第13話

「ふ~し~み~さん!」


 約束通り、昼休みになると浮かれた様子の碓氷がひょこっと教室の入口から顔を覗かせた。


 テレビの中ですら見た事のない満面の笑みに、クラスの連中がギョッとする。


 俺もその一人で、俺なんかと飯を食うのがそんなに嬉しいもんかとむず痒い気持ちになる。


 そんな気持ちを見透かされるのも恥ずかしいので、俺は平静を装った。


「おう、来たか」

「女王様!」

「特等席をご用意してお待ちしておりました」


 四人分の机をくっつけて待っていた大達が執事の真似でもするように恭しくお辞儀をして、向かいの席の椅子を引く。


「やめろよ! 恥ずかしいだろ!」

「え~、だって~」

「なぁ?」


 ニヤついた視線を交わす二人を睨みつける。


 碓氷はキョトンとすると、急に澄ました顔になり、高飛車なオーラを纏いながらやってきて、「ご苦労」と二人に声をかけて席に座った。


「……なんちゃって」


 えへへ……と恥ずかしそうにはにかむ碓氷があまりにも可愛すぎて、俺達は三人とも赤面してしまった。


「ど、どういたしまして……」

「なははは……」

「……どうすんだよこの空気」


 ジト目で大達を睨む。


 俺はカテゴリー0のゴミムシだし、大は小腹が減ると手から唐揚げを出して貪る絵に描いたようなデブキャラだ。嬲も気分次第で女の姿で登校してくる。


 そんな俺達はクラスのはみ出し者で、スクールカーストの最底辺を突き破って番外に位置している。


 二人を悪く言うと俺がキレるから陰口を言ってくる奴は居なくなったが、それでも煙たがられている存在だ。


 碓氷との事だってなにかの間違いだと笑われていた。


 それがこんな風に碓氷と親しそうにじゃれ合っているのだから、教室は騒然だ。


「なんであいつらが……」とか、「おいおい、嘘だろ……」とか、「じゃあ氷の女王は本当にゴミムシの事が好きなのかよ!?」みたいな雰囲気をひしひしと感じる。


 だからどうしたという話ではあるんだが、俺はこの通りシャイな男なので悪目立ちするのはちょっと恥ずかしい。


 一方の碓氷は周りの反応など全く気にならないようで、この瞬間を噛み締めるようにうっとりしている。


「実は私、結構人見知りで。マルちゃん以外にお友達って呼べるような人がいなかったので、こういうの憧れてたんです」


「碓氷が人見知りだって? 冗談だろ!」


 俺に対する対応を考えると、そんな風には思えないのだが。


「嘘じゃないです! 伏見さんが特別なだけで、本当は大人しい子なんです!」


 真っ赤になって否定するが、怪しいもんだ。


「その気持ち、わかるなぁ~」


「勇ヤンは壁を張っててもブチ破って来るタイプやからな」


 二人がうんうんと頷く。


「どうせ俺は乱暴者だよ!」


「そんな事ないよ! 僕が唐揚げデブってイジメられてる時も助けてくれたし」


「ワイがオカマ野郎とか言われて孤立してた時も話しかけてくれたやんか」


「そうだったか?」


「そうだよ!」


「せやで! それで仲ようなったんやないか!」


「そんな昔の事覚えてねぇよ」


 という程昔の事でもないのだが。


 大の時は単に唐揚げが美味そうだったから声をかけただけだし、当時の嬲は日替わりで男女入れ替わって来るからどっちの性別が本当なのか気になっただけだ。


 で、『ワイはワイや。文句あるか?』と睨まれて、その通りだと思ったから謝ったらいつの間にか仲良くなっていた。


 言われてみれば陰口を言っていた連中に絡んだ事があるような気もするが、あれは単純にはたから見ていて胸糞が悪いから黙らせただけで、助けたわけじゃない。


 俺としては、こいつらが面白いから仲良くなっただけという感じだ。


 そんな俺を、碓氷は夢見る少女みたいに胸元で手を組んで見つめている。


「やっぱり伏見さんは格好いいです。私のヒーローです……」


「だから、違うっての! それより飯にしようぜ! 大の唐揚げ食べたかったんだろ?」


 本物のヒーローみたいな事をしている碓氷にそんな事を言われても恥ずかしいだけなので話題を変える。


「そうでした! 大さん、お願いしてもいいでしょうか?」


 恥ずかしそうに傾げておねだりする碓氷に、大が「もちろん!」と答える。

 紙皿を広げると、いつものように右手からどさどさと唐揚げを出した。


「わぁ! すごい! これなら唐揚げ食べ放題ですね!」

「うん。だからこんなに太っちゃったんだ」


 苦笑いで大がぽん! 手から飛ばした唐揚げを口に放り込む。

 碓氷は答えに困った様子だ。


「ぇ、ぁ、その……」

「気にすんな。大の鉄板ギャグだ」

「ほならワイも嬲ちゃんになっとこか?」


 負けじと嬲が女体化し、「うっふ~ん」と胸を揺らす。


「だから、やめろっての!」

「大丈夫や! こんな事もあろうかと今日はお乳首様に絆創膏貼ってきたからな!」

「そういう問題じゃねぇだろうが!?」


 てか、女子の前で乳首とか言うなよな!?

 真っ赤になって慌てていると。


「わぁ! すごい! 本物みたい!」


 と、興奮した碓氷がおもむろに嬲の胸を揉みしだいた。


「あひぃん!?」

「碓氷!? なにやってんだ!?」


 嬲が聞いた事のないような喘ぎ声を上げ、俺は謎にドキドキしてしまった。


「す、すいません……。気になっちゃってつい……」


 自分でもびっくりしたような顔をしつつ、碓氷がさり気なく自分の胸を揉んで揉み心地を確認する。


 いけない物を見てしまった気がして、俺は慌てて視線を逸らした。

 大も真っ赤になって俯いている。

 俺達は三人ともゴリゴリの童貞トリオなのだ。


「なんちゅうテクや……。思わず感じてもうたで……」

「いいから、とっとと男に戻れよ!」

「あかんて! 今戻ったら色々参事や!」


 嬲がさり気なく下半身を指さすので俺は色々察した。


「すいません! 私、なにかやっちゃいましたか?」


 不安そうに碓氷が聞いてくるが、生々しい男の事情を話せるわけもなく。

 三人で協力して誤魔化して事なきを得た。

 で、改めて昼食を開始するのだが。


「わぁ! 美味しい! こんなに美味しい唐揚げ、初めて食べました!」


「いつも美味いが、今日のは格別だな!」


「嬉しかったり楽しいとその分美味しくなるみたい」


「ひろヤン。折角やし、夕飯に少しもろてもええか?」


「もちろん」


「俺も頼むわ」


「わ、私もいいですか?」


「幾らでも出せるから、好きなだけどうぞ」


 で、それなら碓氷が冷凍してくれるという事になり、大の分も含めてスペシャルな唐揚げをどっさり出して貰った。


「ありがとうございます! これだけあったらマルちゃんにも分けてあげられます!」


「いいえ。碓氷さんには昨日助けて貰ったしね」


「せやで! お礼をしたいのはこっちのほうや! ほんま助かったで!」


「本当にな。お前らも、迷惑かけて悪かったな」


「いつもの事でしょ?」


「けど、一人で水臭い真似すんのはもうナシやで?」


「お、おぅ……」


 自信はないが、努力はするつもりだ。


「お礼だなんてそんな! 元はと言えば全部私が悪いので……。それで、お詫びの印というわけじゃないんですけど……」


 申し訳なさそうに言うと、碓氷は吸水紙とラップで巻かれた小ぶりの延べ棒みたいなブツを三つ取り出した。


 やけに大きなカバンを持っていると思ったら、それを渡す為だったらしい。


「気にすんなよ! って俺が言うのもおかしいけどよ」


 まったく、どいつもこいつも人が良すぎるぜ。


「勇ヤンの言う通りやけど、くれるっちゅうもんは貰っとかんと失礼やな」


「……なんか、凄く良い物の気配がする」


 カチコチに凍った四角い塊を手にして大が呟く。


「大のグルメセンサーに反応したって事は食い物か?」

「本マグロの大トロです」

「本マグロの!?」

「大トロやてぇええええ!?」


 と、二人が漫画みたいなリアクションを取る。


「おいおい、いいのかよ? そんな高そうなもん貰っちまって」


 マグロの相場なんか知らないが、めちゃくちゃ高いって事くらいはわかる。


「全然! 私も貰った物なので!」


 それで話を聞いてみると、先日のソマリアで海賊がうんぬんの時にお礼で貰った物らしい。俺達の画像を見た船の人が、友達の分もと持たせてくれたそうだ。


「マジかよ」

「本マグロの大トロなんか食うた事ないで……」

「碓氷さん! ありがとう! 僕の唐揚げでよかったらいつでも食べに来ていいからね!」


 俺と嬲は唖然として、大は大興奮だ。


「気にしないで下さい。またなにかお土産があったら持ってきますね」


 ホッとした様子で言うと、碓氷がこっそり俺にウィンクした。

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