第12話

 『騒ぎが大きくなったら介入するって言ったよね?』


 あの後一戸先輩が『裏口』から現れて、悪びれもせずに言っていた。


 なんだか手のひらの上で踊らされていた気分だが、先輩の機転のお陰で助かったのだから文句は言えない。


 その後は先輩と一緒に碓氷を説得し、風紀部の腕章を貰って解散となった。


 今回の事件が明るみに出ると碓氷や異能者の立場が悪くなるという事で、事後処理は一戸先輩が上手く片付けるらしい。


 元々俺も大事にはしたくなかったからそれでいい。

 親衛隊の連中も碓氷にこれだけ怒られたら流石に懲りるだろう。


 夜道は危ないという事で、帰りは全員家の近くまで『裏口』で送って貰った。


 そして翌日、早速腕章をつけて登校しているのだが。


「……まるで魔よけのお守りだな」


 昨日の今日だから、世間の反応は変わらない。


 相変わらず俺を見る周りの連中の目は冷たいし、やんちゃな奴らが喧嘩を吹っ掛けて来る。


 けれど、風紀部の腕章に気づくとみんな「げっ、風紀部かよ」という感じで目をそらし、喧嘩を売ってきた連中も負け惜しみを吐いて退散した。


 肩身が狭いのは変わらないが、とりあえず喧嘩ばかりの日々は終わりそうだ。


 そんなわけで久々にコンビニで買い物を済まし、学校へと向かっている。


 結局風紀部の世話になってしまったが、それについては諦めた。


 事実として、俺が碓氷と仲良くするには障害が多い。


 碓氷が俺と仲良くするのも以下同文だ。


 俺が一人で意地を張った所で、余計なごたごたが増えるだけなのだろう。


 過ぎた事をうだうだ言っても仕方がないので、前向きに捉えるしかない。


 で、歩きながら携帯でツイッターを見ていると碓氷の記事が流れてきた。


 俺との関係がスキャンダルになっていて、それについてのインタビュー記事らしい。


 叩かれてやしないかとハラハラしながら開いてみると、こんな事が書いてあった。


『私は異能者とそうでない人が仲良く一緒に暮らせるように頑張ってるだけで、中身は高校一年生の普通の女の子です。恋だって普通にします。フラれちゃいましたけど(笑)。でも、それは相手の方が私の事を一人の女の子として大事にしてくれたからで、まずはお友達から始めようって言ってくれたんです。今まで私の事を応援してくれた人の中にはそういうの嫌だなって思う人もいるかもしれないですけど、私は自分の気持ちに嘘をつきたくなかったし、応援してくれる人にも嘘をつきたくなかったので、正直に言っちゃいました。なので、嫌だった人はごめんなさい。そうでない人は応援してくれると嬉しいです。私も今、頑張って彼を攻略中なので!』


『ネットでは河川敷で抱き合っている動画が出回っているそうですが?』


『はい……(照)。恥ずかしいんですけど、あれは色々ありまして。実は私、彼に振られた後にちょっとだけ病んでしまって――』


 アレがちょっとかどうかはともかくとして、その記事ではあの日の出来事について赤裸々に語っていた。


 なぜ俺を好きになったのかという質問についてだけは、『大事な思い出なので秘密です』と濁していたが。


 コメント欄は思ったよりも荒れていなかった。


 碓氷は芸能活動だけでなく、異能を使ったヒーロー活動的な事も行っている。


 というか、元々はそちらがメインの活動だったのだ。


 だからファン層も幅広く、俺が想像するようなアイドルオタクみたいな連中以外のファンも沢山いて、今回の件には割と同情的というか、好意的で、応援している奴らの方が多かった。


 それどころか、アイドルオタクっぽい連中すら、推しが幸せならOKです! みたいな奴が大半だった。


 もちろん中には裏切られたとか、色々と口汚い言葉で罵っている奴らもいるにはいたが、そういった連中は他のアイドルオタク達からボコボコにされていた。


 みんながみんな、岸田みたいなイカれた奴らという事ではないらしい。


 それよりも気になったのは、政治的なコメントの多さだった。


 今回のスキャンダルは政府の仕組んだ炎上商法で、異能者が非異能者に取って代わる為のプロパガンダだとか、総理大臣は異能者によって操られている売国奴だとか、全てはディープナンタラの陰謀だとか、#政府は異能者を贔屓するのをやめろ! みたいなタグが荒ぶっていて、怒れるアイドルオタクの声なんかほとんど掻き消されてしまっていた。


 こういう連中を改心させる為に碓氷が頑張っているんだと思うと、素直に頭が下がる。


 一方で、碓氷が異能者の代表みたいに扱われ、この手のヤバい連中に槍玉にあげられていると思うと同情もする。


 ともかく、世間が碓氷の恋愛沙汰に対して概ね好意的なようで俺は安心した。


 それはそれで、俺としてはちょっとプレッシャーなのだが。


 碓氷も恥ずかしい出来事を赤裸々に語って火消しをしてくれているようだし、この記事が広まれば俺に対する風当たりも少しはマシになるかもしれない。


 と、そんな所で碓氷からのラインが届いた。


『おはようございます! 伏見さん、そちらは問題ありませんか?』

『おはよう。風紀部の腕章のお陰で平和なもんだ』

『本当ですか???』

『本当だって』

『本当に本当ですか? もう嘘はなしですよ?』


 思わず苦笑する。

 みんなして嘘をついていたのだから疑われても仕方ない。


『本当だって。絡んでくる奴はいるが、腕章を見たらみんなビビって逃げてくぜ』

『相手の顔は覚えてますか?』

『怒るなよ。なにもされてねぇから』


 こわっ。携帯越しなのにスイッチが入ったのが分かったわ。


『でも……。ごめんなさい、私のせいで……』

『謝るなよ。碓氷のせいじゃないだろ』


 アニメキャラがハートの矢で胸を射貫かれるスタンプが飛んできた。


『温度差で風邪ひくわ』

『その時はお見舞いに行きます!』


 俺はワニが愛想笑いを浮かべているスタンプでお茶を濁した。


『嫌ですか?』


 追撃されて冷や汗が浮かぶ。


『嫌じゃないけど、彼女でもないのに家にあげるのはおかしいだろ?』

『友達のお見舞いに行くのは普通の事だと思いますけど。私が病んで早退した時だって、伏見さんはお見舞いに来てくれましたよね?』


 なんだか目の前で詰められている気分だ。


『わーったよ。そん時は頼むぜ』

『はい!!!』


 アニメキャラが紙吹雪を散らしているスタンプが届く。

 生憎『クマムシ』の俺は病気にもならないのだが。


『そうだ。大人の人に色々言われて、伏見さんの件でインタビューを受ける事になっちゃったんです。多分、そろそろネットに上がる頃だと思うんですが……』

『あぁ。それならさっき見たぜ』

『あばばばばばばばばばばばばばばば!?』


 頭が破裂して脳漿をぶちまけるクマのスタンプが送られてくる。

 ……うん。

 なんとなく感じてはいたが、やっぱ碓氷、ちょっと変な奴だな。


『見ないで下さい! 恥ずかしいので!』

『もう手遅れだ。てか、大人に色々言われたって、怒られたのか?』


 悪戯っぽくペロッと舌を出す女の子のスタンプ。


『ちょっとだけですけど。そういう事は先に相談して欲しいって。そんなの恥ずかしくって言えるわけないじゃないですか!』

『まぁ、そうだよな』


 大人の気持ちも分からんではないが、それこそ大人の事情で、碓氷の知った事ではないのだろう。


『で、どうなったんだ?』

『これはこれで庶民的なイメージ作りに使えるから問題ないって言われました。つ、ま、り! 私と伏見さんの仲は政府公認です!』


 ダブルピースやくす玉を割るスタンプが乱れ飛ぶ。


『そりゃよかったな』


 そんなもん国に認めて貰う必要なんかないと思うのだが。

 碓氷の性格を考えると、向こうも認めざるを得なかったといった所だろう。


『はい! それで、今日は久々に学校に行けそうなんですけど……』


 ちらちらと、横目で様子を疑うようなデフォルメされた碓氷のスタンプ。

 って、こいつスタンプになってんのかよ!?


『お昼休み、遊びに行ってもいいですか?』

『いいけど。そのスタンプ、すげぇな』

『次に出す時は伏見さんと一緒の奴もお願いしておきますね!』

『いや、それはいいけど』


 なんて会話をしている最中にも、碓氷から氷の女王スタンプが9シリーズ分も送られてきた。


 ……やっぱこいつ、すげぇな。

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