第4話
風紀部の部室を氷漬けにした後、碓氷は早退したらしい。
そういうわけで、俺は碓氷のお見舞いに行くことにした。
『裏口』で送り出された先は十霞国川近くのコンビニのバックヤードの扉だった。
驚く店員を「風紀部の活動っす」と誤魔化して店を出る。
ちなみに一人だ。
円子は来たがっていたが、あいつがいるとうるさいし、俺が一人で行った方が碓氷も喜ぶだろうと一戸先輩が判断した。
碓氷は十霞国川の河川敷にいるそうだが、そんな所に家なんかあっただろうか?
不思議に思いつつ土手までやって来ると、馬鹿げた光景が目に飛び込んできた。
雑草の生え散らかした河川敷の一角に、ファンタジーな氷の城がおっ建っていた。
上の方に突き出したバルコニーには真っ白い霜のドレスを纏った碓氷が夕日に向かって遠い目をしながら黄昏ている。
涼やかな風に紛れて、「れりごー……れりごー……」と調子はずれの歌声が聞こえてきた。
……完全に〇ナ雪だろ。
『もしもし。言われた場所に来たんだが、これはどういう状況なんだ?』
とりあえず一戸先輩に電話をかける。
『見ての通りだよ。早退した後、そこに氷の城を作って〇ナ雪ごっこを始めたんだ。普段は真面目な良い子なんだけどね。時々病んで奇行に走るんだ』
『あそこに住んでるってわけじゃないんだよな?』
『普通にマンション住みだよ。能力が暴走して他の住民に迷惑がかからないようひと気のない所に来たんじゃないかな』
『なるほど』
通話を終える。
子供が秘密基地でいじけてるみたいなものなのだろう。
それをカテゴリー5の氷の女王がやると大変なことになるというだけの話だ。
そんな風に自分を納得させると、河川敷へと降りていく。
「お~い! 碓氷! 俺だ! 伏見だ!」
両手をメガホンにして叫ぶと、氷の女王がギョッとしてこちらを向く。
「ふ、伏見さん!? どどどどど、どうしてここに!?」
「風紀部の連中にお前が早退したって聞いてよ! 心配して見舞いに来たんだ!」
「ふぢみざん……」
碓氷は感動したように涙ぐむと、ハッとしてドレス姿の自分を見下ろし、ボッと赤くなった。
「いやぁ!? み、見ないで下さい!? これは違うんです! 全然、そういうんじゃなくて!? ご、ごめんなさい!?」
「碓氷! おい!」
碓氷は逃げるように城の中に消えてしまった。
俺の中での真面目で大人しい氷の女王のイメージがガラガラと崩れていく気がする。
人のイメージなんてそんなものかもしれないが。
ともあれ、俺は氷の城へと侵入した。
「うぉぉぉ……。さ、さみぃっ! 冷凍庫かよ! こんな事になるんなら、厚着してくるんだったぜ……」
詳細を伝えなかった一戸先輩が悪いのだが。
言ったら俺がビビるとでも思ったのだろう。
仕方ないので、その場でバタバタと足踏みをして暖を取る。
幸い、城の中はシンプルで、迷う要素は皆無だった。
内装には拘らなかったのだろう。
バルコニーに通じる長い階段が真ん中から一直線に伸びているだけで、中はコップを逆さにしたようながらんどうだ。
碓氷は階段を登り切った先にある踊り場で柱の陰に隠れている。
「碓氷~! 下りて来いよ! 昨日の事で話がしたいんだ!」
「ご、ごめんなさい!? 本当にごめんなさい! あんな事になるなんて思わなくて……。もう、伏見さんには関わりませんから! だから、帰って下さい!」
半泣きになって叫んでくる。
「落ち着けって! 俺はこの通りピンピンしてるし、昨日の事は全然気にしてねぇからよ! とにかく、話をしようぜ!」
「いやです! あんな事をしてしまって、伏見さんに合わせる顔がありません! 伏見さんと話したら、また力が暴走してしまうかもしれないんです! これ以上嫌われたくないんです!」
なるほど。そういう事か。
「心配すんなって! 何度凍らされようが、俺ぁ平気だ! 碓氷の事だって、嫌いになったりしてねぇから! てか、嫌いだったら見舞いになんか来るはずねぇだろ!」
「そんなの、一戸先輩やマルちゃんに脅されたからに決まってます! 二人は私がなんとかしますから! 帰って下さい!」
「確かに二人には色々言われたが、俺が来たのは脅されたわけじゃ――」
突然極寒の吹雪が吹き荒れ、俺の言葉は中断された。
「……やっぱり、脅されてきたんだ。最低、最悪……。こんなの、絶対嫌われちゃった……。う、う、う、うわああああああああん!?」
碓氷が泣きだす。
異能が暴走しているのだろう。
碓氷の心境を表すように、刺すような寒風が吹き荒れた。
「だぁ! 人の話を聞けよ! 脅されてなんかねぇし、例えそうでも、俺ぁそんなもんに屈したりしねぇよ! ここに来たのは俺の意思だ! 俺なんかの為に勇気出して告白してくれた女の子が凹んでるなんて聞かされたら、無視出来ねぇだろ!」
「嘘、嘘、嘘嘘嘘嘘! そんなはずない! あんな事をされて、あんな怖い目にあって、こんな恥ずかしい姿まで見られてしまって、嫌いにならないわけない。見損なわないはずないじゃないですか!?」
碓氷は完全にパニックになっていて、聞く耳を持たない状態らしい。
こうなったら、こっちから出向いて落ち着かせるしかないだろう。
「嘘じゃねぇよ! 俺ぁ不死身の『クマムシ』だ! あの程度のトラブルなんかいつもの事よ! だから、お前なんか全然怖くねぇ! それを今から証明してやる!」
と、格好つけた事を言ったが、やる事と言えば目の前の階段を登るだけだ。
「いや! 来ないで!? 私はもう、伏見さんを傷つけたくないんです!?」
「どぁ!?」
足元の階段が突然氷の滑り台になり、俺はすぃ~っと城の外まで滑り落ちた。
……あぁ、夕日の温かさが凍えた体に沁みるぜ。
なんて言ってる場合じゃない。
駆け足で舞い戻り。
「おい碓氷! 階段戻せよ! そっちまで行けねぇじゃねぇか!」
「来ないでって言ってるじゃないですか!? お願いだから帰って下さい!」
「嫌だって言ってんだろバカ野郎! てめぇ、ちったぁ人の話を聞きやがれ!」
「うわああああああん!? ふぢみざんにおごられだああああああ!?」
碓氷がガキみたいにギャン泣きする。
なんだよ。氷の女王とか言って、中身はただの普通の女の子じゃねぇか。
こんな奴にビビっていると思われるのは心外だ。
俺のプライド、男の沽券に関わる。
こうなったら、どんな手を使ってでもあそこまで行ってやる!
「おらああああああああ!」
と、全力で坂に挑むのだが。
「どぉああああ!?」
すぐに滑り落ちてしまう。
何度トライしても結果は同じだ。
やはり、氷の滑り台を走って登るのは無理があるか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。