亭午の聴取


 真夜中の探索から部屋に戻って仮眠を取り、目覚めた時には太陽は既に天辺まで昇り切っていた。



「春彦様、調査へ行かれるのですか?」

「嗚呼。屋敷にこもりきりでは視える物も視えなくなってしまうのだよ、覚えておき給えニコラ君」

「はあ⋯⋯そういうものですか。では、僕もお供します」



 部屋を出てポカポカと気持ちの良い日差しの当たる廊下を歩いていると、天高く積み上げたシーツをよたよたと覚束無おぼつかない足取りで抱える九条さんと遭遇する。



「どちらへ行かれるのですか?」

「少々散歩へ。毎日の日課なものですから」


 昨日、上司である東雲さんから大目玉を食らった九条さんはやや憔悴しょうすいした顔で尋ねる。そんな彼女に春彦様は満面の笑みで答えた。



「そうだ、九条さん。貴女にお聞きしたいことがあるのです」

「はい、私にお答えできることなら何だって!」

「有難う、矢張り君は素敵な女性だね。自分の為ではなく、主人の為に其の身を砕くなんて中々出来ることじゃあない」

「い、いえ⋯⋯。それで、西園寺様がお知りになりたい事とは?」

「其れはだね————」






✳︎✳︎✳︎






 春彦様が九条さんに尋ねたのは、“この村で2番目に権力のある者は誰か”という事だった。

 早速、僕たちは彼女がくれた手書きの地図を頼りに、常盤家が手掛ける事業のNo.2で奏太郎さんの部下である桐生きりゅうさんの家へとやって来た。

 彼の家も、立派な洋館だ。然し当然ながら、常盤家の屋敷よりは幾らか見劣りはするのだが。




 ドアベルを鳴らすと、桐生家の使用人だという人物が出る。

 突然の訪問に最初は取り合って貰えなかったのだが、僕たちが常盤家に滞在していると知るなり、手のひらを返したように応接室まで案内された。


 応接室の椅子には既に桐生さんが座っており、僕たちもフカフカのソファに腰掛ける。目の前には美味しそうなショートケーキと湯気を立てる紅茶が置かれていたが、僕たちが其れに手をつけることは無かった。



「今日は。突然押しかけてしまい申し訳御座いません。私は首都で探偵業を営んでいる西園寺春彦と申します」

「た、探偵さんが何の用ですかな?」


 探偵と名乗った途端、桐生さんは微かにその表情に動揺を色を滲ませる。


「少々お聞きしたいことがありましてね。桐生さんでしたらご存知だと思うのですが————常盤家の魔女について」

「は⋯⋯!?」


 彼は春彦様の言葉を耳にした途端、声を上げると同時にホッとした表情を見せた。然し、直ぐにハッと正気を取り戻して挙動不審になりながらも否定の言葉を述べる。



「い、一体何の事か、分かりませんな」

「ほう⋯⋯。この村では有名な話だと聞いていたのですが、ご存知ないと?」

「⋯⋯あ、嗚呼」


 春彦様はスッと目を細める。桐生さんはビクリと肩を震わせ、蛇に睨まれた蛙のようにその身を縮こませた。


「そうでしたか。ならば仕方ありませんね。⋯⋯そうです、折角お会い出来たのですから世間話でも如何でしょう。何でも、桐生さんは相当な愛妻家だとか」

「え? あ、嗚呼。お恥ずかしながら、結婚してから30年も経つというのに未だに妻に恋をしている男なのですよ」

「それは羨ましい。私もそうなりたいものです」


 意外にもあっさりと引き下がり、話題を変える春彦様。話が逸れてあからさまに安心したようすの桐生さんは、此方が聞いてもいない事までベラベラと得意げに話し出した。



「結婚は良いものだよ。君たちは見たところ未だのようだが、身を固めるなら早い方が良い。守る女性が居た方が男は強くなるからね」

「勉強になります」


 何時もならばこの手の話には不快感を示す春彦様だったが、ニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべ、時々相槌を打ちながら話を聞いている。

 僕は如何にも怪しいその姿に、ぶるりと寒気を感じるのだった。



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