第4章第4節「縺れ合う絆を解いて」
桜井とコレットの班は、連絡のあったE2セクターにある月城財閥の屋敷へと訪れていた。コレットが手配していた車両は配送センターで大破してしまったため、今回桜井が運転してきた車は浅垣から貸し与えられたものだ。ロータリーになっている噴水広場に車を停めて、彼らは敷地に降り立った。
本来なら二人は指名手配犯であるポーラのアジトへ向かうべきなのだが、ちょうど連絡があったために急遽こちらに回されることになった。桜井にとって立場の上で上司に当たる浅垣からの命令であれば、拒否権はない。
その連絡というのも、御曹司すら知らされていない財産の在り処とされる『宝物庫』について。世界魔法史博物館から魔具が流出してしまったように、『宝物庫』までも暗黒街に奪われるわけにはいかない。そうした危惧から月城時成は『宝物庫』の鍵を探していた。
屋敷に来るまでの間、桜井は事の経緯をコレットに伝えた。もちろん、スムーズに事を運ぶため。のだが、桜井にはどうしても嫌な予感が拭いきれなかった。そして、その予感は見事に的中してしまった。
「まさか本当に来てくれるなんて! ありがとう桜井! お前を信じた甲斐があったってもんよ!」
つい昨日に再会を果たしたばかりだったが、時成のテンションはいつにも増して高い。理由は大体察しがつく。
「おいおい、言っとくけどさ。別にお前がコレットに会いたがってたから連れてきたわけじゃないぞ」
威勢のいい時成を両手で制しつつ、桜井は釘を刺す。博物館に連なる事件の中で、時成はすっかりコレットの虜になってしまっている。昨日もコレットに会えなかっただけで露骨に落ち込んでいたが、今回やってきたのはその埋め合わせではない。『宝物庫』という歴とした理由と目的があっての訪問だ。しかし────
「それくらい分かってるよ。だから連絡する時にコレットさんに来てもらえるようお願いしたんだ」
「え?」
悪びれる様子もなく言ってのけた時成に、桜井は自分の耳を疑った。
「ちょっと待て。まさかコレットに会う為に『宝物庫』の手がかりをダシに使ったってのか?」
あれだけ深刻そうに話していた宝物庫絡みの話にも関わらず、時成は恋焦がれる気持ちを諦めていない。抜け目ないと言うべきか、ちゃっかりしていると言うべきか。時成のコレットに対する想いは筋金入りのようだ。
そんな思いの丈が伝わったのか、コレットは面白そうに声を弾ませる。
「あらそうだったの。けど、あたしの指名料は高くつくわよ?」
仮に時成がコレットに会いたいが為に嘘の連絡をよこしたというのなら言語道断。だが本当に手がかりを見つけたというのなら、その見返りとして指名したことは目を瞑ってもいい。
「俺に任せとけって。わざわざ呼んだからには損はさせない」
桜井たちの要求に応えられる自信があるらしく、時成は二人を指差して得意げに言った。
彼は書斎の奥にある机へ戻ると、雑に置かれていた鍵を拾う。とても隠された財宝に繋がる鍵の扱いには見えないが、手にしたそれを自慢げに見せびらかした。
「驚いて腰抜かすなよ?」
時成による盛大な前振りに反して、見た目はごく普通の古めかしい鍵だった。持ち手はハート型になっていて、鉄で作られている割に錆びもなくいたってシンプルな印象だ。
「これは?」
桜井は純粋に湧き出てきた疑問からそう問いかけたが、時成はそのまんまの答えを返した。
「見て分かるだろ? 鍵だ」
「そんな事は分かってる。何の鍵かって聞いてるんだ」
「えっ?」
鍵というものは単体では役に立たず、錠前があって初めて役割を持つことができる。大して深いことでもないが、時成には桜井の質問の意図を汲み取ることはできなかったらしい。
「つまり、宝物庫の鍵ってことでしょ?」
堂々巡りの二人をよそに、コレットはその場で求められているあまりに完璧な答えを口にした。
「さっすがコレットさん! 大正解!」
待ってましたと言わんばかりに褒め称える時成。コレットは嬉しくはなさそうに肩を竦め、「これでいい?」とでも言いたげに桜井に目配せする。
結局のところ、時成が求めていたのは桜井が答えることではなくコレットに答えてもらうことだったのだろう。
「あーあ、参ったな」
今までの無駄なやりとりはなんだったのかと、頭を抱える桜井。
「そうカッカしないで。鍵は見つかったんだからいいじゃない」
彼が苛立つのも無理ないかもしれないが、これ以上時間を無駄にはできない。たとえ時成の手のひらで踊らされていたとしても、それで手がかりが見つかるのなら仕方ない。間違っても、彼の接待をしにきたわけではないのだが。
「まぁいい。それで? 鍵はいいとしてそれが合う錠前はどこにある?」
必要か不必要かはともかく────接待を終えてようやく本題へと入る三人。
時成は空中城塞シャンデリアにある財閥会長の執務室から鍵を見つけ出した。桜井が言うように、鍵を見つけたなら次は錠前を探すのが普通だ。しかし、事前に錠前があって鍵を探している場合はその必要はない。
桜井とコレットが見守る中で、時成は鍵を持った手を軽く振った。それはお手上げという意味ではなく、屋敷全体を指してのもの。
「鍵は一つしかないけど、見ての通りこの屋敷にはたくさんの鍵穴があるんだ。そして不思議なことに、この屋敷は誰も鍵を使わない。言ってる意味分かるよな?」
世の中において一つの鍵に対して錠前の数というのはあまりに多すぎる。あらかじめ答えを知らないからと言って、一つ一つ試していくわけにもいかない。
しかし時成が言わんとしていることはそういうことではない。そもそも鍵が存在しない屋敷において、鍵穴は何のためにあるのかということ。
「この屋敷の鍵穴ならどれでもいいってこと?」
まさかとは思いつつ、コレットは何となくで口にする。もしも彼女の推測が正しければ、あまりにもお粗末なセキュリティだ。仮に時成が持つ鍵が唯一の存在で、屋敷内にある全ての鍵穴に対応しているマスターキーとすれば話は別だが。
ともあれ今回疑問を口にしたのは桜井ではなくコレットだ。誤魔化されることはないと考え、桜井は時成の返事を待つ。しかし彼はすぐには答えず、無言のまま書斎の出入り口の扉へ向かう。
「じゃ、答え合わせの時間だ。とくとご覧あれ」
言いながら、時成は両開きの扉を閉めて鍵穴に鍵を挿し込む。二人が固唾を飲んで見守る中で、彼はゆっくりと鍵を回した。
すると次の瞬間、鍵を回した時成がその場から突如として消え去った。残っているのは鍵穴に挿さったままの鍵だけ。
「……?」
桜井とコレットが状況を飲み込むよりも前に、再び鍵が回ると時成もまたどこからともなく姿を現した。
「へへ、どーよ?」
わずか数秒の間とはいえ、時成は姿を消した。文字通り、鍵だけを残して消えてしまったのだ。
「驚いたな……」
呆気に取られる桜井を見て、時成は嬉しそうにひけらかす。
「簡単さ。鍵を回すだけでいい。俺は先にあっちに行ってるから、あんたたちもやってみな」
言い終わるや否や、時成は再び鍵を回した。先刻と同じように彼は姿を消して、鍵穴に挿さったままの鍵だけが残されている。どうやら、彼が言うには鍵を回すだけで何処かへ行けるようだが……。
「先にやる?」
疑心暗鬼な桜井とは対照的に、コレットは興味津々な様子。どちらが先に鍵を回すかを聞いてきたが、本音では先に回したいふうにも聞こえる声色だ。
桜井としても怪しい鍵を使うのにはまだ躊躇があったのか、すぐに出番を譲った。
「いや、レディファースト」
「ありがと」
コレットは何の躊躇いもなく扉に進んで鍵を掴むと、そのままガチャッと回す。そして鍵を回した時成と同じように、彼女もまた何処かへ消えてしまった。瞬きをするほんの一瞬の感覚で。
その奇妙な現象を固唾を飲んで見ていた桜井。もはや言葉もなく、彼はおそるおそる扉に近づいていく。
「すぅ……はぁ」
覚悟を決めて鍵を掴むと、一思いに回転させた。
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