第3章第5節「絡まる縁が手繰り寄せる運命」
「よし、俺はこれからセンターに入る。ここで少し待っててくれ」
交渉が成立するまでは入らない。即ち、相手の手に魔具が渡るまでは手を出さないこと。
ヴァイストロフィの角が納められたケースがポーラの護衛の手に渡った時点で、待機中の桜井たちは動き出していた。
「待ってください! 私も戦えます!」
桜井の車には澪を追いかけてきた未咲希がいた。本来ならば、彼女は作戦に参加すべきではない。が、彼女は蓮美が掲示した条件をクリアしてこの場にいる。どうやったのかはともかく、DSRの訓練内容をクリアしているのだ。少なからず、戦闘能力は有している証明になる。
彼は短い長考の末、仕方なく頷いた。
「分かった。ただし俺の言う通りにすること」
「了解しました。桜井先輩!」
センターの外に一人で置いていくのも心配だ。敬礼のポーズを取った未咲希と共に、桜井はセンターの従業員専用の入り口へ向かう。コレット班も反対側からセンター内へ入っているはずだ。
DSRはあらゆる鍵穴の記憶を読み取って適合する形状へ変化するマスターキーを開発、エージェントたちに携行させている。桜井はキーを用いてロックを解き、センター内へ侵入。手近にあったエレベーターへ乗り込む。
『待機中の各班は至急センター内の可動テーブルへ向かってください。可動テーブルはそれぞれ独立しているため、エレベーター毎に割り当てられたテーブルを選択してください』
桜井が乗り込んだエレベーターには、複数階層のボタンがあった。その内の中央には可動テーブルという文字が浮かび上がっている。全体として三つの層に分かれているようだが、構造上のためか中層フロアしかボタンが見当たらない。コレット側も同じだった。彼らは蓮美からの通信に従い、ボタンに触れて中層テーブルへ急ぐ。
センター内はそれぞれアルファ、ベータ、ガンマ、デルタテーブルが独立しており、配送区域ごとに仕分けられ仕入と輸送の段階ごとにテーブルが反重力装置によって駆動する仕掛けだ。それぞれのテーブルに上層中層下層が適宜割り当てられ、中層のみ二つのテーブルが接続できる。センターの内部構造は複雑だが大部分は空洞になっていて、テーブルが可動する領域を確保しているようだ。空洞になった辺り一面にはテーブルを照らすライトが全方位に設けられている。その景観はまるで、プラネタリウムにいるように錯覚してしまうほどだ。
浅垣を護衛のスプーンに任せたポーラたちは、管制室を後にして同じ上層にあるデルタテーブルへやってきていた。そのままテーブルを渡り、奥に見える連絡通路へ歩を進める。と、センター内のいたるところに設置されたランプが赤く明滅を始める。
『配送センター内のテーブルを操作して、ポーラ・ケルベロスを一時的に下層へ落とします。ターゲット位置はデルタテーブル。おそらく彼女は別棟にある空路用の搬入口からの逃亡を狙っているはずです。何としてでも脱出を食い止めてください』
桜井と未咲希がエレベーターから降りてやってきたのは、中層のベータテーブル。反対側にはガンマテーブルが存在し、そちらにはコレットと澪がいた。お互いのテーブルはざっと見て五十メートル以上の距離があるため、すぐに合流することは難しい。
そんな中で、赤く明滅するセンター内で上層のデルタテーブルと、下層のアルファテーブルが入れ替わる。デルタテーブルにいたポーラと護衛の二人は、百メートル以上も離れた下層へと沈められてしまった。
「小賢しい真似を」
しかし、下層から上層までの中心を貫く人員移動用のエレベーターがあった。ポーラはそれを見つけると、護衛二人を連れて歩き出した。蓮美の予想通り、彼女は上層にある連絡通路を通らなければならないようだ。
下層にいるポーラの様子を見下ろしていた澪は、護衛が持つケースを注視する。なんとしてでも、あれだけは渡すわけにはいかない。
「ケースは私に任せて」
解決を急いだ澪は、中層のベータテーブルから遥か下層のデルタテーブルへ飛び降りた。
「ちょっと! ……まったく」
コレットを置き去りにした澪は、自身の力によって体をコントロールし無傷でテーブルに着地する。テーブルには荷物と思しきコンテナが多数置かれたままだが、ポーラまでの直線に障害物はない。だがポーラは既にエレベーターへ乗り込んでいて、上昇を始めている。
着地したばかりの体勢で、澪は咄嗟に掌に魔力を集めて撃ち出した。精確に放たれた虹色に輝く光は真っ直ぐエレベーターへ進む。エレベーターの動作に合わせ、その軌道上で撃ち抜くべく。
ポーラは腰につけていた鍵束を弄る。束の中から一つのカギを摘むと、瞬く間にライフルへと変化した。澪の力と同じ魔導粒子ユレーナを撃ち出す兵器を構え、迷いなく引き金を引く。強烈な電子音と共に発射されたエネルギー弾は、エレベーターのガラスを突き破り澪が撃ち出したエネルギーと衝突。凄まじい爆発を引き起こした。
爆風と閃光に顔をかばい、もう一度上を見やる澪。すると、煙の中からエレベーターが上層へと昇っていた。
それだけではない。センター内に騒々しい警報が鳴り響き、管制室の下部に吊り下がっていたコンテナがブースターを噴出して飛行を始める。
「何? あれは……」
未咲希が首を傾げていると、コンテナは桜井たちがいるそれぞれのテーブルへと飛び交う。そして空中に滞空するコンテナが開かれ、中から多くのセキュリティドロイドが出現した。
『すみません。配送センターのセキュリティシステムがハッキングを感知したようです。セキュリティドロイドの作動を確認しました』
「あぁ、見えてるよ」
蓮美からの通信に厄介そうに返す桜井。彼らの前にはセキュリティドロイドたちが布陣を展開し、背中のブースターを切って何体かがテーブルへ着地する。
『侵入者を発見。排除します』
人工音声を聞いて鬱陶しそうにため息を吐くコレットは、一人呟く。
「どこかで出くわしたことがあったわね。確か、アヴァンギャルドだったっけ。あれ? なんか違ったような」
うろ覚えの記憶には蓮美が通信で答えを教えてくれた。
『商標はヴァンガードです』
「あー、それそれ」
収納用魔具である腰のベルトに触れペアリングされた鞘と刀を呼び出しつつ、蓮美の通信に耳を傾ける。
『製造は魔導工房レヴェナント、販売をトライデント・モーターズが担当するセキュリティドロイドです。コストを削減した量産型のためそれほど厄介ではありませんが、作戦に支障をきたすようなら破壊して構いません』
「なら遠慮なくやらせてもらうわ」
通信を聞き終えた澪は、周囲の魔力をカラフルに活性化させる。立ち塞がるものを薙ぎ払うべく。
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