第3章第6節「絡まる縁が手繰り寄せる運命」

『すみません。配送センターのセキュリティシステムがハッキングを感知したようです。セキュリティドロイドの作動を確認しました』

「あぁ、見えてるよ」

 蓮美からの通信に厄介そうに返す桜井。彼らの前にはセキュリティドロイドたちが布陣を展開し、背中のブースターを切って何体かがテーブルへ着地する。

『侵入者を発見。排除します』

 人工音声を聞いて鬱陶しそうにため息を吐くコレットは、一人呟く。

「どこかで出くわしたことがあったわね。確か、だったっけ。あれ? なんか違ったような」

 うろ覚えの記憶には蓮美が通信で答えを教えてくれた。

『商標はです』

「あー、それそれ」

 収納用魔具である腰のベルトに触れペアリングされた鞘と刀を呼び出しつつ、蓮美の通信に耳を傾ける。

『製造は魔導工房レヴェナント、販売をトライデント・モーターズが担当するセキュリティドロイドです。コストを削減した量産型のためそれほど厄介ではありませんが、作戦に支障をきたすようなら破壊して構いません』

「なら遠慮なくやらせてもらうわ」

 通信を聞き終えた澪は、大気中に溶け込んだ魔力を活性化させる。次第に空に浮かんでいるカラフルな星雲が周囲に生成され始め、あっという間に美しい星空が生み出された。それを宣戦布告と見たのか、デルタテーブルのドロイドたちは攻撃を開始。ドロイドは両腕が変形して武器となるらしく、それぞれ剣や機銃などを携えている。

 自らが生み出した魔力の星空に立つ澪が手を薙ぎ払うと、星座を結ぶ線が空間を切り裂く。そうして前進してきたドロイド数体をまとめて破壊するだけでなく金属製のテーブルすらも横薙ぎに抉り取った。が、ドロイドは地上だけでなく空中にもいる。腕が変形した銃口から放たれるレーザー弾はポーラのライフルに比べれば弱いが、エネルギーの強度としてはまずまずだ。澪は両手を使ってレーザーを受け流し、その魔力で槍の星座を描くとそのまま撃ち出しドロイドを撃墜した。

 時を同じくして中層のベータテーブルでは、桜井がドロイドから未咲希を庇うようにして立ち塞がっていた。彼が右手で空間をなぞると火花が散り始め、あたかもそこにあったように剣が現れる。虹色の火花と共に生成された、孔雀の羽を模した鍔と柄が美しい鋭い刀身の剣を握って構える桜井。未咲希は初めて目にしたが、彼が愛用する魔剣ライフダストだ。

 背後に守った未咲希はDSRの訓練室をクリアしたとはいえ、実戦で通用するかまでは分からない。桜井はなるべく彼女から敵の注意を逸らすことを考えた。

「ここは俺が引きつける。君はコレットがいる向こうに合流しろ、いいな」

「わ、分かりました!」

 彼は未咲希の返事を待たずに、ドロイドの群れへと突っ込んだ。ドロイドも迎撃するべく腕を体と垂直に固定し、内臓された機構によってレーザー弾を放つ。

 弾幕に対しても桜井は怯むことなく突撃し、魔剣ライフダストによってレーザーを的確に防ぐ。そこからさらに弾道から逃れるべく腰を落として床を滑ると、スライデングによって敵陣の中へ。ドロイドの足を魔剣で切断しつつ、そのまま胴体を真っ二つに斬り伏せる。魔剣は虹色に輝く魔力の火花を散らして鋼鉄を斬り裂く。蓮美の言った通り、ドロイドの防御性能はさほど高くはなく魔剣ならば容易く斬り伏せることができた。

 一個体では大きな脅威ではないが、それは設計に織り込み済み。プログラムはセキュリティネットワークと同期しており、俯瞰的な戦術指揮を実現している。ドロイドはそれぞれの役割ごとに遠近の武器を変え、フォーメーションを組んでいた。しかし、フォーメーションがあるということは崩すこともできる。

 続けて腕を剣に変形させたドロイドが襲いかかってくる。桜井は魔剣を振るって何度か斬り合い、レイピアのようなリーチを活かして刃を滑り込ませて撃破する。しかしドロイドもタダではやられず、魔剣を防ぐ反応速度はあるらしい。二体目のドロイドと剣を結ぶと、彼の空いた脇から攻撃してくる別の個体。それに気づいた桜井は剣を打ち合わせたまま、空いていた左手に腕時計とペアリングしたハンドガンを喚び出し引き金を引いた。電子音と共に青い弾丸を射出したそれはDSRの支給品。魔法の台頭は銃にとって追い風と言えるが、何かと役に立つ。

 ハンドガンによって続いてきたドロイドの数体の頭を撃ち抜き、最後に目の前のドロイドの剣を強引に打ち払って斬り伏せた。

「『射的部屋』を思い出すな」

 次々とドロイドを斬り伏せた桜井は、思わずといった調子で呟く。肝心なのは湧いてくる敵はホログラムではないということ。

 さらに桜井は数体のドロイドを倒すと、ドロイドが投下されているコンテナに視線を移す。

「よし、やってみるか」

 あることを考えついた桜井は不敵な笑みを浮かべ、ドロイドの群れの中を突き進む。魔剣を振り抜く度に虹色の魔力の火花や結晶が舞い散り、彼の戦いぶりを華々しく彩る。その中で、彼は火花を目にしてふと思い出したことを真似る。くるりと体を回転させて勢いをつけ、コンテナへの道を阻む数体のドロイドに向けて構えた魔剣を斜めに振り抜く。普通ならドロイドまで斬撃は届かない。が、彼が斬りつけたのは敵ではなく床。激しい火花が飛び散り、それは眩い斬撃となって立ち塞がるドロイドをまとめて蹴散らした。まるで斬りつけたことで生まれる火花が、回転する車輪となったかのように。

「らしくなってきた」

 魔剣ライフダスト。桜井はそれが生命を司る魔剣である事を知ったばかりで、完全に使いこなせているとは言えない。事実、大車輪は広げた孔雀の羽のようにも見えるはずが、先ほどのは不格好で形が整っていなかった。

 しかし、もう一人の自分が対となる魔剣で繰り出した芸当を真似できるということは、少なからず魔剣の扱いが上達しつつあるのは間違いないだろう。尤も、彼にはまだ死を司る魔剣を使う決心はついていないのだが。

 勢いに乗った彼はさらに数体のドロイドを魔剣と銃を織り交ぜて倒し、ついにコンテナの上部へ飛び移った。コンテナの中ではなく上部へ飛んだのは、中に残っているドロイドに鉢合わせないため。そしてそれを可能にする跳躍能力は、やはりDSR支給の戦闘用の靴が叶えてくれる。

 そして、コンテナは異変を感知したのか馬車の如く突然走り出す。コンテナは下部に装備されたブースターで航行しているが、桜井を乗せて不規則な軌道を飛び回る。

「おわっ……!」

 動くことを予想はしていたが、あまりの速度にバランスを崩す桜井。彼を追って突撃してきたドロイドの攻撃と、それが偶然にも重なる。突撃してきたドロイドの刃を桜井は魔剣で弾き、その勢いを利用して体勢を立て直す。奇しくも、ドロイドの突撃に支えられる形となった。もし振り落とされていれば、命はなかっただろう。

「ふぅ助かったよ」

 ともあれ、桜井のおかげでベータテーブルを包囲したドロイドたちはいなくなった。一人になった未咲希のもとには、携帯にDSRからの通信が入る。DSRからセンターへ向かう案内を受けるため、蓮美に連絡先を伝えてあったのだ。

『未咲希ちゃん、外側の足場が見える? あそこは可動テーブルのプラットフォーム──可動しない固定足場になってるから、まずはそこから降りてコレットさんがいるガンマテーブルに向ってください!』

 オペレーターの蓮美から指示を受け、ベータテーブルから中層プラットフォームに降りた未咲希。プラットフォームはテーブル可動域である中心の空洞部分の縁を沿う円形状に広がり、同じ中層の奥にはガンマテーブルが接続されていた。ポーラが利用した中央エレベーターが縦の移動なら、プラットフォームは横の移動の為にあるというわけだ。

 ガンマテーブルまで五十メートル近い距離こそあるが、桜井がドロイドを引き付けている今のうち。未咲希はコレットと合流すべく走り出した。

 下層のデルタテーブルでは、ドロイドをひとしきり殲滅した澪がポーラを追って飛び立っていた。ポーラが乗ったエレベーターは上層へ戻っている。一刻も早く彼女を止めなくてはならないのだが、意識は思いがけない人物に割かれた。

「……未咲希?」

 中層のガンマテーブルへ走る未咲希の姿。DSR本部で留守番をしていると約束した彼女がなぜここにいるのか。澪は背中から噴射させた魔力を調節し、未咲希のもとへ向かう。この危険な場所で彼女を一人にするわけにはいかないからだ。

 未咲希と澪が向かっている中層のガンマテーブルでは、他と同じようにコレットがドロイドと戦っている。もちろん、コレットはエージェントの中では相当な手練れであり、ドロイドの大群など烏合の衆。だが、彼女は戦いを遊びのように楽しんでいた。

 なぜなら、彼女には新しい武器があったのだ。

「お出かけを楽しくするのは新しい靴からって言うみたいに、マンネリ化した戦いを変えるのも新しい武器からってね」

 コレットは抜刀術を中心にして立ち回っているため、鞘付きの刀を得意な武器としている。そんな彼女は腕時計に触れてホログラムを操作、杖の形をしたホログラムを左手で握り込むと、それは実体を持つ。

 杖といえば、二週間前のアンドロメダプラザで彼女は炎の杖を拾っていた。それ自体は回収されてしまったが、惜しんだコレットはDSRの技術部門に頼んで特別に杖をオーダーしていたのだ。長さは扱いやすいように短めになっていて、どちらかと言えば魔法のステッキといった印象を受ける。研究室で受け取った時にも確認したが、しっかりと彼女の手に馴染む造り。そして、これを開発したエンジニアの少女である森羅叶羽しんらかなうは杖に名前をつけていた。

「『キャンドルステッキ』っていうらしいわよ」

 ややもったいぶりながらも、コレットはレーザー弾に対して杖をくるりと回転させる。バトンのように回転する杖の軌道はオレンジ色の魔法陣を描き出し、複数の火球が撃ち出された。火球を受けて派手に爆発するドロイドを見て、コレットはニヤリと笑った。

「ふふ、結構カワイイ名前でしょ?」

 追い討ちをかけるように、コレットは前に進みながら再び杖を回転させる。すると杖は炎を纏い出し、そのままドロイドへ殴りつけた。加えて、彼女は右手の刀を使って隙を縫ってくるドロイドを斬り払う。鉄の刀と炎の杖による乱舞は、さながら松明を用いたダイナミックなファイヤーパフォーマンス。その焼き付けるようなジャグリングと洗練された居合抜きは、万人を惹きつけ何者も寄せ付けない。

「すぅ…………はぁ」

 危険な美と秀逸な戦のみが織り成す舞を終え、コレットは残っていた少ないドロイドたちへ視線を流す。

 次はどんな方法で料理をしようか考えていると、二体の獲物は蹴り飛ばされてしまった。

 驚いて見てみると、ドロイドを蹴り飛ばしたのは未咲希だった。

「やるぅ」

 未咲希にコレットと合流するように頼んだのは桜井だが、当然ながらコレットは事情を知らない。それでもコレットに任せたのは、彼女が物分かりがいいことをよく知っていたからだ。

「あたしを助けてくれたことに免じて、どうしてここにいるかは聞かないでおいてあげる」

 確かにコレットは物分かりがいい。状況に臨機応変に対応できるのは、歴戦のエージェントだからこそ。

 しかし、二人が合流した中層のガンマテーブルに駆けつけた澪もそうとは限らなかった。

「未咲希!」

「あ、やっほー澪」

 超能力者としての力を遺憾なく発揮してきた澪だったが、その表情は決して晴れやかではない。

「やっほーじゃないわよ! どうしてここに」

「はいはいお二人さん。気持ちは分かるけど、お話をしてる場合じゃなさそうよ」

 澪は未咲希にわけを問い詰める気満々でいたが、コレットは二人を仲裁する。

 彼女の言う通り、状況が状況だ。仕方なくコレットの言う通りに優先事項を整えることにした。ちょうど、上層でも動きがあったようだ。

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