく似ている。……見違えるほど、綺麗になったな……」


 感慨深い表情でわたくしを見つめる父に、わたくしは覚悟を決めて告げます。


「お父様。どうか、不出来な娘をお許しください」

「……どうした、急に?」


 頭を下げて謝罪し、姿勢を正して真っ直ぐ父を見据え、思いを伝えます。


「わたくしは自分を偽ることを止めます。それが、王太子の婚約者として相応しくないとしても、偽り続けることはもうできません」

「……ガーネット?」

「お母様に似たこの色を、この姿を隠したくはありません。自分を偽ることなく、わたくしは自分らしくありたい、わたくしの人生を歩みたいのです」


 固く断言するわたくしの主張を聞き、父は暫らく黙って考え込んでいましたが、やがて、何かを決断した表情でゆっくりと口を開きます。


「……そうか、分かった。……お前にはたくさんのことを背負わせてしまっていたからな。本来、お前が一人で背負うことではなかったのに……すまなかった……」


 わたくしが『理想の淑女』を目指し、自らしていたことです。その意図を汲み、支えてくれた父が謝る必要など、本来はありません。

 それでも、父は申し訳なさそうに眉尻を下げ、わたくしに言います。


「お前の母にも叱られてしまうな……ガーネット、お前は自分らしく生きなさい。愛する妻の忘れ形見を守るのは、父の役目だ。できる限りのことをしよう」

「……お父様、ありがとうございます!」


 父の言葉に感激して、わたくしは嬉しさのあまり父に飛びつき抱きしめました。

 淑女としては、はしたない行為でしょうが、もう自分を偽る必要などないので構いません。

 ただ、せっかくのお化粧が崩れてしまわないよう、込み上げる涙を堪えます。


「ガーネット」


 大好きな母が付けてくれた名前。その名を呼ぶ、愛情に満ちた父の声が聴こえます。


 わたくしのあまりに自分勝手で無責任な主張は、公爵家を廃籍され放逐されてもおかしくはないと覚悟していました。

 ですが、今も亡き母を愛し続けている父は、わたくしが『理想の淑女』ではなくなったとしても、見捨てないでいてくれるのです。

 やっぱり、涙が滲みそうです……。


 そうしていると、父が背中をポンポンと叩いて、わたくしの後方を示します。


「ほら、ガーネット。殿下がお待ちだ」


 示された応接室の入口へ振り返ると、そこには一人の貴公子が立っていました。


「……ルベリウス、殿下?」


 わたくしと同じ色の派手な衣装を優雅に着こなし、白銀の髪を後ろに撫でつけ、神秘的な紫眼の瞳をあらわにした、それは目の覚めるほどに美しいルベリウス殿下のお姿でした。


「まぁ! やっぱり、すごくお似合いです! とっても素敵……」


 わたくしの見立てた衣装がとてもよく似合っていて、それがすごく嬉しくてニコニコしながら彼に駆け寄ります。

 そして、わたくしも貰ったドレスをお披露目したくて、彼の前で裾を広げ、クルクルと回って見せます。


「贈っていただいたこのドレス、最高に華やかで一番のお気に入りですわ。どうかしら? 似合っているかしら?」


 わたくしをじっと見つめている彼に小首を傾げて訊いてみると、少し間をおいて彼が息を呑みます。


「…………っ!」


 それから、直視するには眩しいほどの綺麗な微笑みを浮かべて、わたくしに告げます。


「とても良く似合っているよ。君ほど華やかで美しい人は他にしない。そんな君をエスコートできるなんて、僕は本当に幸せ者だ」

「まぁ。お上手ですわ……どこで覚えてくるのかしら、そういうの?」

「本心だよ。君にしか言わない」

「もぅ……ずるい」


 綺麗な彼に『美しい人』だなんて、お世辞でも褒めてもらえると、なんだか妙にそわそわした気分になって落ち着きません。

 それまで、容姿を褒められることがなかったので、どう返していいのかもよく分からなくて、もじもじとしてしまいます。

 それに、わたくしの頬もなんだか、ぽっぽっと熱くなってきました。


 お返しをせねばと気持を切り替えて、わたくしも彼を褒めようと口を開きます。


「ルベリウス殿下もとても素敵です。こんなに素敵な貴公子は他にいません。きっと、乙女達が放っておきませんわね。……でも、だからといって、わたくしを一人にしないでくださいませね……」


 褒めているうちになんだか少し不安になってきて、上目遣いで窺いながらわたくしがお願いすると、彼は首を傾げて不思議そうに言います。


「そんなことにはならないよ。君はいつも輝いているけれど、今宵の君は尚更だ。君の姿を見た者は皆心を奪われて、我を忘れてしまうだろうからね」

「もぅ……そういうの、いいですわ」


 褒められ続けるのが恥ずかしくなってきて、わたくしは慌てて扇子を開き、自分の顔を隠しました。

 頬どころではなく、もう顔全体が熱くなってしまっていたのです。

 きっと、わたくしの顔は真っ赤になってしまっているに違いありません。あぁ、恥ずかしい……。


 扇子で熱い顔をパタパタと扇ぎながら、ちょっと恨めしい気持ちになって、扇子の端からチラリと盗み見ます。

 彼はフフッと小さく笑って、嬉しそうに微笑み、わたくしを見つめていました。


 隠されていない紫眼の瞳は、神秘的で吸いこまれそうなほどに綺麗で、目を逸らせなくなってしまいます。

 わたくしを見つめる彼の眼差しは、いつも優しくて温かくて、見ていると安心するような、落ち着かなくなるような、そんな不思議な気持ちになるのです。


 ルベリウス殿下は父への挨拶を終えると、わたくしの傍にきて、おもむろに腕を差し出して言います。


「さぁ、お手をどうぞ。一緒に行こう」

「はい、ありがとうございます」


 わたくしは彼の腕に手を添えて、二人で連れ立って歩きだしました。

 これから、わたくし達はクラウス殿下の主催する、社交パーティーへと向かうのです。


 ◆

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