第4章第3節「縺れ合う絆を解いて」

 鳳条未咲希の祖父である鳳条古詠ほうじょうこよみは、未咲希たちを快く歓迎した。

 広大な敷地面積を存分に活かした畑の奥にあるのが、どこか懐かしさすら覚える邸宅──鳳条邸である。いかだ町で見られる民家と同じように二階建てで煙突があるなどの特徴はそのままに、より広くゆったりとした構造をしていた。

 中に入ると、室内は庭から射し込む夕陽の光に包まれていた。テレビや冷蔵庫といった最低限の家電は一通り揃えられ、必要以上のものはない。都市部の家々で見られるようなホログラフィック技術を用いたものは見られず、奇妙な動物を模った民俗的な置物が目立つ。一見すれば魔法産業革命とは縁遠い時代に取り残された、不思議と馴染み深い雰囲気だ。

「私、お茶を淹れてくるね」

 慣れた足取りでキッチンへと向かう未咲希。偶然の帰省とはなったが、本人にとって嬉しいことに変わりはない。もちろん、祖父の古詠とて同じだ。

「来ると分かっていればそれなりに準備はしたんだがな。まぁかけてくれ」

 彼は四人がけのダイニングテーブルへ向かい、先に椅子に座った。浅垣と澪にも空いている席に座るように促したが、澪が動こうとするのと同時に浅垣はキッパリと言った。

「生憎だがお茶会をしにきたわけじゃない。ここへは仕事のついでに寄っただけだ」

 せっかく家に招いてくれたのに突き放すような言い方に、澪はむっとして口を引き結ぶ。彼に悪気があるわけでないことは分かっているつもりだが、客人の立場にしてみればあんまりだ。

 が、古詠は気を悪くするどころか期待通りの反応だったかのように笑っていた。

「相変わらずの堅物だな。俺もまだボケたりはしてねぇ。定期監察の時期にはちっとばかし早いと思ってたんだ」

 自分と同じ初対面だとばかり思っていた二人のやり取りに、澪はすっかり置いてけぼり。

「あなたたち知り合いなの?」

「君は知らない顔だな」

 困惑する澪を見て、古詠は逆に問いかけてきた。戸惑いながらも名乗ろうとすると、彼はすぐに片手を上げて制した。

「待った。当てようか。未咲希と一緒に来たということは、……暁烏澪だろう?」

 なんと、古詠は見事に彼女が誰であるかを的中させた。

「私の名前を聞いたことが?」

「なに、ちょっとしたことだよ。いつも未咲希が送ってくれる手紙に名前があるからな。向こうに出た時に初めてできた友達だとね」

「そうだったんですか」

 澪は超能力者であるが、彼女の容姿を見て分かる人はそれほど多くない。名前だけなら超能力者として認知していても公表されているのだからおかしくはない。しかし、古詠が澪の名前を知ったきっかけは未咲希が綴った手紙からのようだ。

「未咲希が世話になっているようだな。何か迷惑をかけてはいないか?」

 澪が彼女と知り合ったのは単なる偶然であり、将来にルームシェアをするほど仲のいい友達になるとは思いもしなかった。彼女は超能力者であることも含めて澪を慕っていて、そのことにコンプレックスを持つ澪を励ましてくれた。

「迷惑だなんてとんでもない。むしろ助けられてばかりで」

 答えを聞いて安堵したのか、古詠は肩の力を抜いて続ける。

「それは良かった。未咲希にも兄がいたんだが、今は遠くにいてね。寂しがり屋だとは思うが優しく見守ってくれるとありがたい」

 未咲希は祖父のもとを離れラストリゾートの都心部で、澪と共に暮らしている。とはいえ、こうして祖父本人と話すことはおろか、未咲希から話を聞いたこともなかった。友達としてそれなりに長く付き合ってきたが、まだまだ知らないことも多い。

 昨日の夜にやった秘密の教え合いっこにおいても、未咲希が本当は寂しい思いをしていたことを澪は知らなかった。今の澪はそれを知っているからこそ、古詠の言葉に込められた意図を汲み取ることができたのだろう。

 そんな当たり前のことを、澪は今更ながら実感した。

「世間話はこの辺りにしよう」

 ある程度の区切りがついたところで、浅垣は本題を持ち込む。ここまで澪と古詠のやりとりを見守ってくれたのは、きっと彼なりの気遣いだろう。

「近頃、港に人の出入りはないか? ポーラ・ケルベロスという指名手配犯を追っている」

 浅垣は簡潔に用件を述べたが、古詠は要領を得ない様子だ。それでも思い当たる節が全くないわけではないらしく、首を振りつつもある情報を掲示する。

「その名前に聞き覚えはないが、港には日々魔具が運び込まれてるそうだ。それ以外のことは知らん」

 十中八九、その魔具は博物館から流出したものだろう。浅垣と澪は顔を見合わせた。

「当たりだな」

 アジトの存在が推測から確信へと変わり、すぐさま行動に移す浅垣。彼は踵を返して鳳条邸を出て行こうとした。

「待って。もう行くの?」

 浅垣が急ぐ気持ちももちろん分かるが、ポーラたちはおそらく直ちに行動を起こそうとはしていない。何より、澪の友達である未咲希とその祖父が久しぶりに再会したのだ。短い間とはいえ確かな情を抱いていた澪を宥めたのは、浅垣ではなく古詠本人だった。

「俺のことは気にするな。一度でも孫の顔を見れれば何も言うことはない。こんな老いぼれに構うよりも、大切なことがあるんだろう」

 彼の言葉に偽りはなく本心からのもの。そのことは芯のぶれない声色からも感じ取れる。だが、古詠と浅垣がなぜお互いに面識を持っていたのかは聞きそびれていた。彼がどこまで事態を把握しているのかはともかく、浅垣に対する信頼があるのは明らかだ。

 孫の顔を見せる、という点だけに絞れば浅垣が未咲希の同行を許したのも計算の内だったのかとさえ思えてくる。これまで桜井だけでなく澪にも綿密な気遣いを見せてきたからこそ、彼には表に出さない秘密があることも想像に難しくない。

「お待たせ! って、みんなどうしたの?」

 おぼんに四人分のお茶と少しのお茶菓子を乗せて戻ってきた未咲希。浅垣は家から出て行こうとしていて、あまり好ましい雰囲気とは言えない。

 澪がなんと説明すべきか悩んでいると、先に動いたのはやはり古詠だ。彼は立ち尽くす未咲希からおぼんを受け取ってテーブルに置き、彼女の肩に手を置いて優しくも厳しく言いつけた。

「いいかよく聞け。何があっても絆と願いを手離すな。強い絆はお前さんを助けるだけでなく、友達を支えることができる。そして、願いは人の為となり可能性を見出す。お前さんがここに来た理由をあれこれと探りはしないが、きっと友達の為だと信じているぞ」

 容赦なく心を揺さぶられたように、未咲希は目を若干潤わせて頷く。古詠の言葉が彼女の中にどのように響き、どんな気持ちを芽生えさせたのか。それは澪にも浅垣にも知れず、未咲希のみが知る。

「……も、もう、おじいちゃんったらまたそれ? 人前なのに」

 彼女の反応を見るに、古詠の言葉はよく聞く決まり文句なのだろうか。それ以上の発展もなく元気づけるように肩を数回叩くと、古詠はゆっくりと離れた。三人を見送ることを決めたのか、横顔だけを見せて言う。

「さぁ、もう行くといい。急いでるんだろ?」

 彼の意思は誰であろうと揺るがすことができず、澪もそれ以上長居しようとは思わなかった。誰でもない本人が決めたことなら、と。

 どこか寂しげにも映った彼の横顔だったが、彼はテーブルに置かれたおぼんへ手を伸ばす。そしてお茶菓子を摘んでニコリと微笑んでみせた。

「ちょうど腹が減ってたんだ。これくらいすぐに平らげちまうから、心配せんでもいい」

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