私通の隠蔽


「つい先日もねえ、商談で首都に行く機会があったのだが、例え1日でも離れ難くてね。妻の写真を持って行ったんだ」

「へえ、首都に?」

「嗚呼、毎月の初めに2日間だけだがね。何時も気に入りのホテルに泊まるのだよ。そのホテルのモーニングで出るエッグベネディクトには目が無くてね、泊まった際には絶対に頂くんだ」

「嗚呼、あのホテルですか。良いですね、私も大好物なのです。ですが————」


 ニヤリとほくそ笑み、言外に何かを含んだ言い方をする春彦様。彼は心底愉快そうな表情で口を開いた。



「今月の初め、あのホテルに一般人は泊まれなかった筈ですが、一体貴方は何処に宿泊されたのでしょうね?」

「!?」

「おやおや、その顔⋯⋯ご存知有りませんでしたか?」

「ど、如何いう事だ!」


 先ほどまで上機嫌だった桐生さんの顔が見る見る焦りで歪んでいく。



「あの日、貴方がいつも泊まっているとおっしゃったホテルは貸切だったのですよ。我が国と親交の深い同盟国から回遊に来た王族が滞在する為に、厳戒な警備が敷かれていたのです。公務ではなく私的なものだった為か、ニュースなどでは大々的に報道されておりませんので知らずとも無理はありませんがね」

「で、出鱈目だ!!」

「私は人よりも、少しだけ記憶力が良くてね。困ったことに一度見聞きしたものは忘れられないのですよ。然し、貴方が信じられないと仰るのなら、ホテルに問い合わせても良いのですよ、桐生さん」



 1人掛けのソファに腰掛けていた桐生さんは立ち上がり、大仰な動作で弁明を始める。その如何にもな怪しい態度は間違いなく、彼が黒である事を証明していた。


「そ、そうだ⋯⋯そうだった! あの日は別のホテルに泊まったんだよ。いやあ、うっかり忘れていた!」

「成る程ねえ⋯⋯では、その別のホテルとやらの領収書を見せていただけますか? 有れば、の話ですがね」

「くっ⋯⋯!!」


 追い詰められた桐生さんは苦虫を潰したような顔になる。

 それを余裕の笑みを浮かべて眺めている春彦様は、此の男の逃げ道をジワジワと断って行く事を楽しんでいるように感じた。

 何とも、まあ⋯⋯敵に回すと怖いお方だ。


「おやおや、見苦しい釈明しゃくめいはもう終わりですか? 古来よりそういった姑息な工作をする時は、大抵は浮気や不倫が原因であると相場が決まっているのですよ。大方、奥様には出張と偽り、愛人との逢瀬を楽しんでいたのでしょう?」

「妻の依頼で俺の事を嗅ぎ回っていたのか!?」

「いえ、違いますが」

「な、なら、一体何が目的なんだ!?」

「初めにお話しした筈ですよ。常盤家について、貴方の知っている事を話して頂きたいと」

「わ、分かった! 話すから、だから⋯⋯!!」

「其れは其れは、ご親切にどうも。矢張り、この村は親切な方が多いようですね。首都で生まれ育った為か、初めは殺風景な田圃景色に驚きましたが、慣れてみれば田舎も良いところです」

「御託は良い! 貴様、初めから俺を脅すつもりだったんだな!?」

「そんな、脅すだなんて滅相も御座いません。ただ私は心配になったのですよ。貴方の奥様は常盤の遠縁————つまり、彼女の反感を買えばこの村にはさぞかし居づらくなるでしょう?」


「⋯⋯俺の知っている事は、嘘偽り無く全て話そう。だから、妻には言わないでくれ⋯⋯⋯⋯」


 春彦様の華麗なる策略にまんまとはまり、意気消沈の桐生さんは肩を落としそう言った。



「ええ、約束しましょう。貴方の不貞を暴いても、私に一片の利もありませんからね」


 万事己の思惑通りに事が運んだ春彦様は上機嫌ににんまりと笑った。






✳︎✳︎✳︎






 すっかり話し込んでしまった為か(やや尋問に近い気もするが)、気付けば真上で輝いていた太陽は傾いていた。

 桐生家の屋敷からお暇し、常盤家へと続く帰り道を歩いて行く。その道程どうていは鮮やかなオレンジ色に染まっていた。



「矢張り、散歩は素晴らしいね。真実の方から見つけて呉れと、私に歩み寄って来るのだから」

「流石の手腕です、春彦様」

「当然だろう。然し、賛辞はいくら浴びても飽きぬものだ。もっと言ってくれてもいいのだよ」

「⋯⋯⋯⋯」



 僕と春彦様は桐生さんより聞き出した有力な情報を土産に、足取り軽く滞在する常盤の屋敷に戻るのだった。




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