第14話

「なんであーしが碓氷の彼氏の面倒を見なきゃいけないわけ?」

「彼氏じゃねぇ。ただの友達だ」


 不満そうにボヤくのは風紀部の先輩で二年の朝宮真姫あさみや まきだ。


 小麦色の肌に金髪の気の強そうな女である。


 風紀部に入ってしまったので、その日の放課後早速一戸先輩が空いているメンバーを招集して自己紹介の場を用意した。


 碓氷はCMの撮影があるそうだが、最初だけ顔を出して、『風紀部の皆さんはみんな良い人なので大丈夫ですよ!』と励ましたり、円子に『伏見さんの事をよろしくね!』とお願いしたり、『伏見さんは絶対に風紀部に役立つ人なので、よろしくお願いします!』と他のメンバーに頭を下げると、慌ただしく『裏口』から出て行った。


 碓氷はああ言っていたが、円子が言うには風紀部には碓氷派と反碓氷派で二分されているらしく、俺はその両方から嫌われていて、自己紹介の雰囲気は最悪だった。


 碓氷のファンからすれば俺は碓氷についた悪い虫だし、アンチからすれば俺は碓氷のコネで風紀部に入ってきたズルい奴だ。


 嫌われるのも当然で、俺も最初から覚悟をしていたから気にはしない。


 それはそれとして、自己紹介が終わるとアンチの連中が前に指原が言っていたような理由で俺の入部に反対し、一戸先輩が前に指原を言い負かしたような説明を繰り返した。


 で、アンチ筆頭のマッキーこと朝宮が最後までごねたので、一週間程ペアを組んで放課後のパトロールをする事になった。


 それで朝宮が納得しなかったら今回の話はなかった事になるという。


 別に俺だって入りたくて入ったわけじゃないのだが、風紀部を追い出されるとまた喧嘩でごたごたして面倒だし、自分でやると決めた事だから文句を言わずにその条件を飲む事にした。


 それでこの通り、不満たらたらの朝宮と街をパトロールしている。


「あんたには言ってないし! てーか、一年なら敬語使えし!」


 朝宮の蹴りを適当に避ける。


「いきなり暴力振るってくるような奴を敬まえるかよ」

「避けんなし! マジ生意気だし!」


 追加の蹴りも避ける。


「やめろっての。あんましつこいとやり返すぞ」

「上等じゃん! 碓氷のコネで入ってきたカテゴリー0の癖に、あーしに勝てると思ってるわけ?」


 好戦的な顔で俺を睨むと、朝宮が虚空からヨーヨーを召喚してシュルシュルと回転させる。


 見たまんま『ヨーヨー』を自在に操る異能で、カテゴリーは2だそうだ。


「あんたこそ、そんな玩具で俺を負かせると思ってんのか?」


 ニヤリとして言い返すと、朝宮がキレてヨーヨーを振り回した。


 半円を描くように側頭部を狙ってくる。


 避けずに棒立ちしていると、こめかみすれすれでヨーヨーがピタリと止まった。


「遠慮しなくていいんだぜ。俺は殺したって死なない不死身の『クマムシ』だ」

「黙れし。弱い物イジメなんかしたらあーしのヨーヨーが穢れるし!」


 舌打ちを鳴らして朝宮がヨーヨーを引っ込める。


「てか、カテゴリー2だからって舐めんなし! あーしの『ヨーヨー』は玩具じゃないし! 本気出せば鉄板だって凹ませれるし!」


 朝宮が俺の胸倉を掴む。


 なにやら必死な顔だった。


 地雷でも踏んだのだろうか。


「別に舐めてねぇよ。俺はカテゴリー0のゴミムシだぜ。丈夫さだけが取り柄のつまんねー異能だ」

「嘘つくなし! どーせお前も、碓氷と比べたらクソみたいな異能だってバカにしてんだろ!」

「あぁ?」


 キョトンとする俺を暫く睨むと、朝宮はバツが悪そうに手を離した。


「……なんでもないし。今のは忘れろし」

「そんな器用にできちゃいねぇよ」


 怖い顔で睨まれたので、仕方なく俺はコツンと自分の頭を叩いて見せた。


「忘れた忘れた。ついでに面倒なごたごたも忘れようぜ? 俺が風紀部に入ってないと色々だりぃ事になるんだよ。部長も言ってたろ? これも風紀を守る為って奴だ」


 俺だって別に風紀部の連中と揉めたいわけじゃない。

 媚びを売るのは嫌だが、出来る限りは譲歩するつもりでいる。


「じょーだんじゃないし! 誰がお前なんかと仲良くするし! 敬語も出来ないし生意気だし役立たずだし、一週間経ったら絶対追い出してやるし!」


 イーッ! と朝宮が並びの良い歯を剥く。


「歯に食べカスついてんぞ」

「ふぇ!? やだ!? 見んなし!?」


 真っ赤になって口を隠し、朝宮が携帯で口を確認する。


「嘘だバーカ。遊んでねぇでパトロールすんぞ」


 すれ違いざまに言うと。


「ざっけんなし!? ぜってぇぶっ飛ばす!」


 キレた朝宮が追いかけてきたので俺も走り出した。

 自慢じゃないが逃げ足には自信のある俺だ。

『クマムシ』の異能で疲れる事もないから、追いつかれる要素は皆無――


「って、おい!? それはずりぃだろ!?」


 振り返ると、朝宮が巨大なヨーヨーの軸を足場にして、セグウェイみたいに追いかけて来やがった!


 は、はぇぇ!?


「『ヨーヨー』舐めんなし!」


 あっさり追いつかれ、背中に蹴りを入れられた。

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