第13話、うららかな日に
東京に住んでいる知人が言うには北海道は春が長いらしい。
東京はすぐに暑くなって夏日になるとぼやいていた。
一年の三分の一はストーブが必要な北の地にとって、暖かい季節は心底ありがたい。
特に外に出て太陽に照らされてポカポカしてちょうどいい日は最高だ。
自宅の庭とも呼べないような狭いスペースにイスを出して眠たくなるようなうららかな日差しを受けながら好きな本を読む。
ダンジョンの事も学校の事も全て忘れて静かな時間を楽しむ。
ああっ、何と言う贅沢な時間。
前世ではかなうことが出来なかった自由で平和なひと時なのだ。
自分で自分の為に自分の意志で時間を使うのが何と贅沢な事か。
えっ、色々な疑問はどうしたのか?って。捨てた、放り出した、無視した。
前世のパーティメンバーの懇願をスルーして地元に帰ってきた。
もうダンジョンがどうなろうと世界がどうなろうとジタバタしないのだ。
俺は悟りを開いたのだ。(異論は認める)
今 生きている事、そのものを楽しめないのならどんな幸せに行きついても幸せを感じられないだろう。
大金持ちに成っても、疲れるほど女性にもてても少しも幸せでは無かった。
無駄な心配事に追い回されて常に不安を抱えて一生を生きて何が楽しいか?。
まぁ、幸せは人それぞれだから反論は認めるからオレの邪魔だけはしないでほしい。
そんな訳で今までの無理にモブを演じて低階層の探索でチマチマ目立たないようにしていた以前の生活も・・捨てた。
ただし、モブを演じるのを辞めたが突出した活躍もしない。
一気に深くまで潜って適度な強さの魔物を何匹か倒したらとっとと帰ることにした。
おかげで以前より収入も多く、さらに色々と自由に使える時間が増えた。
楽しむために使う時間、ゲームにマンガ、ラノベとかアニメ。
普通の学生の振りをしていた時にはこんなに時間を使えなかった。
退学して正解だったな。
世間的な肩書は中卒になるけどダンジョンに学歴は通用しない。
ダンジョン万歳だ。
短時間で生活には困らない収入になるのだから無理してあくせく働かないのだ。
収入は一流企業の上役の月給位は有るだろう・・たぶん。
ラノベの主人公はゆとりが出来てのんびり出来るはずなのに自分から面倒事にダイブして行くよね・・ご苦労様です。
前世では「世界の為」とか「人々の為」とか王族や貴族どもに言われて休む間もなくダンジョン深層に追いたてられた。
結果としてオレもパーティメンバーもこの世界に転生している。つまり死んだのだ。
そんな人生は二度とごめんだ。新しい人生は「生きる事そのもの」を楽しむのだ。
規則正しく家畜生活を送りましょう、と正論のように言う人がいる。
オレの意志に触れるな、オレの人生に指図するんじゃねぇ‼
誰かの勝手な都合の為に生きてたまるか・・
カーンカーン、ガガガガ
近くの空き地に何か建設してるのか・・・騒音が煩い。
「あーーっ。本当に学校に行って無い」
むっ、この声は・・・
「真、本当にニートになったのね。母さん達が凄く心配してたわよ」
姉貴が来た。東京からわざわざ来たのかよ・・。
「姉さんとはいえ失礼だな。俺はニートでも引き篭もりでもねーぞ。働いてこの家も買ったんだからな」
まだ新しいと言える中古の住宅を購入したのだ。
未成年だから購入には色々と苦労したけどね。
平屋の2LDKで一人暮らしにはちょうど良い。自由を語るなら独立しないとね。
「探索者なんて危険な仕事辞めて欲しいって父さんも言ってたわよ」
「姉さんも頭が老人になったのか・・・やれやれ」
「何が言いたいのかな・・、殴るわよ」
位置的に本気で殴られそうだ。怖くは無いけどウザイ。
「姉さんだって ゆんチューブの配信を仕事として始めた時は皆に大反対されたじゃねーかよ。それと同じだってば」
「うっ、そうね・・。あの時は大変だったわ。部屋で編集してるのに『働かないで引き篭もりしてる』とか言われるし、遊んでいると思われたわね。収益が出るまでどれほど大変か分からない人が多すぎ」
「だろ?
考えが古い人は、外に出かけて社畜するくらい苦労しないと仕事してると見ないんだよ。単純に新しい仕事が理解できないんだ」
仕事とは何か。色々な意見が有るだろうけど、突き詰めれば『法律に触れない真っ当な方法で収入を得て自分や家族を養う方法』だと思う。
古い考えの人は『誰かの下で労働をし、その対価を得るのが仕事』だと洗脳されている。上の立場に居る人間からすれば そんな考えの手下が沢山居た方が都合が良いのだ。いわゆる「アリとキリギリス」の洗脳だ。
「私の頭はまだ古く無いわよ。いいわ。真が探索者なのを認めてあげる。その代わり、死んだら承知しないからね」
言いたい事を言って姉さんは帰った。
大方、配信する為のネタでも探しに行くんだろう。
嵐は去った。やっと落ち着いて本が読める。
「おーい、藤原ーー」
また誰か来た。しかも今度は男の声。
門の所で手を振っているのは一応高校で友達だった深瀬
「えぇーーーっ。二人付き合ってたのか?」
「ちがーーう、今日は案内しただけだ。茉莉野さんがお前に用が有るらしい」
「ははは。二人のコントも久し振りだよね。藤原君 急に学校辞めちゃうからびっくりだよ」
「オレはお笑い芸人じゃねーよ。それより二人して学校さぼったのか?今日は平日だぞ」
「それも違う。明日から探索の実習でダンジョンなんだ。今日はその為の準備で休みだ」
「そうか・・今日でタモツの顔を見るのも最後か、成仏してくれ」
「不吉な事言うなや、死なねぇよ」
「私が守ってあげるしね」
「それは安心だ」
「おい・・」
こんな会話をしていると退学したのが少しだけ惜しい気がしてくる。
この二人とも今後は接点が無くなっていくことだろう。
はぁ、オレの精神も随分と温くなったものだ。
前世では知人があっさり死んでいつの間にか居なくなるなんてザラだったのに・・。
「で、オレに用事って何だ? まさか・・告白とか」
「バーカ。
えっと、藤原君がうちの妹を助けてくれたんだってね。お礼が言いたかったのよ」
「えっ、何の事だ?」
「やっぱり忘れてた?。私の妹も藤原君と同じで魔法使いなのよ。魔力が枯渇して気を失ってスライムのご飯になりそうだったのを助けられたそうよ」
「・・・思い出した。あの時のグロいのが茉莉野さんの妹なのか」
「グロいなんて失礼ね、妹は『全てを見られた』とか言って最近まで引き篭もってたのよ。真のエッチ」
「藤原・・ラッキースケベ乙」
いかん・・このままでは冤罪が成立しそうだ。
「二人とも、あの時の姿を見たらそんなセリフ言えなくなるぞ。
ドロドロ グチャグチャのスライムが体全体でウネウネしてたんだからな。
マジで最初は死体だと思った」
「そっか・・、冗談はともかく 助けてくれてありがとうね」
「妹さんがまだ落ち込んでるなら言っといてくれ、思い出したくないくらいグロかったから何も見ていないって」
「それって余計に落ち込むと思うぞ・・・ちゃんと見てやらないとな」
「もぅ、あなたたち二人とも絶対に女の子にもてないわよ」
おいおい、目の前でそのセリフを女の子に言われる思春期の男子の身にもなってくれ・・
「ま、まぁとにかくだ、俺たちは明日の準備が有るからこれでな」
おっ、
「二人ともスライムに食われるなよーー」
「うるせー、縁起でもねぇ」
やっと静かになった。茉莉野さんはまだ何か言いたそうだったけど、オレには女子と心が通じ合うようなレアスキルは無いんだ。
その後は平和な休日の時間を楽しめたのだが・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます