第3話

「マルちゃんお帰り~。怪我してない?」


 生徒指導室で待っていたのは、小学生みたいに小さな女子だった。

 鮮やかな青髪のショートヘアで、寝ぼけたような目をしている。

 左腕には風紀部の腕章があり、生徒指導室の引き戸を開けた格好で立っていた。


「してません! それと部長! 他所ではマルちゃんって呼ばないでって言ってるじゃないですか!」


 赤くなったマルちゃんが抗議する。

 ふ~ん、お前マルちゃんって言うんだ? という顔をしてやったら睨まれた。


戌井円子いぬい まるこよ! 一年二組の!」


「ボクは三年の一戸廻いちのへ めぐる。風紀部の部長で、これは自分で開いた扉を別の扉と繋げる『裏口バックドア』って異能。ちなみにカテゴリーは4ね」


 気さくに言うと、一戸先輩が扉を閉める。


「……カテゴリー4!?」


 めちゃくちゃヤバい異能だ。

 まぁ、どこでもドアみたいなもんだと思えば当然か。

 悪用しようと思えば幾らでも悪い事が出来る。

 強盗、誘拐、暗殺、密輸、なんでもござれだ。

 そう考えれば納得の脅威度だと言える。


「あたしはカテゴリー3の『狼女』よ」


 張り合うように円子が言った。

 それで犬耳がついているのか。


 高い所から降ってきたのは、一戸先輩がビルの屋上にでも『裏口』を繋げて、上から様子を伺っていたのかもしれない。

 で、盆場が暴走しそうになったから止めに入ったと。

 そう考えれば、タイミングの良さも納得だ。


 そんな荒業が出来る程度には身体能力が強化される異能なのだろう。

 カテゴリー4は勿論、3だって結構レアなはずなのだが。

 流石は風紀部、エリート集団なんて呼ばれているだけの事はある。


「で、そんなご立派な風紀部の皆さんが、カテゴリー0の『クマムシ』になんの御用で?」

「見れば分かるよ」


 お道化る俺に、一戸先輩が扉をスライドさせる。


『裏口』で繋げたのは、多分風紀部の部室なのだろう。

 映画に出て来る作戦室のようなその部屋は、見るも無残に凍り付いていた。


「……こりゃひでぇ」


 一戸先輩が扉を閉める。

 数秒開けていただけなのに、流れ込んできた冷気で部屋の中は冷蔵庫みたいに冷たくなっている。


「あんたに振られたせいで冬花が病んでこうなったのよ! どうしてくれんの!」

「俺のせいじゃないだろ!?」

「じゃあ誰のせいだって言うのよ!」

「マルちゃんステイ」

「むうぅぅぅぅっ!」


 込み上げる文句を堪えるように、円子が頬を膨らませて黙る。


「君に非があるとは言わないけど、君に振られたせいで冬花ちゃんのメンタルが不安定になってるのは事実だから。それで異能の制御にも問題が出てる。冬花ちゃんが政府の要請で市外活動を行ってるのは知ってるよね?」


「それは、まぁ……」


 異能者と非異能者の融和政策の一環とかで、一部の異能者が政府の依頼で特例的に実験都市の外で活動を行っているのは有名な話だ。

 碓氷はその中でも特に目立つ働きをしている。


 異能者のテロ集団を鎮圧したり、事故で沈没しそうになった石油タンカーを凍らせて海に浮かべ、重油流出を防いだり、しょっちゅうニュースになっている。


「なら、冬花ちゃんが異能者のイメージアップの為に芸能活動をやってるのも知ってるよね?」

「テレビに出たり、歌を出したり、ドラマにCMに引っ張りだこなのよ!」

「だから、知ってるって」


 バズっていいともや鉄雄の部屋に出ているのを見たことがある。

 碓氷はあの通り美少女だし、国内でも数えるほどしかいないカテゴリー5の異能者だ。


 外の世界では新感覚の異能者ヒーローアイドルとして持てはやされているらしい。

 実験都市の異能者にとっても、異能によって成功を収めた希望のアイドルとして崇められている。


「なら、この状況がどれだけ不味いか分かるよね?」


「そりゃ、アイドルに恋愛はご法度だろうけど。向こうが勝手に告って来たんだ。俺に言われても困るぜ」


「そうじゃないよ。ボクが言いたいのは、このままじゃ冬花ちゃんの仕事に穴が開くって事。そうなると沢山の人に迷惑がかかる。お目付け役を任されてるボクの審査にも影響が出る」



「……碓氷のご機嫌取りをして働かせろってか?」


 なにやらきな臭いに話になってきた。


「まぁ、そんな感じかな。という事で、冬花ちゃんと付き合って貰える?」


「はぁ!?」


「部長!?」


 俺と円子が同時に声を裏返らせる。


「君に振られて病んでるんだし、付き合っちゃえば解決でしょ?」


「いや、だから、アイドルが恋愛は不味いだろって!」


「不味いだろうけど、それほど問題じゃないよ。冬花ちゃんはアイドル事務所に入ってるわけじゃないし、アイドルを目指してるわけでもないんだ」


「そうなのか?」


 俺はてっきり、碓氷が好きでアイドル活動をしているんだと思っていた。

 俺が碓氷の告白を断ったのには、そんな理由もある。

 折角アイドルとして成功しているのに、俺なんかと付き合って台無しにするのは勿体ないと思ったのだ。


「そうだよ。政府の依頼で市外活動をしてる内に人気が出て、異能者のイメージアップキャンペーンに使われるようになっただけだから。本人も、アイドルをやってるつもりはないんじゃないかな?」


「だとしても、周りの連中は碓氷の事アイドルだと思ってるだろ」


「そういう人もいるだろうけどさ。この場合、大事なのは冬花ちゃんの気持ちでしょ? 大人達だって冬花ちゃんが病んで使い物にならなくなったら困るわけだし。元々メンタルが弱い所はあったから、彼氏が出来て落ち着くんなら、その辺の事は目を瞑るんじゃないかな?」


「なるほど……。じゃなくて! 俺の気持ちはどうなるんだよ!」


 危ない。危うく納得する所だった。


「ていうか、そもそも君、なんで冬花ちゃんを振ったのさ?」


「そうよ! あんな可愛くて綺麗で優しくて真面目で健気で一生懸命で頑張り屋さんで強くて良い匂いがしておっぱいも大きいのに、意味わかんないわよ!?」


 それまで黙っていた円子が急に噛みついてきた。


「だから、俺と碓氷じゃ釣り合わねぇだろ。好きでアイドルやってると思ってたし。そもそも、お互いの事だってよく知らねぇし……」


「ボクが君の立場なら、ラッキーと思って取り合えず付き合っちゃうけどね」


「あたしだってそうするわよ!」


「いや、知らねぇけど……」


 俺がおかしいのか?

 付き合うってのはもっと大事な事だと思うんだが。


「まぁ、やり方は君に任せるよ。今日中に冬花ちゃんのメンタルが治ってくれればなんでもいい。さもないと、ボクが大人達に怒られちゃうからさ」


「付き合わないでなんとかなるならそうしなさいよ!」


「マルちゃん、友達の恋路なんだから、応援してあげたら?」


 必死な顔で訴える円子に、一戸先輩が呆れた顔をする。


「だって! 今まで冬花、そんな話したことないんですよ! 恋愛とか全然興味ありませんって感じだったのに、急に告白なんかおかしいですよ! 絶対おかしい! 勘違いか、誤解してるんです!」


「誰が誰を好きになるかなんて、他人には分からないと思うけどね」


 やれやれと一戸先輩が肩をすくめる。


 言い方はムカつくが、俺も円子と同じ意見だった。

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