第9話

「……わりぃな。大、嬲。嘘ついちまったぜ」


 罪悪感にぽつりと呟く。


 二人にはああ言ったが、俺は呼び出しの場所に向かっていた。

 指定された廃工場があるのは、審査に落ちたり市外に出る事を嫌った連中の集まる危険な地域だ。


 警察は勿論、風紀部もこの辺りには寄り付かない。

 しょっちゅう異能者同士の小競り合いが起きている無法地帯だ。

 果し合いとやらを行うにはうってつけの場所だろう。


 もちろん俺だって、正々堂々一対一でなんて甘い事は思っていない。

 どうせ大勢で待ち構えていて、ボロ雑巾になるまでボコられるのだろう。


 それが分かっていてなぜ行くのか?

 根性を見せる為だ。


 連中が碓氷のファンの元締めだと言うのなら、そいつらの誤解を解けば俺に対する風当たりも少しはマシになり、碓氷を心配させたり、風紀部の手を煩わせたり、大や嬲を巻き込む事もなくなるはずだ。


 俺の為にあっちこっちでゴタゴタして面倒な事になるのは嫌だ。

 たかが女子一人と友達になるのに風紀部に守って貰うのも気にくわない。

 買い被りでも俺に惚れたという女がいるのに、ダサい真似はしたくない。

 そんな理由だ。


 というわけで、俺は開け放たれた廃工場の暗闇の中に入っていく。


「呼び出し通り来てやったぞ――うぉっ!」


 しばらく進むと、オレンジ色の閃光が目を焼いた。


「一人で来るとは良い度胸だな」


 そこに居たのは真っ白い特攻服を着たリーゼントの眼鏡男だ。


 後ろ向きに立っていて、ロングコートのような上着の背中には、『全国氷の女王親衛隊連合二代目総長』とか、『死して屍拾う者なし』とか、『光の騎士』だとか、光る剣を持った西洋甲冑の絵なんかがゴテゴテと刺繍されている。


 男は右手にオレンジ色のサイリウムを握っていて、それが唯一の光源だった。


「我こそは全国氷の女王親衛隊連合二代目総長、『光剣』の岸本光輝きしもと こうき! またの名を、氷の女王の平穏を陰ながらお守りする『光の騎士』なり!」


「ぷっ……くっ……ぶ、ぶふっ……」


 思わず笑いそうになり、必死に下唇を噛む。


「貴様、なにがおかしい!」


「うるせぇ! そんな恰好で我こそは光剣のナンタラとか言われたら誰だって笑うに決まってんだろ!?」


 不意打ちで笑ってはいけない果し合いを始めるのは卑怯だろ。

 俺はこれでも結構シリアスな気持ちで来たんだぞ!


「黙れゴミムシ! カテゴリー〇の分際で我らがアイドルを穢した罪、万死に値する! 全国一億人の冬っ子に代わり、我が光剣で成敗してくれるわ!」


 岸本がサイリウムをこちらに向けると、ヴィンっと先端から棒状の光が一メートル程伸びだした。


「なるほど。光を剣に変える異能で『光剣』か」


「否! サイリウムを『光剣』にする異能だ!」


「どっちでもいいっての!?」


 肩でコケつつ。


「ともかくだ! 売られた喧嘩は買うが、その前に俺の話を聞け! お前は俺が碓氷に手を出したと思ってるようだが、それは誤解だ! 誓ってエロい事はしちゃいねぇ! するわけねぇだろ! 付き合ってもいないんだぞ!」


「問答無用! でぇあああああ!」


「どぁあああ!?」


 岸本が斬りかかってくるのを避ける。

 眩しい事を除けば棒切れを振り回しているのと同じだ。

 そんな経験は幾らでもあるから、避けるのはなんでもない。


「あぶねぇだろ! 人の話を聞けっての!」


「聞く耳持たん! 河川敷でパンイチで抱き合っている時点でエロい事をしてないわけがなかろうが! この強姦魔め! しねぇええええ!」


「あれは! だから! 違うんだって! 俺は、童貞だああああああ!?」


 ヴィンヴィンと唸りをあげる光剣を避け続ける。

 クソ、なにが悲しくて知らん男の前で童貞宣言をせにゃならんのだ!


「見え透いた嘘をつくんじゃない! 仮に未遂だとしても同じ事だ! 我らが氷の女王とパンイチで抱き合った時点でギルティ! 二人で密会したのもギルティ! 告白されたのも振ったのもギルティギルティギルティギルティ! よって貴様は万死の刑だ! チェストオオオオォ!」


「うるせぇ! 碓氷が誰と恋愛しようがあいつの勝手だろうが! 父親面してんじゃねぇぞバカ野郎!」


 なんか俺が悪いみたいになっているが、そんな事はないだろ。

 一人の女が一人の男を好きになり、告白して失敗し、友達から始めようと、ただそれだけの話だ。


 外野にとやかく言われる筋合いはないし、俺も碓氷も悪くない。

 俺だってムカついてるし無抵抗でボコられてやる気はない。

 隙を見て反撃してやろうと構えるのだが――


「なっ!? 足が!?」


 コンクリの地面から人の手が生えだして俺の足首を掴んでいた。

 やっぱり他にいやがったか!


「貰ったぁ!」


「ぎゃああああああ!?」


 横っ腹を撫で斬りにされた瞬間、ジューッ! と肉を焼くような音と共に猛烈な熱さと痛みが駆け巡る。

 まるで焼けた鉄棒だ。

 斬られた腹は無傷だが、服は焼けて穴が開き、周りもこんがり炭化している。


「どうだ、痛かろう! 熱かろう! 我が『光剣』は使うサイリウムの色によって属性を変える! 赤は炎、オレンジは灼熱、青は氷、緑は風――」


 上機嫌で語りながら、岸本が特攻服のホルダーに差し込まれたサイリウムを抜く。


「――そして黄色は雷だ!」


 ジジジジジッ! と、火花を散らしながら黄色いサイリウムが光剣化する。


 ……やべぇ。ちょっとかっこいいと思ってしまった。

 紫は闇とか、濃い緑は毒だったりするのだろうか?

 とか無駄な事を考えてしまう。


 闇属性ってどんなだよ? 

 き、気になる……。


「貴様がなにをされても傷つかない不死身のゴミムシなのは知っている! だからこちらも遠慮なくいかせて貰うぞ! 二度と氷の女王に近づけぬよう、その魂に我らという恐怖を刻んでくれるわ!」


「「「「「おうっ!」」」」」


 岸本が左右の光剣を広げると、闇の中から怒号が答えた。


 ポキポキとサイリウムを折る音が雨音のように響き、闇の中に涼し気な青い光が広がる。


 現れたのは『全国氷の女王親衛隊連合』だとか『氷の女王LOVE』と書かれた揃いの法被を着た百人程の集団だった。


 思っていたよりも多かったが、今更ビビる俺じゃない。


「やってみやがれバカ野郎! なにされようが、俺ぁお前らの脅しになんか屈しねぇ! 俺ぁあいつとダチになったんだ! それを、チンケな脅しにビビって逃げ出すなんて、そんなだせぇ真似が出来るかよ!」


「黙れゴミムシ! 貴様如きが氷の女王と友達になるなど、おこがましいわ!」


 岸本が再び斬りかかる。

 足首は掴まれたままで回避は不能。

 だが、元より避ける気もない。


 俺はこいつらに根性を見せに来たのだ。

 茶番は終わり、ここからが本番だ!


「――がぁあああああ!?」

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