第4章第9節「縺れ合う絆を解いて」
月城財閥の屋敷に隠された秘密。その内の一つである裏世界へと足を踏み入れた桜井と時成は、洞窟のような道を歩いていた。
裏世界はそもそも別次元にあるようだが、位置関係で言えば屋敷の地下ということになる。実際にこの地下空間が表の現実にも存在しているのかは分からない。ただ分かりやすい宝は見当たらず、篝火に照らされた暗い道が奥へと続いている。
篝火に灯された炎は屋敷の中とは違ってオレンジ色。裏世界であることは間違いないが、宝物庫に限って言えば炎は青くなっていない。道は下り斜面のようでどんどん地下へと向かっているようだ。秘密の通路と言えばそれらしいが、この先にはいったい何があるのだろうか。
「宝物庫って言うくらいだ。何があると思う?」
一向に奥が見えてこない中で、桜井は何気なく問いかけた。これまで時成は宝物庫の中に何があるのかまでは答えなかったが、見当もつかないわけではないはず。
そう思っていたが、彼はかなり当てずっぽうな予想を口にする。
「うーん……俺が思うにレミューリア絡みの代物なんか有り得そうじゃないか?」
「レミューリア?」
聞き慣れない単語に、そっくりそのまま返す桜井。
「あぁ。一回くらい聞いたことあるだろ? 魔界レミューリア。神々が住んでいる世界で、魔法発祥の地って言われてる場所だ」
古くから伝わる神話は数々あるが、魔法産業革命前後に注目されるようになったレミューリア神話。魔力の正式名称である魔導粒子ユレーナなど、魔法に関する用語はこの神話から取られていることがほとんど。魔法学会だけでなく科学機関でも頻繁に取り沙汰されることからも、いかに密接な繋がりがあるかが分かるだろう。
「レミューリア神話ねぇ。だけどそもそも魔法を編み出したのはユリウス・フリゲートって話だろ?」
歴史上では魔法と呼ばれるものが多く存在してきたが、その正体は手品であったり嘘であったりと証明されたことがない。そんな中で、世界で最初の魔法使いことユリウス・フリゲートの台頭は革命的だった。事実として、彼女が魔法をもたらしたおかげで魔法産業革命を起こすに至ったのだ。
「そのフリゲートの名前がレミューリア神話にも出てくるんだよ。つまり、世界で最初の魔法使いは神話から出てきた。ってことは、神話は現実に存在するってことさ!」
やや興奮気味に話す時成の姿に、桜井は辟易してため息を吐いた。なぜなら、時成のように神話にまつわる魔界の証明に躍起になった科学者カルマ・フィラメント博士を思い起こさせたからだ。
「科学者にもそういう御伽噺を信じてたやつがいたな。非科学的なことを科学的に証明しようとするなんて馬鹿げてるけど」
「おいおいバカいっちゃ困るぜ。魔法だって科学的に解明されつつあるんだ。いつかきっと魔界っつう場所に俺たちが行けるようになる日が来るかもしれないぞ」
確かに魔法は存在が証明され、桜井自身もその恩恵を受けて生活している。それを否定する気にはならないが、神や魔界といったものに触れようとするのは違うと感じていた。
「魔界ね……俺はごめんだな」
「夢がないな、桜井は」
話の反りが合わず、時成は近くに転がっていた小石を蹴り飛ばした。斜面になっているせいか、かなり先まで転がっていく。
裏世界の地下という非現実的な空間を歩き続け、二人は自分たちがどこにいるのかという感覚を失いつつあった。果たしてここは確かな現実なのか、または泡と消える夢なのか。物に意味もなく触れる──時成が小石を蹴ったのも、自分が此処にいるという証拠を求めた無意識な行動だった。
そんな夢と現実の狭間で、桜井はひょんなことを言う。
「じゃあ考えたことあるか? 夢だと思ってたものが現実だったこと」
桜井には可能性すら考えていなかったものを見てきた。分裂したもうひとりの自分が目の前に現れることなんて、普通ならあり得ない。しかし、あるはずのない可能性は桜井と一つになることで今や現実となっている。
夢だと思っていたものが、現実だったのだ。
「ないなー、逆ならあるけど。これ夢だって分かったら割と色々できたぞ」
時成の言う逆とはつまり、現実かと思ったら夢だったということ。一言で言えば、夢を夢として見るということだ。
「どんな夢」
好奇心から訊ねる桜井だったが、彼はすぐに後悔した。
「そりゃもちろんコレットさんとデートする夢さ!」
「そいつは傑作だな。聞いた俺がバカだったよ」
やはりと言うべきか、時成とは一生分かり合えそうにない。彼は心の中で月城時成の名を二重線で消す。
「なに言ってんだよ。俺に言わせりゃ夢が現実だった方が良いこともあるのさ」
首を横に振る。桜井に言わせれば、夢だった方がいい。特に、自分のドッペルゲンガーと彼が残した魔剣のことも。
他愛もない話を繰り返してどれくらい経っただろう。腕時計を見ても針は一秒も進んでおらず、蓮美やコレットへ通信を繋ぐこともできない。裏世界というだけあってか、現実とは何もかもが異なっているようだった。
その時、二人はようやく広間に出た。長方形にくり抜かれた空間らしく、中央には棺が置かれた祭壇が見える。横の壁は削り取られた岩盤で、無数のロウソクが灯されていた。奥行きは目測で三十メートル近くはあり、二人が立っているのは土を削ってできた階段へ続く高台だ。高台の縁には整えられた石が重ねられ、一見して何かの儀式の間のようにも見える。空間自体はここで行き止まりとなっていて、どうやら宝物庫の奥地に辿り着いたらしい。
「なんだありゃ」
驚嘆する時成だったが、彼らの視線は自然と一点に収束する。あまりに広大な空間だが、目立ったものは中央の祭壇と棺、無数のロウソクくらいしかないからだ。
「それじゃ確かめてみるとするか」
宝物庫に隠されたものを目の前にして、二人は高台の階段から降りて広間に立つ。若干の土埃が積もっており、ここ最近で人が出入りした痕跡はない。というより、どれほど放置されていた場所かも推し量ることはできそうにない。何より、ここは現実とは時の流れさえ異なる裏世界である。
「気をつけろ、何か罠があるかも」
思い出したように警戒して注意深く周囲を見渡す時成。だが広間に降りてから仕掛けの類は見られず、罠という罠はなさそうに見える。
とはいえ、桜井には広間が安全だと証明することもできない。大人しく時成と歩調を合わせて中央へ進んでいく。
結果として、祭壇までの道のりで何かが起きることはなかった。
「何もなかったな……?」
拍子抜け感の否めない時成だったが、桜井は改めて正面へ向き直りながら言う。
「だな。で、問題はこっち」
二人は数段の段差を上ると、棺の前へとやってくる。棺には不可思議な紋様が光を放っており、台座には魔法陣が描かれている。見たところ何かの装置のようだが、気になるのは何が入っているのかということだ。
「なぁ、棺って言えばミイラかもしれないけど、一応宝物庫だし普通にお宝だよな?」
どこか弱気になっている時成に、桜井は少しちょっかいを出す。
「もしかしてビビってる?」
「まさか! はは、ここまで来たんだ。中身を見るまで絶対に帰らないぞ」
後ろ髪を引かれていそうだが、時成は意を決して棺へ手をついた。
しかし宝物庫という呼び名に対して、奥では棺が安置されているのはどうにも不自然だ。それに加えて、古代の棺とは異なった光る紋様や台座の魔法陣といった特徴は怪しさ満点。少なくとも、普通の棺ではないことだけは確かなことだ。
中から何が出てきてもいいように身構え、桜井も棺に手をついた。
「よし、いちにのさんでいくぞ」
合図を送ろうとすると、「まった!」と声をあげる時成。
「さん、に、いちにしよう」
どちらでも変わらないふうに思わなくもないが、桜井は呆れ顔を堪えて腰を据える。
「今度こそいくぞ?」
掛け声も決まったところで、時成は頷く。
「さん」
財閥に隠された宝物庫。
「に」
最奥に安置された棺。
「いちっ」
その蓋が開け放たれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます