幽暗の追跡


 現状、一番怪しい常盤奏太郎に動きがあったのは、真夜中⋯⋯というよりは明け方に近い時間帯であった。

 薄暗い中、ランプを片手に慣れた様子でシンと静まり返った屋敷の廊下を歩いて行く。   


 僕たちに一服盛ったと安心し切っている彼は、後ろを警戒するようすは無い。そんな彼から数メートルほど離れ、息を潜め足音を忍ばせて尾行する僕と春彦様。



 僕たちに与えられた部屋は幽々たる北側の一室。そして、奏太郎さんが向かうのはその反対である南側。彼は、その更に奥まった一画のとある部屋の前でピタリと足を止める。

 そこは、九条さんに一度案内して貰った魔女と噂されている少女の居る部屋であった。扉には南京錠がかけられており、中から自由に出ることは出来ないようだ。いくら家族とはいえ、此れは監禁に当たるのではなかろうか。



「此れが私たち⋯⋯余所者に見られたくなかったものか」

「⋯⋯一体、こんな真夜中に何をしに行くのでしょう」

「さて、な。まあ、見ていれば自ずと分かるだろう」



 奏太郎さんが鍵を開けて中に入ったことを確認した僕たちは、扉まで近づき身体中の神経を耳に集中させ、感覚を研ぎ澄ます。

 ぴたりと扉に食い込みそうな程に耳をくっつけると、ボソボソと中の話し声が聞こえてきた。

 春彦様は僅かに開いた隙間から中のようすを伺っている。僕も彼にならって覗き込むと、薄らと確認できる人影と部屋の内装。



「⋯⋯⋯⋯櫻子様⋯⋯は⋯⋯本日も⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」


 洋風の館だったが、櫻子と呼ばれる少女の部屋には畳が敷き詰められており、着物姿の部屋の主も相まって、其処だけが異様な雰囲気を放っていた。



「魔女と聞いていたからどんなに傲慢な女かと思えば随分とまあ⋯⋯まるで人形の置き物のように静かじゃあないか」


 ニヤリと玩具を与えられた子どものように笑みを深める春彦様。


「春彦様、随分と楽しそうですね」

「嗚呼、勿論だとも。矢張り私の心を突き動かすのは事件だけなのだと確信したよ」

「⋯⋯此れからどうしますか?」

「取り敢えず、今日のところは大人しく戻ろう。もう少し、証拠集めが必要だからね」



 そう言って、春彦様は振り返る事なく来た道を引き返して行く。

 部屋からは薄らと奏太郎さんの声が聞こえて来るのみで、少女が口を開くことはついぞ無かった。






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