第3章第8節「絡まる縁が手繰り寄せる運命」
一方で、中層のベータテーブルに不時着した桜井はドロイドをあらかた片付け終えていた。残念ながら浮遊するコンテナは近くになく、DSRから支給された靴も万能ではない。上層へ向かうことは難しい。何とか方法を考えようとすると、蓮美から通信が入った。
『桜井先輩、中層のアルファテーブルにて浅垣先輩が敵の護衛二人と交戦中です。至急援護に向かってください!』
言われて見ると、中層に降りてきていたアルファテーブルに浅垣の姿を発見する。さらに、飛行するドロイドが下層から一体だけやってきた。
「仕方ない。ヒッチハイクはしたことないけど、誰か止まってくれるかな」
そこで、桜井は意を決して中層のベータテーブルから跳躍。飛行するドロイドの足を掴んだ。
ドロイドにぶら下がった桜井は、「どうどう」と馬を宥めるように叫ぶ。土壇場にはなったが、便利な移動手段を得ることができた。
上から変形させた腕で桜井を撃ち落とそうとしてくるが、彼は上手い具合に体を捻ってレーザー弾を避ける。
そうこうしていると、上層にはいかずとも一定の高度を保ったまま中層のアルファテーブルへ通りがかった。
「おっけー! ここでいいよ!」
言って、桜井は魔剣ライフダストをどこからともなく現出させ、ドロイドの足を斬り落とした。
中層のアルファテーブルでは、浅垣がナイフとフォークを相手にしていた。そこへ上からドロイドの足を持って桜井が乱入してくる。
突然のことに浅垣は降ってきた桜井を見つめ、言葉を詰まらせている。
「すまん。いい足が見つからなくて遅れた」
桜井は抱えていたドロイドの足を放り捨て、浅垣の隣に並び立つ。
「まぁいい。これで二対二だ」
「あぁ、勝負はフェアじゃないと」
桜井と浅垣。ナイフとフォーク。役者は揃った。
先に仕掛けてきたのはナイフとフォークだ。ナイフは柔軟な体幹を活かして側転を交えて接近。得物とする二つの短剣を斬り下ろす。桜井や浅垣が持つ剣には実現できない素早い攻撃だ。ナイフの攻撃を受けたのは浅垣で、彼は手にしていた機械剣で応じる。
桜井も加勢しようとするが、ナイフはしなやかな動きで魔剣ライフダストをも捌く。その隙に、後方にいたフォークは弓を引いていた。フォークが得物とする弓矢はただの弓ではなく、一本の矢で多方面への攻撃を得意としていた。彼が放った矢は魔法によって分裂し、六本に分かれて桜井と新垣を射抜こうとする。彼は新垣に矢が流れることを避けるために走り出し、魔剣によって全ての矢を弾き落とす。続けて、弓を引く隙を与えないように桜井は距離を詰めた。ナイフの攻撃を凌いでいた浅垣が桜井に行動に気づくと、機械剣を二つに分裂させて片割れを桜井へと投げつける。
「これを使え」
浅垣が放った機械剣の片割れはあり得ない軌道を描き、フォークの矢を撃ち落としながら桜井の手元へ。彼はそのまま弓使いの男フォークへ斬りかかる。フォークは弓と矢を使って桜井の魔剣と機械剣の二刀流を捌き、ステップで距離を取り直して矢を放つ。だが、桜井の手元から機械剣が離れるとプロペラのように回転して的確に矢を弾く。盾となって守った機械剣を桜井が手に取ると、再び接近戦へもつれ込む。
桜井とフォーク、浅垣とナイフの両者の戦いの場は五メートル近くの距離が開かれた。その時、浅垣と戦っていたナイフが短剣を上空へ放り投げ、宙に舞った短剣は魔法陣を作り出す。桜井と戦っていたフォークは一瞬の隙に弓を引いて、その短剣を射抜く。
すると、宙に描かれた魔法陣を中心に無数の矢が召喚された。真下にいたナイフはバク転によって射程から抜け出し、上空に配置された矢を雨のように降らせる。
「浅垣! これ返す!」
その時、桜井は受け取っていた機械剣の片割れを浅垣に返すため、回転させて放り投げる。浅垣は持っていた機械剣とその片割れを直接空中で合体させ、完全となった剣に意識を集中させた。
機械剣ペンホルダーと呼ばれるそれはDSR技術部門にて開発された魔導武装で、グリップの上部に組み込まれたカートリッジに魔力を充填し、そのエネルギーを利用した多彩な攻撃を可能とする。
「あまり見くびるなよ」
彼は機械剣を逆手に持って地面へ突き立てると、回転式拳銃に見られるシリンダー状のカートリッジから青いエネルギーが衝撃波となって放たれた。衝撃波はドーム状に広がり、上空から降り注ぐ魔法の矢を次々と打ち消す。その様はまるで、危険な氷柱が水と泡に変わるように呆気ない。そうして全ての矢を打ち消した浅垣は、合間で左手にハンドガンを呼び出して短剣が描く魔法陣を撃ち抜いた。
銃によって短剣が弾かれたことで魔法陣は崩れ、矢の雨も止まる。ナイフは弾かれた短剣をキャッチし、一方のフォークを助けるべく桜井へ短剣を投げつけた。浅垣が桜井に機械剣の片割れを渡したように、ナイフとフォークもまた連携を取ってくる。
「桜井!」
しかし、桜井は弓使いの男フォークとの接近戦の中でも風を切る音を聞き、ギリギリで首をそらして避ける。素通りした短剣だったが、フォークはそれをキャッチした。素早い身のこなしで桜井から離れたフォークは、短剣を矢の代わりにして弓につがえる。
そうして放たれた渾身の一撃は、桜井の反射神経でも捉えるのでやっと。ドロイドのレーザー弾以上に強烈な矢に対し、桜井は咄嗟に魔剣をあてがった。
魔剣によって弾くことには成功したが、短剣は甲高い音を立てて浅垣と短剣使いの女ナイフの方へ飛んでいく。
時間は少し巻き戻り、矢の雨を打ち消した浅垣。彼は機械剣の空になったカートリッジを動かすと、上空に残された魔力の残滓を吸収してエネルギーを充填する。再び機械剣を構え直すと、一メートル程度の比較的短い刀身が中央から二つに分割された。充填済みのカートリッジからエネルギーを射出可能な銃形態だ。銃として持ちやすいように折れたグリップを握り、浅垣はトリガーを引く。
銃身から射出された青く光るエネルギーは、無数の小型ミサイルへ変換されナイフ目掛けて飛ぶ。対する彼女はミサイルを撃ち落とすべく短剣をブーメランのように投げつけた。複数のミサイルを撃ち落とすが、撃ち漏らしたいくつかのミサイルが地面に直撃。小規模の爆発を引き起こし、回避行動を取ったナイフは地面に叩きつけられる。彼女が受け身を取り戻ってきた短剣を掴んだところで、桜井が防いで弾いた短剣が視界に入ってきた。
ナイフとフォークはお互いの連携において同じ短剣を用いている。連携を崩すにはそこを突くべきだと考えた浅垣は、落ちてくる短剣に狙いを定める。機械剣のカートリッジは先の魔法攻撃で空となったため、彼はハンドガンを再び呼び出す。
やはり、ナイフは短剣を取ることを優先し、跳躍して宙を舞う短剣に手を伸ばす。
一瞬の機会。
彼がハンドガンの引き金を引くと、撃ち出された赤い弾丸は短剣へと突き進む。そして、短剣を取ったナイフの右手と重なったところを、彼女の手もろとも撃ち抜いた。
手を撃ち抜かれたナイフは着地すると己の手を見る。手は弾丸によって貫かれているが、血は流れていない。まるで壊れた機械のように火花と煙を出していた。
短剣そのものを矢にした一撃を放った後、フォークは弓を引いて更なる追撃を仕掛けようとしていた。が、桜井は怯みながらもハンドガンを呼び出し、フォークの手から弓を撃ち落とす。ナイフと同じように、彼の手からは血ではなく火花と配線が飛び出している。
「悪く思うな」
銃を構えた桜井と浅垣は、ナイフとフォークに銃口を向けたままお互いに言葉を交わす。
「こいつら機械なのか?」
「らしいな」
桜井は疑問を口にしながら新垣へ近づく。曖昧に答えた浅垣も桜井へ近寄ると、お互いの背中を合わせた。
「機械同士にしちゃ悪くない連携だ」
感心する口振りの桜井だったが、追い詰められたナイフとフォークは動じない。
それどころか、ナイフは残った短剣を、フォークは残った矢を構える。揺らぐことない意思を桜井たちに見せつけた。いや、それを意思と言っていいものだろうか。如何なる状況下でも崩れない表情は、機械のように冷たく無機質な仮面の如く。少なくとも、人間がする決死の覚悟と呼べるものとは違う。
「まぁ俺たちほどじゃないけどな」
相手が機械であることに桜井が戯けると、背中合わせになった浅垣は小さく鼻で笑う。
機械はプログラムの通りにしか動かず、逆らうことは決してない。たとえ連携することがあったとしても、それはプログラムの一環に過ぎないのだろう。そしてナイフとフォークはそれぞれの欠けた武器を携えて特攻する。
桜井と浅垣はハンドガンの引き金を引くが、ナイフとフォークは短剣と弓矢でもって的確に弾く。間もなくナイフとフォークは飛びかかり、桜井と浅垣はそれぞれの剣を絡ませながら体を動かす。
桜井の魔剣とフォークの弓矢、浅垣の機械剣とナイフの短剣、四つの武器が一堂に会する。
一瞬よりも長く永遠よりも短い鍔迫り合いで、四人は紐を結ぶように入り乱れる。桜井の魔剣はナイフの短剣を絡め取り、浅垣の機械剣はフォークの弓矢を掠め取った。そのまま桜井はナイフの肩から胸を斜めに斬り裂き、浅垣はフォークの肩から背中を斜めに斬り払った。
さながらフォークダンスの入れ替わりのように滑らかに、二体二の決闘に終止符が打たれる。糸を切られた人形は無様に崩れ落ちるのみ。最後に立っていたのは、人形にとって皮肉にも絆によって結ばれた二人だった。
しかし、お互いを労わる時間はない。浅垣はすぐさま右手を耳元に当て、蓮美へ通信を送った。
「蓮美、アルファテーブルを上層にあげろ。──今すぐにだ」
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