謀略の晩餐会


 夜、常盤家大広間での晩餐会にて————。



「常盤家へようこそ、探偵とその助手方!」

「お世話になります」

「いやはや、真逆我が村に続く唯一の橋が崩落するとは一体誰が予想出来たでしょう! 首都の探偵様方には退屈な村でしょうが、どうぞ、ごゆるりとお過ごし下さい」


 陽気な声でそう言って、ニンマリと口角を上げる常盤家現当主の常盤奏太郎ときわそうたろう

 癖のない黒髪に赤銅しゃくどう色の瞳の素朴な雰囲気の彼。歳の頃は春彦様よりも幾分か上と言ったところだろうか。ニコニコと笑顔を絶やさない彼だったが、其の目の奥は微塵も笑っては居なかった。




 処で、何故東雲さんに追い出された僕たちが常盤家で(形許かたちばかりの)熱烈な歓迎を受けているかというと、話は数時間前まで遡る————。


 東雲さんに有無を言わさず屋敷を追い返され、トボトボと来た道を引き返していると何やら村の入り口付近が騒がしい事に気が付く。急いで騒ぎの中心地まで向かうと、村と街を繋ぐ唯一の橋のロープが無惨にも千切れており、それを困った顔で囲む辻咲村の人々が居た。

 断崖絶壁を見下ろせば、其処は急流の川。先日の雨で水量が増し、人が落ちれば一溜まりもないだろう。此れでは帰れそうも無い。

 村人たちが困惑する中、ひとり涼しい顔の春彦様は僕の静止を振り切り、スタスタと千切れたロープを確認する為橋が架かっていたところまで歩いて行く。

 そして、驚く事に彼の見分によると此れは事故などでは無く、何者かが故意にロープに細工し橋を崩落させただということだ。一体、誰が何の為にこんな事をしたのだろうか。


 そして、此の一件があり、幸か不幸か当初の希望通り辻咲村への滞在が叶えられたのだった。





✳︎✳︎✳︎






「橋はですね、只今村の男手総出で修復に取り掛かっておりますから、遅くとも明後日にはお帰りいただけるかと思いますよ、ええ」


 言外に「早く帰って欲しい」と聞こえてきそうな強引な態度に、もしかすると矢張りこの村には何かが有るのかもしれないという疑惑がムクムクと生まれる。其れは、春彦様も同じのようで、ギラリと切長の金の瞳を光らせていた。




 夜も深まりえんもたけなわといったところで、奏太郎さんは何やら東雲さんに目配せをする。

 すると、暫くしてサービスワゴンを押した東雲さんが戻って来た。その上には、ワインクーラーに入ったワインボトルとグラスが2つ、オープナーなどが置いてある。


「御二方はワインはお好きですかな?」

「ええ、好んでよく飲みます」

「お気持ちは嬉しいのですが、僕は未だ飲める年齢では無いので遠慮しておきます」


 本当はこの場にいる誰よりも年を食っているのだが、此の姿では致し方ない。


「嗚呼、其れは失礼いたしました。東雲さん、助手の方には葡萄ぶどうジュースをお持ちしてくれるかな」

「かしこまりました」



 ぺこりと一礼し、再び奥へと消えた東雲さんは数分後、葡萄ジュースのボトルを持って現れた。



 東雲さんは僕と春彦様の前にだけグラスを置き、それぞれにワインとジュースを注いだ。血のように真っ赤な液体がゆらりと僕を誘惑する。



「奏太郎さんは飲まないのですか?」

「ええ、はい。この後も仕事がありますので。僕の事は気にせずお飲み下さい」


 春彦様の質問にポケットからハンカチを取り出し、額の汗を拭いながら答える奏太郎さん。彼の視線はウロウロと忙しなく、しかし、食い入るようにワインの入ったグラスに注がれている。僕はそんなようすに不信感を覚えた。



「⋯⋯⋯⋯」

「では、お言葉に甘えて」


 にっこりと微笑みグラスに口をつけようとする春彦様。傾けたところで彼は一瞬ピタリと静止し、ふっとこちらに視線を向ける。



 恐らく、此れは合図だろう。僕は奏太郎さんに気付かれないよう軽く頷いた。



「⋯⋯とても美味しいワインですね」


 春彦様はグラスを傾け、あおる振りをしてからそう言った。そして、見せ付けるように唇の端に付いた液体をペロリと妖艶な仕草で舐め取る。

 そのようすを固唾を飲んで見守っていた奏太郎さんは、深く息を吐いたかと思えば途端に饒舌になった。



「そうでしょう、そうでしょう! 其方は年代物のヴィンテージワインなのです! 探偵さんのお口に合って良かった! ⋯⋯ささ、助手さんもどうぞお飲みになって下さいな!」

「ありがとうございます」


 その後、奏太郎さんが席を外した隙に僕は自らの葡萄ジュースと春彦様のワインを飲み干した。中には遅効性の睡眠薬が入っており、随分と趣味の悪い歓迎である。

 しかし当然、悪魔である僕に人間の作った薬などは効くはずも無かった。






✳︎✳︎✳︎






 晩餐会終了後。僕たちは九条さん案内の元、用意された部屋へと向かった。


「此方の部屋をお使い下さい」

「ありがとうございます。⋯⋯あれ? 九条さん、なんだか目が赤いような⋯⋯。大丈夫ですか?」


 ニコニコと人好きのする笑みを浮かべる彼女だったが、よく見るとその目元は薄らと赤くなっている。



「あっ、失礼しました! 実は先ほど櫻子様にお食事をお出しして⋯⋯」

「⋯⋯?」

「じ、実は⋯⋯櫻子様と坊っちゃまはまるでご姉弟のようにお顔立ちがそっくりで、あの方を見ると坊っちゃまの事を思い出してしまい⋯⋯今でも涙が出そうになるのです」

「そうだったんですか⋯⋯」

「でも、もう大丈夫です! お二人にはご心配をおかけしました。それに、何時迄も泣いていては天国の坊っちゃまに怒られてしまいますしね!」



 主人を失っても尚、一心に彼を想う九条さんの姿に僕の心はキュウッと締め付けられる心地がした。

 気付かれないよう横目でそうっと春彦様を見やる。僕も彼とは契約関係————実質的には主従関係だ。いずれ、彼女たちのようになれるだろうか。






✳︎✳︎✳︎






 晩餐会のことを思い出し、深いため息を吐く。


「奏太郎さんは一体、如何いうつもりなんでしょうか⋯⋯」

「いつだって悪意は親切の皮を被ってやって来るのだよ。さて、ニコラ君。何故、彼が私たちを眠らせようとしたかは分かるかね?」


 春彦様の言葉に、僕はグッと息を呑む。悪魔である僕としては随分と耳の痛い話だ。



「それは⋯⋯やましい事があるから、です」

「そうだ。そして、彼は私たちに今夜屋敷を自由に歩き回られると困るようだ。よって、今夜私たちがすべき事は⋯⋯分かるね?」

「尾行⋯⋯ですか?」

「そうだとも。⋯⋯嗚呼、私が求めていたのはこういう刺激なのだよ! 今から深夜が待ち遠しいね!」



 飲み物に睡眠薬を混入させられたにも関わらず、全く以て危機感が無い僕の主人に頭が痛くなる。

 一歩間違えば命を狙われる危険もあるのだ。しかし、そんな事はきっと春彦様にとっては取るに足らないことで、彼は心底楽しそうにキラキラと目を輝かせていた。






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