第3章第14節「絡まる縁が手繰り寄せる運命」

「……マジかよ」

 時成は鍵の感触を確かめつつ呟く。確かにそれは幻などではなく、実体を持った鍵だ。

 そこまでしてようやく、彼は探し求めていた手がかりがこの鍵ではないかと考える。鍵の隠し場所として額縁の裏というのは映画やドラマではよくある話だが、まさか自分の父もある意味で同じ場所に隠すとは。

 感慨深げな時成だったが、今一度写真の方を見る。鍵は実体を持っていたが、写真の中の父や母、そして弟の方はどうだろうか。

 月城時宗は失踪したというのが世間一般の認識であるが、何処へ消えたかまでは分からない。時宗は姿を消しただけであって死んだわけではない。時成はそう信じているが、時間が経つに連れて死んだとする見方が強まっているのも事実。

 そんな中で、実体のある鍵を隠していた写真を見つけた。実体のあるものを写真の中に隠せるというのならばもしかしたら、と時成は考えずにいられなかった。

 時成は無意識の内に、額縁に収められた写真に向かって手を伸ばす。

 その直後、執務室の扉が突然開け放たれたかと思えば、現れたシェン長官の腰にある鞘から勢いよく緑色に光る剣が飛び出した。

 回転しながら迫る緑の剣による急襲を受け、時成は咄嗟に右手のブレスレットに嵌め込まれた赤い宝石を輝かせる。そのまま虚空を握り込み、振り向きざまに飛来する青い剣を弾こうとした。

 放り投げられた大剣とはいえ、誰にも握られていない以上弾くことは困難なことではない。遠心力に押し負けず軌道を逸らすことさえ気をつければ、避けることはできる。

 ガキン! という鋭利な音を轟かせて火花を散らすと、緑の剣は軌道を逸れる。こうなれば、あとは間近の壁に突き刺さるだけで急死に一生を得ることができる。


 ────しかしあろうことか、弾かれた緑の剣は眩い光を放ったと思うと人型に変貌。刀身はしなやかに伸びる足となって油断した時成の右手から魔法剣を蹴り飛ばし、動揺する間もなく首を締め上げる。気づいた時には、時成は足を浮かせて額縁に背中を押し付ける形で首を締め上げられていた。


 緑の剣から女性の姿に変態した彼女は、虹色の瞳孔に剣と同じ薄い緑色の髪を持っていた。時成は彼女のことを見たことがある。いつもメディアで報道される時に、シェン長官の側にいる秘書を務める女性だった。

「おやおや、ドブネズミが入りこんだかと思えば……君だったか」

 続けて執務室に入ってきたのは楽園政府ネクサスの長官であるウィリアム・シェン。立派な口髭を蓄えた彼は転がり込んできた獲物に笑みを浮かべ、その苦しむ顔を見ている。シェン長官にとって、会長なき月城財閥の跡取りである時成は目の上のたんこぶのような存在だ。

「離せ……ッ!」

 人間とは思えないほどの力で締め上げられていた時成は、必死に抵抗しようとする。呼吸が苦しくなり歪んでいく視界の中で、彼は首を絞めてくる女性の口が短く動いたのを見逃さなかった。ただ彼女が敢えて声を出さなかったのか、声が聞こえなかっただけなのかは分からない。当然彼女の口が『ごめんね』の動きをしていたことまで頭が回るわけもなく、床に届かない足をバタつかせる。

 彼はもがきながらシェン長官の方を睨むと、彼の背後から部屋に入ってくる別の女性の姿を見た。彼女は確か、長官専属の顧問弁護士の十楽院麻彩じゅうがくいんまあやだ。

「ここで始末したいのは山々でしょうけど、得策とは言えないわ。どうしてもやるおつもりなら、クリアランスやハーヴェスターに任せたらどうかしら、長官?」

 流石に殺す気はなかったのかどうか、十楽院の声がけに同調したシェン長官は忌々しげにフンと鼻を鳴らす。それを合図にして、緑髪の女性は時成を床に下ろした。

 倒れ込んだ時成はようやく気道を確保し、咳き込みながら空気を求めて喘ぐ。危うく本当に殺されてしまうところだ。

 一方で、シェン長官は時成を見下ろしながら唾を吐きかけるように捲し立てる。

「まだ父親の遺した栄光に縋るというのかね? 皮肉にも自らの手で曇らせ、色褪せた過去の栄光を」

 シェン長官は、時成の父のことをよく知っている。シェン長官がラストリゾート内部の経済を統制しようとする中、月城時宗は外交関係に目を向け魔法郷アルカディアや音信不通となった国と連絡を取ろうとした。当然、対極的な目的を掲げた二人はいがみ合い、衝突することは避けられない。その矢先に起きた時宗の失踪には、シェン長官の陰謀が関わっていると時成は睨んでいる。

「残念ながら、遺産は全て我々ネクサスのものだ。ラストリゾートの未来への投資だと思えば、ヤツも本望だろう」

 少し落ち着いてきた時成は、首の痛みに違和感を感じつつも立ち上がる。それをどこか憐れむように見つめていたのは首を絞めた張本人──シェン長官の秘書だ。白い肌のせいか不思議な透明感を持つ女性だが、悲しいことに時成の敵。美人を敵に回すのはもったいないと思いつつ、時成は長官に啖呵を切る。

「どうせ俺のことも追放する気だろ。失踪した親父みたいにな」

 対して、シェン長官は美しい秘書の隣に立つと右手を差し出した。秘書は長官の意思に応じるように、彼の手へ触れる。

 直後、シェン長官の手には秘書が変態した緑色に光る剣が握られた。その切先は、時成の額を貫く寸前で止まった。

「実の父に捨てられた哀れな境遇に免じてその無礼には目を瞑ろう。それから愚かな父の代わりに、貴様に良いことを教えてやる」

 言いながら、シェン長官は緑の剣を揺らすと腰の鞘へと納める。睨みを利かせる時成に対し、あくまでも憐れむような扱いをする。次の言葉も本心からではなく躍らせようとする煽りにしか聞こえなかった。

「獄楽都市クレイドルに関われば身を滅ぼすことになる。父と同じ轍を踏みたくなければ、コソコソと嗅ぎ回るのはやめて今すぐ立ち去るがいい。私とて貴様ら家族の問題に巻き添えにされるのは敵わん」

 シェン長官には言いたいことが山ほどある。この機会を逃せば次に会えるのはいつになるかも分からない。

 だが、時成には最優先でしなければならないことがある。父が隠した『宝物庫』を暴き出し、ネクサスや暗黒街のテロリストに奪われることを防ぐこと。

 彼は目先のエサには釣られずに、黙ったまま執務室を後にした。部屋の入り口で腕を組み黙って見守っていた十楽院とも目が合い、彼女はすれ違いざまに捨て台詞を吐いた。

「ごきげんよう。財閥のおぼっちゃま」

 しかし、頭の中で反芻されたのは長官の放った言葉の方だった。

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