隠し部屋の秘密


「さて、それでは行こうか」

「え!? ど、何処に行くんです!?」

「まあまあ、良いから黙って着いて来給えよ」


 そう言って、春彦様は迷いなく資料室の奥まで進んで行く。そして、とある一画でピタリと足を止めた。



「ふむ、恐らくこの辺りだな」


 そこは一見、古書が並ぶだけの何の変哲も無い場所だったが、春彦様はコンコンと何度か叩いた後、探るように周辺の壁に触れる。

 何時も突拍子も無い行動を取る人だったが、今回は殊更不審なようすだ。


「春彦様、一体何を⋯⋯⋯⋯」

「隠し部屋を探しているのだよ」

「「か、隠し部屋!?」」


 予想外の言葉に驚き、僕と九条さんは同時に声を上げる。


「屋敷の間取り図を見れば直ぐに分かる、単純なことなのだよ。私の知る限り、この屋敷の部屋は多少の差はあれど全て同じ造りだ。然し、此の資料室は明らかに他の部屋と比べて狭すぎる。間取り図を確認したところ、此の資料室も図面では他の部屋と同じ広さ同じ造りになっているのだよ。つまり、目視で確認出来る実際の間取りと設計図との相違が発生している事になる。意図的に造ったと思しき謎の空間の存在————これらの事実から導き出されるのは、此の部屋から繋がる隠されたもう一つの部屋がるという事だ」

「な、成る程⋯⋯⋯⋯」


 僕たちに説明している間にも、春彦様は手を止める事は無かった。そして、遂に資料室から繋がる隠された部屋へと繋がる手掛かりを見つける。



「⋯⋯⋯⋯此れだ」


 そう言った途端、カチリとスイッチを押す音がした。続いて壁の内部からガコンガコンと何かが作動した音が聞こえたかと思うと本棚がひとりでにゆっくりと動き出した。



「「!!」」

「素晴らしい! まるでからくり屋敷じゃあないか!」



 本棚が隠していたのは、人ひとりがやっと通れそうな広さの先の見えない暗く狭い通路であった。恐らく、この先に隠された部屋が有るのだろう。

 春彦様は子どものように無邪気に瞳をキラキラと輝かせ、躊躇いもなく怪しげな入り口に足を踏み入れようとする。


「さあ、行こう! 直ぐ行こう!」

「お、お待ち下さい、春彦様! 此の先は何があるか分かりませんので、僕もご一緒します! ⋯⋯九条さん、貴女は此処で待っていて下さい」

「は、はい⋯⋯。どうぞ、お二人ともお気を付け下さい」



 真っ暗な狭い通路を身を屈め、スマートフォンの明かりで照らしながら進んで行く。


「はてさて、此の先には一体どんな驚きが待ち受けているのか。まあ、大方の予想はついているのだが」

「⋯⋯一体、何があるのですか?」

「常盤家を常盤家たらしめる、一族最大の秘匿ひとくだよ。然し、実際にこの目で見るまでは憶測の域を出ない。探偵が語るは真実のみと古来より決まっているのだ。よって私は、己の目で真相を明らかにするまでは口を閉ざそう」

「秘匿、ですか⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」



 春彦様は宣言通り、隠し部屋に着く迄の間、一言も口をきく事は無かった。






✳︎✳︎✳︎






 ぐねぐねと曲がりくねる狭い通路を不自由ながらも進んで行くと、漸く薄らと明かりが見えてくる。出口だ。

 先頭を進んでいた僕が一足先に通路を出て、後から来た春彦様の手を取り出口付近でもたついている彼を引っ張り上げる。


「嗚呼、せっかくのスーツが汚れてしまった」

「春彦様、今はそんな事を言ってる暇は有りませんっ! 急いでこの部屋も調べないと————」


 僕はそう言って振り返る。そして、部屋の中を確認するなり息を呑んだ。


「こ、此れは⋯⋯⋯⋯」

「ふむ、此れは想像以上だ」



 先程まで自慢のスーツが汚れてしまったと嘆いていた春彦様も、今は真剣な顔で凄惨せいさんなようすの室内を見回している。

 仄暗い部屋は座敷牢のような造りになっており、中には短く切り揃えられた黒髪に真っ黒な瞳の子どもが右足首を鎖で繋がれて力無く横たわっていた。

 遠目で一度見たきりだったが、その特徴から、恐らく彼女が櫻子様だろう。



「何故彼女が此処に!?」


 僕は牢の目前まで駆け寄る。

 鉄格子越しに見た彼女は、昨日見た時よりも覇気の感じられない表情に、衰弱しきって枯れ枝のように折れそうな身体。そして、目は開いてはいるがぼうっと虚を見詰めるばかりで僕たちが入ってきた事にも関心を示す事は無かった。



「彼女は櫻子では無い。⋯⋯いや、正確には違うな」

「其れって————」


 如何いう事ですか、と口にしようとしたが、腕時計に目を落とした春彦様の言葉で遮られてしまう。



「タイムリミットだ。一先ず戻ろう」

「え!? 彼女を此のまま置いて行くのですか!」

「なあに、心配せずとも直ぐにまた会えるさ。其れに、今見つかれば面倒な事になる」

「⋯⋯分かりました」


 春彦様にそう言われては諦める他ないだろう。

 僕は後ろ髪を引かれる思いで魔女と呼ばれる少女が監禁されている部屋を後にした。




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