みんなのアイドルの氷の女王の告白を断ったら病んだので、まずは友達から始める事にした。

斜偲泳(ななしの えい)

第1話

「伏見さん……。あなたが好きです。よかったら、私とお付き合いして貰えませんか?」

「……はぁ!?」


 突然の告白に、思わず俺は振り返り、周りに誰かいないか探してしまった。

 下駄箱に入っていたラブレターで呼び出されたのは放課後の空き教室だ。

 ここには俺とこいつの二人しかいない。

 そんな事は最初から分かっていたが、それでも確認せずにはいられなかった。


 何故なら高校一年生である俺、伏見勇人ふしみ ゆうとは、学校でゴミムシとバカにされている冴えないモブ男だからだ。


 そして相手は氷の女王の異名を持つ学校一の美少女、碓氷冬花うすい とうかなのである。


 碓氷は雪のように真っ白な白髪を腰まで伸ばした、色白の女の子だ。

 すらりとした幼顔なのに、胸だけがアンバランスに大きい。

 可愛いと綺麗を両立し、開きかけの色気をさり気なく纏う、そんな子だ。


 男子も女子も、みんな碓氷に憧れている。

 この学校の生徒だけじゃない。

 他校生や街中でも足りない。

 日本中の大勢の人達が、碓氷に好意を抱いている。


 こいつは人気急上昇中の売れっ子アイドルでもあるのだ。

 その他にも色々な意味で、俺なんかが足元にも及ばない、雲の上の人間だ。

 そんな奴がどうして俺に?

 さっぱり訳が分からない。


「……こいつは何かの冗談なのか?」

「冗談なんかじゃありません。冗談で告白なんか……そんな酷い事、私はしません!」


 緊張した様子の碓氷の目に、薄っすらと涙が滲む。

 嘘をついているようには全く見えない。

 そもそも碓氷はそんな奴じゃない。

 たいして知っているわけじゃないが、碓氷を真面目で大人しい奴という印象だ。


 風紀部にも入っていて、世のため人の為に頑張っている。

 善か悪かで論じるなら、圧倒的に善の側に立つ人間だろう。

 だとしてもだ。


「だって、おかしいだろ? 俺は、碓氷とは何も関係がなかったはずだ。クラスも違うし、ろくに話した事もない。友達未満で、知り合いですらないんだぞ。好きになる理由なんか、一つもないじゃないか……」


 それなのに告白されるなんて、おかしいを通り越して異常だ。

 だから悪戯とか、テレビのドッキリ企画なんじゃないかと思ったのだ。


「……私には、あるんです。だから……私とお付き合いしてください!」

「うぉっ!」


 ずいっと詰め寄られる。

 少し顔を近づければ、唇が触れてしまう距離。

 大迫力の胸は、先端が僅かに俺の胸板に触れていた。

 キュンとするような女の子の香りに胸がドキドキ、頭はクラクラ。

 理性がはち切れそうになり、慌てて俺は碓氷の華奢な肩を掴んで距離を取った。


「……わりぃ。俺は、碓氷とは付き合えない」


 氷細工が砕けるように、碓氷の綺麗な顔が絶望に歪んだ。

 唇を噛んで泣きそうになるのを堪えるが、無理だったのだろう。

 碓氷は俯き、ふるふると肩を震わせる。


「な、泣くなよ!? 俺ぁ、碓氷の事を全然知らない! 何が好きかも、何で好きになったのかも! あんたの事なんか全然なんにも知らないんだ! それに俺ぁ、ゴミムシなんてバカにされてる冴えない奴なんだぜ? アイドルやってるあんたとは全然釣り合いが取れないだろ?」


ぞんなごどあびばぜんそんな事ありません! ぶじみざんはりっばなんだづ伏見さんは立派な人なんです! やざじぐでがっごいい優しくてかっこいいわぢひのびーろーなんでぢゅ私のヒーローなんです!」


 俯いたままボロボロと泣き、碓氷が激しく首を横に振る。

 俺が立派で、優しくてかっこいいヒーローだって?

 いよいよ訳が分からない。

 多分、碓氷はなにか勘違いをしているのだろう。

 そうでなければ、学校一の美少女の、誰もが憧れ恐れ戦く氷の女王様が、俺なんかを好きになるはずがない。


「と、とにかくだ。気持ちは嬉しいけど、お互いの事をなにも分からないまま付き合うのはよくないだろ? だから――」


 その時、不意に俺は肌寒さを感じた。

 そろそろ夏だというのに、教室の中が秋の終わりのように涼しい。

 いや、涼しいなんてものじゃない。

 こうしている間にも周囲の気温はどんどん下がり、俺の吐く息は白くなった。

 碓氷もそれに気付いたのか、ハッとして顔を上げる。


「いや、だめ! 力が……抑えられない!? 伏見さん、逃げて!?」


 そうしたいのはやまやまなのだが、既に俺の足は凍り付き、床にくっついて動かす事が出来ない状態だ。


「心配すんな……。俺は……へ……いき……だ……」


 極寒の吹雪に晒されて、ピキピキと氷の塊に閉じ込められながら。

 目の前で泣いている女の子を不安にさせたくなくて、俺は必死に笑みを浮かべた。



 †



 結局これがなんのか分かっている奴は一人もいない。

 始まりは十年前のクリスマス。

 世界中の空を突然虹色のオーロラが覆った。

 以来この世界では、人間が漫画みたいな能力に目覚めるようになってしまった。

 割合は数百人に一人だそうだが、大人よりも子供の方が多いらしい。

 俺もその一人だ。


 日本では突発性異能症候群と名付けられたが、異能者とか異能症と呼ぶ事の方が多い。

 なんにせよ、突然世の中にチートみたいな異能者が現れたら、色々と問題が起きる。

 それで政府は、異能者を幾つかの実験都市に隔離する事にした。

 その一つが亜神あかみ市で、俺の住んでる街でもある。

 人口の一割ちょっとが異能者で、残りは非異能者だ。


 異能者と非異能者の共存方法を模索する為の実験都市だとか、大人なら三年、未成年なら十八歳になるまで良い子にしていれば、異能免許を貰えて街から出る事が許される。


 異能者の間では、人間資格だなんて揶揄されている。

 素行が悪いと免許を貰えず、再審査に受かるまで街から出る事が出来ないのだ。


 この街に、俺は一人で暮らしている。


 家族と一緒に引っ越す事も出来たのだが、その為には親父は仕事を辞めなければいけなかったし、妹だって友達と離れ離れになる。母さんも、住み慣れた土地を離れるのは嫌だろう。


 俺も自分のせいで家族に迷惑をかけるのは嫌だったら、色々話し合って俺だけ移住する事にした。


 俺のような境遇の人間は多くて、街には低年齢者用の学生寮が用意されている。

 中学校を卒業するまではそこで暮らして、高校生になったのを機に、学生向けのアパートを借りて一人暮らしを始めている。


 俺が進学する事になったのは、十霞国川とがすみくにがわ第一高校という学校だ。


 生徒は全員異能者で、碓氷はその中でも最高クラスの脅威度であるカテゴリー5に指定されている。


 あらゆる物を念じるだけで凍らせられる『絶対氷結エターナルフォースブリザード』の異能。


 またの名を、氷の女王というわけだ。

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