第20話

「冗談だと思う? 冬花ちゃんはカテゴリー5の癖に自分の事を普通の女の子だと思ってるし、他の子はやれ冬花ちゃんが好きだ嫌いだでいがみ合ってる。副部長のサッシーはクールぶってる癖にヘタレで日和ってるし、マッキーはメンヘラだし、伏見君は余計な問題起こしまくるし、マルちゃんは尻尾モフモフさせてくれないし、いい加減ボクも疲れちゃったよ」


 パタンとノートパソコンを畳み、やれやれと廻が溜息をつく。

 真姫は焦った。


「だ、ダメだし! 部長が辞めちゃったら、風紀部がめちゃくちゃになっちゃうし!」


「なんで? マッキーは辞めるのにボクはダメなんて、不公平じゃない?」


「だって、部長は凄い人で、風紀部に必要な人だし……」


「その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ。マッキーが冬花ちゃんを嫌いな子達の相談役になってる事は、ボクはちゃんとわかってるよ。ストレスの溜まるポジションだろうけど、マッキーにしか出来ない事だ。そういう地味な活躍の積み重ねが、この街の平和を守ってるんだとボクは思うけどね」


「……でもあーし、結局あの子等に流されて伏見に絡んじゃったし……」


「まぁそうだけど。仕方ないでしょ。今回の件でその子達も伏見君を認めざるを得なくなったわけだし。結果オーライって事にしようよ」


 気軽に言うと、廻が退部届をビリビリに破ってゴミ箱に捨てた。


「とにかく、マッキーがなんと言おうが、ボクはこれを受け取るつもりはないよ。マッキーが居なくなるとボクの仕事が増えるんだ。そもそもさ、マッキーだって辞めたいから辞めるわけじゃないでしょ」


「でも――」


「あの子の前で同じ事が言えたなら認めてあげる」


 廻が人差し指を立て、部長室の扉を指さした。


「あの子?」


 振り返ってもなにがあるわけでもない。

 不思議に思って廻に向き直ると、バツの悪そうな顔をしていた。


「ちょっとタイミングが早かったかな」


「なんの事ですか?」


 と、そこにバタバタと足音が聞こえてきた。


「おっ! いたいた! 愛美ちゃん、あれが朝宮先輩だぜ! あの人が家の壁ぶっ壊してくれたから助かったんだ。鉄球みたいなデカいヨーヨーでドッカーン! ってな!」


 勇人に手を引かれて入ってきたのは昨日助けた穂村愛美ほむら あみだった。

 あの後特に後遺症もなく目覚めたと聞いていたが、どうやらもう退院出来たらしい。

 異能の暴走で変化した髪の毛も今は落ち着いている。


「伏見!? あんた非番でしょ!? なんでここに……」


「あぁ。ダチとカラオケ行こうと思ったら愛美ちゃんと出会ってよ。俺らにお礼しに来たって言うんで先輩に連絡したら既読つかねぇし。部長に聞いたら一緒に居るって言うから連れてきたんだ」


 そう言われると携帯が震えていたな思っていた。


「部長!? なんで言ってくれなかったし!」


「サプライズ的な?」


「なんだよ。取り込み中だったか?」


 無邪気な視線を向けられて、真姫は返事に困った。

 あれだけ嫌な態度を取っていたのに、勇人は昨日の一件であっさり真姫を認めたようで、態度を軟化させていた。


 自分なんか、先輩扱いされる資格はないのに……。


「朝宮先輩、ミーティングの時もそうだったけど、なんか変だぜ? 具合でも悪ぃのか?」


 なにか言わなければいけないのは分かっている。

 それなのに、今の真姫には勇人が眩しすぎて、顔を上げる事が出来ない。


「なんかマッキー、今まで伏見君に厳しくし過ぎたって凹んでるみたい。それで色々相談受けてたんだ」


「部長!?」


「言っちゃダメだった?」


 惚けた顔で廻が言う。


「なんだよパイセン! そんな事気にしてたのか? あれは俺も悪かった。今思うと緊張してたってーか、色々意地になってたんだよな。まぁ、昔の事は水に流して、これからは仲良くやろうぜ!」


 ニヤリと笑って勇人が右手を差し出す。


「ほら、仲直りの握手だよ」


 呆ける真姫の尻を廻が押す。


 つんのめった勢いで手を握った。


 力強くて体温の高いがっしりとした男の子の手だ。


 まるで焼けた鉄を掴んだみたいに、掌に感触が焼き付く。


「ほい、仲直りだ。次は愛美ちゃんの番な」


 こくりと頷くと、勇人の後ろに隠れていた愛美が緊張した様子で前に出る。


「朝宮おねーちゃん。愛美の事助けてくれて、ありがとうございました!」


 勢いよく頭を下げると、愛美が純粋な目で真姫を見上げる。


「愛美も大きくなったら、伏見お兄ちゃんや真姫お姉ちゃんみたいな立派な風紀部員になって困ってる人を助けたいです!」


「――ッ!?」


 途端に鼻の奥がツンとして、真姫は顔を覆った。


「わかるぜパイセン! こんなちびっこにそんな事言われたら泣けちまうよな!」


 勇人が腕組みをして神妙に頷く。


「愛美ちゃんならきっとすげぇ風紀部員になれるからよ。異能の制御頑張れよ!」


「はい! 頑張ります!」


「じゃ、愛美ちゃん送って来るわ」


 ばたばたと二人が帰っていく。


「う、うぅ、うぅぅぅ……」


 堪えきれず、真姫はその場にしゃがんで泣き出した。


「部長ぉお! こんなの、ズルいし!」


 入部する際、廻には風紀部に入った理由を話していた。


 この街に来たばかりの頃、真姫は学校の帰り道で異能者を狙う誘拐犯に攫われた事があった。


 今でも完全になくなったわけではないのだが、実験都市ではしばしば、非合法な組織が人身売買の為に異能者の子供を攫う事件が起きていた。


 もう駄目だと思った時、真姫を助けてくれたのは当時出来たばかりの風紀部だった。


 それで真姫も、愛美のように風紀部を目指すようになったのだ。


 初心を思い出して、真姫は考えを改めた。


 そして、もう二度と退部なんか考えないと決意した。


 部長の言う通り、こんな風に辞める辞める詐欺ばかりしていたらメンヘラだと思われてしまう。


 それに、カテゴリー0の勇人だってこんなに活躍しているのだ。


 カテゴリー2の自分が負けてはいられない。


(ねぇ伏見……。あーしはダメな先輩だけど、これからは頑張って、あんたに尊敬して貰えるような立派な先輩になって見せるから!)

 

 瞼に浮かぶ生意気な顔に向かって誓う。


 大嫌いな後輩が、気づけば一番のお気に入りになっていた。

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