第4章第8節「縺れ合う絆を解いて」

 未咲希の実家である鳳条邸を後にした浅垣、澪、未咲希。三人は海岸沿いに広がる港湾倉庫へと足を踏み入れていた。

 海岸といっても、駅から見渡せたように海は魔力の潮流によって虹色に輝く海沿いという方が正しいかもしれない。この虹色に輝く海のイメージとしては、空にかかる虹やオーロラといった現象に近い。その景観が魅力的なのは言うまでもないが、何より天然資源である魔力に溢れる源泉でもあるため、莫大な資源を必要とする製鉄所が建てられている。この魔導製鉄所で加工された部品が、工業地帯に運送されて利用されているのだ。

 浅垣たち三人が進んでいるのは魔導製鉄所に合併された港湾倉庫地帯。曲線状を描く屋根が特徴的なかまぼこ型倉庫や、巨大なキリンのように見えるガントリークレーンなど港湾倉庫らしいものが多く見て取れる。中でも空中に浮遊する立体的な足場や、地上に積むスペースがないためか空中浮遊状態のコンテナは特に目を引く。コンテナの下を通りがかる時、未咲希はそれが落ちてこないか不安げに怯えながら小走りする。

 製鉄所は稼働し続けているようだが港湾倉庫は無人状態に近く、三人はコンテナターミナルを慎重な足取りで歩んでいく。積み上げられたコンテナが作る複雑な迷路のような道で、彼らが目印にしたのは中央の管制塔だ。それほど時間をかけずに管制塔の前へ辿り着くと、一際広大な広場に出る。管制塔の真下には不自然なコンテナが置かれていて、収納しきれない量のアタッシュケース類が乱雑に積み上げられていた。まるでどこかから集めてきたものを放り込んでいるかのようだ。

「ねぇ、あれって……」

 ケースの中身に勘づいていたのは未咲希だけではない。先頭に立っていた浅垣も澪も、ケースの中身が魔具であると睨んでいた。

 その時、管制塔の外部階段に人影がチラつく。

「いらっしゃい、DSR。思ったより早かったわね」

 管制塔への出入り口となる立体的な空中の足場から三人を見下ろすポーラ・ケルベロス。彼女の口ぶりからして、アジトにやってくることは織り込み済みだったらしい。

 浅垣も澪もすぐに武器を出すことはせず、冷静に努めた。

「今回は取引の為に来たわけじゃない。お前が獄楽都市クレイドルと内通していることは特定済みだ。ここに集めた魔具も全て、クレイドルに持ち帰るつもりなんだろう」

 詰問する浅垣だったが、ポーラは大して真に受け止めていない。聞き流すどころか、「フッ」と鼻で笑って見せる。それから彼女は冷たい風に横顔を撫でさせ、横合の階段へ足を運び始める。

「……獄楽都市クレイドルの目的は、世界に蔓延る魔を粛清し征服すること。魔法がもたらした新たな秩序を壊し、皇帝自らが支配する。魔法に支配されるのと、クレイドルに支配されるの、どっちがいいかしら」

 自らが従っている理念を掲げて問うポーラ。真っ先に反応したのは浅垣の隣で警戒を続けていた澪だった。

「私たちは何にも支配されたりしないわ。いくら誰かが支配者を気取ろうと、私たちは自由の為に戦う。誰にも委ねたりしない」

 彼女は超能力者という特別な存在でありながら、生きる主導権は常に科学が握っていた。それを許したのもまた澪自身であり、そのせいで苦渋を味わってきたのだ。ようやく自由を手に入れた彼女にとって、世界征服を目論むクレイドルは明確な敵である。

「えぇ、その通りね」

 ささやかに凌ぎを削る二人だったが、ポーラは一切押されていない。それどころか、澪の言うことに同調して言葉を繋げる。

「でも力なき者は抗うことさえ許されないのよ。世界を征服する為には仇をなす者を粛清する必要がある」

 管制塔の階段から地上に降り立ち、軍服に身を包んだポーラはしたたかに言う。中央のコンテナに集められた魔具が収められた無数のケースの山へと向かいながら。

「だから皇帝はこうして世界中の魔具を集めているけれど、そんなことさせない。私が何もかも奪ってやる」

 彼女の意図は不明だが、言葉を額面通りに受け取るならば決定的な矛盾点を孕んでいる。これまで一貫して博物館から流出した魔具の回収に努めてきたポーラは、間違いなくクレイドルと通じるテロリストだ。

 しかし、彼女の言動は別の視点を持っている。

「どういうことだ?」

 いよいよ事態を掴めなくなった浅垣は、腕時計に意識を向ける。何をするか分からない以上、いつでもペアリングされた武器を喚び出す必要がある。

 対して、ポーラはコンテナへと近づいていく。これまでとは明らかに異なる、危険な欲望に駆られた瞳で。

「それ以上コンテナに近づくな!」

 浅垣は腕時計に触れてハンドガンを喚び出し、ポーラへ銃口を向ける。すると、彼女は足を止めて大きく肩を落とした。

「くだらないことは終わりにしましょう。あなたたちに構っている時間はないの」

 言いながら、彼女は向けられた銃口を恐れずに右手を腰に携えた鍵束へやる。浅垣たちが一度見た通り、鍵束の鍵に触れれば様々な魔法銃を召喚することができる。

「未咲希、下がって」

 ポーラの所作をいち早く見抜いた澪は、背後の未咲希に静かに声をかける。

 その間にもポーラは鍵束の内の一つに触れ、大型の魔法銃を召喚。どうやら徹底的に抵抗するつもりらしい。

「あの時と同じように行くとは思わないことだ」

 最後の警告を口にする浅垣に対し、ポーラは既に確固たる覚悟を示した。

「もちろん。この前はあなたたちのやり方に合わせてあげたけど、今度は私のやり方でやらせてもらうわ」

 言い終わるや否や、ポーラは浅垣たちに向けていた銃口を一気に逸らす。彼女が狙ったのは浅垣たちではなく、コンテナに積み上げられた無数の魔具。そして、何の躊躇いもなく引き金を引いた。

「……まさかっ」

 銃を構えていた浅垣も臨戦態勢にあった澪にとっても、その行動は完全に想定外のものだった。

 大前提として、膨大なエネルギーを扱う装置の破壊は当然二次的な災害を招くことになる。基本的に魔力によって駆動する魔具を破壊すれば、人体に有害なレベルの魔力が放出される。たとえ一つでも危険だと言われているが、一度に大量の魔具に過負荷がかかると大規模な爆発を引き起こすのは過去の様々な事件が証明している。詰まるところ、ポーラの行動は自爆と呼ぶに他ならない。

 そんな意表を突く行為を前にして、誰もが時間の硬直に陥る。そんな中で唯一、二人の背後にいた未咲希だけは全く別のものを見ていた。

 それは、彼女がある日ひとりぼっちの夜にメモリアルライターを使った時のこと。日付を炙ることでその日の思い出を見返すことができるというものだが、一度だけ誤って未来の日付を炙ってしまったことがある。

 未来から見えた『思い出』は、凄まじい爆発。それに呑み込まれてしまう澪の姿だった。

 そして偶然かどうか、今日はその日付でもあったのだ。

 誤って未来を見てしまった未咲希は、以来澪とできるだけ一緒にいるように努めていた。DSR本部や配送センターにまで澪を追いかけてきた理由も、全てはあの未来に由縁する。

 だから、未咲希はこの場にもいる。

 だから、未咲希は自分がすべきことを頭ではなく心で決めていた。

 ────何があっても大好きな澪を守る、と。


 ポーラによる迷いのない銃撃はコンテナに積まれたケース類に着弾。小規模の爆発を引き起こしたと思うと赤紫の稲妻が飛び散り、連鎖的な爆発が引き起こされた。

 澪は超能力者である。短い時間の中で思考を巡らせた彼女は、浅垣や未咲希を守る為に力を展開するべく前へ出ていた。たとえ超能力者といえども、一人で無数の魔具の連鎖爆発を受ければ無事とはいかない。それを覚悟の上で彼女は行動に出た。

 しかし、赤紫の稲妻を伴う爆炎が最初に飲み込んだのは澪たちではなく至近距離にいたポーラの方だ。間近にいたためか連鎖爆発はポーラにまで及び、一瞬にして彼女を飲み込む。そうなること自体は極めて自然なことだ。

 しかし、ポーラへ渡った赤紫の稲妻と爆炎は明らかに彼女の体内へと取り込まれていた。コンテナを爆心地とした膨大なエネルギーを浴び、それらは腰につけた鍵束のリングを通して流れ込む。まるで爆発を逆再生したかのような現象は、身構えていた澪や新垣でさえ目を疑った。

 全てのエネルギーがポーラの体内に収縮した時、港湾倉庫はシンと静まり返る。

「────澪!」

 その時聞こえたのは、自分の名前を呼ぶ声。

 振り返るよりも先に澪の手が取られ、強い力で引き寄せられる。そのまま未咲希の胸元へ転がるように倒れ込む。澪を抱き寄せた未咲希は、彼女を庇うようにして覆い被さった。

 そして。


 次の瞬間、ポーラの体内に収縮していた連鎖爆発が途端に膨張した。

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