第4章「縺れ合う絆を解いて」

第4章第1節「縺れ合う絆を解いて」

「ポーラ・ケルベロスは集めた魔具をラストリゾートの外へ持っていくと言っていた。この発言から、回収した魔具を集めているアジトをおおよそ特定することができた」

 DSR本部司令室にて、浅垣は桜井たちに次の作戦について説明を行っていた。

 配送センターでの作戦は結果として失敗に終わった。量子クローキング技術を搭載したステルス機の追跡も、DSRの技術力を以ってしても不可能だ。しかし、最低限のことである渡した魔具の破壊と、ポーラのアジトについて聞き出すなど前進しなかったわけではない。特に後者の情報に関して、DSRは既にアジトの特定を終えていた。

「N5セクターにある港町『いかだ町』だ。円形に広がるラストリゾートの外縁部の中で、この町は唯一開拓が進んでいる。他の未開拓地は人の活動できる環境ではない以上、中継拠点にするならここ以外にないだろう。ネクサスの目から逃れる点でも都合が良い」

 司令室中央のホログラフィックディスプレイには、港町の長閑な風景が映し出されている。中でも目を引いたのは、虹色の潮流が美しい海に面した幻想的な街並み。

「いかだ町は海に面しています。一説には魔法郷アルカディアや獄楽都市クレイドルなどの諸外国に通じる海だとも言われていますが、地理的に証明されたことはありません。しかし、ポーラ・ケルベロス、そして配送センターで確認されたクリストフ・ラベルツキンは獄楽都市クレイドルからやってきています。彼らが集めた魔具をクレイドルに持ち帰ることだけは防がなくてはいけません」

 桐生蓮美がいかだ町について詳しく付け加え、浅垣に話のバトンを返す。

「そのためにも、まずは中継拠点を潰す」

 主な活動圏内がラストリゾートの都市部だったということもあり、いかだ町にアジトがあるという事実は予想外のようで腑に落ちる。テロリストたちはDSRの目から逃れる方法を心得ているが、ラストリゾートの住人ではないポーラが捜査網を掻い潜るのは容易とは言えない。だがDSRの捜査網の外側で、ネクサスの目も届きづらいラストリゾートの外縁部となれば話は別だ。

 ポーラはアルカディアの没落貴族でありクレイドルへ亡命した立場であったため、彼女の目的や立場は不鮮明な部分が多かった。だが、配送センターに現れたクリストフ・ラベルツキン将軍の存在により、それは確定的なものとなった。彼女は獄楽都市クレイドルから送り込まれた斥候。であれば、彼らが集めた魔具をクレイドルに持ち帰る前に企みを阻止することが最優先事項だ。

「よし。そうと決まれば出発だ」

 桜井は意気揚々と立ち上がる。が、浅垣は「それともう一つ」と制止をかけた。

「月城財閥から連絡が入っている。例の『宝物庫』に通じる鍵を見つけたそうだ。桜井にはこちらを対応してもらう。コレットも同伴するように頼む」

「りょーかい」

 コレットはすんなりと理解したようだったが、桜井は違った。

「ちょっと待った。どう考えてもポーラの方を優先すべきじゃない?」

 確かに、月城時成つきしろときなりには『宝物庫』について何か分かったら連絡するように伝えた。その連絡が来るタイミングとして、今は少々都合が悪く感じる。今はポーラのアジトを何よりも先に潰すべきであって、その目的から逸れる月城財閥の問題は二の次。少なくとも桜井はそう考えていた。

「優先順位を考慮した上での人員配置だ」

 短く言い切る浅垣。どうやら、ポーラのアジトと財閥の宝物庫は同列に語られているらしい。

「そんなこと言ったって、月城財閥の屋敷に様子を見に行くだけなのに俺とコレットが行く必要があるのか?」

 魔具を集めているアジトともなれば、ポーラだけでなくあのクリストフという将軍もいる可能性が高い。真っ当に考えるなら、敵のアジトに乗り込むには万全の戦力を送り込むべきと言える。桜井自身だけでなく、コレットもその上で十分な戦力になるはずだ。しかし、

「どちらも奴らの狙いの範疇にあることに変わりはない。一点だけに集中しても、他方が疎かになれば万全とは言えない。万が一の可能性を考えて行動すべき局面だ」

 ポーラ側の狙いは博物館の魔具であったことから、月城財閥が保有する魔具を狙っているとも置き換えられる。単なる偶然かもしれないが、浅垣の言う通り備えておくに越したことはない。もしも、宝物庫に隠された魔具がポーラたちクレイドル側の手に渡ったらなどと考えたくもない。

「ってことは、浅垣くんの班には澪ちゃんがつくの? 配送センターの時とは逆になる、相棒の交換か……それはそれで悪くないわね」

 浅垣が桜井を言いくるめる中で、コレットは何気なく思いついたことを口にする。配送センターの時は桜井と浅垣、コレットと澪の二つの班に分けられた。今回は二班とも異なる組み合わせになっている。

 桜井とて、浅垣の采配には信頼を置いている。疑問を抱くことこそあれど、彼の考えよりも良い案を提供することはできない。大人しく従うことを決める傍ら、今回も協力してもらうことになる澪のことを見る。

 つい先ほどまで、彼女は配送センターでの作戦の失敗に思い詰めた様子だった。友達の未咲希のおかげで今は立ち直っているが、どうしても桜井には心配が拭いきれない。かと言って、あまり彼女を信頼しすぎないのも良くない。事実として彼女は超能力者であり、桜井はその力に頼らざるを得ない状況に陥っている。何よりも力を正しく使おうと努める本人のためにも、ここは彼女に任せるべきだろう。

「暁烏、頼めるか?」

 桜井はようやく、その言葉を口にした。

 初めて彼から本当の意味で頼られたことに驚きつつも、澪は大きく頷いた。

「もちろん、私に任せて。今度こそ、自分の役目を果たしてみせるわ」

 誇らしげに胸を張る姿は、どこか嬉しそうだ。これこそが超能力者であることの本懐であると、彼女は自らの心を戒め奮い立たせている。

「でも、あなたも気をつけて」

 心配しているのはもちろん桜井ばかりではない。澪もまた自分のことで悩みながら、彼に気をかけることを忘れてはいなかった。

「桜井くんならあたしがちゃーんと面倒を見るから大丈夫よ。ね?」

 割り込んできたのはコレット。澪よりもいくらか身長の高い彼女は、桜井の肩に手を回したがすぐに払われてしまった。二人のどこか焦れったいやり取りが、いつものイタズラ心をくすぐってしまったのだろう。

 そんな折、ひっそりと手を挙げたのは未咲希だった。

「あ、あの……私も澪について行っていいですか?」

 何を言い出すかと思えば、彼女は同行を申し出てきた。

「ダメよ。これ以上危ないことをさせられないわ」

 当然とでも言いたげに澪は頭ごなしに却下する。だが未咲希も未咲希で必死の思いで食い下がる。

「でも、いかだ町には私のおじいちゃんが住んでるの。私なら、何か聞き出せるかもしれないよ?」

 奇しくも、未咲希の言い分はある程度筋の通ったものだった。いかだ町に祖父が住んでいるのなら、確かに何らかの情報を聞き出すことができるかもしれないのだ。

「役に立ちたいのは分かるけど……」

 彼女はなぜそうまでしてついてきたがるのか、正直なところ澪には分からなかった。DSR本部にも秘密の教え合いっこをしてまで付いてきたり、配送センターにも澪との約束を破ってまでついてきた。そしてあまつさえ、今回はついていく許可を取ろうとしている。

 いっそ清々しいまでの食い下がりに、見かねたコレットはこんなことを言う。

「まぁ未咲希ちゃんなら戦えると思うわよ。あたしが保証してあげる」

 背中を押されるとは思ってもいなかった未咲希は、その場にいる誰よりも驚いた表情を浮かべている。彼女に対し、コレットはただウインクを送って見せた。

 そして、助け舟を送ってくれたのはコレットだけではない。

「家に帰らせて何をするか分からないより、隣に置いておいた方がいいかもしれないな。さっきも勝手についてきたようだが」

 こういった事情には関わらなそうな浅垣まで言う始末。すっかり断りづらい空気になってしまい、澪は大きくため息を吐いた。

 確かに、未咲希の言動は目に余るものだ。放っておいて何かをするよりも、目の届く範囲にいてもらう方が安心できることもある。ことさら未咲希は澪にとっての数少ない友達であり、大切な彼女のことを否定し続けるのも居た堪れない。

「分かったわ。けど、私の言うことは絶対に聞くこと。いい?」

 天晴れなことに澪を押し負かした未咲希。それでいていつもの元気さは薄れ、肩肘を張った状態のままで頷いた。まるで、不安なことはまだ何も解決していないかのように。

「うん、分かった」

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