第5話

 そこでは、国中の王侯貴族が集まる、盛大な社交パーティーが開かれている。

 王太子主催とのこともあり、豪華絢爛で壮観な会場には、次期国王に拝謁しようと数多くの貴族達が訪れていた。

 王侯貴族がそれぞれ交流を図り、会話に花を咲かせ賑わう中で――突如として、会場が静まり返っていく。


 それは、社交パーティーに一組の男女が出現したことによるものだった。


 二人が会場に現れると、その姿を見た者達がことごとく目を釘づけにして、恍惚と沈黙してしまうほどに、その姿は美しかったのだ。


 一人は見たこともないほどの、華やかで麗しい美女だった。

 つややかな緩く波打つ黒髪に、宝石の如く煌めく赤い瞳。白くなめらかな陶器肌の綺麗な唇には紅を刷いて、それは艶やかで華々しい貴婦人だ。


 もう一人は目が覚めるほどの、雅びやかで優々たる美丈夫だった。

 眩く光り輝く白銀の髪に、神秘的な眼差しの紫眼の瞳。雪の如く透き通る白い肌の端麗な相貌は輝かしく、それは気高くも凛々しい貴公子だ。


 その場にいた誰もが我を忘れ、二人の姿に魅了され、見惚れてしまっていた。


 注目を集めながら二人はしずしずと歩いていき、会場の中程まで進むと、そこはダンスフロアだった。

 見惚れていた演奏者がハッと我に返り、音楽を奏で始める。


「踊っていただけますか?」

「えぇ、喜んで」


 二人は優雅な所作でお辞儀をし、手を取り合い音楽に合わせて踊りだす。

 周りから人が捌けていき、ダンスフロアには一組だけが残り踊っている。

 周囲の目には、スポットライトが当たったかのように映り、一層二人が華やいで輝いて見えた。

 息の合った二人のダンスは芸術的なまでに美しく、幻想的なその光景を見ていた者達は目が離せなくなった。


 ダンスで大きく靡く、鮮やかな真紅のドレスやジュストコールは、大輪の薔薇を思わせる。

 黒い繊細なレースや光沢のあるリボンやクラバットは、さらに華やかさを引き立て尚も艶やかだ。

 半分結い上げた美女の黒髪には、銀細工に大きな赤い宝石があしらわれた見事な薔薇の髪飾りが輝き。

 半分遊ばせ揺れる髪には、真珠や小さな銀細工の花が散りばめられて、キラキラと煌めいている。

 美丈夫の白銀の髪と相まって、二人はひときわ眩く輝いていた。

 本来は王侯貴族であっても、豪華で派手すぎる装いであったが、二人にはそれがこの上なく似合っているのだ。


 楽しげにダンスを踊り、微笑んでいる二人の面差しは魅惑的で、人の目を引きつけてやまない。


「……あぁ、なんて華麗で、なんて優雅で……お美しいのでしょう……」


 誰かがポツリと呟き、それにつられるように、会場中がザワザワと色めき立っていく。


「……はぁ、魅了されてしまう……あんな人が、この世にいたなんて……」

「……あれは……あのお美しい方々は、どなたなのでしょうか? ……」

「……あの色は……あの眩く煌めく瞳は、同盟国の王族のものでは? ……」


 美女の瞳を見て、誰かが他国の王族の象徴である『宝石眼』ではと囁く。

 星屑を散りばめたように煌めく赤い瞳は『宝石眼』と謳われ、見た者を魅了すると云われている。


 王族ではないかと噂する騒ぎを耳にし、王太子クラウスに侍っていた伯爵令嬢エメラルダが訊ねる。


「クラウス様……どなたですか? あの方々……」

「いや、私は知らないが……」


 王太子には他国の王族を招いた覚えなどなかった。

 遠目に眺めていた二人の姿に、王太子は妙な違和感を覚える。

 色彩に既視感のある王太子は二人をまじまじと見つめ、ブツブツと呟く。


「あれは……いや、そんなはずは…………しかし、あの色は……」


 ダンスを踊り終えた二人は、王太子のいる方へと向かい歩みを進める。

 王太子の目の前までやってくると、美女は姿勢を正し美しい所作でカーテシーをし、挨拶して見せた。


「ごきげんうるわしゅう、クラウス殿下」


 その見慣れた所作や声から、王太子は目の前にいる美女が己の婚約者である地味令嬢だと気づき驚愕する。


「ま、まさか……ガーネット、なのか?!」


 華やかで麗しい美貌からは地味令嬢の面影など感じられず、王太子にはまったくの別人にすら思える。


「はい。ガーネット、ロードライトでございます」


 美女が面を上げると、煌めく赤い瞳は強い意志を感じさせ、宝石の如く輝いた。


 見た者を魅了する『宝石眼』とは、正にこのことだ。

 その美しさに心を搔き乱され、数多の美女を見慣れているはずの王太子ですら、見惚れて頬を染めてしまうほどなのだから。


 王太子の赤らめた顔を見て、侍っていた伯爵令嬢は可憐さなどなりを潜め、ものすごい形相で美女を睨みつけていた。


 婚約者の変貌ぶりに驚き、様変わりした姿をしげしげと見つめ、王太子は呟く。


「その格好は、見違えたな……それに、そっちは、もしや……?!」


 王太子は美女の傍に立つ人物にも思い当たり、焦って視線を向ける。


「はい、兄上。ルベリウスです」


 眩い美丈夫が顔を隠し目立たなかった己の弟だと分かり、王太子は愕然として、開いた口がふさがらなくなる。


 美女はおもむろに一通の手紙を取り出し、唖然とする王太子へと差し出す。


「クラウス殿下。この機会にお渡ししたいものがごさいます。どうか、お受け取りください」

「なんだ? これは……」


 訝しげな表情をしながらも、王太子は差し出された手紙を受け取った。

 美女は手紙を渡してほっと息を吐くと、毅然とした態度で告げる。


「クラウス殿下の書斎の鍵と、わたくしの知る限りの金庫の暗証番号です。今後、鍵と暗証番号をすべて変更してくださいますように、お願いします」


 出し抜けに告げられ、意味が分からない王太子は困惑した表情で美女に問う。

 

「……は? な、なぜだ?」

「わたくしは決意したのです」


 煌めく赤い瞳で美女は真っ直ぐに王太子を見据え、会場中に響き渡るほど声高らかに宣言する。


「わたくしはクラウス殿下の望む『理想の淑女』になど絶対になりません! わたくしは悪徳の道を突き進む『華麗な悪女』になるのですわ!!」


 突拍子もないことを宣告され、王太子はすっとんきょうな声を上げる。


「はあっ!?」

「「「!?!?!?」」」


 会場中の傍観者も、予想だにしていなかった展開に騒然となる。


 混乱して慄いている王太子達を後目に、美女は美しい所作で一礼し、辞去の挨拶をする。


「それでは、失礼いたします。クラウス殿下、ごきげんよう」

「用件は済んだようだし、行こうか。ガーネット」

「はい。ルベリウス殿下」


 美丈夫の腕に美女は手を添えて、二人は連れ立って歩きだす。

 あまりの衝撃に絶句していた王太子が、慌てて呼び止めようと叫ぶ。


「お、おい、待て……待て、ガーネット! ガーネット!!」


 王太子主催の盛大な社交パーティーの会場に、婚約者の名を叫ぶ王太子の声がこだましていた。


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