第10話

「……………………」


「……………………」


 謎の緊迫感の漂う数秒が過ぎていく。


 衝撃に何もいえない私。

 真っ赤な顔で俯く優。

 ゴクリ、と喉が鳴る。


 何か反応を示さねば……優に恥をかかせただけで終わってしまう。

 そんな考えから言葉を探すが、衝撃が抜けきっていないのか、思考が鈍い。


「あー、なんだ、その……」


「…………ふ、ふふ」


 言い淀んでいると、優の口からどんよりと湿った笑いが漏れる。

 そして、べしゃりと床に丸まった。


「ふふ、ふ、あはは。

 ……せめて笑ってよバカぁあああ!!!!」


 ごめんって。




 ◇◆◇




 涙目でうずくまる優を宥めすかして、ようやく部屋へと入ることができた。

 そこで、2度目の衝撃を受けた。


「え、すごい」


「頑張ったんだよ、これでも。……始めが大失敗したけど」


「いや、本当にすごいなこれ。まるで料亭だ」


 優は拗ねたように口を尖らせているが、実際にすごかった。

 テーブルに広がるのは、会席料理もかくやというような、色とりどりの小鉢に盛られた料理たち。

 お造り、お吸い物、焼き魚に筑前煮、それに……ええと、なんだろうか。

 よく分からない料理もいくつかある。


「優が料理ができることは知っていたが、ここまでとは」


「和食だけだけどね。

 勝手に色々と食器を使っちゃったけど、よかった?」


 言われてみれば、棚の奥で埃を被らせていたものもちらほらと見受けられる。というか、ちょっと良さげな焼き物の器は大体そうだ。

 いやだってほら、陶器って割ったら面倒だし。


「全く問題ない。むしろ、使ってくれてありがたいくらいだ」


 物とお金は使ってこそである。

 優は、ふわりと笑みを浮かべた。

 ……どうやら、調子は戻ったようだ。


「よかった。食器棚に入っていたのがプラスチック製ばかりだから、もしかしたら大切だから取ってあるのかな、とも思ったんだけど。会席料理なら陶器だよねって思っちゃって」


 こういうところに、育ちって滲み出るなぁ……。


「さて、それじゃ、そろそろ食べよっか。座って座って! ご飯はどのくらいいる?」


「おかずが結構あるからな……とりあえず小盛りで。足りなければお代わりするよ」


「うん、わかった!」


 ことり、と目の前にお椀が置かれた。薄い緑色の陶器の器に、小さく盛られたお米。日本人の心をくすぐる香りが鼻腔を刺激する。

 くぅ、とお腹から音が鳴った。


「ふふふ。沙織ちゃんのお腹が待ちきれないみたいだから、食べよっか」


「ああ、待ち侘びた」


 そっと手を合わせて、


「「いただきます」」


 何から食べようか。どれも美味しそうで、目移りしてしまう。

 少し迷ったが、まずは焼き魚からいただくことにした。


「…………!!」


 ほろり。そんな形容詞がふさわしい。

 絶妙な加減で火入れされた魚の身は、箸で触れると、全く力を入れずともほぐれていった。

 期待値が最大に高まったまま、箸を口へと運ぶ。

 ちょうど良い塩味と、魚の香りが口の中を満たしていった。


「美味い!」


「ふふ、良かった」


 これはすごい。

 コンビニ飯も最近は美味しくなってきたと思っていたが、比べるのも失礼だ。しかし、普段からコンビニ飯のお世話になっている身としては、比較対象がそれくらいしかないのもまた事実。


 すまん、優。

 心の中で詫びておく。


 次に箸を伸ばしたのは、お造り。

 優には申し訳ないが、お吸い物が残っている間に食べてしまいたい。盛り付けは非常に美しいが、この辺りで買える刺身なんて知れてるからな……。


「!?!?」


「……ふふっ」


 なんだこれは。

 衝撃で言葉を失った。


 いや、えっ?

 なんで?


「めちゃくちゃ美味しい。えっ、本当になんで?

 もしかして市場まで行ったりしたのか?」


「まさか。近くのスーパーだよ」


 そう言って優が名前をあげたのは、徒歩5分の場所にある、安さが売りのスーパーマーケットだった。


「えぇ……? 前にそこで刺身を買ったときは、生臭くて食べられたものではなかったが……」


「コツがあるんだよ」


 優によれば、水で洗ってから酒と塩を少量揉み込むと、生臭さが消えて美味しくなるらしい。


「そうなのか……」


 そう呟いてお吸い物を啜る。

 うん、これもまた、茸の出汁がふわりと香る。


「ふふ。沙織ちゃんのそんな表情を見れただけで、作った甲斐があったかな」


 優はそう呟いて、満面の笑みを浮かべる。

 私は、気恥ずかしさを誤魔化すように、顔を俯けてご飯を口に運んだ。


 ……あ、これも美味しい。

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