第3章第13節「絡まる縁が手繰り寄せる運命」
ラストリゾートの楽園政府ネクサスは、街の中枢部セントラルセクターに浮かぶ巨大な空中城塞シャンデリアを根城としている。ウィリアム・シェン長官を中心に政治を執り行う役員たちはさも天上に住む人のように、一般人の目には映るだろう。だが実際は自分の利益のみを追求する政治家の城である事は言うまでもない。
シェン長官は報道機関を巧みに操った。超常現象対策機関DSRや月城財閥、魔導工房レヴェナントといった一大企業を矢面に立たせ、それらを支援し存続させているのは自分たちであると豪語する。美しい植物が育つには水が必要なように、ネクサスは世間にとってなくてはならないものである。そう報道させれば、大衆のほとんどはそう信じるのだ。その実、彼らの利益を牛耳っていることも知らずに。
月城財閥の御曹司である
「現在、シェン長官は顧問弁護士の
「分かってるって」
警察の格好をした女性の注意を話半分に聞く
「ところでエリーゼ。警察服もなかなか似合ってるな」
名前を呼ばれてようやくジロジロと見られていることに気づき、彼女は少し顔を赤くして諌めた。
「もう、褒めても何も出ませんよ? それに私としてはメイド服の方が着ていて落ち着きます」
エリーゼ・シャルレーヌ・リーズレーは、時成が父の失踪後に初めて雇用したメイドである。警察の格好をしているのは、彼女がその立場を利用して時成を非公式にシャンデリア内部へ手引きするためだった。
一応は財閥の正当な後継である時成は、申請すれば入場することは難しくない。だが時成が来たことを公にしたくなかったのだ。なぜなら、彼が探そうとしているのは財閥が抱える秘密『宝物庫』への手がかりだから。
そんな状況の緊張感はよそに、時成は次のように続けた。
「楽園守護局で働くのは大変だったろ」
実は、リーズレーは数ヶ月前からラストリゾート市警を運営する楽園守護局に潜入していた。全てはシャンデリアへ潜入するための布石であり、メイドにも関わらずその大役を任せられていたのだ。
「無茶を言って悪かった。今回のことは本っ当に感謝してる」
そんなリーズレーを労う言葉をかける時成。彼としては本心からの言葉であったが、悠長に話をしている場合でもない。
「そう言っていただけるのは嬉しいですけど、全てが終わってからまた聞かせてくださいね」
リーズレーは時成の言葉に応えつつ、彼を目的地へと誘導する。彼女の手には大型のコンパスが握られていて、『月城財閥会長の執務室』という表示がなされている。地図を見るのではなく魔法のコンパスに頼ることは妙な話だが、それがなければシャンデリアで目的地に辿り着くことはないだろう。
シャンデリアは厳重に警備されていると思われるが、廊下で誰かとすれ違うことはなかった。警備の目は人間よりも、魔法的な仕掛けや機械的なセキュリティに任されているのだ。目的地までに多くのドアノブを見てきたが、その大半が魔法陣による封印が施されている。不用意に開けようとすればすぐに警報が作動するはずだ。
ある程度進んだところで、リーズレーが立ち止まる。
「お父様の執務室はこの先にあります。私が案内できるのはここまでですので、脱出はお一人で頑張ってください」
「俺一人で?」
思わず聞き返す時成。なんと、彼は潜入するための計画を立てたが脱出するまでの計画を一切立てていない。
もちろん、リーズレーや夏目瑛里子もそれに気づいており、既に妥当な手段が用意されていた。
「ご心配なさらず。バルコニーに楽園守護局のバイクを置いておいたのでそれを使ってください」
執務室の近くには大きなバルコニーが存在し、そこにはラストリゾート市警の所有するバイクが停められているという。ラストリゾート市警のバイクといえば警察出動に使われる正式な車両だが、リーズレーは上手く借りてきたようだ。
ちなみに時成はバイクを運転したことはない。が、最先端のバイクは高度な自走機能があるだけでなく空中飛行能力を持つため、シャンデリアからの脱出にはもってこいなのだ。
「そりゃ安心だな」
伝えるべきことも伝え、あとは時成全てがかかっている。これまで長い時間を費やしてきた計画に、失敗は許されない。
「とにかく気をつけてくださいね。長居は禁物、ですよ?」
「あまり長居はしないさ。船酔いしたくないからな」
短く別れを告げて、リーズレーは再びコンパスを弄ってからシャンデリアのどこかへ去っていく。一人となった時成は改めて正面を見据えた。
月城財閥会長の執務室。数年前に一度入ったきり、そこには入ったことがない。だが、失踪した父が残した何かがあるのはほぼ間違いない。
時成は魔法陣による封印が施されたドアノブへ手を伸ばす。すると、彼の手首を二重三重と魔法陣が囲い込み、開錠者が何者かを認証する。
「俺だよ、俺。息子の時成」
合言葉や肉声が必要かは分からないが、彼の手はすんなり受け入れられた。ドアノブへ触れると、ガチャリと回して開け放つ。
会長の失踪から既に数年の年月が経過しているが、部屋は隅々まで丁寧に整理されていた。おそらく
「瑛里子のやつ、誰も使わない部屋を掃除するより先に自分の部屋を掃除すればいいのに」
本人の耳に届かないことをいいことに好き放題言って、時成は手を擦り合わせて部屋全体を見渡す。
「さてどこから探そうか」
『宝物庫』の手がかりを見つけること。漠然と手がかりといっても、実のところ具体的な形については何も知らない。見当がついているわけでもなく、本当に何も知らなかった。
それでも彼が危険を冒してまでシャンデリアにある会長の執務室へやってきたのは、もうそこ以外に隠し場所がないからだ。
月城財閥の屋敷の中はほとんど調べ上げたが、『宝物庫』に繋がる手がかりどころかその存在を証明するものすら発見できていない。
「……ない……ここじゃない……そこか? ……違う」
引き出しや小物入れだけでなく、骨董品の裏や机の裏側なども調べていく。だが、手がかりらしいものは見つからなかった。それでも、時成には確信めいたものがあった。手がかりは必ずここにある。息子の勘、とでもいうのだろうか。
「どこに隠してんだよクソ親父」
その時、時成は部屋の壁にかけられた家族写真に映る父と目を合わせていた。
写真自体は屋敷にあったものと同じだ。にも関わらず、屋敷のものとは明らかに異なる点があった。
「ん?」
というのも、両親が肩に手を置く時成とその弟の
見慣れた写真とはいえ、自分の姿は今の成長した姿の方が見慣れている。そのせいか、時成は視界に映り込んでいた写真の異常に気付くのが遅れた。だが時成が最も引っかかったことは自分の姿ではなく、既に死んでしまった弟の時矢の姿。いつでも思い出せる顔のはずが、写真の顔を見るとずいぶん久しぶりに目にするように感じた。
目を凝らして写真に一歩一歩近づいていく時成。不思議なことに、彼が近づくに連れて写真に写った兄弟は徐々に若返っていく。額縁の近くにやってくる頃には、既に屋敷のものと同じ背格好になっていた。
ふと思い立った時成は一歩下がってみると、一歳ほどの変化が見て取れた。小さな子どもというのはこうも短い時間で成長するものなのか。別のところで驚きを隠せずにいる時成だったが、彼はある変化に気づいた。
それは、写真の時矢の首に鍵がかけられていたのだ。もう一度一歩下がってみると鍵は消え、再び戻ると鍵が浮き出てくる。
探し物のことを思考から外し、彼は純粋な好奇心から手を伸ばす。
すると、時成の手は時矢の首から下がった鍵に触れることができた。彼はそのままゆっくりと鍵を掴んで引っ張る。時矢の首から繋がる黒い紐はまるでふやけた紙のように柔らかく千切れ、彼の手には鍵だけが残された。
「……マジかよ」
時成は鍵の感触を確かめつつ呟く。間違いなくそれは幻などではなく、実体を持った鍵だった。
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