第6話
いつも通り仕事をしていたつもりだったが、浮ついた気持ちというのはどこかに現れてしまうものらしい。
時計の針が正午を示し、一旦小休止を取ろうとパソコンを閉じる。
それを見て、後輩が近づいてきた。
「センパーイ」
「花か」
私のひとつ後輩で社会人歴は2年目。去年一年教育係を担当したからか、今でも同じ仕事を任されることが多い。
「どうした?」
「休憩っすか? ご飯行きましょーよ!」
「あー、コレのつもりだったのだが」
机の上に置かれたビニール袋を視線で示す。
中に入っているのは、コンビニで買ったシリアルバーだ。すぐに食べられて腹持ちも良いため、私の食事はこれが多い。
「まあ知ってますけど。そんなのばっかり食べてたら体壊しますよ? というわけで、健康的に外食と行きましょ!」
「いや、外食も健康的とは言い難くないか?」
「シリアルバーよかマシっすよ!」
……簡単に論破された。
いや、シリアルバーもそう捨てたものではないぞ?
その辺は計算して作られているのだ。
そう説明しようとしたが、花は笑顔でバッサリと切り捨てた。
「そんなことどうでもいいからご飯行きましょう!!」
どうやら、譲る気はないようだ。
ため息を吐き、財布を取り出す。
「それで、どこに行くんだ?」
「マ○クでどうでしょ」
「不健康だなおい」
この流れでジャンクフードとは。
花はカラカラと笑う。
「冗談っすよ。あそこどうですか? 駅前の和食屋さん」
「ああ、良いな。そうしようか」
場所も決まったところで、オフィスを出る。
私たちのオフィスは駅から少し歩く。食べるだけなら、近場がいくらでもある中であの店を選んだのは、仕事から離れろという花の気遣いだろうか。
10分ほど歩いて、目当ての店に到着した。
古い外見の料理屋。昭和の喫茶店にありそうな電飾看板に、立て付けの悪い引き戸。がらがらと音を立てて扉を開けると、若い女性の声が聞こえた。
「いらっしゃい。あ、花さんじゃないですか」
「こんちゃ〜! 2人で!」
「はーい、奥の席へどうぞ」
そのやりとりに少し驚く。
私も何度か来たことのある店だが、流石に顔は覚えられていない。
「よく来るのか?」
「いえ? 特には。週に1回くらい、昼食に来るくらいっすよ」
それであれか。
後輩の人間関係力に愕然とした。
「そーいえばセンパイ、何かあったんですか?」
食事を注文し、店員が去ったタイミングで、花が口を開いた。
「ん? いや、特には。なぜだ?」
「いつにも増してバリバリやってるんで、どうしたのかなーと」
そうだっただろうか。
特に意識はしていなかったのだが。
「センパイが頑張ってる時って、大体なんか悪いことが起きてるんすよね……」
アホ部長襲来事件とか。
そう呟いた花に、苦い表情が滲み出る。
あれは嫌な事件だった。
簡単に説明すると、本社から部長待遇でやってきた人がとんでもない《
ハラスメントとかではなかったのだが……
無茶苦茶な情報をもとにアホみたいな決断を下すから、うちの社長を含む経営陣が火消しのために無力化されたのだ。
取引先は怒らせるわ、システムはダウンさせるわ、機微に近い情報がバラまかれるわ。あの時ばかりは、普段はほとんど働かない私の上司が必死な表情で動き回っていた。あれだけはちょっと面白かった。
「私としては、課長が意外と仕事ができることに驚いたな」
「できるなら普段からやれって感じですよねー」
ハハハ、と乾いた笑い。
ちなみにその事件は、ブチ切れた社長が本社に殴り込みをかけ、件の人物を別会社へ更迭させたことで終息した。
「それよりも、何だかんだあの事件で一番割りを食ってたのってセンパイじゃないですか。それにあれだけじゃなくて、いろんな事件で会社が麻痺した時に、一人で通常業務を回してたこと。私、知ってますからね」
「…………そうか」
ふい、と視線が泳ぐ。
こういうのは、正直、苦手だ。
「だから、センパイが普段よりも仕事してるの見ると、心配になるんですよ。ただでさえ業務量ヤバいのに」
「心配をかけてすまないな。だが、今回に関しては安心してくれ。ちょっとでも早く帰りたい事情があるだけだ」
本気で心配してくれている様子の花に、少しだけ説明する。
花は、キラリと目を輝かせた。
「マジっすか! 社畜のセンパイが、家に帰りたいなんて!!」
「……いや、私も好きで社畜をしているわけではないのだぞ?」
拒んだ記憶もないわけだが。
「燃えてきました。恩返しするチャンスです。センパイには、今日は定時で上がってもらいます!」
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