第4章第14節「縺れ合う絆を解いて」
桜井が持つ魔剣はある伝説を持つとされている。彼がその伝説を知ったのはつい最近のことだが、疑いようもない真実であることを心では勘づいていた。
桜井が持つ孔雀の羽を象った魔剣ライフダストは、生命を司る魔剣である。それと対をなす魔剣デスペナルティは死を司る魔剣であり、桜井の分身であるユレーラが持っていた。桜井とユレーラはひとつとなり、彼の手元には生死を司る二本の魔剣が残された。
そして今、死を司る魔剣デスペナルティは月城時矢だった亡者の手に渡っている。果たしてこれは偶然なのか、はたまた必然なのか。桜井と時成には知る術がない。
時矢だった亡者は魔剣デスペナルティを骸骨の体に従わせ、白骨化した腕を横に薙ぎ払う。すると、桜井と時成のいる位置に黄金の魔剣が現れて空間ごと斬り裂く。魔剣ライフダストを用いて斬撃を受け止めた桜井に対し、時成は前へ駆け出すことで避けていた。亡者は前に出た時成を迎え撃つべく腕を振るい、黄金の魔剣を自在に動かす。直接ではなく闇の力で操られた魔剣の斬撃は普通とは異なり、時成の魔法剣とは鍔迫り合いにすらならない。一方的に魔法剣を弾かれ、時成はついに亡者がいる祭壇へ近づくことすらできなかった。それどころか、亡者の魔剣を受けた魔法剣の魔具であるブレスレットの赤い宝石には亀裂が入っている。そう、魔剣デスペナルティによる斬撃は魔具そのものを破壊するほどの力を持っているのだ。
動揺した彼は体勢を崩し、桜井のもとまで弾き飛ばされてしまった。
「くそッ! なんなんだあの魔剣は」
悪態をつく時成を立ち上がらせ、桜井は言う。
「正面から斬り合おうとしない方がいい! やる時は一気に畳みかけるんだ」
「……詳しいんだな?」
桜井は死を司る魔剣を操るユレーラと戦った経験がある。あの時も桜井は時成と同じように防戦一方で、形成逆転のきっかけとなったのは仲間の加勢によるものだった。今回は相手が違うといえど魔剣は同じであるからには、糸口は変わらないはずだ。
体勢を立て直す二人の前で、亡者は唸り声をあげて両腕を魔剣デスペナルティへかざす。同時に亡者が纏う紫の瘴気が強まり、魔剣の刀身へ集まると拡散。祭壇の前の地中へ潜り込むと、あっという間に桜井と時成を包囲して広がる。そして硬い地面が砂場のように変質し、蠢く砂から亡者たちが這い上がってきた。時矢だった亡者は魔剣デスペナルティの力を使い、十体近い従者を呼び寄せたようだ。
立ちはだかる骸骨の軍団を目にして、時成は好戦的に微笑む。まるで弟とじゃれ合う時のように。
「二体一は不公平だもんな」
包囲された二人は自然と背中を合わせ、桜井は肩越しにこう返した。
「そりゃそうだ」
何が合図とは言わない。それでも亡者たちは示し合わせたように一斉に襲いかかる。
「ならこっちも遠慮なく行かせてもらうぜ」
時成は右手のブレスレットに嵌められた宝石の内の赤──火炎を秘めた宝石を煌めかせ、炎の魔法剣を握る。彼がそれを振り抜くとあらゆるものを燃やす炎を散らし、二体の亡者が斬り裂かれる。宝石には亀裂が入ってしまっているが、まだ使い物にはなるようだ。次に緑──疾風を秘めた宝石を煌めかせ、風の魔法剣を振るう。
「避けるなよ!」
亡者を燃やした炎は竜巻となってさらにもう一体の亡者を巻き込んでいく。次に黄──雷光を秘めた宝石を煌めかせ、雷の魔法剣を突く。魔法剣から放たれた雷は炎の竜巻を貫いて爆発を引き起こし、三体の亡者を塵へと還した。
別の亡者は彼の隙を突こうと魔剣を模した幻影を構えるが、時成は左手人差し指の指輪を光らせ盾を呼び出す。亡者の幻影剣を盾──『キングダムイージス』で弾き返すと、続けて胸元のボタンを光らせ大鎌を召喚。鎌──『スターヴライト』の刃は亡者の首筋へ伸び、彼が手前に引くだけで首を切り落とす。さらに鎌を振り回して胴を斬り払い、残った下半身は崩れ落ちた。
多彩な戦いを繰り広げる時成の横で、桜井は魔剣ライフダストを使いこなしていた。
「肩慣らしだ」
彼は魔剣ライフダストをわざと地面に擦り付け、火花を散らす。そのまま右手でボールを下投げする要領で魔剣を放ると、魔剣は車輪のように回転し火花を纏う。広げた孔雀の羽に似た火花の大車輪は亡者を巻き込むと肩口を抉り、桜井は大車輪の軌跡を瞬間的に移動。手を伸ばして大車輪を構築する無数の孔雀の羽の内一本──魔剣の柄を掴むと、亡者を斬り払う。
「ふぅ」
ユレーラが見せた芸当の見様見真似だったが、見事に成功した。彼は少し浮つく気持ちを抑えながら、次の標的を見定める。
二体の亡者が桜井へ向けて突進し、彼はそれを迎え撃つ。一体目が持つ幻影剣を魔剣で弾き、二体目の幻影剣を受け止めると数回斬り結ぶ。先の亡者が再び斬りかかってくると、桜井はそれを避けるべく幻影剣に噛ませていた魔剣を外し体を翻す。そのまま振り返りざまに魔剣を逆手に持ち替え、地面から火花を吹き散らす。火花は斬撃となって亡者を斬り裂き、並んだ二体を一網打尽にする。
斬撃は時成が相手をしていた亡者にまで届き、彼を唸らせた。時成も負けじと、残っている亡者を一瞥する。
「そんなに俺と遊びたかったのか? 嬉しいけど人形遊びなんてらしくないな」
時成は両足の靴に嵌め込まれた宝石を光らせ、両手に短剣を握り込む。魔法剣や槍では出せない機動力を生かすため、彼は亡者との距離を一瞬で詰める。そして彼は一体を集中して切り刻むのではなく、複数の亡者との間をすれ違っていく。すれ違う度に彼は短剣で素早く切り込み、蝶のように舞い蜂のように刺す。
「そらよ!」
最後に残った亡者に対し、時成は腰を低く落としてから短剣で大きく斬り上げる。そこから流れるように耳のピアスを光らせて弓へ持ち替え、宙に打ち上げられた亡者を射抜いた。
同じタイミングで、桜井もまた魔剣そのものを火花の車輪に変え亡者を引き寄せて倒していた。
多彩な魔具による攻撃手段を持つ時成と、魔剣の本質を会得した魔法を織り交ぜて攻撃する桜井。二人の進撃を阻むことは容易ではなく、闇の力を拡散させた従者たちでは相手にならなかった。
桜井と時成はやがて自然と合流したが、それだけでは終わらない。既に亡者が呼び出した従者は全て葬られ、残るは一体だからだ。
時矢だった亡者はついに祭壇から降りてくる。下半身の骨はなく、ローブが階段を虚しく引きずっている。死を司る魔剣デスペナルティを体に従え、亡者は地獄で爛れた光を眼窩に宿す。
そうして、亡者と二人は対峙する。
「やっとおでましか」
魔剣デスペナルティは亡者のものではなく、桜井が持つもの。その本来の持ち主はさておき、彼が管理すべきものであり取り返す理由にもなっている。
「決着をつけよう……時矢」
時成の目に映る亡者には、間違いなく弟の時矢が重ね合わされている。事実か幻影かどうかではなく、それは彼にかけられた呪いのようなもの。生き返った時矢を救うべきか、断ち切るべきか。躊躇いのない桜井とは反対に、時成はまだ諦めきれていない。
それでも魔法剣を構えたのは、亡者を倒すためではなく、弟を救うためだ。
そんな時成の決意に対し、時矢だった亡者はまるで邪魔者を払い除けるように腕を動かす。その動きに従って魔剣デスペナルティが動き、二人は斬撃を避けると同時に前へ駆け出した。
最初と同じように黄金の魔剣は二人を迎撃するが、桜井は時成を庇うように動く。彼は魔剣ライフダストの刀身へ二本の指を添えて滑らせる。すると魔剣との間に虹色の火花が飛び散り、手に纏わりついた火花を刀身へと纏わせた。あの時、ユレーラが黒い太陽の力を吸収したことを真似て。
その判断が吉と出るか凶と出るか、桜井は率先して魔剣デスペナルティによる斬撃を受けた。
ガキン! と激しい過負荷による閃光が迸るが、確かに黄金の魔剣を受け止めることができた。これならば、死を司る魔剣とも対等に渡り合うことができる。だが、それは魔剣ライフダストを持つ桜井だけであって、時成の武装はその限りではない。
しかし桜井とて鍔迫り合いは長く保たない。黄金の魔剣が彼を弾き飛ばしたのを確認すると、亡者は時成に向けて腕を振るう。
彼は炎の魔法剣を手にしていたが、一度斬り結ぶだけで手元の赤い宝石に亀裂が深く入る。代わりに風の魔法剣へ変えて斬り結ぶと、緑の宝石にも深い亀裂が走った。続けて右手の指輪を光らせて槍を当てがうが、槍は黄金の魔剣によって真っ二つに折られてしまい、指輪は歪み宝石は今にも砕けそうだ。
怯んだ時成にトドメを刺そうとした亡者に、復帰した桜井が斬りかかる。
亡者は桜井が黄金の魔剣に匹敵する力を持つことを見越してか、自らが手を下さんとする。白と黒の波動を纏った腕で掴みかかり、桜井は魔力を纏わせた魔剣ライフダストで抵抗する。しかし、亡者が操る闇の力は想像以上のものだった。白骨化した拳を魔剣で受け止めた桜井を大きく怯ませると、腕を頭蓋骨の口元へ持っていき息を吐くような仕草をする。すると骸骨から放たれた暗黒の息吹は、怯んだ桜井を襲う。対する彼は魔剣ライフダストで闇をなんとか斬り払った。だがその間にも、亡者は腕を伸ばし黄金の魔剣で追撃を仕掛ける。そうして、徹底的に桜井の息の根を止めようとすると、桜井の前に割って入ってきたのは時成だった。
時成は桜井を貫こうとした魔剣デスペナルティを前に、左手親指の指輪を光らせる。そこから現れたのは聖なる力を宿した盾だ。盾は時成と桜井を守るには十分な大きさだったが、魔剣デスペナルティの直撃に耐えうるかは別問題。
黄金の魔剣による刺突を受けた盾はヒビが入り、時成の腕にも負担がかかる。指輪は歪な形に変形し、黄金の魔剣は盾に上部分を削り取って軌道を逸れた。
難を逃れた二人だったが、既に時成は武装の半分近くを破壊されてしまっている。魔法剣の内に炎と風の宝石には亀裂が入り、槍を秘めた指輪は歪み、盾を秘めた指輪も変形してしまった。このまま戦いを続ければ、魔具は全て破壊されてしまうだろう。
そんな追い詰められた状況下では、さすがに彼の表情には余裕の色はない。だが、彼はいつもの調子を失ったわけではなかった。その証拠に、彼はこう呟いたのだ。死を司る魔剣に取り憑かれた亡者へというよりも、実の弟である時矢に声をかけるように。
「やるじゃねぇか」
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