第3章第10節「絡まる縁が手繰り寄せる運命」

『別棟の搬入口は主に空路を用いた運送に使われています。ターゲットは空路による脱出を計画していることが考えられます。スキャンによると飛行物体の存在は認められませんが、十分注意してください』

 浅垣が運転する車はスムーズに搬入口へ入り、中央の滑走路に敢えて着陸する。もちろん車程度では離陸を阻めないが、多少の牽制にはなるはずだ。

 搬入口の中央は滑走路としてスペースを広く取ってあるほかに、複数の輸送機が休眠している。ここから脱出するつもりなら、その内のどれかを奪うつもりなのだろうか。

 輸送機の発着場というだけあって余計なものはなく、ガランとした印象だ。しかし、奥の天井付近には運び込まれたコンテナを移動するための複雑な機構が見て取れた。

 搬入口の出入り口の真上、ちょうど連絡通路の高さ程度の位置から空洞化。天井にはコンテナを磁力装置によって吊り下げて移動するためのレールがある。あのレールを使ってコンテナを迅速に配送センターへ送っていたはずだ。

 車から降りた桜井と浅垣は、ドアを開いたまま周囲を警戒する。別棟内部へ繋がる出入り口は横長になっていて、扉の代わりにバリアが張られていた。バリア装置は珍しくなく、DSRでもサイトブロックという包囲網装置に用いられている。触れても人体に害はないが魔法を含む様々な物体を遮断することができ、此処のようにセキュリティ性の高いドアの代わりになることもあった。

 そんなバリアの向こう側から銃撃と爆発音が聞こえると同時、バリアが失われていく。バリアの制御装置を無理矢理壊し、影から現れたのはポーラ・ケルベロスだった。

 彼女は銃を構えて立ち塞がる桜井たちに気づくと、数歩だけ前へ出て止まる。お互いの距離は数十メートルはあるが、音の響きやすい搬入口はよく声を通した。

「ポーラ・ケルベロス。もう逃げ場はどこにもない。大人しく投降しろ」

 浅垣の警告を受けてなお、ポーラは何も動じない。ただ思い出したように右手を挙げ、白い手袋をした手の平をぶらぶらと振った。

「あなたがくれたモノは超能力者の誰かさんに壊されちゃったわ。取り返したいのなら私を追うべきじゃない」

 連絡通路を渡った時、ポーラは超能力者こと澪の追撃を受けた。浅垣との交渉で受け取った博士の魔具は破壊され、今の彼女から取り返すべきものはない。

「それは残念だったな。その誰かさんは俺たちの仲間だ」

 だが桜井が言った通り、澪は今回の作戦に参加している仲間だ。端から魔具は囮に過ぎず、指名手配されているポーラの逮捕が彼らの目的。たとえ魔具が破壊されたとしても、目的を果たせれば何も問題はない。

 ようやくポーラは自分が置かれている状況を理解したのか、少しだけ俯く。

「あら……そうだったの」

 車の前で銃を構える桜井たちに届くギリギリの小声。同時に自然と下された右手は、腰につけられた鍵束へと伸びる。そして彼女は迷いなく鍵束から一つのプレートを選び、つまみ上げた。

 リングに通された鍵とプレートの内、一つを上につまみ上げる動作が何を意味するのか。まだ見たことのなかった桜井たちは、彼女の両手にガトリングガンが召喚されるのを目撃した。

「まずいな」

 桜井たちが驚嘆する暇もなく、ガトリングガンの引き金が容赦なく引かれる。

 怒涛の勢いで降り注ぐレーザー弾の雨に、桜井と浅垣はそれぞれ反対方向へ回避行動を取る。しかし、滑走路を塞がないように遮蔽物となるものはなく、急いで車から離れていく。

 彼らが十分に逃げ切らない内に、掃射に晒された車は大爆発を引き起こした。DSRの改造により、飛行形態への移行のために強力な魔導燃料を搭載する車は一般的な車とは違う。非常に危険な魔法的な爆発は青っぽい炎を伴い、強い衝撃波を放った。

 掃射を避けるだけでも必死だった桜井と浅垣は吹き飛ばされ、滑走路から大きく外れたところに投げ捨てられてしまった。

 障害を取り除いたポーラは掃射をやめ、腰の鍵束を取ると空中で回転をつけて離す。するとリングは回転と共に青白い粒子と煙を出して、人が通れる大きさまで拡大。遠隔地への瞬間的な移動を可能にするポータルを生み出した。

 彼女が搬入口まで来たのは、出口となるポータルの有効範囲に入るためであり、滑走路からの脱出を目的としていたわけではなかったのだ。

 そして、暗いポータルの向こう側から光を伴ってある人物が現れた。

 貴族を彷彿とさせるウェーブがかったブロンドの髪に、威厳と栄華を表す装飾の服。それらとは対照的に傷だらけの顔をした男は、炎上する車を眺めて言った。

「手こずっているようだな、ポーラ」

「もう片付いたわ。ラベルツキン将軍」

 ラベルツキン将軍と呼ばれた男は、ポーラの言葉を聞きながら火のついたタバコを取り出すと口に咥えた。戦場のような様相を呈す搬入口の空気で一服し、彼は滑走路の端で立ち上がろうとする浅垣を見て不機嫌そうに白い煙を吐く。

「先に戻れ」

 命令を受け、ポーラはポータルへ姿を消す。

 爆発の衝撃波をまともに食らった浅垣は、咳き込みながら立ち上がる。彼は将軍を見据えると、拾ったハンドガンを構えた。

 浅垣が放った銃撃は、タバコを吸う将軍へと突き進む。が、将軍に届くより前に極寒の冷気に阻まれたかと思うと、光の銃弾は氷となって砕け散った。

 将軍は浅垣を視界に入れるとわずかに眉を動かす。それでいて険しい表情に大きな変化はなく、ただ氷のように冷徹な視線を新垣へ注いだ。

「此度の非礼は詫びよう。ケルベロス家の人間は加減を知らなければ礼節をも弁えないものでね……ともあれ、元気そうで何よりだ。次は我輩から出直すとしよう」

 一方的に語りかけ、将軍はポータルに向けて踵を返す。中に入る直前で、タバコの吸い殻を宙に放り投げて。

 見送る浅垣も追撃を仕掛けることはしなかった。というより、下げた銃口を上げることもできないほど、体が凍ってしまったと思えるほど硬直していた。凍ったと思えたのは、背筋を這うおぞましい悪寒のせいだろう。

 その時、搬入口の出入り口から澪が走ってきた。彼女は肩で息をしているが、敵を見つけようとする瞳は鋭い。が、澪がやってくると同時にポータルは閉じてしまい、捨てられた吸い殻が残された。

 さらに、搬入口の外側、滑走路の先の上空で動きがあった。

『そちらの上空で飛行物体の反応を検知しました。追撃の無理はなさらないでください!』

 DSR本部からの通信を聞いていた澪は、急いで滑走路へ走る。そこから見えたのは、ステルス機能を一時的に解除した戦闘機だ。

「逃がさない!」

 ステルス機に逃げたポーラがいること瞬時に察知した澪は、追撃を行うべく手から紅いエネルギーを放つ。

 が、澪が追撃をする間にも軌道を変えていたステルス機は、目にも止まらぬ速さで飛び去ってしまった。

「…………」

 取り逃してしまったことに唇を噛む澪だったが、すぐに滑走路へ振り返る。

 炎上する車を中心に、滑走路の両端には新垣と桜井の姿があった。浅垣はなんとか立ち上がり、本部と連絡を取っている。一方の桜井はまだ倒れた状態のままだ。

 澪は咄嗟に彼の元へ駆け寄るが、幸いにも意識はあった。

「桜井くん! しっかり!」

「う……あいつは?」

 痛む体を起こした桜井は、周囲を見回して敵を探す。どこにも見当たらず澪に視線を戻すと、彼女は首を横に振った。

 口の中を少し切ったのか、血の味がする。反射的に口元に手をやり痛みを我慢するが、幸いにも目立った傷は負っていなかった。

 ポーラを逃したと分かると、立ち上がる気力も起きず炎上する車を見つめる。炎越しに浅垣の姿が見えたが、桜井と同じように憔悴しきっていた。

 桜井は何気なく浅垣の視線の先を追ってみると、そこにはタバコの吸い殻が残されていた。

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