第3章第9節「絡まる縁が手繰り寄せる運命」

 その頃、上層のガンマテーブルではコレットがスプーンと魔法による戦闘を繰り広げていた。

 スプーンは杖を用いて多くの魔法陣を生み出していたが、コレットは刀と炎のついた杖によって打ち砕く。スプーンの魔法は暁烏澪の超能力のように魔導粒子ユレーナを直接制御するような力だ。その練度は高水準と言えるが、スプーンは近距離における戦闘を得意としない。炎の杖を得たコレットはあらゆる距離に対応できるため、まさに天敵と呼べるだろう。

 加えて言えば、浅垣との連戦による消耗もあるはずだ。押し負けるのは時間の問題。

 それでもスプーンは抵抗をやめず、その表情に焦りや恐れといったものはない。その無機質な様子を見たコレットは、スプーンの魔法を難なく掻い潜って距離を詰める。そして、抵抗の為に生み出された魔法陣ごと刀を振り抜きトドメを刺した。

「ふぅ」

 短く息を吐き、刀を鞘に納めてからベルトの魔装へ消し、長い金髪にかかった汚れを振り払う。

 戦いの最中、コレットは未咲希を庇うために後方に待たせていた。澪との口約束を守るためでもあったが、そもそも未咲希はスプーンと相性が悪い。彼女はあくまでも魔具を介した格闘術を心得ているだけであり、技術面で押し負けてしまう恐れがあったからだ。

 背後からコレットの戦いぶりを見守っていた未咲希は、おそるおそる近づいてきた。

「あの人もドロイドなの?」

 倒れたスプーンからは火花が散り、斬られた痕からは黒煙が上がっている。襲いかかってきたセキュリティドロイドと同じ、機械の肉体だったのだ。

「……どうだろうね」

 知ってか知らずか、コレットは敢えて言葉を濁す。その意図は分からないが、彼らの正体について議論している場合ではない。未咲希は崩落した連絡通路の方を気にかけながら促す。

「そ、それより澪が」

 言い終わるよりも前に、二人の元に蓮美からの通信が割り込んだ。

『現在ポーラ・ケルベロスは別棟を移動中です。暁烏さんの追跡を振り切り、連絡通路も崩落してしまいました。幸い、ケースの破壊は確認しましたが、ケルベロスの確保の機会を逃さないでください』

 コレットは冷静に状況を把握していたが、未咲希はなおも落ち着かない様子。ポーラを追った澪がどうなったのか、蓮美が触れなかったからである。

「蓮美ちゃん、澪は大丈夫なの? 平気なんだよね?」

 魔導回線を通して訊ねる未咲希に対し、蓮美はホログラムに浮かぶデータを一瞥して答えた。

『安心してください、暁烏さんも地上から別棟へ向かっているようです。ただ、暁烏さんに貸し出した通信端末が破損していて連絡が取れないんです。おそらく、崩落に巻き込まれて破損してしまったかと』

 ひとまず澪がまだ生きていることに安堵するも、だからといって落ち着いてはいられない。連絡が取れず状況が分からないのなら、未咲希は一刻も早く澪と合流すべきだろう。

「はやく確かめにいかなきゃ」

 尤も、澪は超能力者である。そう簡単に負けることはないと未咲希は信じているが、焦る気持ちは止まらない。彼女がわざわざ配送センターまで追いかけてきたことも、ひとえに澪への心配だけがある。

「それじゃああたしたちも行きましょ」

 コレットとしても異存はなく、先走る未咲希の後を追う。

 だが連絡通路へ歩き出そうとした矢先、ふっと浮遊感に襲われる。運命のイタズラか、彼女たちのいるガンマテーブルが中層に向けて下降を始めたのだ。

「わっ……!」

「おっとっと」

 バランスを崩してしまった未咲希を支えるコレット。支えられた未咲希は何が起きているのかを遅れて理解する。

「どうして下がってるの?」

 聞かれても、コレットは何も答えずに上を見つめていた。彼女の横顔を見るに、テーブルが動いた理由を勘づいているように見えた。

 入れ代わりに上層へ上がってきたのは、中層にあったアルファテーブル。そこにはナイフとフォークを撃退した桜井と浅垣がいた。

 二人は示し合わさずとも歩幅を同じくして、崩落してしまった連絡通路へ向かう。

 崩落によって別棟へ最短で行ける移動手段は絶たれた。下を覗き込むとかなりの高さがあり、地上には通路の残骸が瓦礫となって散乱している。配送センターが敷地内を含めて閉鎖中なことが不幸中の幸い。もし人がいれば大惨事になっていただろう。

「どうする? 別棟にも誰か送っておくべきだったな」

 桜井はお手上げ状態。浅垣も外からの風を受けて目を細め、考えを巡らせている。

 浅垣が何か思い付いたのか、ずっとかけていた黒縁のメガネを外した時だった。

『あたしが手配したタクシーがそろそろ着く頃かしら』

 無線通信から聞こえてきたのはコレットの声。彼女が言い終わるのとほぼ同時、断崖絶壁となった連絡通路に飛行物体が接近してくる。それは飛行形態に変形したDSRの車両だった。そう、コレットの言うタクシーとは彼女が外に停めておいた車のこと。

『どうやらあたしの可愛い後輩くんたちは連絡通路を渡れなくて困っているだろうし、ありがたく乗ってちょうだい』

 実際のところ、車を呼んだのは彼らの為というわけではない。単に、事前に呼んでおいたら中層に降ろされた、というのが正しい。タイミングの問題で桜井たちの前に現れただけだったが、コレットは上手く勘を働かせたようだ。

「貸しにしとくよ。……わざわざ呼ばなくても、俺が呼んだのに」

 お節介な上司からの通信に悪態をつきながら、桜井は滞空する車へと乗り込む。

「ならさっさと呼べ」

「こっちのセリフだ。車を持ってるのは浅垣なんだから」

 崩落した通路に横付けしている関係上、片側のドアから乗り込みながら言い合う二人。

「鍵はお前が持ってるだろ」

 センターまで桜井が運転してきた車は浅垣のもの。今回は桜井が待機する都合上、鍵は彼が持っている。ならば桜井が提案するべきかも知れないが、飛行形態の車を運転したことがない。思いつかないのは仕方ないのかもしれない。

 どの道、浅垣は桜井から鍵を奪い取ってでもコレットと同じ手段を取っただろう。

 浅垣はハンドルを片手で握りつつ、飛行形態への移行に伴って内臓されていたブースターの操縦桿を操作する。一見簡単そうに見えるが、実際はかなり難しく桜井は練習中だ。飛行形態の運転もできなければ、DSRの車両を使いこなすことはおろか与えられることもない。

 二人を乗せた飛行形態となった車は、配送センターの隣にある円柱状の別棟へ飛ぶ。

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