第11話

 怖い。


 怖すぎる。


 この顔は、貞〇だって裸足で逃げ出すだろう。


 恐怖なんか久しく感じた事のない俺が。


 死をも恐れぬ不死身の俺が。


 マジで心底ブルっちまった。


 大はガタガタ震えているし、嬲や円子も元の姿に戻る程だ。


「……なるほど。伏見さんが私を辱めた。それで裁きを。ふーん。そう」


 ゆっくりと、碓氷の首がこちらに向く。


 ハッとして腹を隠すが、遅かったらしい。


 碓氷は俺の服が焼け焦げているのを見て、泣き出しそうな顔になった。


 ギリギリと、碓氷が歯を食いしばる音がここまで響く。


「そ……で……ん……」


「え?」


 蚊の鳴くような声に岸本が聞き返す。


「そんな事、私は頼んでいません!」


 碓氷の怒りが爆発した。

 岸本の首から下が一瞬で氷漬けになる。


「じょ、女王!? ど、どうしてですか!? わ、私は、あなたの為に――」


「うるさい! 伏見さんはあたしの大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な! とぉおおおおおおおおおおおっても大事なお友達なんです! それを良くもこんな目に! 許さない! 絶対に許さない! マルちゃんや大さん、嬲さんにも手を出して! あなた達! 覚悟は出来てるんでしょうね!」


「そ、そんな!? どうかご慈悲を――」


「黙りなさい!」


 パキン。

 岸本の頭が凍り付いた。


「本当は全員氷漬けにして粉々に砕いてやりたいですけど」


 だめですか? と碓氷が視線で尋ねる。

 俺は全力で首を横に振った。

 碓氷は「ですよねぇ……」と言いたげに溜息をつく。


「伏見さんの優しさに免じて、命だけは助けてあげます。もう一度言いますよ。伏見さんの優しさに免じてです。その事をあなた達は未来永劫感謝して喧伝しなさい。わかりましたね?」


 シーンと空気が静まり返る。

 パチンと碓氷が指を弾き、その辺の親衛隊が氷漬けになる。


「わかったかって聞いてるんです!」


「「「「「わかりました!」」」」」


 親衛隊が絶叫した。


「よろしい。では、さようなら」


 パキン、パキン、パキパキパキパキ。


 あちらで、こちらで、遠くで、近くで。


 親衛隊達が次々氷漬けになっていく。


「いあああああああ!?」

「女王様! お許しください!」

「助けてくれええええ!」


 親衛隊の連中は半狂乱で許しを乞い逃げ惑うのだが。


「謝る相手が違うでしょう? 許しを乞う相手が違うでしょ? あなた達が土下座して詫びるべきなのは私じゃない。伏見さんとマルちゃんと大さんと嬲さんです!」


 氷の壁がそそり立ち、親衛隊を閉じ込めた。

 碓氷は一人も逃がさない気らしい。

 そこから先は地獄絵図だ。


「伏見さんすみませんでした!」

「マルちゃん! 許してください!」

「大さん、嬲さん! 助けてくれえええ!」


 俺達に全力で許しを乞いながら、一人、また一人と氷漬けになっていく。


「声が小さい! もっと本気で謝りなさい! 頭を地面に擦りつけなさい! 大勢でよってたかって酷い事をして! あなた達は最低です! 反省してください!」


 俺達はただ、激昂する碓氷が人間を氷漬けにする様を見ている事しか出来なかった。


 中には異能で抵抗しようとした奴もいたが、全くの無駄だった。


 これがカテゴリー5の『絶対氷結』の力なのだ。


 どうやら俺は、その事をかなり甘く考えていたらしい。


 程なくして、親衛隊達は全員、恐怖と絶望の表情を浮かべたまま氷漬けになった。


 俺と円子は呆けた顔で立ち尽くし、大と嬲は頭を抱えて震えている。


 キラキラと、役目を終えた氷の壁が消えていく。


 あの日見たダイヤモンドの輝きが、今は不思議と恐ろしいものに感じられた。


 気が付くと、碓氷は目の前に立っていた。


 今にも泣き出しそうな顔で、プルプルと震えている。


 俺も同じ目に遭うのかと思った。


 碓氷に嘘をつき、なんでもないと騙していたのだ。


 氷漬けにされたって文句は言えない。


 それなのに。


ぼんどおおおおおおおおおに本当にぢゅみまぢぇんでぢだあああああああああすみませんでした!」


 堪えきれずに泣き出すと、碓氷は俺の足元で土下座した。


ぢぇんぶいぢのへぜんばいがらぎぎまぢだ全部一戸先輩から聞きました! わだぢのぜいでがっごーでいぢめられでで私のせいで学校でイジメられててぶじびざんがびどいべにあっでるっでえええ伏見さんが酷い目に遭ってるって! ごめんなざい! ぼんどおおにごべんだざい本当にごめんなさい!?」


 ガンガンと床に額をぶち当てながら碓氷が詫びる。


「お、おい!? やめろって!?」


 我に返った俺は慌てて碓氷を止めた。

 既に碓氷の綺麗な額は赤く腫れ、擦り剥けて血が滲んでいる。


「いいんでず! わだぢみだいなめいわぐなごみずぐおんなは私みたいな迷惑なゴミクズ女はぢんぢゃっだぼうがいいんでずううううう死んじゃった方がいいんです!」


「馬鹿言うなよ! お前のお陰でみんな助かったんだぞ!? なんで泣くんだよ!?」


「だっで、もどわどいえば元はと言えば……ひっぐ、えっぐ、全部、ぜええええぶ、私のせいじゃないですか!?」


 ぐすぐすと鼻水を垂らしながら碓氷が言う。


「それは違うだろ! お前はただ、俺を好きになっただけだ。そんで、俺はそれを断って、友達になっただけだ。そんなもん、悪い事なんか一つもないだろ!」


「でも、でもぉ! 私はカテゴリー5の氷の女王で……、テレビのお仕事とかもしてて……、変なファンみたいな人もいっぱいいて……、伏見さんに迷惑かけちゃうんです……」


「悪いのはそこで凍ってるバカ共だろ。碓氷を恨んじゃいねぇよ」


「でも、でもぉ! 伏見さん、私に内緒にしてたじゃないですか! 私が……面倒な女だから……」


 やましそうに碓氷が目をそらす。

 どうやら自覚はあるらしい。


「確かに、お前はちっと面倒かもな」


「あぅっ!?」


 胸を押さえて碓氷が仰け反る。


「けど、俺が内緒にしてたのはそんな理由じゃねぇよ。この程度の事でダチのお前に迷惑かけたくなかっただけだ。そんなの、格好悪いだろ?」


 大や嬲に黙ってたのと同じ理由だ。

 俺は碓氷とダチになった。

 他の奴らに馬鹿にされるのは構わないが、ダチの前でダサい姿は見せたくない。


「本当ですか? この事で、私の事嫌いになってませんか?」


「なってねぇって」


「迷惑だって思ってませんか?」


「それは思ったが、ダチってのは迷惑掛け合うもんだろ? 俺だってほら、こいつらには迷惑かけっぱなしだし」


 さっきから後ろで「キスしろ!」「抱き合え!」「頭ポンポンしろ!」という余計なオーラを出していた大達を親指で示す。


「俺からしたら、内緒にしたせいで碓氷にも迷惑をかけちまったしな。俺だって十分迷惑な男だぜ。嫌いになったか?」


「なってません! なるわけないじゃないですか! 私の為に気を遣って内緒にしててくれたんですから!」


 碓氷が胸元で指を組んで、うっとりした表情で俺を見上げる。

 そんな顔をされると照れるのだが。


「と、とにかくだ! 助かったぜ! お陰で全員無事だったからな」


「はい! これからは二度とこんな事にならないよう! いつも伏見さんのそばにいて守ります!」


 なんだか急に雲行きが怪しくなってきた。


「いつもって碓氷、政府やらテレビやらの仕事はどうすんだよ?」


「辞めます!」


「ちょ、冬花!? 流石にそれは不味いでしょ!?」


「私だって辞めたくないけど、伏見さんの為だもん! 私のせいでこうなったんだから、ちゃんと責任取らないと!」


「いや、碓氷、俺は大丈夫だから……」


「大丈夫じゃなかったじゃないですか! 伏見さんは良い人だから私に気を遣って本当の事言ってくれないし、部長もマルちゃんも伏見さんの味方だし!」


 碓氷がむくれて円子を睨む。


「だ、だって! 冬花に教えたら大事になるから――」


「そんな事ないもん! もっと早く知ってたらもっと上手くやってたもん!」


 駄々っ子のように腕を振ると視線を俺に戻す。


「だから私、伏見さんとずっと一緒に居ます! 心配だから、先生にお願いして一緒のクラスにして貰います! 部屋も伏見さんの隣に引っ越して、一緒に登下校します! それならもう、酷い目に遭う事もありません!」


「……本気なのか?」


「もちろん! だって私! 伏見さんの事が好きですから!」


「……そうか」


 どこまでもまっすぐな瞳で見つめられ、俺は決めた。


「……円子。俺、風紀部入るわ」

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