第19話
「先に言うけど、退部届なら受け取らないよ」
「……あーし、まだ何も言ってないですけど」
翌日の事だった。
放課後のミーティングで勇人の風紀部としての適性に太鼓判を押した後、朝宮真姫は他のメンバーが出払ったタイミングを見計らって部長室を尋ねていた。
「ボクの予想は外れてたかな?」
事務作業をしていた廻がノートパソコンに向かって呟く。
真姫は何も言わず、用意していた退部届を机にのせた。
「……今回は本当に本気だし」
「前もそう言って説得されなかったっけ」
「……毎回本気なんです」
廻の言う通り、真姫が退部届を出すのはこれが初めてではない。
これまでにも何度か、真姫は退部を願い出たことがある。
その度にもうちょっとだけ頑張ってみたら? と廻に言いくるめられていた。
「伏見と組んで分かりました。てか、前からわかってたんですけど……。やっぱりあーし、風紀部に相応しくないなって……」
「ボクはそう思ってないよ。だから毎回断ってる。いい加減マッキーにも分かって欲しいんだけどな」
「……だってあーし、ギリギリカテゴリー2のお荷物だし……」
「風紀部の平均で見ればカテゴリー2は普通だし、脅威度と有用性は別物。これも何度も言ってるよね」
「……そうですけど」
「勘違いしてる人が多いけど、風紀部は別に戦闘集団じゃないから。ハイカテゴリーの異能犯を鎮圧するのにある程度の武力は必要だけど、そんな事件はそうそう起きないよ。それよりも、昨日みたいな事件を解決出来る使い勝手のいい異能の方が風紀部向きだとボクは思うな」
「……碓氷なら、あんな火事一秒で消化できるし……」
「でも、冬花ちゃんは捕まらなかった。忙しい子だからね。なんでもかんでも彼女に頼るのはよくないと思うし、カテゴリー5の異能と比べても仕方ないよ」
「……わかってます。分かってても、比べちゃうんです……。碓氷はあんなに凄いのに、あーしはなんて無力なんだろうって……。嫉妬なんかしたくないのに……。それで勝手にピリピリして、伏見にも当たっちゃって……。そんなの、先輩失格じゃないですか……」
「別にいいんじゃない? 実際伏見君は生意気だしね。ボクは平気だけど、普通はちょっとイラつくんじゃないかな」
「……それだけじゃないんです。あーしはずっと碓氷に嫉妬してて、でも心のどっかでカテゴリー5だから仕方ないしとか思ってて。あーしだって碓氷みたいに凄い力があったら凄い事出来るのにって思ってて……」
「なのに伏見君がカテゴリー0の癖に凄い事しちゃったから凹んでるんだ?」
こくりと真姫が頷く。
昨日の出来事は真姫にとって、初めて冬花の異能を目にした時と同じくらい……あるいはそれ以上の衝撃だった。
「丈夫だから、死なないからって、あいつ平気で火事の中に突っ込んでいったんですよ。それで服が全部焼け落ちて、異能の暴走で燃えてる女の子抱えて、涼しい顔して戻ってきたんです……。あんな事、あーしには絶対出来ないし……」
「ボクにだって出来ないし、他の誰にも出来ないだろうね。なぜかわかる?」
「……それは伏見が、根性の座った凄い奴だから……」
それで真姫は退部を決意したのだ。
今まで真姫はカテゴリーコンプレックスを拗らせて碓氷に嫉妬し、自分に大きな活躍が出来ないのはカテゴリー2だから仕方ないと諦めていた。
なのに伏見はカテゴリー0の癖に身を投げ出して人命救助を行った。
あれこそ、真姫が憧れた風紀部の姿だった。
それでポッキリ折れてしまった。
自分は能力だけでなく、精神的にも風紀部に相応しくない。
弱くて浅ましいダメな奴なんだと気づいてしまった。
そんな事は最初から分かっていた事だが、もう目をそらせないくらい分からされてしまった。
自分みたいな奴が居ても、伏見や碓氷のような凄い連中の邪魔になるだけだ。
そう思って今度こそ退部届を出しに来たのだ。
「あるいは、彼が頭のおかしい異常者だから。この二つにどれだけの差があるだろうね」
こめかみに指を押し付けて、クルクルパーと廻がお道化る。
「死ななくても痛みはあるし苦しみも感じる。それなのに彼は身一つで火事場に飛び込んだ。文字通り、生きながらに焼かれるような気分だったろうね。そんなの、どう考えても異常だよ。普通じゃないし、あんなのに憧れて欲しくないな。あくまでも、彼が特別だってだけの話」
「……でも、部長は伏見を買ってるじゃないですか」
「冬花ちゃんの為だよ。そうしないと色々と収まりが付かないからね。その為にもっともらしい事を言ってるだけ。で、それは全部自分の為だ。この通り、ボクはカテゴリー4の異能者だから、免許の審査はかなりハードルが高い。ボク自身に自衛の為の力がないから、他人に捕まって悪用される恐れもあるしね。自由を手に入れる為には、沢山大人に媚びを売っておかないといけない。風紀部に入ったのも、クッソ面倒くさい部長なんかやってるのも、全部その為。ただそれだけ。マッキーが風紀部に相応しくないなら、ボクはもっとだと思うけど。ていうか、部員の大半は不合格だろうね。いっそ、みんなで風紀部辞めちゃう?」
冗談に決まっているのに、廻が言うと本気に聞こえる。
このチビ助には、そんな不思議な凄みがあった。
「そんな事したら、街の平和はどうなっちゃうんですか?」
「平気でしょ。ボクらが辞めた程度で終わる程この世界は安っぽくないよ。ちょっとバタバタするだろうけど、大人が代わりを適当に見繕ってすぐに元通りだ。うん、そうしよっかな。メンヘラ部員のご機嫌を取るのも疲れたし、ウザい大人の言いなりになって顔色を伺うのも嫌になっちゃった。どっか無人島の廃屋でも探して、そこに『裏口』繋げて逃げちゃおうっかな」
「……冗談ですよね?」
廻の異能なら不可能ではない。
カテゴリー4は伊達じゃない。
彼女が認識した扉なら、何億光年先にあろうと繋げる事が出来るのだ。
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