第12話
優が淹れてくれたお茶は、ほのかに甘い味がする。
「棒茶、だったか」
「うん、私のお気に入り。沙織ちゃんも嫌いじゃなかったよね?」
「ああ。だが、久しぶりに飲んだ」
湯呑みに手を伸ばし、もう一口。
一時期は、それこそ毎日のように飲んでいた。飲みすぎて、他のお茶を口にすると違和感があったほどなのに。
なぜだろう、口慣れない。
「あ、はは……。まあ、自分では中々買わないよね」
「2年ぶり、だな」
「……うん」
優がうちに来た時に言った言葉。
昨夜のことだ。
私から何かを詮索するつもりは、ない。
それは今も変わらない。
だがあの時は、必要があれば話してくれるだろう、と思っていた。
本当に、そうだろうか。
今は、少し不安だ。
「……シンプルに行こう」
パン、と。
両手で、頬を軽く叩く。
「沙織ちゃん?」
うだうだと悩んでいても、埒が開かない。
分からないことは、聞いてしまうに限る。
結局のところ、本当のことなんて、本人以外に知る由はないのだから。
真っ直ぐに視線を向けると、優が少したじろぐような仕草を見せた。
「何を聞けばいい? そして、何を聞かない方が良い?」
「え。えーと……」
「お前が何か事情を抱えているんだろう、ということは察している。
それで、私はどうしたら良い?
どうしたら、優の助けになれる?」
じっと優の瞳を見つめる。その奥を覗き込む。
そろり、と視線が逸れそうになったから、頬を掴んで引き止めた。
「さ、ぉり、ちゃん……?」
逃がさない。
「私は、優の力になりたい。
そのためには、どうすればいい? 何をしたらいい?
教えてくれ」
「〜〜〜〜!!
わかった、わかったから。手を離して、お願いだからもう限界」
「ああ」
身体を引くと、優が顔を押さえてべしゃりと潰れた。
今、ごんって音がした。痛そう。
ややあって、ゆっくりと優が顔を上げる。
微妙に涙目だ。
「痛ぁ……。まず最初に言っておくとね、そんなに大した事情はないからね」
「ああ」
やはり、額は痛かったらしい。木目のような横向きの線が、赤い肌に浮き出ている。
軽く頷いて先を促すと、優は少しだけ頬を膨らませて言葉を続けた。
「で、私の事情だっけ。
うーんと、……仕事を辞めて、家出してきた☆」
「知ってる。で?」
キャピ☆ とでも効果音の鳴りそうな仕草。
軽く頷いてサラリと流す。今は、そんなことに反応するタイミングではない。
「…………。
お金はまあ、しばらくは困らないくらいにはある。家賃も払えるよ。要る?」
「要らない。先に言っておくが、食費や水道光熱費も不要だ。
それで?」
逃がさんぞ。
そんな無言のメッセージが伝わったのか、優の顔には泣き笑いのような表情が浮かんだ。
「……………………。
ちょっとは手加減してよぉ……」
まるで、先生に怒られる小学生のようだ。
ちょっとだけ、胸の内に罪悪感が込み上がってくる。
「……別に、無理に事情を聞き出そうとは思っていないさ。
これだけ、教えてくれ。私に何をして欲しいんだ?」
結局、私が知りたいのはこれに尽きる。
何があったか、じゃない。
何をすれば良いのかを、教えて欲しいんだ。
力になりたい。
役に立ちたい。
頼って、欲しい。
それだけなのだ。
「それは……」
優は何度か口をモゴモゴと動かしてから、意を決したように顔を上げた。
「何も、特別なことはしてくれなくて大丈夫。
しばらく、一緒にいさせてほしい……だめ、かな」
「もちろん構わない。いつまでだって、居てくれて大丈夫だ」
「ありがとう……」
「他にも、私にしてほしいことがあったら、何でも言ってくれ」
「え? 何でもって言った?」
目を輝かせる優に、軽く苦笑い。
喜んでいるように見えて、瞳の奥の悪戯心が隠せていない。
「ふふっ。ああ、何でもだ。何なら、背中でも流そうか」
「へっ」
「一緒に風呂でもどうだ?」
「なぁ…………っ!?」
優の顔が面白いように真っ赤に染まる。
「うん、良いんじゃないか。善は急げという。そうと決まれば」
「ちょ、ちょっと待って……ひゃっ!」
がばっと服を脱ぎ、そのまま脱衣所へ足を向ける。
肩越しに振り返って優を見遣ると、顔を覆った手の指の間から、ばっちりと目が合った。
「来ないのか?」
「ばかあああぁぁぁぁああぁあ!」
あ。
逃げられた。
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