第4章第13節「縺れ合う絆を解いて」

 一方で、未咲希を抱きかかえた浅垣は港湾倉庫から出て鳳条邸へ向かっていた。

 ポーラが魔人として覚醒するほどの大規模な魔具の爆発は、大量の魔力を生み出す。その影響は人体だけに留まらず、大地や天候をも変化させている。渦を巻く暗雲に、荒れ狂う暴風と、叩きつけるような雨、そして道路を撫でていく草花。その脅威は鳳条邸までの短い道のりを、大嵐となって見舞う。

 浅垣の腕の中にいる未咲希は未だ意識を失ったまま。窓の外の嵐を知らずに夢を見る少女のように眠っている。それでいて、手の中にある千切れたネックレスはしっかりと握りしめられていた。夢の中の彼女がそうさせるのか、彼女の心がそうさせるのか。

 あるいは、彼女は最初から夢など見ていなかったのだろうか。


『何があっても絆と願いを手離すな』


 祖父が口癖のように唱えた家訓。

 願いさえすれば、明日は共にあり続ける。

 それが叶わぬ明日だったとしても、手繰り寄せる絆さえあればいつかはきっと。


『一歩振り返って過去の思い出に浸ってもいい』


 兄が思い出を炙るライターと共に贈った言葉。

 道を振り返れば、過去は共にあり続ける。

 それが諦めた理想だったとしても、繋がり合った絆さえあれば背中を押してくれる。


 未咲希はどうあがこうと超能力者にはなれない。それでも未咲希は彼女の隣に立つことを願ってきた。夢のようなひとときは今や過去となったが、それは今を結ぶ絆となった。理想を叶えたと言っても過言ではないだろう。

 しかし、理想は願い続けなければ理想にはならない。夢を見続けるには眠り続けなければならないことと同じように。やがて人は諦めを覚えるものだが、未咲希は違った。可能性を諦めるどころか、彼女は貪欲なまでに願い続ける。今こそ己の願いが見出した可能性を、育んできた絆で手繰り寄せる時だと。

 手を伸ばして届かなかったもの、今ならば届かないことはない。

 ほつれて千切れてしまったもの、今ならば繋げないことはない。

 自分の為ではなく、大好きな友達の為なら、きっと。

 鳳条邸の庭に差し掛かった頃、浅垣は異変に気づいた。抱えていた未咲希の胸元にネックレスが緑色の光と共に再生していることに。


 魔人ポーラは取り込んだ数多の魔具を融合させた力を駆使し、超能力者である澪を追い詰めていく。

 レーザーを照射する銃によって空中足場を追われた澪は、コンテナの残骸を足場に迂回して光の剣を投げつける。軽く首を動かして避けるポーラだったが、次の追撃に放たれた虹色の光を目にした。光は三方向に別れてテールランプのような光の残滓を空間に刻みつけ、ポーラが立つ足場に着弾。すんでのところで跳躍したポーラは、はるか高所の巨大なクレーンの上に立つ。

 彼女はその場で魔力を操ると、巨大なクレーンのアーム部分を引き剥がす。それを獣の鉤爪のようにして、周囲のコンテナや支柱を無残に巻き込みながら澪めがけて振り回した。足場の支柱から倉庫の屋根へ飛び移り、澪は後ろから迫るクレーンを見やった。屋根を削り飛ばして迫るクレーンに対し、腕を交差させて受け止める。ポーラの力は瞬間的な爆発力を秘め、超能力者にも匹敵するほど。ポーラの力を抑え穏便に鎮めようと考えていた澪だったが、生半可な考えは許されない。

「くっ!」

 その時、歯を食いしばる澪の視界の隅で別の物体が動いた。なんと、ポーラはもう一台のクレーンから鉤爪を引き剥がし、澪を挟み込もうとしていた。気づく頃には遅く、既に鉤爪を受け止めることに精一杯だった澪は、鉤爪によって掴み取られてしまう。

 死角からの鉤爪に攫われた澪は、体内の力を解き放って抵抗を試みる。左手に剣を作り関節へ差し込み、鉤爪を切断することに成功。空中に投げ出された澪は体勢を立て直そうとするが、すぐにもう一方の鉤爪が迫る。

 背中から魔力を噴射して体勢を整え、凄まじい勢いで飛び蹴りを放つ澪。見事に鉤爪を破壊したが、彼女の頭上に影が重なる。

 クレーンを操っていたポーラは、澪の頭上へ転移。バチバチと火花を散らす緑色の魔力を掌へ集め、隙に叩き込むべく急降下する。澪は咄嗟に攻撃を防ごうと腕を構えシールドを張った。が、シールドごと追いやられた彼女は地上へと撃墜される。

 なんとか受け身を取っていた澪は焼け焦げた地面に手をつく。手と地面の間には魔力の火花が散り、雨粒がそれを伝播する。彼女が空を見上げるより前に、ポーラは焼き払われた草が僅かに残る地面に着地した。

「……力が漲ってくるわ。超能力者だって敵じゃない! ふふ……ようやくね。この力があれば、妹達の無念も晴らせるわ」

 世界魔法史博物館の魔具のほとんどを取り込んだポーラの力はまさに未知数だ。超能力者である澪でさえ、抑えることに苦労させられている。いくら魔人といえど、根本的に超能力者に敵うことはない。そう認識していたからこそ、猛攻に耐えさえすれば力を使い果たすと踏んでいた。だからこそ澪は情けをかけて凌ぐことを選んだのだが、ここまで手こずるのは大きな誤算だ。

 加えて言えば、戦いが長引けば長引くほど、『魔胞侵食』も相まって被害は拡大していく。このまま彼女を野放しにすれば、ラストリゾート全体にまで危険が及ぶだろう。それだけは絶対に避けなくてはならない。全力を使い果たしてでも、ここで食い止める必要がある。

 だが、澪は無益な戦いを穏便に終わらせることを諦めてはいない。

「落ち着いて聞いて。私は敵じゃないわ。あなたを傷つけたくないの。もしあなたが誰かに従わされていたのなら、ここで戦う必要はないわ。話し合いましょう?」

 ポーラはアルカディアの没落貴族であるということと、彼女の背後には獄楽都市クレイドルがあること以外の素性を、澪は知らない。しかしポーラはクレイドルを裏切り復讐を果たそうとしているような言動を繰り返している。それが真実だとすれば、二人が戦う理由はない。

「あら嫌だ、超能力者が命乞い? それに、戦う理由ならあるじゃないの」

 が、ポーラはあっけなく澪の情けを切り捨てた。

「お願い。こんなことはやめましょう」

 最後まで食い下がってもなお、ポーラの意思は決して崩れない。

「ふん、超能力者一人なんて取るに足らないってこと、ここで証明してあげるわ」

 交渉は決裂した。不甲斐なさに唇を噛み、情けと天秤にかけた覚悟を胸に立ち上がる、そんな時だった。

「残念だったね。澪はひとりじゃないよ」

 落ち着いた声色は勇ましく、澪を奮い立たせるかのよう。なぜなら、彼女には聞き覚えのある声だったからだ。

「未咲希?」

 声に両者が振り向くと、雨が降る港湾倉庫に立つ第三者──未咲希の姿があった。

 彼女はポーラの自爆によって意識を失っていたはず。加えて言えば、澪と地面の間に魔力の火花が散るほど強い魔力を帯びた空間は、常人にはあまりにも危険だ。魔法アレルギーを発症するだけでなく、最悪の場合は死にいたる可能性すらある。

 にも関わらず、未咲希はここに戻ってきた。そして、超能力者や魔人と同じく立っている。

「ごめん。もう足手まといにはならないから」

「…………」

 愕然とする澪は何か声をかけようとしたが、言葉になることはなかった。そう簡単に言葉にできるような事態ではないから。

 まさかとは思うが、未咲希はポーラと同じく奇跡を起こしたとでもいうのだろうか。

「いいわ。まとめてかかってきなさい。ハンデには丁度いいわ」

 しかし、悠長に論理立てて推理する余裕はない。ポーラは乱入者を受けても必要以上の言葉を交わそうとしない。必要なのは、クレイドルへの復讐を遂げるに足る力の証明だ。たとえ超能力者に加えてもう一人の乱入者が現れようと、力に箔がつくのみ。

 尤も、澪の疑問を解消し奇跡を裏付けるには、戦う以外に道はない。

 未咲希は澪と視線を合わせると、深く頷いた。彼女の乱入は完全に予想外だが、こうなった以上手を結ばないわけにはいかない。未咲希の胸元にある再生したネックレスを見て、ようやく彼女を信じることを決める。それから澪が頷き返すのを待つほど、ポーラは緩くもない。

 彼女はその手元に自身が秘める魔力を瞬時に集める。魔力は澪が操るものと異なった緑色に光り、その性質は炎にも電気にも水にも見える。博物館の魔具を融合させた力は不安定な波動となっていた。そんな膨大な魔力が彼女の手から放たれると、津波のように広がって押し寄せる。かと思えば波は激しく燃え盛り、同時に電気を帯びた。地を這った雷撃は澪と未咲希の二人を直撃。しかし、激しい雷撃を受けた二人は怯むどころかその腕で受け切っていた。

「……!?」

 一人の魔人から出力される魔法に対し、相手は超能力者ともう一人の覚醒した魔人。澪と未咲希は雷撃を通して繋がり合うと、ついに緑の雷光が青と赤に染め上げられて跳ね返る。反射してきた雷撃に弾き飛ばされたポーラは、受け身を取って踏ん張る。自らの両手を見つめ、ありえない事態の直面に動揺しているようだ。

 一方で、澪と未咲希はもう一度顔を見合わせる。そしてついに今度こそ、澪から未咲希に頷きかけた。

「図に、乗るな……!」

 反撃を受けた怒りを燃やすポーラは、腕を掲げて再び魔力を集めだす。彼女の意思に呼応するように空気中の魔力が緑に光り蠢きはじめるが、澪と未咲希は立て直す時間を与えない。二人は息の合ったペースで距離を詰め、お互いに交差して懐へ潜り込む。

 澪は虹色に光る剣を振り抜き、未咲希はポーラと同じ緑色の魔力を宿した拳を突き出す。ポーラは急ごしらえの魔力を体に従えてそれらを防ぎ、続く二人の猛攻を捌く。

 護身用に身につけた体術をベースとした未咲希の動きは荒削りだが力強く、さらに緑色の魔力が上乗せされることでより盤石かつ強烈な攻めを実現。拳を織り交ぜつつも足を中心とした技は、ポーラの防御を挫くに十二分だ。そこに超能力者である澪の支援が入る。彼女は光の剣を手放して未咲希へ渡すと、未咲希は蹴りを放った足に剣を引っ掛けて受け取る。蹴りによって離れたポーラとの距離をスライディングで詰め、銃による迎撃を躱しつつ裏を取った。

「隙あり!」

 未咲希は澪から受け取った剣を地面に突き立てて滑る勢いを殺し、体重を預けてポーラの背中へ鋭い蹴りを放つ。しかしポーラも肘を動かして蹴りを受け止め、振り向きざまに腕を払って空間を膨張させる。咄嗟に体を宙返りさせた未咲希は逃れたが、残った光の剣は打ち砕かれた。

 さらに澪が追撃を仕掛ける。虹色の残像を閃かせる彼女は瞬く間に距離を詰め、手に集約させた魔力を放つ。魔力は小規模の爆発を起こし、ポーラの体を大きく吹き飛ばす。続けて未咲希が腰を屈めて地面を蹴り飛ばし、怯んだポーラに殴りかかった。

「でやあ!」

 未咲希の拳はポーラが盾にした魔力の波動を粉砕。吹き飛ばされたポーラは濡れた地面に初めて膝をついた。こちらを睨む表情は未だ闘志を失っていない。

 思いがけない乱入によって形勢は逆転し、徐々に追い詰めつつある。彼女は手に入れた力を証明したがっている。ならば、徹底的に叩くしか彼女を食い止める方法はない。このまま押し切るべく、澪と未咲希は能動的に攻撃を畳みかけた。

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