第2話

「待ちやがれ! ゴミムシ野郎!」

「やなこった! そっちこそ、いい加減に諦めろよ!」 


 誰がどこで見ていたのやら。


 翌日には俺が氷の女王を振った事は学校中に知れ渡っていた。

 マスコミ気取りのどこかのバカが亜神市速報というクソみたいなまとめサイトを運営していて、そこに載ってしまったのだ。

 それで今日一日、碓氷のファンに喧嘩を売られまくっている。


 その手の荒事にはなれているから、それは別にいいのだが。

 その中に一人、頭のネジの外れたヤバい奴がいて、ようやく放課後になって帰宅している俺を尾行して、闇討ちを仕掛けて来ていた。


 まったく、モテる男はツラいぜ……。

 なんて余裕ぶってる場合じゃない。

 なんせこいつは――


「吹き飛びやがれ!」


 ボン! と近くで爆発が起き、爆風に煽られて転びかける。

 アフロ頭にピアスのこの男は、一年三組の問題児である盆場家康ぼんば いえやすだ。

 見ての通り、『爆破』を起こせる異能者で、脅威レベルはカテゴリー3。


 こいつは0から5までの六段階評価で、数字が大きい程悪用した際の社会に対する脅威度が高いと言われている。

 具体的な評価基準は知らされていないが、一説によるとカテゴリー3は重火器や高度な機器を持った非異能者相当だとか。


 そして俺はカテゴリー0。

 なんの脅威にもならない、非異能者並に安心安全な異能の持ち主だ。

 どんな異能かというと――


「げぇっ!? 行き止まりかよ!?」


 爆破を避けて逃げ回っている内に袋小路に迷い込んでしまった。

 ハッとして振り返ると、狂気的な目をした盆場がニヤつきながら右手を構えている。


「おい、やめ――」

「死に晒せぇ!」


 ボゥン!

 正面からもろに爆破を受け、俺はゴルフボールみたいに後ろに吹き飛んだ。


「ごあぁ!?」


 雑居ビルの背面の壁に叩きつけられ、そのままどさりと崩れ落ちる。

 普通の人間なら内臓破裂や全身打撲、後頭部の陥没なんかで間違いなく死んでいるだろう。


「立てよ。しぶとさだけが取り柄のゴミムシ野郎が」


 盆場が五体満足の俺の髪の毛を掴んで立ち上がらせる。


「……ゴミムシじゃねぇ。クマムシだ、バカ野郎」


 爆破による衝撃は勿論、煮ても焼いても凍らせても全く平気な桁外れの耐久度から、俺の異能は『クマムシ』と呼ばれている。

 と言っても、肉体的なダメージを受けないだけで、痛みや苦しみは普通に感じるのだが。


 丈夫な事以外は非異能者となに一つ変わらない。

 だから無害なカテゴリー0に指定されている。


 異能者の中には盆場のようにカテゴリーが高い=偉いと勘違いしているバカが一定数いるので、そういった連中からはゴミムシとバカにされている。


 確かに、見方を変えれば脅威度は役立ち度と言えるのかもしれないが。

 盆場のように、危険な異能をチラつかせて不良ぶっているバカに見下される筋合いはない。


 こいつは『爆破』の異能を悪用して、学校でもやりたい放題やっているのだ。

 と言っても、普段はちゃちなイジメや脅し程度なのだが。


 ムカつくのでぶっ飛ばしてやったら逆恨みされて、以来目の敵にされている。

 で、俺が丈夫なのを良い事に、このように遠慮なく異能をぶっ放してくるというわけだ。


 普通に犯罪だと思うのだが、こいつの親父はどこぞの有力議員様だとかで、不死身の俺をぶっ飛ばしている分には問題にならないらしい。

 まったく、迷惑な話だ。


 俺は平和を愛する常識人だからこんなバカの相手をして時間を無駄にするのはいやなんだが。

 盆場がどうしても喧嘩をしたいというのなら仕方がない。

 面倒だが相手をしてやろう。


「死ねない事を後悔させてやる! てめぇは無限爆破の刑だ!」

「上等だ。この距離でやれるもんならやってみろよ! バカ野郎!」


 盆場がハッとするが、後の祭りだ。

 異能者の中には自分の異能に耐性のある奴もいるようだが、盆場はそうじゃない。

 この距離で爆破を使ったら自分も巻き込んで大怪我だ。

 というわけで、痛みも引いて来たし反撃を開始する。

 まずは盆場の頭を掴んで顔面に頭突き。


「がぁっ!?」


 潰れた鼻を押さえた所に、顔面に渾身の右ストレート。

 倒れた盆場に後ろから組み付き、首に腕を回す。

 そのまま失神させて終わりだ。


「親の権力笠に着て暴れやがって! ちったぁは反省しろ!」

「ぐ、がぁ、はなぢ、やが……ぇ……」


 盆場が暴れるが、俺はびくともしない。

 こいつは見た目だけで、中身はひょろひょろだ。

 異能に頼り切ってるからこういうことになる。


 俺は昔からこの手のバカに絡まれる事が多かったからちゃんと身体を鍛えている。

 力イズパワー!

 異能者と言っても所詮は同じ人間だ。

 近づいて殴り合えば大抵の相手はどうにか――


 ボガン!

 突然近くで爆発が起き、ビルの方へと吹き飛ばされる。

 盆場の奴、自爆覚悟で爆破を使いやがった!


「いってぇ……。バカ野郎! 無茶すんなよ!」


 俺は痛いで済むが、盆場はそうじゃない。

 勝手に絡んできて自爆して死ぬとか勘弁してくれ。

 普通に後味が悪いぞ!

 幸い盆場は生きているようだが。


「ゴミムシが……ぜってぇ殺す……俺の爆破で跡形もなく消し飛ばしてやる……」


 血塗れのボロ雑巾みたいに転がりながら、盆場がこちらに右手を向ける。

 その目には、明らかな殺意が浮かんでいた。


「いや無理だから!? お前の爆破なんかいくら食らったって俺は死なねぇから!? それより後ろ! 普通にビルだろ! 死人が出るぞ!?」


「知るかよ! てめぇが悪いんだ! カテゴリー0のゴミムシの分際で氷の女王に告られるとか許せねぇ! 碓氷さんは俺の初恋で、中坊の頃から好きだったんだぞ!?」


「知らんがな……」


 マジで本当に。

 そう思うなら碓氷に好かれるように自分を磨けよ。

 どう考えても今の不良のままじゃ脈無しだろ……。


 小一時間程説教をしてやりたいが、そんな余裕はない。

 こんなバカの為に人死にを出すわけにはいかない。

 けどどうする?


 相手は念じるだけで爆破を起こせるカテゴリー3の異能者だ。

 対する俺はしぶとさだけが取り柄のカテゴリー0の一般人モドキ。

 生き残るのは得意だが、それ以外はからっきしだ。

 ……これ、詰んでね?


 いや、諦めるな。

 とりあえず土下座でもして謝っておくか?

 こんなバカに頭を下げるのは癪だが人命には代えられん。

 なんて思っていると。


 突然上からうちの制服を着た女の子が降ってきて、しゅたっと盆場の隣に着地した。

 見るからに気の強そうな女の子だ。

 スポーティーな体形で、チョコレート色のショートヘアからはアニメみたいな犬耳が生えだしている。


 そういう異能なのだろう。

 碓氷の白髪のように、異能者の中には外見が変化した者もいる。


「なんだ――あばばばばばば!?」


 女が手に持った電気警棒を突き立てると、盆場がビクビクと痙攣して気絶した。

 太もものホルスターに警棒をしまい、同じ場所から取り出した電気手錠を後ろ手に嵌める。

 その装備と手際、なにより左腕に付いた腕章を見て、俺はこの女の正体に気づいた。


「風紀部か。サンキュー、助かったぜ」


 実験都市の学校には風紀部という組織が存在し、異能を使った治安活動が認められている。

 こいつは市内の警察とも協力しており、学校の中だけでなく、周辺地区の治安維持も行っている。

 危険な活動だが、異能免許の審査で有利になるらしい。


 カテゴリーの高い奴は異能免許が下りにくいし、異能を使って有用な活動を行っていると二種免許を貰えて、街の外でも限定的に異能の行使が認められる。

 他にも就職で有利になるとかで、結構人気のある部だ。


 ちなみに、普通に街で過ごしているだけだと一種免許しか貰えず、こちらは市外での異能の使用は認められない。

 まぁ、カテゴリー0で常時発動型の俺にはあまり関係のない話だが。


「別に、あんたの為じゃないから」


 犬耳女が俺を睨む。

 初対面だが、嫌われているらしい。


 こいつも碓氷のファンなのだろう。

 みんなのアイドルの氷の女王に告白されたのだから、仕方ないと言えば仕方ない。

 助けてくれただけマシとしておこう。


『ターゲットを確保しました。盆場が負傷したんですけど、どうしますか? ――わかりました』


 犬耳女が電話をすると、近くの雑居ビルの裏口が開き、風紀部の腕章を付けたチャラそうな男子が出てきた。

 盆場を肩に担ぐと、小馬鹿にしたように俺を眺める。


「そいつが例のゴミムシか?」

「……そういう言い方はどうかと思いますけど」


 チャラ男が肩をすくめ、盆場と共に裏口に消える。


「……そのビル、風紀部の秘密基地だったりするのか?」

「なわけないでしょ。異能犯用の病院に連れてったのよ」


 病院にも見えないのだが。

 訳の分からんことは、全部異能のせいだと決まっている。


「あいつの父親、どこかの偉い議員様らしいぞ」

「知ってるわよ」


 バカにするなと言いたげに女が睨んでくる。


「あたし等は問題を起こしたバカを捕まえるだけ。その後どうするかは警察の仕事よ」

「なるほど」


 風紀部も盆場には手を焼いているという事なのだろう。


「それより、冬花の件で話があるの。顏借りるわよ」


 俺は別に話なんかないのだが。

 風紀部に楯突くと異能免許の審査に響くので、大人しく従っておく。


 チャラ男の入っていった裏口がひとりでに開き、犬耳女が「ついてきて」と促す。

 後を追うと、扉の先は学校の生徒指導室に繋がっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る