第8話

 当たり前の話だが、断ったからと言って問題が解決するわけではない。


 一戸先輩には、騒ぎが大きくなったら風紀部が介入するし、そうなれば俺の審査にも影響が出るだろうと釘を刺された。


 脅しのようにも聞こえるが、審査を行うのは風紀部じゃない。

 純然たる事実を伝えただけなのだろう。

 解決案を提示してくれただけ優しいくらいだ。


 女の子一人と友達になっただけで、なんだか話が大きくなってしまった。

 俺のせいかと言われればそれは違う。

 なら碓氷のせいかと言うと、それもまた違うだろう。


 犠牲者という意味ではあいつだって同じなのだ。

 勘違いとは言え、あいつはただ人を好きになっただけ。

 そして、その相手に想いを伝えただけなのだ。


 それが悪だと言うのなら、そんな世界は滅んだ方がいい。

 そう思う程度には、俺は碓氷に同情していた。

 誰もが憧れ恐れ戦く、泣く子も黙るカテゴリー5の氷の女王。


 それなのに、あいつは大人の事情で担ぎ上げられ、恋の一つも自由に出来ない。

 中身は俺と同じバカな十代なのにだ。

 可哀想だと思うのは当然だろう。


 正直言って、風紀部に入って事が丸く収まるというのなら、それも有りかという気持ちはあった。


 俺はカテゴリー0の『クマムシ』だ。

 小さい頃から周りの連中には、丈夫なだけのゴミムシとバカにされてきた。


 そんな俺が、天下の風紀部様にスカウトされたのだ。

 人気の部だし、自慢できる。

 異能免許の審査は勿論、就職にだって役立つのだ。

 危ない仕事だって、死なない俺には関係ない。


 考えようによっては美味しい話かもしれない。

 ならなぜ断ったのかという話だが……。


 正直に言って、どちらでもよかった。

 風紀部に入るのも有りだと思ったし、同じくらいだりぃなと思った。


『クマムシ』の異能を買ってくれるのは嬉しい反面、他人の都合で使われるのは気にくわない。


 色んな理由があって、俺の心は揺れていた。

 最後の一押しは碓氷だった。


 なんとなく、碓氷の為に風紀部に入るのは違う気がした。


 それじゃあ俺が、風紀部に守って貰わないと女の子一人と友達になる事も出来ないクソ雑魚みたいだ。


 それじゃあ碓氷が、風紀部に助けて貰わないと男友達の一人も作れない可哀想な奴みたいだ。


 実際その通りなのだろうが。


 だからこそ、なんか嫌だった。


 なんか嫌で、だから断った。


 じゃあどうする?


 分からない。


 それでも、なんか嫌だった。


 だから俺は――


 とりあえず大達とカラオケに行くことにした。


「わりぃ! 待たせた!」

「ほんまやで! 歳食ってもうたわ!」

「しょうがないよ。風紀部の呼び出しだし」


 二人は教室でカードゲームをして待っていた。


 元々、昼間の乱闘のせいでむしゃくしゃしていたから、気晴らしにカラオケに行こうという話になっていた。


 俺達は三人とも帰宅部の暇人で、カラオケ好きだった。

 カラオケ同好会を名乗ってもギリ許されるレベルだろう。


 デブの大はオペラ歌手みたいに美声だし、嬲は男の歌も女の歌もお手の物だ。

 俺は喉も丈夫だから、シャウト系の曲を得意としている。

 三人で行けばいつも大盛り上がりだ。


 風紀部での話し合いで疲れたし、今日はもう難しい事は考えないでパーッと遊びたい。

 というわけで三人で玄関に向かうのだが。


「チッ。またかよ」


 碓氷に告られてから下駄箱に脅迫状の類を入れられるようになったので鍵をしている。

 それなのに、性懲りもなく手紙が入っていた。

 まぁ、なにか異能を使ったのだろう。


「見ろよ! 果たし状だとよ!」

「えぇ!? 大丈夫なの!?」

「笑えるな。どこのドアホウや?」


 大が大袈裟に心配する。

 嬲も口だけで顔は全然笑ってない。


「どれどれ。はっ! 傑作だぜ! 『全国氷の女王親衛隊連合』様だとよ!」


 中身を読んで俺は爆笑した。

 今夜の何時にどこどこに来いという内容だ。


 それはどうでもいいのだが、なんだよ全国氷の女王親衛隊連合って!

 バカすぎるだろ!

 ところが、二人の顏は引き攣っていた。


「なんだよ、そんなヤバい奴らなのか?」


「そりゃヤバいよ! 碓氷さんのガチなファンの集まりだよ!」


「しかも亜神市は連中の本部があるんや! 氷の女王の為なら命だって差し出すような厄介ファンの集まりやで! 全員が盆場みたいなもんや!」


「その例えはヤバいな」


 つまり、狂信者の集まりという事だろう。


「どうするの? まさか、行かないよね?」


「行くわけねぇだろバカバカしい! こんなもん無視だ無視!」


 その場で手紙をビリビリに破いてゴミ箱に捨てる。


「無視も不味いで! 下駄箱に入ってたって事は学校にも手下がおるんや! 何か起こる前に風紀部に相談した方がええで!」


「そうだよ! 今からでも言ってきた方がいいよ! カラオケはいつでも行けるし!」


「平気だって! 俺は象が踏んでも壊れない頑丈無敵の『クマムシ』様だぜ? なにされたって怖かねぇよ! それよりカラオケだ! 今日はずっと楽しみにしてたんだ! 今更ナシなんて言わせねぇぜ!」


「でも……」


「大丈夫かいな……」


「しつこいぞ! お前らが行かないなら、俺ぁ一人で行くからな!」


「わ、わかったよ!」


「どうなっても知らんで」


 というわけで三人でカラオケに行き、その後めちゃくちゃ盛り上がった。


 カラオケ、サイコー!

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