第3章第7節「絡まる縁が手繰り寄せる運命」
コレットと未咲希が合流する少し前、上層のアルファテーブルにはポーラが戻ってきていた。ポーラは先導する護衛の二人にドロイドの始末を任せ、悠々とテーブルを縦断しようとしていた。
その時、中層から上がってくるコンテナがポーラの視界に入る。コンテナの上部には桜井が乗っていて、飛行するドロイドの相手をしながらこちらへ向かって来ようとしていた。
「鬱陶しいわね」
ポーラは桜井よりも先手を打つべく、鍵束を弄ると澪の力と相殺させたユレーナライフルを再び召喚。アルファテーブルの端で立ち止まり、桜井が乗っているコンテナに狙いをつけて引き金を引いた。
ユレーナライフルから撃ち出された濃縮エネルギー弾は、中層と上層の中間を航行するコンテナを撃ち落とした。コンテナに乗っていた桜井は濃縮エネルギー弾が着弾する数秒前に飛び降りていた。空中へ身を投げた桜井は爆風に飲み込まれながらも直撃を免れ、ちょうど上を通りがかっていた中層のベータテーブルへ落下する。
着地することは叶わずゴロゴロと転がり、体の節々をぶつける。幸いにも大事には至らなかったのか、桜井は咳き込みながら片膝をついた。
『桜井先輩! 大丈夫ですか!?』
「ったく、客づかいの荒いタクシーだぜ」
蓮美からの通信に冗談を返しつつ、周囲を見回す。中層のベータテーブルには誰もいなかったが、代わりにセキュリティドロイドたちが出迎えてくれた。
「悪いんだけど、また増援呼んでくれない?」
上層にいるポーラの元へ向かうには、あの浮遊するコンテナに乗るのが手っ取り早い。そう考えていた桜井だったが、ドロイドたちはコンテナを呼ぶ素振りは見せずに腕を武器に変形させた。
「……おっけ、ダメそう」
追手となるコンテナを撃ち落とし、ポーラは護衛二人と共にデルタテーブルから連絡通路へと移動する。配送センターの隣にある別棟は空路専用の搬入口が存在し、ポーラはそこへ向かおうとした。
彼女が上層のアルファテーブルから降りて連絡通路に続く足場に入ったところで、後ろから呼び止める声がした。
「おい! 仲間を置き去りにするつもりか?」
振り返ると、アルファテーブルには浅垣がハンドガンを構えて立っていた。見たところ、目立った外傷はない。
「スプーンはどうしたの?」
管制室にて、ポーラは浅垣に報酬を渡すと称して始末をつけさせようとしていた。その彼がここにいるということは、ポーラの算段通りにはいかなかったことを意味する。
「そいつを渡した見返りとしちゃイマイチだな。図体がでかい割に魔法を使うのはパンチが効いてたが」
嫌味を効かせて言う浅垣だったが、ポーラは彼の調子に乗る形でこう言った。
「なら、このナイフとフォークが、あなたの満足のいくまで相手をしてさしあげるわ」
ナイフと呼んだ女性からケースを受け取るポーラ。ナイフと、フォークと呼ばれたもう一人の細身の男性の二人は、再びアルファテーブルへ足を乗せる。
その間にポーラは鍵束を弄ってコンパクトなピストルを召喚し、連絡通路前の壁にあった『緊急』と記された赤いボタンを撃ち抜いた。
ガクン、と浅垣とナイフとフォークが乗っている上層のアルファテーブルが下降を始めた。どうやらポーラが破壊したのは緊急用の手動のコントロールパネルだったらしい。
既にアルファテーブルから降りていたポーラは、彼らの姿が見えなくなると踵を返して連絡通路へと向かった。
そして、配送センター内の可動テーブルはそれぞれが連動している。上層にあったアルファテーブルが中層に下降したことで、中層にあったガンマテーブルが上層へと上昇する。
上層となったガンマテーブルにいたのは、澪、コレット、そして未咲希の三人だ。
三人はドロイドを殲滅し終えた頃で、連絡通路を歩くポーラの背中を見つける。澪はケースを持った彼女をすぐさま追おうとしたが、同時に管制塔のガラスが砕け散る。そこからやってきたのは大柄の男性で、彼は魔法によって巨体に似合わず軽やかに着地した。どうやら、浅垣が仕留め損なったらしい。
「未咲希ちゃんの面倒は私が見ておくわ」
コレットは自分の肩越しに澪に告げる。
「あなたは彼女を追って」
三人の中であれば、超能力者である澪がポーラの追跡には適任だ。ポーラの護衛の一人であるスプーンは、コレットと未咲希でも十分相手にできるだろう。
澪はコレットの判断を信じて、上層のガンマテーブルから連絡通路へ走る。
連絡通路の長さは百メートル近くあり、コンテナを運び込むためのレールが横付けされていた。ポーラは既に通路の半分を過ぎていて、澪は走りながら手に魔力を込める。後ろからやってくる足音に気づいたポーラは振り返り、自身も走り出す。
そして、澪は逃げ出すポーラが持つケース目掛けて光弾を放った。
ケースに入ったヴァイストロフィの角──あの龍を召喚したのはユレーラで、ユレーラを解き放ったのはフィラメント博士、博士に魔剣デスペナルティを渡したのは……誰でもない澪自身。
フィラメント博士が犯した罪は澪の罪でもある。その罪をもう繰り返させないために。
「ッ!?」
ポーラが持っていたケースは澪の一撃に撃ち抜かれ、彼女の手元から砕け散った。もはやヴァイストロフィの角も原型を留めていない。あの夜の悲劇が起こることもないだろう。
突然の攻撃に対してポーラは珍しく歯を食いしばって舌打ちする。さらに鍵束をいじると三度目のユレーナライフルを召喚。
「しつこいっ!」
走ってくる澪に狙いを定めるまでもなく、彼女は銃口をやや下に向けて引き金を引いた。
────狭い連絡通路で放たれた濃縮エネルギー弾は床に直撃。空中に架けられていた通路全体に衝撃波を伝え、着弾点を中心に文字通り崩落を引き起こした。
轟音と共に崩落する連絡通路はあっという間に澪がいる位置を呑み込み、瓦礫と共に地面へ落ちてゆく。崩落を引き起こしたポーラも急いで連絡通路を渡りきり、すんでのところで別棟へ逃げ込んだ。
ポーラは土埃を立てる連絡通路の残骸を見下ろし、澪が追ってこないことを確認してからその場を後にした。
連絡通路に直結する上層のガンマテーブルにいたコレットと未咲希も、崩落に戦闘の手を一瞬だけ止める。澪の姿が見えなくなったことに不安を覚え、未咲希は祈るように呟いた。
「澪……お願いだから無事でいて」
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