第3章第12節「絡まる縁が手繰り寄せる運命」
『サーキット・ロジスティクス』配送センターを飛び去ったステルス機は、ラストリゾート上空を飛行していた。
獄楽都市クレイドルでは『スキャフォールド』と呼ばれている本機は、母艦から離れて活動可能な高性能な子機である。量子クローキング技術により肉眼での視認はおろかDSRが有するレーダーにも探知されず、雨や光を透過させられるなど高い隠密性を持つ。
機内ブリッジでは、獄楽都市クレイドルの将軍であるクリストフ・ラベルツキンや、ポーラ・ケルベロスがいる。有機的な肉体を持つのはその二名のみで、パイロットやオペレーターなど他の搭乗員は全て機械の魔導兵士だ。クレイドルでは幹部となる人物以外のほどんどに機械の魔導兵士を導入することで、高い統率力を誇ることで有名だった。
ポーラはブリッジの壁に背中を預け、腕を組んで目を閉じている。機械の搭乗員たちは誰も彼女のことを気に留めないが、ただ一人クリストフだけは違った。
「三人の召使いを失った気分はどうだ? 己の手足を失ったかのようだろう」
クリストフは彼女の気持ちを慰めるどころか逆撫でするように振る舞う。
ナイフ、フォーク、スプーンの三人はDSRに敗れた。彼らはケルベロス家の召使いであり、クレイドルに亡命したポーラたち三姉妹を守るためについてきていた。しかし三人の召使いはクレイドルによる非人道的な実験によって改造手術を施され、自我を失いアンドロイドのようになってしまった。それでも、ポーラにとって三人の召使いは幼い頃から面倒を見てくれた身近な人たちだ。
「だが安心するがいい。皇帝陛下は我々に腕や足、目を与えてくれる。我輩のようにな」
喪失から目を伏せていたポーラに対し、クリストフは彼女の顎を掴み無理矢理に視線を合わせる。
目があった彼の瞳は色がない代わりに複数の歯車とレンズが重なっていて、鈍い光を湛えている。そう。彼の目元にある痛々しい傷と共に目を失い、義眼となっているのだ。
クリストフはその瞳と同じように、失った体は取り戻せるという。が、義体化をあまり薦めたくないのか、名残惜しい目でポーラの体へ視線を落とす。
「とはいえ……そなたの美しい体を義体にするには惜しい。皇帝に認めさせるためにも、きちんと働きを見せろ」
彼らが仕える主君たるハウスダスト皇帝。全ては主君の意のままにある一方で、クリストフはポーラに肩入れをしていた。そこに込められた愛情を受けても、ポーラは表情一つ変えずに彼を見つめ返している。
クリストフはポーラから離れると、指示を出しながらブリッジのデスクへ向かう。
「そなたには港町に集めた魔具の防衛を任せたい。魔具はもはや財閥のものではなく皇帝のもの。こちらの事を片付けたら迎えに行こう」
これまで二人は行動を共にしてきたが、ここからは別行動になる。暗に告げるクリストフの背中へ、ポーラは一言だけ訊ねた。
「何をするの?」
答えは極めて単純だった。
「月城財閥を粛清する」
デスクに置いてあった箱は氷漬けにされていて、冷気を放っている。誰も触れることのできない氷漬けの箱にクリストフが手をかざすと、みるみる内に手の中へ冷気を吸い込んでいく。やがて全体を覆っていた氷は消え、彼は難なく箱を開けた。
「あの男は財閥を氷漬けにすることで数多の魔具と真実を封じ込めてきた。今では世界魔法史博物館をも失ったが、あれは氷山の一角に過ぎん。だが陽の目を浴びた今、氷漬けにされた真実は今にも溶け出すだろう。そして現れた真実を、我々が粛清するのだ」
箱から取り出したものに、ふーっと息を吹きかけ冷気を払う。
彼の手に握られていたのは、一つの鍵だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます